42:Ad nocendum potentes sumus.
それが最後の仕事、いや、抵抗だったとでも言うのか。それを完成させた男は、これまでの抵抗もどこへやら……すんなりこの手に落ちてきた。
もう、言葉も聞こえない。死んだに等しい。唯時折、酷く悲しげな声が聞こえるだけだ。それ自体に、害はない。唯延々と、繰り返される言葉は短く、“姉さん”と。嗚呼、聞き慣れた声だ。こんなもの、もうずっと前から聞かされている。
「可愛らしいな、貴方は。死人が、悪人が、改心するとでも思ったかね?」
「……」
随分と長く眠っていた。取り戻した目が、身体に馴染んできた頃だろう。触媒として使われたのだ。数術の才は哀れないかれた脳のために死んでいても、以前より良く見えているはず。
「そんなことはない、全ては計算の上でのことさ。信じたくない、そんな顔だね刹那?」
「……“彼”に、私を攫わせたのか?何と言うことを」
視覚数術が解け、今目の前で会話をしているこの私。セネトレア王の仮初めの器が誰なのか。那由多王子はそれを確かに見ているはず。だから刹那の深紅の瞳は、あんなにも心細く脅えているのだ。嗚呼、中身が彼女だった頃は一度だってそんな瞳をしなかった!
簡単に男を招き入れようとする癖に、心は折れない。対等に渡り合おうとする。あれは男のような女だ。いや、そのどちらでもない。身体だけ見事に実った、赤子なのだあれは。醜悪で欲深く、純粋で無垢。
しかしこの男はどうだ。その魂は男の物であるはずなのに、刹那のような勝ち気さはない。見る影もない。けれど英雄気取りというわけでもない、聖人君子のはずもない。
悲しみに染まった深き瞳は、かつての敵さえ哀れみ潤む。この目を見ると、思うのだ。私さえ、許される。愛されることができるのでは、と。きっと誰もがそう思う。罪深い人間であればあるほどに、救いを求め縋るだろう。
「同情したのかい、あの殺人鬼に。哀れなあの男に!そうだね、そうだろうねぇ!貴方はそういう人間だからねぇ!ましてや一時でも同じ女に惚れていたのだ。その女性が選んだ相手だ。その男を軽く見るのは、その女性まで馬鹿にするようなことだものなぁ!」
「……人は、変われない。幾ら時を重ねても、罪人は罪人だ。私もそう思ってきた。だけど違う!」
中身の変わった深紅の瞳は、これまでとは違う色で輝いた。暗すぎるその色に、それでも確かな光を宿して。
「私を変えた男が居る!私は変わった!変わってやる!!だから私は……信じている。あの男は変わったのだと信じる!」
「起きろ、“カルノッフェル”!私の声が、聞こえないのか!?」
「無駄だよ、刹那。憑依数術に救いなどない。貴方は知っているはずだ」
*
知っていた。そのはずだった。故郷でもない、この国のこと。深く理解していたつもりだったとリフルは思う。幾度となくこの眼で、この肌で。それを教わってきた。そうだと思う。
しかし、セネトレアという国が抱えたその業は、もっと深いところまで広がっている。それこそ、底なしの……一条の光もない。そんな奈落にも等しい場所か。
(思えば、みんな金髪だったな。こだわりがあった訳では無いのだが)
お嬢様は、金髪のカーネフェル人。リアは金髪の……後天性混血。トーラは金髪の先天性混血。
(それから、あの男は……)
いや、ラハイアをこの並びに数えるのは失礼か?いや、むしろ私にとっては尊重か?
惚れた相手、心を奪われる相手は目の色の違いはあれど、金髪だった。そこに母の姿を追い求めているつもりもないのに、奇妙なことだ。
(好きなのかもしれない、あの色が)
光みたいだ。焦がれた後に、随分遅くに金髪だなと気がついて……見つめればそう思う。それは光のようだったと。目の前に居る男……憎むべき相手。それでも私は二人の真実を知った後、何も言える言葉が無くて。私が友と呼んだ女性も……用意された計画の、駒でしか無かった。彼女に救いを見た日々も、こうして仕組まれた……罠の一つ。それでも、私は思うんだ。
(なぁ、カルノッフェル)
お前がそこまで愛した女性だ。リアは……マリアという人は、素晴らしい女性だったのだろう。お前が狂って尚、愛した女性だ。リアになる前の彼女も、きっと……日溜まりのような笑顔を浮かべる、心まで美しい人だったのだと私も思うよ。私とは、似てなどいない。お前の光だ。私の、ラハイアにも等しい。光を失ったお前と私は、よく似ていたのかも知れないな。
(私は再び、帰って来た。お前もそうだ)
他者の思惑の傀儡として、ではないだろう?抵抗しようとしたお前の意思はあるのだろう?何が再びお前の心を折った?
見つめるだけで、相手を魅了できなくて良い。代わりに此方の心を伝えることが出来たらどんなに良いか。後天性混血児の身体を手にしたセネトレア王は、魅了への耐性を得た。動きを縛り、従えることは困難なよう。ならば今は待つしか無い。
「あの数術に……救いがない、か。舐められたものだな。こんな成りでも私は暗殺請負組織の頭だ。馬鹿にするのも大概にしろ。そんなことで、私は驚かない。悲しむこともな」
「憑依数術の力を知っているのに?」
「今更悔いて何になる?私がこれまで何人、大事な人を失ったと思っているんだ?」
そこにはこの男も、一枚二枚噛んでいる。憎むべき相手なのは違いない。
「私が足掻いたところで何も変わらない。助けられない。それなら、出来ることは一つじゃないか」
「一つ、とは何か聞いても宜しいか?」
「……信じる。それだけだ」
「貴方は貴方の敵を信じると?」
「私が信じているのは……私が手に入れられなかったものを勝ち取って……それを貴様等悪魔と死神の手によって、狂わされた男の中に残るものだ」
あの男を一言で言うなら、無邪気な男。そして、可哀想な男。それから……幸せだった男、だろうか。
「虫が良すぎる。考えてみれば当然だ。幾ら私の目の力、フォースの説得があったからと言って……あの男があそこまで私に懐くのはおかしい。それこそ……何か外的要因、数術的な誘導があった。そう思う方が当然だ。確かにそれなら説明がつく」
「ご自分の幸運だとは思わないのですな」
「私が幸運なら、こんなところでこんな姿になっていない」
「ははは!笑いの才もお有りとは!最高の道化だな貴方は!!」
復讐を遂げた男と、復讐を諦めた男の間に残った奇妙な繋がり。敵を許した彼が許されるとは限らないが、少なくともその敵は、彼を許せる純粋さがある。
(フォースは、カルノッフェルを生かした。その選択を私は……信じたい)
「狂人を、どう思うセネトレア王。狂った人間は恐ろしいか?理解できないか?愚かだと思うか?」
美しいものが、この世界には残っているだろうか。守るべき価値があるものが。
もうそこにないから、彼らは狂った。それはもう、自分の内側にしか存在しないから。頭の中にあるものと、目に見えるものが違うんだ。
「奴は、狂うほどの愛を守り続ける男だ。簡単に御せるとは思うな」
移り変わっていく世と人の心。それを見ながら、彼は彼の狂った檻の中に永遠を築いた。そこに自ら囚われたのだ。そんな男の心変わりなど、おかしな話。
(あの男への理解を深めることは、父様に触れることなのかもしれないな)
カルノッフェルだけじゃない。私自身、身近で狂気に触れたんだ。アスカの暴走……忘れられるはずが無い。
(私だって、苦労した。苦労している)
変わってしまったあいつを思い通りに動かすことなんて、出来ない。その方向を示すくらいしか。
だから憑依数術にも、穴がある。そうであるはずなんだ。奴らは普通の人間ではない。そうではなくなってしまった人間だ。となれば憑依数術、その数式だって……常人と同じもので全てが上手くいくわけがない。
「……貴方には不思議な力が、魅力がある。それはあの目がなくても、だ」
「褒めても何も出ないが……何のつもりだ?」
「確かに貴方の言葉には力がある。さももっともらしい。そういうことも起こり得る。そう思わせるには足りるのに、肝心の自信が伴わない。ほら、とても不安そうな目だ」
「……自信の有る無しなど関係ない」
「貴方はとても不幸な人だ。運が悪い、そういう場所に生まれてそういう風に今まで生きてきた。だから信じ切れない、貴方の言うことが事実であっても、実現できる可能性がすぐそこまであっても、最後の最後で運に見放されると知っている」
どんなに冷静を装っても、それで打開できる状況ではない。お前の手の内など解っていると奴は言いたげ。これまで此方を探らせ、私の出方を見てきたのなら……その自信たっぷりな言葉、嘘ではあるまい。悔しいが、相手の方が何枚も上手であることは認めざるを得ないだろう。
「信じることなど、出来ないさ」
「っ!」
「今回も、結末はきっと貴方の望まぬ物になる。そう、最悪の形で」
「……」
「だというのに……この話を聞いても、まだそんな目をしていられるとは。貴方は本物の、化け物か?」
自信は無い、不安な目。それでもまだ不敵な目。口元は、笑っている。強がりなどではなく、腹の底から込み上げてくるそれを、隠し通すのは難しい。気が狂ったか、こんな場面でどうして私は笑うのか。だが、可笑しくて堪らないのだ。
「ならばその化け物を丸め込もうとする者は、一体何なのだろうなセネトレア王」
「くくく、相違ない。……さて、その余裕。策がお有りか?那由多王子は、人の裏を掻くのがお好きのようで」
「そんなものはない。だが、希望ならある」
それが自分であるなどとは決して言わない。私の希望は失われたのだ。でも、だからこそ私はもう俯いてはならない。彼の言葉を、彼の思いを私は覚えている。
「光は生まれる。それが地の底でも、血の海でもだ」
例え世界が人がどんなに醜くあろうとも、それは必ず生まれるものだ。今目に見えるもの、それを嘆く気持ちがあるならば。人から良心が滅びない限り、希望は必ず舞い降りる。
「退屈なのは貴方も同じだろう?一つ、私も話をしてやろう。多くの妻や我が子を死なせてきた貴方には、随分と堪える話かもしれないが」
「貴方とて、随分多くの者を死なせてきたのでは?そう、私の娘の一人もそうらしいな。それからしがない絵描きや成金娘もいたそうじゃないか」
「無駄ではない。無駄になるような生き方を、私はしないと決めたんだ」
それが、私に出来る遅すぎる愛情表現なのだから。
「……セネトレア人の貴方には解らないだろうが、本物のタロック人は、決して恩を忘れない。そして言葉を違えない」
「私の血の薄さを侮辱したところで、貴方に脱出の隙が生まれることはないのだが?」
「私は信頼できるタロークを三人、置いてきた」
私の言葉に、セネトレア王の表情が僅かに強張る。駆け引きならばお前が上でも、口先だけなら私も負けない。私は笑っていなければならない。どれだけ不安でも、彼らの言葉を信じよう。
例え残り僅かな時間でも、彼はきっと……守ってくれる。
(フォース……)
お前は、守られる子供じゃない。誰かを守れる男になった。ラハイアに私とお前は、託されたんだ。信じさせてくれ。
(きっと、無意味なんかじゃない)
私達が、生き延びたことも……
「ああ、すまない。一つ訂正しよう……留守を任せた私の愛すべき民は“四人”だ」
*
悪いことばかりが起きる。何一つ解決できていないのに、頭痛の種が増えていく。考えろ俺。考えるんだ俺。無い頭使ってでも……!
「まず、状況をまとめよう」
「GJ洛叉!」
フォースは真横に並んだ男の肩を感謝の気持ちで叩いてやった。
「アルムは身重、リフル様はこの様、第三領主は行方不明。まともな戦力としてカウントできるのが俺とロセッタ、それからフォース……君だけだ」
「ああ。リフルさんが一応目覚めた以上、グライドアスカとの合流を図って単純に戦力強化……がベストじゃないかな」
「否定はしない。だが、アルムとエリアス様だけをここに残すわけにもいくまい。第三領主の庇護を失えば、あっという間に味方が敵だ」
「第二島へは貸しがあるけど、島全体はまだ混血への意識を変えるには至らない。駆け込み寺としては危険すぎるわ」
ロセッタ、洛叉……二人の言葉が俺に重たくのし掛かる。
「第五島との交渉の結果だけど、第五島は戦場候補地。彼を帰すのはかえって危険。このまま私達に保護をと言う事よ。ちなみに第五公も了承済み」
「なら、このまま第三島にあの二人は保護を頼む。それで頼れる者がここに残って二人を守る……」
「じゃあ、あんたと洛叉が留守番ね。私があの馬鹿姫連れて第一島へ戻るわ」
アルムとエリアスを残すなら、ここには医者が必要。そして俺自身も洛叉の治療が必要。洛叉がここに残るなら、俺が戻るわけには行かない。
「……リフルさんを、頼む。ロセッタ」
「あんたに頼まれるまでもないわよ。でも……確かに、任されたわ」
「なんじゃ、妾の民は来ないのか?横に男がいないとはつまらん」
「そんなつまらないならその胸削ぎ落として排水溝にでも流しなさいよ。簡単に詰まるから」
「くくく、其方では詰まるほどもなかろうな」
「そこで笑うなっっ!!」
扇で優雅に風をあやつり、女王……刹那姫が笑う。リフルさんの目で、真っ直ぐと俺を見ながら。
「まぁ、戯れ言はさておき……じゃ。勝算はあるのか?」
「え?」
「あの猫はあんな芋娘でも、こーとかーどなる者なのじゃろう?そしてここでそれに対抗できそうな人員は……フォース。其方だけという話」
やはり中身が違うからか、リフルさん程の邪眼能力は無い。それでも心臓をわしづかみにされたような迫力はある。同時に、……相手が相手だからか?真剣な目をされると……リフルさん以上にぐっと来る。意識を持って行かれそう。視線を逃した先で、洛叉も微妙な顔つきで……僅かに顔は赤くも見える。ロセッタは全く平気そうだから、男限定で刹那姫は恐るべき魅了能力を保持しているようだ。
(相手はリフルさんなのに……)
言葉を選ばないならば、やりたい。今まで話していた内容を忘れるような衝動を感じる。身体はリフルさんであっても、今の中身は刹那姫。完全な女性だ。だから倫理観とか背徳感とかそういうのを彼女は視線一つで粉砕し、獣の欲を引きずり出させる。
(何考えてるんだ俺!)
しっかりしろと自分を叱咤し、思いきり自分の手を抓り意識を保つ。
俺はここに残るんだ。エリアスを守ると約束した!こんな女と一緒だなんて堪えられない。俺が俺で無くなってしまう。
「ふふふ、可愛い奴め。そこまで妾に抗うか?男になるのがそんなに怖いか、フォース」
「ぎゃっ」
「フォース!?」
するりと俺へと近付いて、リフルさんの身体で背中から俺に抱き付く刹那姫!そ、それどころか肩に顔を、顎を乗せてててて俺の耳元で甘えるような声色を出す。こ、この人毒だ!存在自体本当に毒だ!
「それとも妾に反応しないとは、男の趣味が?それなら那由多のこの身体で反応しないのは妙よのぅ」
「あ、あんたねぇ!そいつに変な真似するんじゃ無いわよリフルの身体で!!」
ロセッタが怒鳴るのも者ともせず、彼女は甘い息を吹き付ける。背中にはピタリと薄い胸が張り付いていてそれだって十分変な気がするのに、本来ならばと刹那姫の元の姿を思い出し、余計に俺の鼓動が早まった。
「くくく、冗談じゃ!反応の無い男はそこまで赤くはならんだろう」
「あ、あんまり……俺をからかわないでください」
「ふふふ、妾に命令できると思うのか?ひとつ、良いことを教えてやろう」
そうして繰り返されるのは、この話し合いの前も耳にしたのと似たセリフ。
「妾は生まれてこの方、思い通りにならなかったことなど一つも無い。妾が願ったことは必ず全てが実現する。つまり妾が本気で其方を連れて行こうとすれば、其方には拒むという選択肢はあり得ない」
「はいはい、お姫様の戯れ言は解ったから」
「それは妾がまだ本気でそう思っていないからに過ぎぬ」
ロセッタが刹那姫を相手にもせず聞き流そうとしたところだが、俺が見た洛叉の眼光は鋭い。良くない展開を彼は既に察知している。
「男の身体と言うハンデがあっても、那由多の外見ならば上々よ。既に先程、其方に会う前に数人骨抜きにさせておいたわ」
「じゃあ、カルノッフェルがいないのは!?」
そうだと頷いて欲しかった。だけど女王は嘘さえ感じさせないあっけなさで、俺の思いを叩き割る。
「それは妾のしたことではないが、あのような童二匹程度……」
パチンと、女王が扇を閉じる。その音に従うよう、室内に踏み込んだ黒衣の男が立ち並ぶ。俺と同じ、アルタニア公の番犬達だ!その数、二十は下らない!
異変を察知しすぐに駆けつけたというのに、あの短時間でこんなに大勢魅了したのか!?
「エリスっ!!」「アルム!!」
俺と同時に洛叉が叫んだ。番犬たちは二人を人質にし、刃物を突きつけ迫る。その傍を申し訳なさそうな顔で浮かんだ小さな精霊……俺が見張りを頼んだ精霊エルツだ。
(エーさん……)
《す、すまん……フォース》
《ここは、我と相性最悪の風の元素が満ちている。土の元素が足りん。お前無しでは如何に我と言えど……》
(……ごめん、無理を言ったんだよな。ありがとう)
かなりの元素の消耗が見える。アルムの体調が悪化したんだろう。それで俺がいないのに回復数術、かけてやってくれたんだよな。そこを狙われたんじゃ、俺は彼を責められない。そう、責めるべき相手は……
「馬鹿姫……リフルさんの身体で何をしたんだ!!あんたはっ!!」
全ての怒りをそこへぶつけるべく、俺は女王を突き放し思いきり睨み付けた。
「くくく、一通りは楽しませてもらった。やられる側でも、この身体ではなかなか悪くは無かったぞ。しかしどいつもこいつも腑抜けでな、長くは保たずあまり楽しめなかったが」
「うわぁあああああ!何てことしやがるんだ!!」
リフルさんの身体で勝手に、男遊びをしただって!?殺さない程度にとは言え、何て危ない橋を渡るんだ。こんなのアスカに知られたら、この場の人間全員惨殺されかねない。ここにアスカが居なくて良かった。心の底からそう思う。
「い、いいか!?い、良いですか!?絶対女には手を出すなよ!万が一でもリフルさんの身体で無関係の人間を殺したりは」
「実はもう既に数人死んでいてな。近場のメイドを引っかけたところうっかり殺ってしまったので窓から庭に捨てておいた」
「あああああああああああああああああ!!!!!リフルさんが封印してた本番がぁあああああああああ!!!!!」
「些か心許なかったが、良かったぞ?こんな装備でもなかなか楽しめるものだな、やる側というのは。しかし生娘は居ないのかこの城は。妾が言うのも何だがやはり男の身体になったからにはそういう女を抱いてみたくなるものだろう?」
第三領主に仕える者にろくな人間いないのは確かだけど、中にはカルノッフェルが新たに雇ったまともな人間も居ただろうし、改心した者だっていたはずなのにこの仕打ち!!メイドに至っては……金目当てとか娼婦まがいの者も居たけど、殺されなきゃいけないほど悪い奴はそんなに、居なかったような気がするのに……
「あんたっ、最っっっっっっっ低!!!!」
泣きそうな顔で、ロセッタが叫んだ。いや、もう泣いていた。そしてその手は刹那姫の頬へと伸びていた。静かに笑った刹那姫の目は、笑っていない。
「ほぅ……この妾を打つか、混血。人質が見えておらんのか?」
後天性混血が本気で打ったのだから当然痛い。リフルさんの頬は腫れ、口からは血も出ている。誰が掃除すると思ってるんだよ、刹那姫が吐き捨てた唾には赤い色……それから数本の折れた歯が見える。
「心地良い憎しみの目だ。何をそんなに怒る?」
「……あんた、人から恨まれないような生き方してるって、言えるわけ!?」
「愛を知りながら、人を愛せないのか小娘?」
「っ!?」
「本当にここには生娘が居ないようだな」
「な、な、何よ!」
「そのような髪色で、まともに生きてこられたはずが無い。其方も那由多も、そこな娘も」
「あんたに、混血のっ……私達の何が分かるって言うの!?真純血のお姫様だって、何の苦労もしないで生きてきたあんたなんかにっ!」
「ロセッタちゃん……」
まだ状況を半分も理解していないだろうアルム。それでもロセッタが追い込まれていることは解ったのか?アルムも辛い顔になる。俺も洛叉もそれを支持したいが……刹那姫はもう一人人質を得ている。……リフルさんだ。
「やり過ぎだ、ロセッタ。これはリフル様の身体なのだぞ」
「エルツ、頼む!代償全般俺が支払う!展開だけ手伝ってくれ!」
《うわぁ……思いきりやりおったなあの娘》
手当に向かう洛叉とエーさん。二人の手当を受けながら、刹那姫はロセッタから視線を外さない。いけない何かに、ロックオンされているようで、俺は不安だ。
「あの幼女は子持ち、其方は……美しいタロック語の発音だ。元は妾の民だったのだろう?聞いたことがあるぞ、笑いものの娘の話を」
「っ!」
「貴族の家に買われた花嫁奴隷が、そう確か……そちらのような赤い髪に変わってな。また奴隷として売り飛ばされたという笑い話だ」
「……あ、あんた」
「その娘は何処でどうしているのであろうな?いや、娘より男か。婚姻の儀を挙げるまで、手も出さなかった娘が、家名に傷を付けるような恥さらしになり、手酷く裏切られた男の心はどんなに傷付いただろうのぅ?」
「あ、あの人を馬鹿にしないでっ!」
「ロセッタ!?」
刹那姫は、知っているのだ。トーラほどの情報屋は居なくとも、一国の女王。手足として使え、目や耳になる相手など幾らでもいる。
(この女……頭が良いのは、本当だ)
俺達からまともな判断力を奪う。そのための手段を幾らでも所持している。数術使いでも無いくせにロセッタの触れられたくない過去を暴いて、こんなに容易く追い詰める。
「恨んでなんかいないっ!悪いのは、こんな色になった私っ!!悪い人じゃ無かった!別に好きじゃ無かったけど、好きになれるよう頑張ろうと思った!恩を返そうと思ったわ!!あの国で、私を大切にしてくれようとしてくれたのだものっ!!」
性格こそきついが、ロセッタは……その心はタロック人だ。
愛のない結婚でも、努力しようとした。好きになれるよう頑張ろうとしたのが彼女。対する女王はその逆だ。全てを言いなりにしようとし、政略結婚すら自身の復讐計画に組み込んで……
これが……王族と、平民の自由の差なのか?違う、王族だって本当はもっと色んな者に縛られている。いるはずなのに……なんなんだ、この女は。
リフルさんは身分を落とされてもまだ、王族としての義務を背負おうとしているのに。この人は高貴なままなのに、何一つ責任を果たそうとはしない。
(ロセッタ……お前、本当に)
強い人だと思ってた。そんなところが、好きだった。
村から出て行くときも、自分が囮になって俺達を奴隷商から逃した時も、ロセッタは泣かなかった。だけど腕っ節は強くなった今でも、本当のロセッタは……
「止めて……よ、リフルと同じ顔でっ!あいつと全然違うこと、言わないでっ!!」
「那由多が好きか。好色な娘め」
この場の全員が察してであろうこと。それを黙っているような馬鹿姫では無く……ロセッタの淡い思いをちゃっちゃと見下し嘲う。
「そんな思いがいつまで続く?其方のような女は、優しくされれば誰でもすぐ靡くのだろう?」
「違うっ!」
「なんなら抱いてやろうか、“リフル”の身体で」
「ふっ、ふざけないで!!」
「“混血と純血の間に子が出来た前例はない”と言ったな?しかしそこな幼女は身籠もっておる。ならば混血同士ならあり得ない話では無いのだろう?那由多は禁欲に生きて居たようだがな、この身体にあれが戻ったらこんな好機は二度とは無いぞ?」
言い返そうと、吊り上げられた目。だけど固く結ばれた口からは、どんな言葉も零れない。
それを開いたら、嗚咽が出ると解っているからロセッタは……
ロセッタが動けないのを良いことに、女王は顔を近づけ傾ける。殺すつもりか、唾液毒で!
「止めろっ!」
「惑わされるな、ロセッタ。刹那姫……貴女も少しは控えて頂きたい」
俺の声を掻き消すような、洛叉の低音重圧な響き。声からも僅かな怒りを感じる。
「彼女は我々の仲間です。俺の主がそう告げました」
この男、リフルさんに本気で仕えては居るんだなと見直した。リフルさんの意識が無いままリフルさんの望まぬ結果を引き起こされるのは許せない。主に対する何よりの侮辱だと、それが彼の逆鱗に触れたのだ。こんな変態でも、後方支援をして貰えると心強いし、嬉しく思う。洛叉の口から、ロセッタを認めて貰えたのが……俺も嬉しかったんだ。だからそれは、きっと彼女にとって……もっと強く響いたんじゃ無いかと思う。
「洛叉……」
「君のような気の強い子が、たまに泣くのは愛らしい。だが、出来ればそれが褥であれば満点だ」
「……馬鹿」
セクハラめいた戯れ言も、今は冗談だと解る。ロセッタも解っているから、涙を拭い……僅かに笑顔を浮かべてくれた。
「俺達に貴女が殺せないとお思いか?カードの強弱だけなら、リフル様の身体を殺める覚悟さえあれば貴女などどうにでも出来る」
「ふむ、正論よ。しかし其方らに妾が殺せるか?」
「仲間に民に危険が及ぶなら。あの人は決して自分を優先させない」
「王族失格だな、妾の弟は」
「だからこそ、慕われている。俺達には」
「ならば問おう」
尚も余裕を浮かべたままに、妖艶な笑みで女王は告げる。
「目覚めたのは妾だ。このカードでティルトには勝てぬ。その上で誰が妾の供になる?」
刹那姫VSロセッタ回。仕事が多忙でなかなか更新できなかったけど書きたくて仕方が無かった。
久々過ぎる裏本編更新。本編との兼ね合いもちゃんとしなきゃいけないから…頑張りらないと。