43:Audendo virtus crescit, tardando timor.
「……決めたようじゃな」
リフルさんの姿をした、悪の女王に俺は跪く。後方ではロセッタと、洛叉が異論を唱えていたが。
「馬鹿っ、フォース! あんた病人のくせに」
「死ぬ気か、フォース。医者として見過ごせん。俺は君の医者だ」
「それでも、俺もカードだ。いつかは死ぬ」
「エリアス様に仕えるのではなかったのか?」
「だからだよ」
セネトレア女王、刹那。俺の故郷、タロックのお姫様。この女は……エリスやアルムに危害を加える。どうあっても望むとおりのシナリオに話を持っていく。俺がそれを拒んだら、二人をこの場で殺すだろう。
「二人を解放してくれ……ください。その方は、俺の主君次期ディスブルー公と、その奥方様だ」
少し話は盛ったけど、大凡間違いではない。如何に女王であっても、セネトレア五公の縁者を容易く手には掛けない。勿論、そう信じたわけではない。この女に説得は効かないのはこの短時間でもよく分かった。必要なのは、たぶん……
「よいよい、顔を上げよフォースとやら。主君のための鞍替え、誠に忠義であった」
ぽんぽんと、気軽に頭を撫でられる。手袋もない白い手で。リフルさんなら絶対しない。そんな違いに俺は戸惑う。彼女の言葉を頭ごなしに信じられないが、従う以外の手立てがないのだ。いや、一つだけある。あるけれど……
「では仕度をするように。今日中に第一島へと渡るぞ。手配は其方達で済ませよ。文句を言うようなら、其方の主君らは若くして命を散らすことになるぞ」
「ち、ちょっと刹那姫、様!?」
「これとこれは妾が寝室で預かる。死なない程度の悪戯しかしないから早く準備をはじめるが良い。人質を解放したら交渉をなかったことにされてしまうやもしれぬからの」
「二人に何かしたなら、俺は貴方がリフルさんの身体であっても……俺のカードで殺します」
手袋を外し、見せつけた俺の切り札。数兵の中では最高の数。兵も連れない、身体能力も最低のこの人を……殺すだけなら本当に簡単。
「其方は随分と那由多を慕っていたようじゃ。それで本当に殺せるのかのぅ?」
「俺はどっかの馬鹿とは違う。身体が違ってもリフルさんはリフルさんだ。どちらか選べと言われたら、俺はリフルさんの心を守る」
行動の結果、俺がアスカ辺りにぶち殺されるのだとしても……交渉のカードはこれだけだ。死を覚悟した俺の気迫に、女王は瞳に愉悦を宿した。
「くくく、良い目じゃな。肝に銘じよう」
「フォース……」
「エリアス様、すぐに迎えに参ります」
上機嫌の女王に引きずられていくエリスとアルムは気がかりだが、あの二人も既に何度も地獄は見ている。いつまでも子供扱いするのは、信用していないことと同じだ。生きてさえ居てくれれば、まだ俺は助けられる。そうだ、やるべきことはまだあった。あの三人が居ない場所でまとめたい話が。
「ロセッタ、頼む。さっきと話反対になっちゃったけど……お願いだ。エリアス様とアルムを守ってやってくれ」
「はぁ!? 私には私の任務があるのよ!? 私も行くわ」
「リフルさんは俺が絶対に取り戻す。約束する」
「嘘おっしゃいあんたには無理よ。こっちの目的にはリフルの身体も必要なんだから! 何するか分からないあんたなんかに任せられない。私を連れて行かないならあんたはここに残りなさい」
「……ロセッタ。リフル様は君を仲間と、SUITの一員として認めた。仲間として俺からも頼もう。ここに君は残ってくれ」
「は!? 洛叉あんたまで何を」
「フォースと姫とは俺が行く。俺もリフル様の身体自体も失いたくはない。あの腐れ鳥頭などより先に、あれは俺の物だった」
俺とロセッタの口論を、一瞬で洛叉は黙らせる。驚いて俺達はしばらく何も言えなくなった。洛叉の、リフルさんに執着を見せる言葉。いつものセクハラなどではない。その言葉には真摯な響きすら俺は感じて、狼狽える。俺はあの人よりエリス達を選ぶけど、この男はそうではないのだ。
「な、なな……なんでだよ!? あんたが居なきゃアルムが、エリスがっ!」
「この一月手を尽くしたが、正直匙を投げたい」
「あんたなぁっ!!」
「早まるな、医学的な話ではない。数術という意味でだ」
怒鳴った俺を制止して、洛叉は自身の考えを語り出す。
「どちらの症状も、これ以上の解析は本物の数術使いの力が必要だ。ロセッタ。俺達がこの問題を解決する代わりに、教会側から二人の件への協力を願えないか? アルムの体は、教会側も咽から手が出るほど欲しい情報だ」
「だったら尚更あんたらが居なきゃ駄目でしょ。教会側が彼女に何をするか分かったもんじゃないわ。少なくとも、母体を優先させるような治療は期待できない。あんたと違ってね。まず非効率。あの子もカードよ。どうせ死ぬ命を生かすより、生まれる子供を数術学者は優先したがる。あんたがこの場を離れるのは、あの子に死ねと言うような物」
「だから君に頼んでいる。君は神子直属の部下だろう? 聖教会の神子に、彼女を見て欲しい」
「神子様に? ……難しいけど、それが出来たら……そうね。一番かもしれない。あの方はとてもお優しいもの。混血なら、尚更……見捨てはしないわ、たぶん」
洛叉の提案に、ロセッタも考え込む素振りを見せる。俺には分からなかった。洛叉が彼女を丸め込んでまで、第一島に行きたがることが。
「でも、今戦争中でしょ? ここしばらく連絡が付かないのよ。嫌な考えはしたくないけど……あの方が殉職された可能性もあるわ」
ロセッタは、リフルさんが心配だからと言う理由でここを離れたいのではなかった。神子との連絡手段が途絶え、他の仲間との連絡もままならない。第一島には潜入している仲間が居る。彼らと合流し、真実を見極める必要があったのだ。感情的に見え、彼女は冷静だ。任務と感情を切り離した判断が出来る。神子から信頼されているのも、事実なのだろう。
「……その、もしもの場合。君は俺達の敵になるのか?」
「神子様に与えられた職務を全うするだけよ。私は那由多王子を助け、タロック王を討つこと。その過程としてセネトレアでの揉め事を解決すること。リフルが狂王を討つまでは、私はあんたらの味方よ」
「その時に、君の主がもういないのなら?」
「その時は……私の主は私になるわ。私なりの正義を全うする」
仕える主以外には従わない。彼女はそう言う。俺とは違う。何度も主を変えた俺とは違う。
(俺は……)
目的のためならと……今度はあの女王に膝を折った。かつては生きるためにとアルタニア公に。俺という人間に芯はない。同じ事の繰り返しだと、ロセッタの目が脅す。お前は追い詰められた時、使命を全う出来ない弱虫だって。
「フォース。あんたほんとあのお子様のために死ねるの? 本当にあんたが仕えたかったのはリフルじゃないの? だからあの子も不安がってる」
「ロセッタ……」
「あんたは我が儘よ。昔からちっとも何も変わらない子供のまま。あんたはリフルに組織に甘えすぎなのよ! あいつを主にしたら、家族じゃなくなるって。リフルを親代わりにしたいから、家族でいて欲しいから自分の王に出来なかったんでしょ! 無理矢理余所に主を作れば独り立ちできる、親離れできるって思ってる大馬鹿者よ! あんたはアスカと違う意味で、あいつに縛られてる。依存しまくってんのよ馬鹿っ! そんなあんたに本当に、リフルを助けられると思うの?」
エリアス様のため。そう言って、リフルさんを見捨てる。それが成長、それが忠義だと履き違えている。たぶん図星だ。凄く胸が痛いから。
エリスは俺を助けてくれた。エリスを俺は守れなかった。だから守りたい、大事にしたい。リフルさんよりも。アーヌルス様よりも。
「エリスは……まだ小さいけど、頭が良い。ぜんぶ、分かってるんだ。分かった上で、俺を必要としてくれる。そんな人、どうして裏切ることが出来るんだ!? リフルさんはっ……リフルさんは、何があっても笑ってくれる。俺が何をしても、どんな道を選んでも……あんな風に、俺を! 俺だけを必要とはしない人だ!」
暴走したら、あいつみたいになる。アスカみたいに。だから踏み込めない、これ以上。そうしたら、リフルさんはきっと泣く。そんな顔、俺は見たくない。だからこれが……一番じゃないのか? ほっといてくれ。見ない振りさせてくれ。このまま死ねば、俺は馬鹿だから幸せだったって死ねるんだ。本当の事なんて、暴かないでくれよロセッタ。
「俺はずっと、エリスの傍に居られない。もうすぐ死ぬ。最期くらい、エリスの役に立ちたい。せめて……エリスのために、死にたいんだ」
「だから、ここにいなさい。それが、エリアスのためでしょ!?」
「遅い。そこな者ども、妾に無駄に歩かせるとは死罪に値するぞ」
俺達の諍いに痺れを切らした? 違う、口調の割りに女王は浮き足立っている。俺達が揉めているのが興味深いらしい。
「喜べ愚民、聡明な妾が唯一にして最高の解を与えようぞ。結論、其方達が皆妾に付いてくれば良いだけじゃ」
「は?」
リフルさんの姿で女王は、アルムとエリスに大荷物を運ばせ再び広間に現れた。子供と身重の女の子に何てことをさせるんだ! フォースは慌てて二人へ駆け寄る。無駄に多い旅行鞄の中身は着替えだろうか。城内にあった衣類に着替えたのか、リフルさん……の身体は女王の手により当然女装となっている。ぴったりのサイズをこんなに用意しているカルノッフェルにも腹が立つが、弟の身体で着替えを楽しむ女王も頭がおかしい。
「第三公は行方知れず。こんな場所に残っている方が馬鹿じゃ。第一島には教会の手の者も居るのじゃろう。合流するにも好都合ではないか」
「素晴らしい」
「おいこら変態、外見に惑わされて反論の言葉を失うな」
女王のお召し替えに感動している洛叉は駄目だ。手遅れだ。そんなにリフルさんの顔と身体も好きか! ロセッタも、見直して損したと呆れながら洛叉を見ている。
「折半案としては最高なんだけど、あんたの意見だと思うと私はノーと言いたいわね」
「ええい愚か者共め。考えてみよ、那由多が妾の身体に入っておるのだぞ? ぐずぐずしていられるか。妾の伴侶が傷物になっては困る」
「失礼ながら、刹那様は傷だらけなのでは」
「あいつも傷しかないわよね」
「くくく、言うではないか」
なるほど、入れ替わってやることやって……元の身体に戻るつもりか。もし彼女の言葉通り、混血と純血の間に子が残せた前例となったなら。審判を刹那姫が勝ち残った場合、次代のタロック王が生まれる可能性はあるか。会話の脱線を指摘しないまま、フォースは考え続ける。
(でもこの人……が企んでいるのは、本当にそんなことなのか?)
刹那姫は、祖国へそれまでの愛情、関心があるようには思えない。
「はぁ……ったく、何のためにここまで逃げてきたと思ってんのよ」
「案ずるな。あの猫を始末したいのは妾も同じ」
「そのために、戦線を傾けたって言うの?」
「何、妾がその気になれば幾らでも立て直せるわ。妾に出来ぬ事など何もない」
*
グライドが全てを話し終えた時、目の前ではある種事件と言えば事件が起きていた。
「アスカ様……」
発端は、メディアという女性。振り返った彼に思いきり口付けをかますという熱烈さ。な、何と言う非常識さ! これがカーネフェル人なのか!? タロックでは考えられないし、第一脈絡がなさ過ぎる。グライドが動揺している傍で、長い口付けがようやく終わる。外見だけなら可憐な娘が、青年一人を口付け一つで床に転がす結末で。窒息でもさせるつもりだったのか?
「あの……生きてますか、その人」
「ふぅ、これでまずはひとまず大丈夫です」
大丈夫か怪しいのは貴女の頭の方ですね。などとは流石に言えず苦笑い。数値を視る限りアスカさんは生きてはいるようだ。しかし、彼を取り巻く数値に大きな変動が見られる。
(動揺とも違う、感情数がこんな風に動くのは異常だ)
「貴方は、見える方ですね。そう伺っております。……ふふふ、噂には聞いておりましたがグライド様。貴方は高潔な方ですね」
褒めているのか貶しているのか解らない、彼女の物言い。事実を観測するよう此方をじっと見つめて。
「貴方はある側面に置いて清廉潔白。けれどそれ故、相容れない影が出来上がる。私やアスカ様は影に属する人間です。そして貴方の友人達も」
「まさか、貴女は……?」
数術に対する異様な理解力。純血を装っているが、その正体は混血か! 驚き僅かに身構える、いつもの癖だ。けれどもそれで僕は大事な人を傷付けた。何度か呼吸を繰り返し、息を整え気持ちを静める。すぐには人は変われない。それでも後悔はもうしたくないから。
「ええ。もうご存知ですよね? 私はソフィ……いえ、ロセッタの同僚です」
「なるほど、本当に教会側の。……西側の味方なら、それもあるでしょう。しかし何故彼を?」
「アスカ様は今、とても危険な状況にあります。邪眼に魅せられ過ぎました。ちょっとしたことで仲間を殺める可能性があるのです。私は彼を抑えるために派遣された数術使い。先程のアレは、一時的な邪眼キャンセルです。もし貴方も危ないと言う時は頼って下さいね」
彼女は特殊な数術使いらしい。自身で数術を紡ぐ事は出来ず、行動に式が宿る。感覚的に数式を操る天才? 開花した状況のために、限定的な力が目覚めたとも考えられる。
「お気持ちは嬉しいですが、遠慮しておきます。僕には不要です」
「そうですね、貴方を支配する主は悲しみ。他の感情が貴方を支配することは恐らくないでしょう」
メディアさんの言葉は、僕に安らぎと更なる悲しみを背負わせる。
「グライド様の話を聞いたアスカ様は、酷く動揺しました。瞬間的に、またよからぬ事を考えていたと思われます。本来彼が信じたかった心に、名前を塗り替えました。まだしばらくは欺せます。その間、彼は強く戦えます」
「暴走……するところだったのですか、今も」
「悲しいことですがグライド様。真実で狂人を救えはしませんよ。言葉は聞こえていても、心の奥底まで届きはしないのです。彼は望んだ現実以外を受け入れられない人間です。愛した人にさえ、その妄想を否定されるのは許せない世界を生きて居るのです」
「メディアさん……それは、誰のことですか?」
「……誰しもが、そうなることはありますわ。何も彼に限った話ではありません」
それはアスカさんを語りながら、僕とあの方のことを思い起こさせる。メディアさんは軽く否定はしたけれど、肯定も同時に行う。
「夢が終わってしまうまで、アスカ様の夢を続かせてあげましょう。それが誰にとっても幸せなことなのですから」
気を失った青年の、頬を優しく撫でるメディアさん。その目に宿る感情数は……あまりに愛に満ちていた。
「勿論協力して頂けますわよね? 私、記憶操作が得意なのですけれど」
頷かなければ力尽くで黙らせる、僕へと向いた微笑みが恐ろしい。今の口付け以外の技があり、僕に打ち勝つ自信があるのだろう。教会相手に正面からは挑めない。
「出来る物ならどうぞ。命が惜しくないのなら」
「私の身体構造的に感染率はかなり低いですし、仮に感染したところで困りません。私はなんでも出来ますよグライド様。それが仕事ですもの」
「……そこまでご存知でしたか。教会側はあの病の情報を何処まで掴んでいるのですか? 今、重要な話が含まれていましたよね」
「それについては此方をどうぞ。情報をまとめておきました」
彼女から渡された紙切れは、掴んだ途端に弾けて消える。情報数式として指から頭に流れ込んだのだ。それも教会の道具か。便利な物を持っている。数術への理解が東で進んだ頃に、なんとか輸入できないだろうか。そんな風に考えた自分をグライドは笑う。
僕もすっかり商人だ。時間なんて、そう長くはないのに商人は……いつも先のことを考える。商機のために未来を見つめる思考回路。カードが未来を思うだなんて滑稽過ぎる話だ。
「ありがとうございます。僕は貴女の言葉、全面的に信頼しますメディアさん。ロセッタの仲間という貴女を」
「……いいえ、お礼を申し上げたいのは私の方です」
「お礼ですか、厚かましいことを伺いますが……貴女のその数術を、城の使いに使えませんか?」
「それは出来ませんわ。J相手に下手な刺激は命取り、最悪此方が全滅致します。まだ選別は終わっていませんから……ティルトという女を必要以上に追い詰めることは避けて下さいね」
「心得ます。あしらい方には気をつけましょう」
*
朝から何やら騒がしい。ティルトが眠い目を擦ると、顔色の悪いトライオミノスが無言のまま手紙を突き出す。話を聞けば、Suitを名乗る者から借宿に手紙が届いたという。
「よ、予告状だと!? ふざけやがって!!」
「おそらく罠だ」
「罠だとしても行かない訳にはいかないだろう!?」
「相手はあの女王の弟だ。無策でこんな物を送ってくるとは思えない」
「……一理ある、けど。それならどうしろって言うんだ」
「同様の怪文書が、カーネフェルにも届いたようだ。ベストバウアー中が今、大騒ぎになっている。いる中お前は昼まで寝ていた」
「ご、ごめん……連日の戦闘で、ちょっと疲れて」
「……しっかりしろ。もうイアンはいない。まともに回復を使える者もいないんだ。油断から手傷を負えば本当に死ぬぞ」
「わ、解ってるよ……ごめん」
寡黙なイオスがここまで言うんだ。私は本当に気を引き締めなければ。しっかりしろ、“俺”! ティルトは自分の頬をバチンと叩く。
「手紙の詳しい内容俺に、もっかい教えて貰える?」
「【明日の夜、セネトレア女王を頂きに参ります。 暗殺請負組織SUIT】」
「随分と短いな。要約した? 本人じゃなくて部下とか別人の攪乱目的とかもあるんじゃない?」
「手紙には、銀の毛髪が一本同封されていた。生死は不明だが、殺人鬼Suitの身柄は確かに保持する相手が発送した物だ」
「そっか……」
今、王都は荒れている。俺達が女王の遊びで外に追いやられてから……カーネフェルとセネトレアの戦争が始まった。目的を達したところで簡単に城へは戻れない。契約騎士という身分でも、俺達は女王の犬だから。
カーネフェル側に手紙が届いたのはもっと早い段階だったため、この大混乱だ。第四、第五島にいる兵達も人海戦術で呼び寄せられているとかで、セネトレア第一島はとんでもない事態に陥っていた。表通りは人がごった返して歩けない。裏通りにまで雪崩れ込む。金のためなら王も売るのが商人だ。刹那に懸賞金を賭けた阿呆まで出始める始末。
(あいつを殺すのは私なのに!)
悔しさでいよいよ眠気が飛んでいく。
「アニエス姫のことを思えば、カーネフェルに城を落とされた方が良い」
「アニエスに、何もしてやれないのは歯痒いな」
どの口がそんなセリフを吐くのだろう。自分で自分が嫌になる。アニエスよりも、あいつのことを考えていたのにさ。落ち込む俺に、イオスが優しく囁いた。
「出来ることはある。あの女は、大人しく城で待ち構えているような奴か? アニエスではない、刹那のことだ」
「状況を引っかき回すため、その辺フラフラしてるって?」
「捕まれば処刑されるようなスリルが目の前にあって、じっとしているとでも?」
「ああ……あの女ならそりゃフラフラ出歩くわ!! くっそ! つまりSuitを見つければ、あの女も見つかる! あいつよりカーネフェルより先に俺達が刹那を殺す!」
「そうだ。それが、アニエス姫のためになる」
*
血眼のカーネフェル軍はすぐそこにあり、懸賞金も各所から。セネトレア女王は今や国を追われる身。女王を愛する民達が、そんな者達と争う声も此方へ届く。ベストバウアーは今、愛と憎しみに満ちていた。
「さて、此処をどう乗り切りますか可愛い刹那?」
「潔く死のう。刃物をくれ」
「混血とは言え、流石は真純血のサラブレッド! タロック騎士らしい台詞が似合いますなぁ!」
リフルの言葉に、セネトレア王ディスクは大喜び。カルノッフェルの身体を使い、愉快気に両手を叩く。そんな大げさな仕草はさも彼らしく見えるのに……その中身はもう既に別の存在となっていた。カルノッフェルとも因縁浅からぬ仲。それでもこんなに悔しく思うのは、彼を一言に悪とは言えなくなっていたから? リフルは自分に問いかける。
(罰が、多すぎる)
カルノッフェルには既に報いが訪れた。最愛の人を自ら殺めてしまった、その絶望を抱えたまま生きていくこと。それが何よりの贖罪となる。そう思った矢先にこんなことになるのだから、セネトレア王がいよいよ憎らしい。
「こんな状況、どうにもなるまい。姉上は仮にもこの国の長。辱めを受ける前に王族らしく死ぬべきだ。それが最後の優しさだろう。あの女がしたことを思えば、散々いたぶられてから死ぬべきだとは思うが私がそれに付き合う義理はない」
「……死にたがりの貴方らしくもない」
「私は罰を求めるが、与えてくれる者は私が決める。その人は、今私の傍には居ない」
そうだなロセッタ。まだ死ねない。ラハイアの代わりに私を殺してくれるのは、彼女だ。頑張ってこの場を乗り切ろう。口には決して出さないが、思考を手放してはならない。
「ディスク。貴方の狙いは、私と姉様を引き合わせることだな?」
「おや、名案が浮かびましたか?」
「簡単なことだ。姉様は派手好きだ。その内勝手に名乗り現われる。人の興味が其方に向くまで此方は息を潜めているだけだ。まぁ、見つかっても問題はない。女王の性格は世に知れ渡っている。顔だけ似た影武者ならば、認識している者もいるだろう?」
やってやろうじゃないか。あの女とは似ても似つかない性格の女を。
久々の15章!嬉しい……禁断症状でもう書きたくて書きたくてたまりませんでした。絵本シリーズは私のライフワークです。伸びようが伸びまいと書く! 本編もう少し進めないとちょっと面倒なことになるので8章がしがし進めます。ジャンヌ辺りの話落ち着かないとこっちの辻褄が……なんです。