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41:Exempla docent, non jubent.

 それは第三島に来て、しばらくした頃だ。

第一島から逃れて一月(ひとつき)そこらも過ぎた頃……リフル様の容態も落ち着き、まもなく目を覚ますのではないか?そんな風に洛叉が診断を下した翌日だった。


 「こんなの絶対リフルさんじゃねぇえええっ!!診てくれ洛叉っ!!」


 自分の身体も大変だろうに、フォースはリフル様を背負って俺の所へやって来た。


 「なるほど……三人でのプレイか」

 「寝惚けた事言ってると、俺の新武器の最初のサビにしてやる……ぎゃああああああ!」

 「フォース!?」

 「随分と耐性の無い少年じゃのぅ。ちょっとあちこち触った位でそんなに騒ぐとは」


 背負っている内に服の下に手を入れられていたのか、フォースが悲鳴を上げリフル様を放り出す。慌ててそこから抱きかかえる形でキャッチするのだから、身体機能はまだ使えるレベルにはありそうだ。


 「以前捕らえたときは色気の無いガキだと思ったが、可愛いところもあるではないか」


 愛い奴と笑いながらフォースの頬を、撫でるリフル様。その手の動き、一動作一挙動一つ一つが妙に艶めかしい……色っぽい。色恋沙汰に疎いフォースなど、顔を真っ赤にして固まっている。余命幾ばくも無い彼が、このまま道を踏み外せば目の保養……もとい面白いことになるのだが。


(流石にそれは可哀想か。彼にとってもリフル様にとっても)


 東の人間達の殆どは始末したはずだが、こんな事になろうとは。


 「ふむ……そこな男は度家の嫡男か?昔はクソ生意気な奴だと思ったが、良い男になったのぅ」

 「いや、これは……なんと、正体を隠す気が無い憑依数術があったものだろう」

 「妾は勝てて当然のゲームはやらぬ。つまらぬからな。というより妾の勝利は常に決まっているのでな、その勝利条件を過酷にすることでつまらぬことも楽しめると思わんか?」

 「洛叉、解るのか?」

 「解るも何も、これはリフル様の姉君、刹那様でしょう」

 「げっ……」


 急いで抱きかかえた男を放り出したフォース。その首に彼は両腕を回して抱き付いている。


 「其方はタロークであろう?自国の姫に向かって、無礼であるぞフォースとやら」

 「う、ええ……はぁ、すいません」

 「素直なのは美徳よの。よいよい、寛大な妾は口付け一つで許してやるぞ」

 「殺す気かっ!?」

 「む……、ああ、これは那由多の身体であったな」


 残念そうにそう言って、刹那姫はフォースから離れた。


 「洛叉、これってつまり」

 「ああ、君の危惧していたことが起きてしまったようだ」

 「そんな、俺とロセッタが交代でリフルさんをずっと見張ってたのに?」

 「フォースっ!あんたこの子達の世話いつまで私に見させんの!いつまで休憩!?こっちがあんたの仕事でしょ!?」


 彼女を追求しようとする前に、俺の部屋にまた他の者が現れる。小柄でありながら恐ろしい怪力の後天性混血、ロセッタ。両肩にアルムとエリアス様を乗せて走ってきたらしく、二人ははしゃいでいた。


 「……リフル!?目覚めたの?」


 医務室にリフル様の姿を見つけ、ロセッタは赤い瞳に涙を浮かべる。それを呑み込むよう上を見てから子供二人を床へと降ろし、ゆっくり彼へと近付いた。


 「もう、起き上がって大丈夫なの?どこかまだ痛いところは?」

 「ありがとう、ロセッタ」


 話の流れで彼女の名前を理解した刹那姫。これまでの正体ダダ漏れの口調を止め、リフル様の演技を始める。


 「実はまだ痛む。少しさすってくれないか?」

 「ええ、解ったわ。どの辺り?」

 「ああ。股間だ」

 「え」

 「その無粋な手袋を取って素手で頼む」

 「死ねぇえええええええええええっっ!!!!!」

 「止めろ馬鹿!あれ中身はあれでも身体はリフルさんのなんだぞ!?」


 教会兵器でリフル様をぶん殴ろうとしたロセッタ、その腕を慌ててフォースが掴んで止める。しかし相手が悪い。その後フォースは悶絶しているから腕の骨が折れたのかも知れない。


 「うわあああ、フォース!」

 「フォース君、しっかり!」

 《そこの赤毛!いい加減にしろっ!》


 エリアス様とアルム、それからフォースの精霊がそれぞれ反応を示しつつ、フォースの治療と回復数術を掛けに行く。


 「ちょっと!あんたらあれ、どういうことよ!?リフルの意識おかしなことになってんじゃない!!目覚めたあいつが何も覚えてないのを良いことに、セクハラ魔に育て上げたんでしょこの変態っ!!」

 「誤解だ。そんな展開なら俺はドS王女様系のそれでもエロには優しい感じのメイド服の那由多様に教育している」

 「ああ、俺だったらオーソドックスな幼なじみのお姉さん系に頼んでる」

 「信憑性がないのよあんたらのその発言だとっ!!」

 「ちっ、つまらんのぅ。この妾が一夜を共にしてやろうと言っておるのに。そのような態度では男も寄らんぞ可愛さの欠片も無い貧乳女……ん、何処かで聞いた単語だな。まぁ良いそこな幼女でも構わん、さっさとやらせろ」


 「アルムちゃんは、僕が守る!見損ないましたリフルさん!」

 「む、これまた美少年。おお……そうじゃ。今の妾は男なのだから……相手は男でも構わぬ訳だ」

 「ぎゃああああああああ!」

 「これほどの美少年、食って見るのも楽しかろう」

 「きゃあああああ、エリス君!!」


 アルムを庇うよう進み出たエリアス様を吟味して、刹那姫は彼を捕まえ室内のベッドへと引きずっていく。悲鳴を上げながら両手で顔を覆いながら、指の間からしっかり見ている。アルム……ディジットの駄目な血をしっかり受け継いでしまって。


 「エリスが死ぬじゃねぇか“馬鹿姫”っ!」

 「……!」


 身体がリフル様……等と自分が口にしたのも忘れ、大事の主のためツッコミを入れエリアス様を奪い返すフォース。ツッコミには室内用のスリッパで刹那姫の頭を叩いている。相手があの恐ろしい女だというのに、もう棺桶に両足入っているような時期だからか怖い物なしだな。


 「……」


 フォースの言葉の何が引っかかったのか、刹那姫は動きを止め、フォースをじっと見つめている。


 「刹那様?」

 「あの少年王にどことなく似ているかと思えば、よもやあの女と同じ名で妾を呼ぶとは。気に入ったぞ、正式に名を名乗る栄誉を与えよう」

 「……?フォース、フォース=アルタニア」

 「タロークで苗字付きとは、平民では無いのか?」

 「父親は貴族ですよ。貴女も会ったことがお有りかと」

 「なるほど……」

 「え?洛叉どういうことだよ、それ!お前俺の親父を知ってるのか!?」

 「今の名は、この第三島のかつての主から賜った名と聞いております」

 「ふむ……那由多が拾ったのもそういうわけか。流石は妾の弟。手駒集めも天の采配じゃな」


 俺と刹那姫の会話に、その会話の中心人物であるフォースは付いて来られない。しかしそんなことはどうでも良いと、状況を察したロセッタが割り込んだ。


 「せ、刹那姫!?それじゃあリフルは何処に行ったの!?」

 「今頃妾の身体の中じゃ。それは優雅で退屈な生活を送っているはず。もっとも戦争も始まったしのぅ。危ない状況にあるであろうな」

 「あああああ、なんてことなのっ!」


 がっくり項垂れたロセッタを……それから周りの人間達の様子を見、刹那姫は気付いた模様。


 「そこな度家の嫡男。妾の弟は、随分と慕われているようじゃな」


 自分がいた環境とは違う。この室内の空気に驚いている風だ。


 「ええ、それはもう」

 「だと言うのに、妾の誘いに誰も乗らぬのはこの毒の所為か?折角男になったというのに、これでは楽しめぬ。其方らの願い通り、那由多に会うだけなら妾も協力してやらんこともないぞ?」

 「「!?」」


 刹那姫の言葉に、フォースとロセッタが勢いよく顔を上げる。


 「妾との間に次代のタロック王を作れるのは、那由多しか居らん」

 「リフル様にその気がないため、その身体を奪ったと?」

 「それだけでも無いがな。理由の一つではある」

 「混血と純血の間に、子が出来た前例はありませんが」

 「妾がそれを望めば必ずやそうなる。妾が前例じゃ。妾に出来ぬ事などないからのぅ」

 「そんなの無意味よ。あんたもリフルもこの審判に選ばれた。仮にそうなったところで……」


 ロセッタはそこまで言いかけ、アルムの手前それ以上は口に出来なかった。彼女のこの口ぶりからしても、教会の企みでは毒の王家の姉弟を生き残らせる気はなく、次代の王が生まれることは無い。タロックを本格的に滅ぼすつもりなのだ、シャトランジアは。


(ただで踊らせられる姉弟とは思えんが)


 ロセッタが何も知らされていない様子から……恐らくこれも、教会にとっては想定外の出来事だ。


 「其方らにとっても悪い話では無いぞ?其方らの狙いは解っておる。タロック王……すなわち父上の殺害にあろう?」


 セネトレア王暗殺の件もそれに絡んでいる。刹那姫はそこまで見ていた。


 「妾は協力してやってもよい。それが妾がセネトレアに嫁いだ理由の一つ故」

 「……なるほど、そういうことですか」

 「どういうことだよ?」


 頷く俺を、フォースが睨み付けてくる。それを説明する前に、フォースを気に入ったのか刹那姫自ら丁寧に説明をしてくれた。


 「世はあの人が妾を溺愛しているなど言うが、父様が妾を見たことなど、ただの一度も無い」


 殺すつもりなら、いつでも殺せたと彼女は呟く。それでもそうしなかったのは、それ自体が目的では無いから。


 「だが、この姿なら違う。妾は父様の最愛の女から生まれた那由多の身体で、父様に復讐できるのだ!!こんなに楽しいことはなかろう!」


 上手く此方を騙していればその通りに出来たのに、まったく愉快なお姫様だ。


 「あのね、あんた自分が何したか解ってるの?」

 「む?」

 「色々言いたいことは沢山あるけど、まずはあれ!東裏街に寄越したあの騎士達はなんなの!?タロック王云々言う前にあれなんとかしなきゃならなかったのよ私達はっ!」

 「おお、そう言えばそんなこともあったのぅ」

 「あんたが差し向けたんでしょうがっ!!!」

 「あんたが送り込んできたカードは厄介よ。リフルが目覚めなければ……あ!」


 ロセッタは慌てて刹那姫に駆け寄り、その手袋を引きはがす。


 「……さ、最悪」

 「あ!スペードのⅡ!?」


 カードが変わってしまっている。紋章こそ変わらないが、リフル様の柔肌に刻まれていた数が低くなっている。我々の切り札であったリフル様が、こんなに弱いカードにされてしまった。つまり、カードとは肉体ではなく精神に刻まれるものなのか。


 「……妾のカードがそんなに珍しいか?」

 「クソ弱いって言ったのよ。あんた今までよく死ななかったわね。リフルを取り戻さなきゃ、狂王どころかあの女にだって勝てるかどうか」

 「那由多以外に良い札は無いのか?」

 「そこのフォースと、私ともう一人が辛うじて戦えるレベルよ。私達の中で一番使えるのはこいつ」


 敵に情報を漏らしても良いのだろうか?それでもしばらく行動を共にしなければならないならば、話しておくべきだと彼女は思った風。


 「ほんと、最悪だわ。こんな寄せ集めのカードで……あいつを何とかしなきゃならないなんて」

 「盛り上がってきたでは無いか」

 「あんたが元凶なんだけど!?」

 「安心するが良い。あの猫のあしらい方で妾の右に出る者は居らぬ。あの猫の始末もそろそろ考えていた頃合いじゃ。このタイミングで入れ替わるとは思わなかったが……妾の手でそれを下すのも楽しかろう」


 ここに来て戦力低下とは、とんでもない。他のカードも心身共に疲弊している。リフル様の中身だけがやる気に満ちていても、リフル様自身の身体の力はお察しレベル。しかも今の状態では、魅了邪眼の力も無い。刹那姫特有の男を誑かす方面の魅了レベルは増しているようだが……今回の敵は女だ。それでどうしろというのだ。

 敵の情報を知っている、刹那姫を利用しない手は無いが……油断できる相手ではない。ふざけているようで彼女は何をしでかすか解らない。笑っていた次の瞬間相手の死を望む事だって大いにあり得る。リフル様の身体でそんなことをさせたら、あの方はどんなに傷つくか。それだけは何があっても避けさせなければ。


 「さて……男になっても女役とはつまらんが、一度くらいはそれも良い。妾の策を与えてやっても良いが……洛叉、今宵一晩妾を満足させて見る気は無いか?」

 「……ロセッタ、彼女を野放しにしては危ない。遊ばれてはリフル様の身体では人死にが出る。病室に戻して安静にさせてくれ」

 「洛叉、真顔で鼻血出すなよ……説得力ねーよ」

 「こっち来なさい変態女っ!こんなところにリフルの身体置いておけないわ!」

 「揃いも揃って貧乳女は口が悪い。胸だけで無く心が狭い現れじゃな」

 「なんですって!?」


 襲われそうになっても力業で撃退できる彼女くらいにしか、監視は無理だ。ロセッタに刹那姫の身柄を預け、部屋から追いやる。


 「フィルツァーには俺が連絡しよう。彼方に居るあの鳥頭に知られれば暴走が怖い。かと言って、あの変態がリフル様の異変に気付かぬはずもない。奴がリフル様の奪還に向かえば、まともにやり合えるカードは君とここの領主くらいだ」

 「カルノッフェル……」

 「だが……彼はかつてオルクスの監視下にあった。そしてこの憑依数術。何か関連性があるかもしれない」

 「あいつを、疑ってるのか?」

 「可能性の話だ。それを俺が敢えて君に伝えた理由を考えてくれ」


 *


 どうしたものか。次から次へと問題が。洛叉からの通信数術を受け、グライドは頭を抱えていた。


(キングというものは、こんなにも面倒事に巻き込まれるものなのか)


 己の主を思い出し、小さく嘆息。首を振る。


(ヴァレスタ様も、そうだったかもしれない)


 でもここまでにはならなかったのは、あの方の対処能力その他諸々があってのこと。Suitは、那由多王子は駄目だ。全然駄目だ。あんなの災いの花だ。面倒事という名前の虫がよってくるだけのろくでもない生き物だ。ヴァレスタ様とは違う。


(でも……城に奴を送り込めたのは、大きいかもしれない)


 少なくとも彼は、この戦争セネトレアを勝たせようとはしないはず。負けが決まった戦だ。それなら対策も取れる。今のうちにしておかなければならないことも。

 此方の目的は城との衝突回避、ではない。面倒なカードであるあの少女を削り、叩きた此方の安全を守りたい。あの少女さえいなくなれば、城に恐れるカードはいない。数値を読み取る限りでは、隣にいる騎士のカード自体は大したことが無かった。

 女王の逃げ場を奪った所で二人の憑依数術を解かせる。これが最も良い展開……しかしそのタイミングを少しでもずらせば、死ぬのは那由多王子の方だ。

 刹那姫と、彼とを頭の中で思い浮かべて比較して……どちらがまともか考えれば、混血でも那由多王子の方がずっとマシ。


(…………アスカさんには、どう話したものか)


 第三島の者達からは、僕の判断に任せるとの話が来ている。信頼して貰ってのことだ。或いは彼の気持ちが僕なら解ると思われてのことかもしれない。


(それなら、決まってる)


 僕の暴走も、後悔も……その理由は僕自身が誰より知っている。そうだろう?


 *


 西の残党らしき相手がが時々此方に仕掛けてくる。地の利が無い此方では防戦一方。しかもその殺気は自分ばかりに向けられていると、ティルトは感じていた。


 「暗殺者共め!奇襲ばかりとは卑怯だぞ!」


 叫んでも、もう相手はいない。数日前から毒の矢を使っているが、それさえ効果が無い。だって来ているのは同じ相手だと思うから。死んでいないのだ。

 煙幕に咳き込む者、目くらましと毒霧。あの馬鹿姫とも違う卑怯さ。毎度あの手この手で仕掛けてくる。私は翻弄されてばかりで、同僚に助けられている毎日。

 風だけでなく毒まで使う。しかも剣の腕もある。トライオミノスに任せて弓で援護した方が余程良い。しかし相手の剣技は彼より強い。元々パワータイプでは無く技で魅せるタイプの剣士の彼だが、疲労の所為かいつもの力が出ていない。技のキレも悪い。二人がかりでようやく退けられる……。

 遊ばれているから……、ではない。おそらくはカードの差だ。勝てないのが解っていて、どうして何度も仕掛けてくるのか。此方が理解している物と、この手に宿った力は違うものなのかもしれない。カードの強弱は絶対では無い。

(そう、それに)


 相手は風を使う。それなのに土の元素であるダイヤの私を殺そうとするのはおかしいのだ。あの馬鹿姫の解釈が間違っていた……それとも、最初から私を騙すために嘘の解釈をあの女は!?


 「Suitは本当に生きてるのか?」

 「もしも死んでいるのなら、僕を狙ってくるはずですが」


 焦りから、私の言葉も荒くなる。詰め寄る先の少年は相も変わらず涼しげな顔。他人事なのだ、所詮。


 「あんた本当に協力する気があるのか!?アニエスがもしセネトレアの女王になった時、あんたにとっても東裏街にとっても恩を売るチャンスだろう!?」

 「今のアニエス姫にとっては十分すぎる援助をしていると自負しています」

 「何!?」

 「タロックの姫に遊ばれてるような奴隷同然の女中姫様の親衛隊に、復興もまだ済まない内からタダ飯と十分な寝床を貸してやってる。これだけでも東としては十分懇意にしている方だ。文句を言いたいなら我々にとってのメリットを、もっと説明してはいただけませんか?」

 「くっ……」


 悔しいが、返す言葉が無い。その通り、裏街はまだ復興の目処も立たない。噂では戦争も始まっていて、表通りからは第一島の混乱も伝わってきている。街から逃げようとする者も居るし、絶好の商機だと島を飛び出す奴も居る。そんな混乱した街を治めるのは大変だろう。


 「Suitが逃げたとは思えません。この混乱の中、西は力を蓄えている。今を耐え凌げば、必ず姿を現します」

 「……」

 「先の抗争で、此方も彼方も回復数術の使い手が殆ど失われました。深手を負っているSUITはまだ戦える状況に無く、部下に時間稼ぎをさせているのでしょう」

 「だから、そこを叩ければっ……!」

 「私が其方に乗り気のしない理由は……休戦だからだけではない」

 「……え?」

 「Suitは仲間を弔う時間を求めたんだ。だから東も見つかった亡骸は全て弔う。それが誰であってもだ。此方で立てた覚えの無い墓を見なかったか?西の生き残りが作った墓だよ」


 言われてみればそう。西の探索の後、帰ってくる度街外れに墓標が増えている。向かう度、西にも墓が増えている。


 「あいつは進んで人を殺したがらない。仲間のために身を投げ出す男だ。この争いで彼方も此方も大勢死者が出た。利害が一致したんだ。これ以上、仲間が死ぬのは見たくないって。城の使いとは言え部外者のために、私は東の人間を一人としても死なせたくは無い。その辺りは理解して頂きたい」


 東の長であるグライドに復讐を……それは確かにとティルトは納得する。しかし……どうも腑に落ちない。もう、一月が過ぎる。早くあの男を殺して城に戻りたい。アニエスが心配だ。


 「あんたの言い分は解る!でも仲間を殺されたくないってのはこっちも同じだ!そのために俺達は裏街の復興に協力してる!」

 「それでも此方は必要以上に其方の力にはなれない。今西との抗争が再開するのは絶対に避けたい。Suitの手下相手に手こずるような者と協力して西を討てるわけが無い」


 私では埒があかない。そう思ったのか……?寡黙なトライオミノスが、東の主と初めて会話を行う。感情のよく分からない彼も、いつになくその静かな声に焦りが見える。城に残した彼女が心配なのは彼も同じなのだろう。


 「……つまり、Suitの手の者を最低一人でも討ち取れれば。いや、それ以上。此方の力を貴方がたに示せれば……そういうことですね?」

 「意味がありません。此方の言った事が通じていないようですね」


 此方の不安や焦りもお構いなしと、東の主である少年は、飄々とした態度。彼とはきっと話が合わない。この一月良いように使われているのに、こちらの目的はまだ成し遂げられていない。それは私達の力不足だけでは無くて、この少年の、この街の非協力さにも責任がある。


 「Suitは生き延びた仲間のために、戦闘を避けたい。そして我々、そして貴方がたを狙う者は一人。あれは囮に決まっています。奴らの狙いは別にありますよ」

 「ふざけんなっ!!そこまで解っていて、何故今まで黙っていた!」

 「ティルト!」


 少年に殴りかかった私を、トライオミノスが押さえ込み止める。でも一発は殴ってやった。やってしまってから、しまったと私も思う。幾ら蓄積した怒りがあったとはいえ、これでは東裏街とも敵対……!?協力を得られないばかりか、城からの援助も受けられない私達が全くの後ろ盾を無くしてしまう。


(あ、謝らなきゃ……)


 狼狽えた私を見て、少年は私を鼻で笑った。もう一発殴りたい。ああ、この煽りも計算の内なら、こんなに可愛い顔をして恐ろしい男だ。


 「同僚の……非礼を詫びます。どうかこれでお許し下さい」


 無表情のまま、鎧籠手を付けたままトライオミノスが私をの顔をぶん殴る。


 「女性相手に、何もそこまで……私は気にしていませんよ」

 「これを女だと思う必要はありません。契約で城に仕えるだけの者。彼女もそう思っています」


 手加減はしてくれたのか、想像よりは痛くない。それでも顔は腫れている。

 私と彼とを見比べて、東の主は一度嘆息。私に近付き頬へと手を伸ばす。彼に触れられることで、痛みと腫れが僅かに引いた。


 「混血のようには行きませんが……これで少しは楽になるでしょう」

 「……」

 「貴女のこと、少し調べさせて貰いました。あの女王を倒したいのならば、上手く立ち回る術を覚えるべきです」

 「あんた……そんなこと調べてたのかよ」

 「大事なことですよ。貴女が僕の、東裏街にとって本当の味方になり得るのか知るためですから」


 城の命令で来た。そう言いながら女王に敵意を持つ騎士達。城からの援軍も後ろ盾も無い。捨て駒として送り込まれたも同然の部隊。そんなものに本気で力を貸す意味など無い。誰だってそう思う。彼が私達を試しているのは、私達に本当に女王を、刹那を討つ力があるのか……それを見極めるため。


 「動けるようにさえなれば、Suitは城に向かうはず。そしてこの戦闘を回避するため、アニエス姫の救出を第一に考える」

 「!?」

 「貴方がたの事情も分かります。ですが、今はこの時間稼ぎに付き合っていただけませんか?それが一番、犠牲が少なく済む選択です」


 少年の話は、アニエスの無事を願うならきっと、最善。だけど……


 「それって、Suitがあいつを暗殺するってことか?」

 「……そこまでは解りません。あくまで僕の想像ですから。これまで戦ってきた、相手の姿を思い浮かべての、ね」


 刹那が死ぬ。殺される。私の……俺の手ではなく、あの男の手によって。


(そんな……)


 アニエスを守りたい。だからここに来た。そのはずなのに、凄く嫌だ。あいつは俺が殺すんだ。俺以外に殺されるなんて、殺させるなんて……絶対に嫌だ。

 あの城の中……いつも優しくしてくれた彼女と、私から全てを奪ったあの憎むべき女。二人の姿が私の頭の中で浮かんでは消え、浮かんでは消え……それを何度も何度も繰り返す。そして最後に残るのは……どうしてだろう。それは優しい、彼女ではなくて……


 *


 「お疲れ様、アスカ様!」

 「おう……」


 今日も、駄目だった。ティルトの暗殺に失敗した俺を、出迎えるメディアは新妻気取りのエプロン姿。


(……調子狂う)


 様漬けで呼ばれると、何故か瑠璃椿を思い出す。


(まぁ、 似てないところの方が多いんだが)


 メディアは料理も出来る。恐ろしいほど何でも出来る。家事はディジット並のポテンシャルだ。俺に対する異常な興味すらなければ、結構好きになれたかもしれない。押しかけ女房ストーカー体質さえ無ければ、究極の尽くし系だと思う。

 貴族のお嬢様って言うなら、こんなに万能の訳が無い。彼女の正体が怪しいのと、俺に近付いてくる辺りから、どうせ神子の命令でやって来た教会関係者だろう。しかしそれにしては、俺に好意を示しすぎている。瑠璃椿とは違うが、何か危なっかしい……何をしでかすか解らない怖さを感じる。


(そうだ、俺は嘘を良く吐く)


 だから、相手の嘘も何となく解るのだ。上手く嘘を吐ける奴ほど、自分と似た匂いを感じる。メディアはそれだ。演技が上手い、かなりの役者。しかし、その原動力となる物が不穏。役にのめり込みすぎているというか、本来の目的を失っているような愚かさ。まるで本当に、俺なんかが大切みたいなんだ。

 その嘘の中にある不透明さが、どうにも歪んで見える。彼女自身の優しさや労りはしっかり俺へ向いている。それは恐ろしいほど心の底から。


(だが、それでこいつに何の得がある?)


 トーラ達の墓を建てたときもそう。誰にも頼れない俺を支えようとしてくれた。俺がおかしな事にならないように、しっかりと現実に俺を繋ぎ止める役割をこなした。それが神子の命令なのだとしても、心を傾けすぎている。彼女の言葉には、中身があるのだ。上辺だけの言葉では無い。だからこそ、彼女を殺してでも退けようとしていた俺にも、躊躇いが生まれた。


(俺の暴走を食い止めるための人員なんだろうか……?)


 そう、考えるなら辻褄は合う。周りが示し合わせたみたいに、俺達だけ残して姿を消したのも。


 「お仕事、お疲れ様でした。紅茶で良いですか?ああ、アスカ様は緑茶でしたね」

 「ああ、ありがとな」

 「……そ、そんな」


 一応礼を言えば顔を赤らめ壁をゴンゴン叩いている。やや大げさだが、素の表情。顔から雰囲気から嘘は感じない。殺そうとしたのが日に日に申し訳なるくらい、良い娘ではあるのだ。俺が本気で文句を言った事に対しては、それ以上でしゃばることもしない。

 今では俺の寝込みも襲おうとしないし、勝手に俺の寝室に入らないし、俺の食事に媚薬を盛ったりもしなくなったし、背中を流す口実で風呂場に現れたりもしない。……最初の頃は、随分酷いことやらかしてたこの女。少し前のことを思い出して、俺は頭痛を覚えた。


(今でこそマシだが、やっぱりろくでもない女だこいつ)


 一瞬でも瑠璃椿と重ねた俺が馬鹿だった。あいつなら……もっと。


 「あ!アスカ様、お怪我を」

 「このくらい別に」

 「私がやります」

 「おい、メディア!」

 「失礼しま……」


 矢傷の治療をしようと俺を脱がせに掛かったメディア。そこに現れたグライドは……俺達との接触を知られないため変装中。数術で外見を変えているのだが、それがカーネフェリーの少女の姿。というか、エリザベータそのものだ。違いは髪を結ったリボンが赤色。これは彼の目の色を表す記号として。

 エリザベータ本人は、グライドの外出時には数魔薬を用いた嗅覚数術で、グライドを演じている。この方法で彼は、街に潜伏した俺達とやり取りを行っている。そう、行っているのだが……


 「失礼しました」

 「待て待て待て待て!!誤解だっ!」

 「誤解も何も、婚約者殿では?」

 「あからさまに舌打ちしてるよな坊ちゃん!?」


 俺は帰ろうとするグライドを家に連れ込み、慌てて扉を閉めた。


 「いえ。此方は苦労しているというのに良いご身分だなと」

 「馬鹿言うな。俺だって毎日苦労してるっての」


 城のカード達との戦いのみならず、メディアを退けるのも一苦労。


 「今日は朗報をお持ちしたのですが……」

 「何!?」

 「城の使いに大きな隙を与えました。仕留めるチャンスが間もなく来ます」

 「そりゃあ助かるぜ!よくやってくれたな坊ちゃん!!」


 俺が大喜びで、グライド坊ちゃんの髪を乱暴に撫でると、少し嬉しそうな、だけど不服そうな何とも複雑な表情で……戸惑いがちに彼は言う。


 「アスカさん。貴方が僕をどう思っているかは知りませんし、僕も貴方の主に仕えているわけではありません」

 「……グライド?」

 「それでもフォースが、ロセッタが僕を信じてくれました。僕を殺さなかった貴方の主も僕にまだやるべきことがあるんだと、思ってくれたのだと勝手に僕は思っています」

 「……」

 「僕は敵には容赦はしない。どんな嘘だって吐く。だけど貴方の仲間が僕を仲間と思ってくれたのなら、僕も貴方を仲間と呼びたい。そして僕は……仲間には、嘘を吐いて貰いたくないし僕も嘘を吐かない。どんな真実だって受け入れる」


 ヴァレスタを失って、彼の真実を知って……この少年が辿り着いた答えがそれなのだろう。本来黙っておくべき事を、彼は俺に教えてくれようとしている。真実こそが、狂気を鎮める唯一のものであると信じて。


 「……あの、それじゃあ私」


 あたふたと、別室に退室しようとするメディア。普段の押しの強さはどうしたことか。自分はグライドの言うそれに相応しくないと自覚があるのか。いよいよ彼女の正体の裏付けも取れてきたところだが……


(ロセッタの同僚なら別に聞かれても困らない。もし違うなら……どうにでもなる)


 泳がせて置いて面倒なことになるよりは、ある程度情報の共有が出来ていた方が良い。もしも当てが外れたその時は、始末すればいいのだから。


 「……メディア、ここにいろ」


 短くそう告げると、彼女はぽーっと顔を赤らめ涙ながらに大きく頷く。


 「はい!」

 「それは余計だ」


 抱き付いてきたところを引きはがしながら、俺はグライドの話を促した。ここに防音数式が張られていることを確かめてから、グライドは小さな口を開いて語る。


 「セネトレア王が、動きました。そして……」

しばらく裏本編の進みが遅くなると思います。

本編の戦争進めなきゃ……ああ、でも裏本編も書きたい……

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