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4:Semper avarus eget.

 風呂から上がり、咽が渇いた。茶でも淹れて貰おう……そう思ったのだが。


 「グライド……?帰ったのか?」


 それはおかしい。ヴァレスタは暫し考え込む。あの少年が俺に挨拶など無しに帰るはずがない。


 「やぁやぁ兄さん、長風呂だったねぇ。何かやっていたのかな?」

 「……オルクス、もう終わったのか?」

 「そりゃあ勿論。僕ってば凄い数術使い様だし?兄さんのお気に入りのフィルツァー君の前ではちゃんと純血の振りしてあげたから感謝してね」

 「感謝など誰が。そのようなことをせずともその時は貴様がグライドに殺されていただけの話だな」

 「あはは、怖い怖い」


 さして怖くも無さそうに死神が笑う。


 「でも驚いたよ。兄さんあの赤毛の子以外にもあんな怖いの飼ってたんだ。正気?自分の傍に純血を置くなんて」

 「貴様には関係ない」

 「彼も精霊憑きだから?」

 「違う」

 「え。嘘ぉ!違うの?じゃあ有能だから?」

 「有能なのは認めるが……」


 別に、それだけが理由ではない。

 俺はこれまで多くの純血に裏切られてきた。しかしあそこまで純粋に俺を慕う純血は……グライドが二人目だ。かつてのロイルを彷彿しなかった……そう言ったら嘘になる。

 あの愚弟は女に現を抜かし俺を裏切った。しかし……


(グライドは……違う)


 あれは愚弟ロイルのように女に現を抜かすことはない。常に俺に忠実であり続け、俺を慕い続ける。それが保証されている。俺が正体を明かさない限りそれはそう、絶対だ。


 「王になる気のない貴様に問うても無駄だろうが、一応聞いてやる。オルクス、王にとって必要なものが解るか?」

 「えー…金とコネと運じゃない?」

 「概ね可だがそれでは零点だな」

 「概ねあってるなら百点にしてよ兄さんのけちドケチー」

 「何か言ったか?」

 「いいえー何も」


 俺の視線にさっと目を逸らすオルクス。食えない男だ。御しがたい。こういう者が一番厄介。


 「貴様の解には一なるものが欠けている」

 「何それ?」

 「駒だ」

 「駒ねぇ……なるほどなるほど」

 「如何に優れた王であろうと、チェスも将棋も王1人では話にならん。無論コネも必要だが、大事なのは駒だ」


 俺は弁えている。俺の願いは願うだけでは叶わない。そこまで自惚れてはいない。俺がそこまで万能だとは。

 だからこその積み重ね。必死にかき集めた金が無意味になったとしても、そこまで忠実に仕事を繰り返した俺の功績は、必ずや意味のあるものへと変わる。仕事の過程で俺が培ったコネクションはあの憎き女王を討つための力と変わる。


 「そうだなぁ……ロイル君は猪突猛進だから塔。リィナさんはそこまでまっすぐ進めないから騎士あたり?もっとも……兄さんのじゃなくてロイル君のだけど」


 俺の言葉を吟味しているのかオルクスは妙なことを言い出した。


 「あんな愚妹、端女か下女で構わん。もしくは生ゴミ」

 「そんな駒チェスにないよ兄さん」


 俺はこの男の笑いが俺に向くのが好きではない。この男が相手を馬鹿にする意味以外で笑ったところを俺は見たことがないからだ。

 軽く嘆息する俺の傍でオルクスはんーと考え込む素振り。


 「カルノッフェル君はポーンかな?カードじゃない割りには頑張ってくれたけど……一般人なんてあんなもんなのかなぁ」


 死神の嘲笑は俺からあの男へと移る。その名で思い出した。後任の件を考えるにもあれの死体が上がらなければ。


 「オルクス、カルノッフェルはまだ見つからないのか?」

 「ははは、無茶を言わないでよヴァレスタ兄さん。向こうには神子様直属の聖十字がバックに付いてるんだよ。教会兵器持ち出されちゃ流石の僕も簡単にはいかないよ」


 けらけらと笑うオルクス。その態度の所為でいまいち信憑性がない。


 「真面目に探せ」

 「短気は損気だよ兄さん、歴史上でも焦って良い結果を生んだ人間は須く居ない様な気がするよ。たぶん。詳しくは知らないけど」


 「まぁ、ここは僕がお茶を淹れて差し上げますから優雅にティータイムしながら一ゲームどう?」


 片手を鳴らしてテーブルに、チェス盤を呼び出すオルクス。


 「兄さん、どっち良い?」


 両手に駒を隠し持ち、にこりと満面の笑み。


 「下らん。貴様のことだ。両手に黒を持っているんだろう?」

 「えー……何で解るの?兄さん数術使えたっけ?」

 「俺が何年この国で……この島で生きていると思っている?貴様のように安全圏の他島へ逃れた奴とは違う。……だが、百万シェルくらい出すなら付き合ってやっても良い。その茶番にな」

 「兄さんたら本当に兄さんだねぇ。少しは変わったと思ったけどそんなことはなかったのかもしれないなぁ。まぁいいや。別にお金には困ってないしね、キャッシュでポンっと支払いますよ」


 言葉を媒介に音声数術。空中から札束が現れる。が……


 「オルクス、一枚足りない」

 「兄さん、早過ぎ。指怖い。人間止め過ぎ。そんなものの数秒で正確に枚数数えないでよ」

 「やはり足りなかったか。安心しろまだ半分しか数えていなかった」

 「十分人外だよ兄さんもかなり。ああ、一枚抜いたのは送料分だよ」


 その送料がこの金のことなのかグライドの事なのかは解らない、含みを宿したその言葉。


 「……オルクス、グライドを何処へ運んだ?」

 「そんなに疑り深い目で見ないでよ。繊細な僕の心が折れたら大変でしょう?……っとまず2マス。はい、次は兄さんだよー」

 「…………何が望みだ?」

 「そんなに警戒しなくても。幾ら兄さんに苛められて?ロイル君と引き離されたリィナさんが今し方ここを出て行った気配がするからって僕を責めることないじゃないか。兄さんの周りのカードがみんなバラバラになってガードがら空きとはいえ兄さんは最強の一角だし?僕みたいな数兵にはこうしてお茶の相手をするくらいのことしか出来ないよ」


 暗に奴はいう。聞きたいことがあるならこのゲームに付き合えと。俺は舌打ちながら黒の駒を手に取った。……確かにだ。俺がその気になればこの男くらいすぐに消せる。まだ利用価値があるからそうしないだけ。


 「足りんな。時は金なり。一億くらいは払って貰う」

 「家族サービスの精神ないねぇ兄さんは。別に良いけど」


 *


 不意に、風が吹いた。

 長い茶色の髪が風に遊ぶ。その風を生み出すのは……彼。正確には彼の内から溢れる何か。それは異様な熱気。彼の怒りを表すようにそれは温度を上げていく。今が真夏とはいえ、こんな肌を焼くような風が吹くだろうか?彼の起こす風は自然界のそれとは違う、人為的な何かを感じさせる。

 フォースはそんな友人を見ていた。見るしかできない。迂闊に近づけないのだ。相手がただの数術使いならまだしも、相手は剣も扱える。死角無しとはこのことだ。


(くそっ……)


 対する自分はと言えば、全く呆れるしかない。借りた教会兵器。それもあの風の前には意味がない。水がないなら直接身体に触れなければならない。となれば接近戦を強いられる。慣れない武器は不意打ちには使えても、実用性はない。かといって、剣一本で戦える相手でもない。第一グライドの後方には彼率いる兵士の大群。俺1人でどうにか出来るわけがない。解決策はないのか?俺にも数術……可能性はあると聞いたけど、見込みは薄いとも聞いた。才能のない俺が一朝一夕でどうこうできるものでもない。無い物ねだりだ。徒歩の人間ならまだしも……馬に乗っている奴なんか、どうすれば?

 身動きを取れずに固まっている俺を、グライドは笑った。


 「フォース、君はさ……声随分低くなったよね」

 「え?」


 突然グライドはそんなことを言い出した。鼻で笑ったというよりは、自嘲の笑みに俺には見えた。


 「何でもないよ。ちょっと羨ましいと思っただけさ」


 羨ましい?グライドが俺を?そんなこと……何時もお前を羨んでいたのは俺の方なのに。

 此方はどう動くか悩んでいたのに、その間彼はそんなことを思っていたのか?あまりの思考の相違に、隔たった長い壁、深い溝を感じた。


 「さぁ、祈りの時間だ!焼き焦がせフェスパァ=ツァイト」


 ぞわと、肌が鳥毛立つ。その言葉が引き金となり何か恐ろしい物が彼から湧き上がる。目には見えない。見えないが……彼は何かを飼っている。

 その声に時が止まるように、俺は呆然と立ちすくむ。俺が今まで以上に動けないのはその迫力に押されたのともう一つ。彼の声に聞き惚れていた。

 なんて綺麗な声。綺麗な歌声。その音が一つ一つ火を灯す。その旋律が炎を動かす道となる。

 我に返った時にはもう遅い。空中には人魂のような無数の炎が浮いていて、何時でも好きなところに落ちて燃やす準備が整っている。


 「エリアス様は向こうだ!他は殺して構わない!」

 「待てっ!」


 炎が木々を焼き倒し、俺の周りに道を拓いた。そんな俺は炎に囲まれ動けない。


(くそっ!あんな使い方あるのかよ!)


 炎と風の合わせ技。燃やして切り倒し襲わせる。こっちは足下もおぼつかない。避けるので精一杯。その内にどんどん逃げ場を失っていく。

 逃げた奴らを助けに行くとか、そう思ってもその方向に行けば木に落し潰されて火達磨だ。何とか突破口を開こうにもロセッタから借りた銃には実弾しか入っていない。さっき使ったの電気の技はこの銃そのものの特性だ。弾切れになった後も戦えるようにこれにはそんな仕組みがあるらしい。

 だけど今、実弾と電気でこの大群を止められるとは思えない。炎をどうにかすることも出来ない。俺が一歩踏み出せば炎が俺に襲い来る。迷いの最中にも兵士達は俺を通り過ぎて逃がしたみんなを追いに行く。


(カードの力を使えば……)


 俺は比較的幸運なカードだ。怖いけどそれを信じてみる?火に飛び込んでもすぐには死なない。燃える衣服を脱いで走りぬければ何とかなるか?そう考えた俺が衣服に手を掛けたときだった。炎がふっと俺から離れる。

 炎操るグライドが俺に薄ら笑う。俺とまだ話し足りないんだろう。まだ、殺さないでくれたのだ。とても卑怯なことだけど、俺の勝算は多分そこにしかない。グライドの俺への甘さと認識の甘さとその優しさに……俺は勝機を見出した。



 「以前君に見せたのは風の数術だったね」


 そうだ。アルタニアで見たときは、グライドはアスカのように風の数術を使っていた。あれはグライド自身の力なのだと思ったけれど……今のは違う。純血の数術使いがこんな大きな式、扱えるわけがない。それこそ……契約するか、祝福されるか精霊憑きでも無い限り。


 「契約……したのか?」


 グメーノリアで精霊を捕まえて来たと言うトーラのように、精霊との勝負に勝って?それともアスカのように親の七光りで祝福された?


 「違うよ。憑かれたんだ」

 「エルムと同じか」

 「あんなゴミと一緒にしないでくれ。不愉快だ」


 吐き捨てるようにグライドは言う。


 「でもあいつはお前の仲間なんだろ?」


 仲間をそんな風に言うなんて。そう思ったが彼は俺の言葉を否定する。


 「あいつはヴァレスタ様が温情で生かしてやっているだけのゴミだ。自己修復の力があるから蹴っても殴っても壊れない。いたぶり甲斐があるから傍に置いていらっしゃるだけ。それだけだ」


 自分自身に言い聞かせるように、疑念を否定するようにグライドは頭振る。そんな負の感情に駆り立てられるよう、彼の周りの炎は勢いを増す。

 こんなの飼ってたなんて聞いてない。しかも火の精霊だって?んな馬鹿な。タロックには風の元素、セネトレアには土の元素が集中しているってトーラが言っていた。だから火の元素を持つ強力な精霊はカーネフェルにしか存在しない。グライドが出会えるはずがない。

 いつからなんだグライド。お前はいつから……?


 「フォース、タロックにも炎の精霊はいるんだよ。だってタロック王が多くの村を焼いているじゃないか」

 「…………」


 確かにそうだ。狂王は火あぶりが好きだった。よくいろんな村を焼いたって話は聞くし、風の強い日には俺達の村まで火あぶりの臭いが届いたものだ。

 しかしその言い方だと、タロックの頃からお前にそれが憑いていたみたいじゃないか。


 「それがどうして、お前に憑いた?」

 「僕の……俺の壊れているところが気に入ったんじゃないかな」

 「壊れてる?お前が……?」


 疑問符を浮かべた俺を、グライドは僅かに悲しそうな目で見た。わかって欲しい。わかって欲しくない。そんな矛盾がそこにある。


 「憑いてるのは二年前から知ってたけど、会話が出来るようになったのはごく最近だよ」


 知らなかっただけでそれ以前からいたんだろうと彼は苦笑し目を伏せた。壊れていたんだ。僕は元々。そんな風に彼は諦めたような笑みを浮かべる。


(違う……)


 変わったんじゃない。知らなかったんだ、俺が。俺はいつもこいつの表面しか知らなくて、それが全てだと思い込んで決めつけて。解ろうともしなかった。俺は一度だってこいつから悩み事を打ち明けられたことがない。俺が頼ってばかりだった。憧れるって言うことはその人を人としてちゃんと見てやれていないってことだったのに。

 俺はアーヌルス様を、リフルさんを、カルノッフェルを人として見られるようになったけど、誰よりも傍にいたはずの相手のことを、ちゃんと見ていなかった。最低だ。


 「グライド……」


 今更彼に何が言える?何が届くだろう。目の奥から熱いものが込み上げてくる……そんな俺の背を思い切り踏みつける足があった。正確には飛んできた蹴りだ。吹っ飛ばされた俺は炎の包囲網から抜ける。抜けた瞬間熱さはなかった。俺の周りに水の膜が張り巡らされていたから。


 「あんた馬鹿?馬っ鹿じゃないの?」

 「そ、その声……ロセッタ!?」


 痛む背を押さえながら俺が起き上がると、俺を吹っ飛ばした張本人がそこにいた。


 「仕事に私情挟むんじゃ無いわよ」

 「お、お前には言われたくねぇよ!」

 「うっさいへたれ!返しなさい!」


 ロセッタは俺の足を蹴りながら、俺の手から教会兵器を奪い取る。

 ロセッタの姿を認めた途端、グライドの目付きが鋭くなる。その様子から本当に、混血が嫌いなんだと感じた。それは相手が幼なじみでも変わらない。もし後天性混血になったのが俺だったとしても彼は今と同じ目で俺を見たのだろう。


 「……まさかあんたまで精霊憑きだったとは思わなかったわ。前回は何?手加減でもしてくれたわけ?」

 「……代償の問題だよ。僕は多大なる苦痛を支払った。支払っている。そして更に捧げよう」

 「グライド!?」


 何をするかと思いきや、グライドは剣で自らの腕を傷付ける。利き腕ではない方とはいえあれは……


(リフルさん……)


 その戦い方は、リフルさんのそれみたいじゃないか。リフルさんは傷つけば傷つくほど武器を得る。不利が有利に、どんでん返しの大博打。グライドの戦闘スタイルはその類似型?


 「フォース、ロセッタ。混血共と組してる君たちの方が数術には詳しいとは思う。勿論数術代償のことは知っているだろう?」

 「ええ」


 当然ねとロセッタ。俺はトーラがでっかい術使う前後は爆睡してる姿を思い出す。あれが数術代償。人によってその代償が違うとは聞いた。


 「僕の痛みを糧として、フェスパァ=ツァイトは力を増していく」

 「フェスパァって言ったらあの夕暮れの炎?贖罪の火!?黄昏の聖炎(フェスパァツァイト)?ちょっと、なんであんたがそんな有名な精霊持ってんのよ!?」

 「え……?有名なの?」


 首を傾げるグライドは俺より年上なのになんか可愛い。一瞬だけ此方へ向けられる敵意や殺意が和らいだようにさえ思う。だけど精霊のことは詳しくない俺にはよくわからないのは当然として、使役しているグライド自身もよく分かっていないとは。

 俺と同じような気持ちになったのか、呆れるようなロセッタは自分のペースがグライドに乱されていることに苛立っているようだ。


 「タロックじゃ知られてない話だけど、教会内部じゃ割と有名な話。有名なんてもんじゃすまない大精霊よ。エルムって言った?あの混血のガキなんかが連れてる悪魔なんかとは格が違う。初代狂王がカーネフェル遠征にて連れ帰ったものの、従えることが出来ずに手放したって伝説上の無精霊!」


 専門用語多すぎてわけわかんねぇ。黙ってそれを聞いているグライドは話しについて行けているみたいだけど俺は無理。頭痛がしてきた。


 「元々精霊ってのは気難しくて人間嫌い。精霊数術はいくら才能あっても意味がない。トーラってのがなかなか恵まれなかった、どうこう出来なかったのもその所為よ」


 俺のためにか少し簡単にロセッタが説明してくれた。俺をどこまで馬鹿だと思ってるんだ。いや……有り難いけど。


 「だけど無精霊なんて……一番相手選ぶ奴じゃない。才能有ればいいってもんでもないけど、素養の低い純血が扱えるようなもんじゃないわよ。ましてやそんな数術代償……精霊から堕ちて悪魔化してる。そんなの憑けてたら術者だってろくな目には……」


 その口ぶりからはロセッタは、まだグライドを案じる気持ちが見て取れた。俺にはあんなこと言う癖に、自分だって……


(そうか)


 俺はロセッタのこともちゃんと見えていないのだ。こいつは口では立派なことは言うけど、俺と1歳しか変わらない女で……離れている内に強くなったとか大人びたとか思ったけどそんなことはなくって、こいつも……まだガキなんだ。完全に割り切れてなんかいないんだ。


 「フォース!あんた前衛!私は調べ事しながら後方支援する!出来るだけ時間稼ぎなさい!」

 「時間稼ぐ!?」

 「出来ないって言うの?やるまえから」


 くそっ。それでもロセッタは俺を知っている。俺がどういう奴なのか。俺がどの程度昔と変わっていないのか。

 俺はこいつにそんなことを言われて……引き下がれる男じゃない。他の誰かなら逃げ出す、それでも……これは昔からの癖。売り言葉に買い言葉。条件反射で強気になる俺。


 「や、やってやろうじゃねぇか!」


 そんな俺達のやり取りを、グライドは鼻で笑うかと思ったのだけど……少し寂しそうに俺達を見て微笑。

 君たちは変わらないねとその目が言っているようで……俺の空元気が向かう先に迷いを見出す。どうしてお前はそんな悲しそうな目で俺達を見るんだ?

 俺の目に気付いたのか、グライドは炎を遠ざけ消して俺の方へと歩み寄る。鞘から抜き払われたまっすぐな剣。使い込まれているのかその刀身には何本物傷がある。


 「……君が相手ならフェスパァ=ツァイトは使わない。剣一本で勝負だフォース」

 「グライド……」

 「僕らを隔てたこの二年……どのくらい君が変わったのか、見せて貰おう!アルタニアにSuitに捧げた君の忠義を見せてくれ!」

 「…………ああ」


 多分言葉じゃ何も引き出せない。何も理解できない。俺がその痛みを知るには……この方法しかないんだろう。

 アーヌルス様から頂いた、大事な俺の宝物。そして俺の罪の証。冬椿を俺は手に取った。俺の剣はグライドのそれより綺麗。卑怯な俺は専ら、剣より毒矢を使って来た。剣を使ったのは……カルノッフェルに負けて、グライドに負けて……剣での俺の勝率は著しく低い。どこまで食らいつけるだろう。こんな事ならアスカにしっかり教えて貰えば良かった。だけど無い物ねだりは出来ない。仕方ない。冬椿の鞘を抜く……

 俺は俺のやり方で、俺に出来ることをする。


 「やろう、グライド。とことんこれで」


 *


 「フィルツァー君が王様で、リゼカ君が女王様で兄さんが僧侶辺り?」

 「何を戯れ言を。俺が王に決まっておろう」

 「あはははは!そりゃあないよ。だって兄さんが一番恐れてることはフィルツァー君が鍵じゃない」

 「グライドが……?」


 オルクスの問いに、ヴァレスタは疑問を抱く。チェスの勝負は中盤。こいつものらりくらりとかなりやる。腹の探り合いも終わらない。息抜きに今度は俺が自ら茶を淹れる。


 「兄さん僕のは?」

 「一杯1000シェルな」

 「金の亡者ー」

 「冗談だ」


 物事には飴と鞭が大事。程ほどに飴は必要と、俺は客人にも茶を与える。


 「ふぅ、やっぱり兄さんお茶が一番美味いよね。兄さんこんな仕事止めて茶ソムリエか喫茶店のマスターにでもなったら?」

 「戯れ言を。そんな安っぽい商売、このヴァレスタ様には似合わんだろう?」


 あくまで俺が狙うは玉座のみ。それ以外など興味はない。

 王に必要なのは民ではない。心の底から信じられる忠臣、そして悪なる敵。

 定期的に出没する敵を討つことで王の名声は上がる。その敵の悪名が高ければ高いほど良い。無論それを倒すためには臣下が必要。金で王を売るような者は駄目だ。俺のために金を集め、金にではなく俺に執着し、何があっても俺を裏切らない、強い臣下。

 玉座は金で買えても、それは金では買えない。同じように金で俺が売られてはならない。それを防ぐために必要なのがそういう駒なのだ。


(グライド……)


 あいつに俺の正体を打ち明けるタイミング。それを俺は悩んでいる。もっとだもっと。まだ心酔が足りない。俺が居なければ生きていけないくらいに心酔させる。そこまで行けば俺の正体を知ってももはやどうでも良くなるはず。

 俺の全てを否定せずに肯定する才能。俺の周りで唯一そのその可能性があるのが彼なのだ。

 ロイルやリィナは話にならない。カルノッフェルは用済みだ。

 リゼカやリフル……混血などに認められても嬉しくなど無い。俺が認めて欲しいのは……純血相手に。あの誇りある少年に認められたいのだ俺は。


 「それで?いい加減吐け。グライドを何処へ飛ばした?」

 「薄々感づいてるんじゃない?あの子がちゃんと休日に休む子に見える?」

 「……貴様、グライドに何をした!?」

 「短気は損気だよ兄さん。僕はちょっとあの子の力になってあげただけだよ。可愛いよねぇ、兄さんのためにとっても健気で」


 その一言で俺は察した。怒りのままに胸ぐらを掴み上げるが、オルクスは笑顔を絶やさない。


 「僕はね、第五公の兵を彼に貸してあげて西の本拠地に飛ばしてあげただけ。あそこで手柄を立てれば兄さんにとってもプラスになるだろう?」

 「本当にそれだけか?」

 「んー……一つ数術を教えてあげたよ。以前教会の関係者が横流しにしてくれた機密の記された本なんだけど、僕には扱えない術があってね。だけど彼の声ならやれそうだ。音声数術のいろはは彼の精霊にインストールしてあげたからねぇ。面白いことになるかもしれないよ」

 「余計なことを……グライドに何かあれば貴様を括り殺してやる」

 「うん、そう言われると思ったからさぁ、那由多王子の目玉一つ彼に貸してあげたんだ。あの触媒が有れば純血の彼でも凄い奇跡を起こせるよ」

 「何!?」


 この眼球マニアが一時でもそれを貸し出すとは。むしろそのことに俺は驚く。


 「もう一つはちゃあんと保管して……ってないいいいいいい!!ないっ!無いよぉ!僕のとっておきぃいいいいいいいいいいいいいい!」

 「そういえばロイルの阿呆が出かける前にこの辺で何やらがさごそやっていたな。眠かったから止めなかったが」


 慌てふためくオルクスに、俺は愚弟の活躍に内心ほくそ笑む。あの男はいつもそうだ。その気はなくともこうやって事態をかき回す。それが自分に被害が飛ぶ時は災難だが、他へと向けば役に立つ。御しがたい男だが、時折使えるから傍に置いておく価値はある。この小憎らしい男に一矢報いるカードを手に入れた。やるじゃないか、ロイル。後で肉でも買って褒めてやる。


 「ぼ、僕としたことが!眼球植え込み手術に向かった隙にロイル君そんなことをしてたのか!さ、流石はコートカード。並の幸運じゃないね」

 「あれは勿論乱雑で、グライドも混血の一部を所持していると思えば粗末に扱うかもしれんな。貴様のとっておきもどうなることやら」

 「失礼兄さん!僕は取り返してくるよ!万が一両方破損なんてことっ!あったらとんでもないよ!!」


 珍しく本気で慌てた様子なオルクスは、数術用いて姿を消した。騒がしい部屋が一瞬で静まった。静寂は嫌いではないが最近は賑やかだったため、少々違和感を感じる。


 「…………」


 東を空けるわけにはいかない。俺まで西攻めに加わった隙に城に動かれては敵わない。事前に情報は流しておいたから、後は城がどう動くかだ。

 考え込む俺の背に、扉を叩く音がする。入れと言えば、混血狩りのメンバーだ。


 「ヴァレスタ様、アルタニアからやって来たという客人が……如何なさいますか?」

 「アルタニア……?」


 その地で俺の知り合いなど数えるほど。あの男、生きていたか。いや……だがタイミングとしては悪くない。オルクスもいない。上手く使えば伏兵として今後役立つ。


 「通せ。彼は私の知人だ。呉々も丁重に扱え!」

 「は、はい!仰せつかりました!」


 暫く後、連れてこられた客人は……金髪青目の純血擬きの混血だ。俺は手下に下がるように伝え、鍵を掛け……防音結界を張る。


 「無事だったかカルノッフェル。気が狂ったと聞いていたが?」

 「その件はなんとかなったんだ。よく考えたら私は元々気狂いのようなものだしね」


 はははと笑う男は以前と変わらずおかしいが、それがこの男の何時も通りだ。オルクスめ。俺を嵌めようと嘘の情報を流していたか。やはり信用出来ん。

 あれは王になる気がないとはいえ、もう金儲けに興味がないと言ってはいたが……それは信用に値しない。奴の目的はどうにも不穏だ。

 数術使いというのは商人以上にろくでもない。知的好奇心のためなら何だってする連中だ。金で操れる人間の方がまだ可愛げがあるというもの。あいつは最悪俺の目さえ狙っている?……そのために俺を失脚させる企てをしていると見るのが正しい。隙など与えてやるものか。お前財産ごと、お前の目も俺が売り捌いてやる。そのためにも……今はこいつを十二分に労う必要がある。


 「よく帰った。しばらくはゆっくり休め。部屋を貸してやる」

 「お言葉に甘えたいけど、今こそ貴方には私が必要かと思ったんだけど、違かったかな?西とやり合うと聞いてね。第三島から武器と防具を取り寄せたんだ。勿論目立たないよう沖に停泊させている。知らせを出せばすぐにでも……」

 「それは有り難いが、些か遅かったな。せめて昨日にでも来てくれれば良かったのだが……」


 そうだ。今日は東の戦力の大半は西へと向かっている。噂を聞いた阿呆共もぞくぞくとそれに続いているはずだ。そんな野蛮なところに俺は行けるか。万が一でも俺の正体が判明したら不味い。今日は午後から天候も怪しい。なるべく外には出たくない。雨に濡れれば髪の色が落ちるし俺はそこまで補助系の数術が得意ではない。集中力を乱されれば解けてしまう可能性もある。君子危うきに近寄らず。危険な橋は渡れない。

 渋る俺に、カルノッフェルはにたぁと笑う。


 「うん、そう言われるだろうと思って腕っ節の良い兵士達も乗せて来た。すぐにでも戦える、アルタニアの兵力だ」

 「貴様……何を」

 「彼らは私の権限で恋人家族を全員人質にして来た。勿論この戦の後は大量の金銭を与えると約束しているし、裏切れば人質殺すと言っている。まず間違いなく彼らは裏切らない」

 「人質が逃げないと保証できるのか?」

 「ああ、保証できるよ。私の命を賭けても良い」


 やけに真剣な目をしているアルタニア公。以前の狂気はなりを潜めている。誠実ささえ感じる目。何を考えているのか、逆に見えなくなっている。


 「何が望みだ?」

 「殺人鬼Suitを貰い受けたい」

 「何?」


 予想だにしないその答えに俺は目を見開いた。この男は自身の姉にしか興味がない変態だ。その姉と勘違いしたが故、あの男に一時期興味を持ったが……それが何故今更?


 「聞こえなかったかな……?それじゃあもう一度言うよ。私は……僕は那由多王子が欲しい。僕には、アルタニアには彼が必要だ」


 真剣な顔つきで、カルノッフェルが俺を見る。そしてゆっくり膝を折り、手袋を外してみせる。


 「未来のセネトレア王、取引しよう?僕にあの子をくれるなら……僕の兵と僕の力を貴方に捧げる」

 「カードでもない人間が、何を……」

 「カードじゃない?面白いことを言うんですね」


 何も描かれていない手の甲を笑い飛ばす俺を、臣下希望者が嗤う。

 一瞬……その手に何かが浮かんだ。そしてすぐに消える。


 「僕はカードであり、カードではない」

 「貴様……」

 「僕は使える。それを理解していただけましたよね?ヴァレスタ様」


 にっこりと、そいつは俺に決断を迫る。


 「何人だって殺します。貴方を必ず王にしてみせる」

 「っ………」


 待ち望んだ願い。それがすぐ傍まで見えてくる。この切り札は大きい。欲しい。オルクスなどに盗られて堪るか。


(だが……)


 脳裏にちらつく影がある。あんな男のことなど俺は……何とも思っていない。金のなる木くらいにしか思っていない。だから平気だった。傷付けるのも、両目を奪うのも。

 あんな醜くなった抜け殻が、まだ何かの役に立つのなら……交渉の道具になるのなら譲り渡して損はない。

 俺の頭はすぐに正しい解を導き出す。しかし喉の奥に引っかかった小骨のような感覚が拭えない。何だ、これは?


 「だからあの子を、僕にください」


 その小骨が煩わしくて、それが拭い去れるのならばと俺は……その言葉に頷いた。骨はその瞬間に咽から肺の付近へ移動した。それが煩わしくて、仕方がなかった。

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