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39:Omnia mutantur, nihil interit.

 無理に身体を休めようとするからか、横になっても睡魔が訪れる気配は無い。幾度目かの溜息の後、アスカは寝返りを打った。


(……不治の病、治療の可能性)


 万物が数字であるなら、数術に不可能は無い。それを扱う人間に、限界があるだけだ。

 才能ある混血を大勢犠牲にしたならば、風土病を治す手当は見つかるかも知れない。いや、それは風土病だけでは無くて……


(あいつを普通の人間に戻すことだって……)


 いや、止そう。馬鹿な考えだ。俺はもうこのゲームに勝ち残れないし、あいつだって……勝ち残ってもそんなことは望まない。それなら生き延びられない。死んでしまうなら、そんな犠牲はまったく無意味。同胞の犠牲にあいつが悲しむだけ。


(リフル……)


 ここへは逃げてきたわけじゃない。あいつから、俺の罪から逃れようとしたんじゃない。西裏街のため、リフルのために俺は動いた。


(今回のこと、神子には貸しに出来る。数術ならシャトランジア。ロセッタ経由でフォースのことを……いや)


 数術で解決できるなら、もう解決してるはずだ。向こうだって此方に恩を売りたいのは変わらないのだから。


(……フォース)


 俺はもう、人殺しだ。今更躊躇うことも無い。帰ったらあいつと話そう。今よりは、楽にはさせてやれるはずだ。俺はもうそういう風でしか、リフルの力になれない。それをどう、上手く使っていくか。これはそういう話なのだろう。


 *


(ん……?)


 いつの間にか、周りの景色が違っている。そのままだらだら横になっていたはずの、客室。その寝台ではない。


(眠って……いたのか?)


 疲労は貯まっていた。気が緩んだ瞬間に、意識を持って行かれていたらしい。


(ここはまだ、夢の中だ)


 なぜならここが何処か俺には解るから。ここは懐かしい……影の遊技者。俺が借りていた一室。そこで俺は目を開けた。枕元で寝ている少女は……長く綺麗な銀髪で。


「瑠璃、椿……」


 これは二年前の記憶だ。俺は今、あの日の夢を見ている。彼と再会した翌日の夢だ。

 この頃はまだ、瑠璃椿の正体の確証が無かった。他人の空似、本当に女の可能性すらあったんだ。


「もし、お前が那由多様じゃなかったら……」


 俺はまだ、この部屋で毎日過ごしていたんだろうな。誰かを殺すこともなく、この手は罪を知らないままに。お前と一緒に人助けをして、進んでいるのか立ち止まっているかもわからない、生温い日常を続けるんだ。


(笑っちまうな……)


 そんなもしもに憧れる気持ちはあっても、俺は納得できないだろう。身代わりとして瑠璃椿を大切にしたって、いつか本物の那由多様が現れたなら……俺は瑠璃椿をいとも容易く捨ててしまえる。俺がそうやって選んできた結果だ。この風景はすべて幻。もう何も残ってはいない。そう否定すれば、世界が割れる。

 場所は移り変わって、東裏街。血まみれの俺とリフル。あいつはじっと目を閉じ俺を待っている。俺の狂気を受け入れようと。ここは夢だ。あの時のように、邪魔は入らない。


(俺は……)


 思えば簡単なこと。俺が認めようとしなかっただけで、誰もがそれに気がついていた。お前とずっと二人きりの世界に居たい。何度俺は願っただろう。俺にとっての世界で、万物はお前だ。吸い込む空気も咽を潤す水や食料、海も大地も空も太陽も……全てがお前だ。俺の指の先から頭の先まで。その内側を占めているのはお前であり、自分で自分が気味悪いと感じるほど詰め込まれている。その心を名付けられることを嫌い、逃げ続けていた。自分自身に目を背けて、俺は生きていた。

 もはや叶わぬ願いだが、俺の願いは本当は下らないものだった。お前を元に戻したいなんて、そんなの偽善。お前に感謝されることで、お前の心を手に入れたかった。お前のためはいつだって、俺のためで……どうしたらお前の歓心を得られるか、そんな醜い心で世界を見ていた。

 それでも手に入れられないなら、壊してしまおう。そう狂った俺を目の前にしても、お前は逃げはしなかった。弱く頼りないお前が、俺を止めようとそれでも必死になってくれたんだよな。そんな姿に、また魅せられる。お前の傍に居るのは危険だ。一秒一秒、焦がれる気持ちが増していく。俺は何回お前に惚れ直せば良いんだ。お前は俺から逃げない。いいや、きっと誰からも。どんな醜く卑しい俺でも、お前は受け入れてくれる。

 お前が欲しい。どうしたら手に入れられる?嗚呼、そう考える資格はない。仲間を殺した俺には、お前を傷付けた俺には……絶対に許されないことだ。


(でも……)


 ここにいるリフルは、まだ俺を待っている。夢の中ならば、好きにしてしまってもいいんじゃないか?いや、駄目だ。そんなことしてしまったら、現実の俺がまた暴れ出す。夢と現の区別も付けられないようになって、とんでもないことをしでかすだろう。


(あれ……?)


 俺はそれに触れたことがないのに、どうしてその唇の柔らかさを知っているんだ?


「アスカ様……」

「え!?」


 待つことに飽きたのか、あいつは目を開け俺に抱き付いてくる。抱き付かれた時の柔らかさに俺は慌てふためいた。


「ち、ちょっとまて!こんな妄想めいた夢見る何て俺は本当にいかれちまった!ごめんリフル!すまねぇ……許してくれ!!」

「照れてるんですか?」

「だ、だってこんなのおかしいだろ!?」


 仲間の危機に、なんて妄想だ。数術で人の身体を、構成数を書き換えられるなら、不治の病も治せる。それがどうしてこうなる!


(そんな、そんな、そんなの駄目だろ!)


 トーラが変身数術使える。理論上、不可能では無い。不可能では無いんだ。この審判の最後の最後に、あいつを普通の人間に、俺と血の繋がらない……妹にすることだって。


(く、くだらねぇ!!)


 俺はもう勝者になる資格が無い。あいつだってその手を汚して俺の下らない妄想を現実にするはずないじゃないか。


(でも……)


 もしあいつが女だったら。あいつに近付く女は誰も、いなくなる。そうすれば、あいつは俺だけの……


 「うがあああああああああっっっ!!そんなおかしなことあって堪るか!!俺を殴ってくれリフルっ!!」

「おかしくなんてありません。だって私は……アスカ様の婚約者ですもの」

「え……?」


 今、何かとんでもないことが聞こえた気がした。何度も瞬く内、夢と現の景色が揺らいで重なり……元の部屋。第五公の城の一室。借りた寝台の上、俺に抱き付いている少女は長い髪。だけどそれは銀髪では無い。金髪青眼、だけど何か見覚えがある相手。


 「だ、誰?」

 「アスカニオス様がここにいらっしゃると聞いて、シャトランジアから飛んで参りましたの」

 「えっと……つーか、何これ」

 「添い寝です」

 「止めてくれ」

 「嫌です」

 「あのなぁ……」

 「第五公から知らせが来ましたの。あなたがここにいるって。生きていらっしゃるって!」


 エリアスのことを人質にしたのを根に持って、あの爺とんでもないことをしてくれやがった。だが初耳だ。俺の正体を知っている、俺の婚約者だと!?


 「俺に婚約者なんていない、人違いだろ」

 「いいえ、ここにちゃんとサインがありますわ」

 「はぁ!?俺の家系は親に逆らってでも、仕える主だって自分で選ぶ家柄なんだ!ましてや結婚相手なんて尚更だ!」

 「アトファス様と、マリー様の直筆なのです。先代神子様がそれを承認した判もあります」

 「ぐ、ぐぐぐ……だ、だが俺はもう家を捨てたんだ!そんな物に縛られねぇ!」

 「リフル様」

 「!?」

 「譫言を言っていましたね」

 「どこかで聞いたことがあります。そう、母から聞いたことがありました。マリー姫は、もし女の子が生まれたら……そう名付けようと言っていたと。可愛らしい名前ですね。どなたのお名前かしら?」


 どこの令嬢か知らないが、ここで始末しなければ!こいつ俺の弱みを握って無理矢理結婚しようとして来てやがる!!


 「ちっ……!」


 床に投げ捨てた財布。貴族令嬢と言えどカーネフェル人の女!金の音がしたならそちらに飛びつくはずだ。そこを問答無用で斬り殺……、せない。


 「アスカニオス様、落としましたよ?はい、どうぞ」


 にこやかに、彼女は俺に財布を拾い手渡した。


(この女、隙がねぇ!!)


 不意打ちが通じないなら、正面から?嫌、場所が悪い。こんな騒いでりゃ人が来る。暗殺者かと思って反射的に殺してしまった、そんな言い逃れも出来なくなる。第五公に弱みを握られるわけにもいかない。ここから連れだし、陰ながら始末するしか……。


 「お前……」

 「メディアとお呼び下さい。もっと気軽に、愛を込めて」

 「いや、あの……そうじゃなくて」

 「貴方の、妻ですもの」


 頬に手を当て顔を赤らめるその女を見ていると、俺の気が遠くなる。目眩がする。現実逃避からか、今すぐこの場から逃げ出したいが、二度寝なんて出来やしない。この女に何されるかわかったもんじゃない。

 始末に失敗してこのまま第一島へ戻ったら……大迷惑だ。何としても、この女を殺さなければ俺は第一島へ帰れない。憎しみを込めて睨み付けるも、相手はますます顔を赤らめるばかり。


(なんだよ、この展開)


 どこかの婆が視覚数術で化けてるとかそういうオチじゃないのかと、目を凝らして見るも違和感らしい違和感は何も見えない。


(くそっ……)


 病気のこと、フォースに話さなきゃならねぇのに。


 *


 「アニエス姫……?」


 聞いたこと無い名前だ。グライドからその名を告げられたフォースは首を傾げる。お姫様というくらいだから、セネトレア王族だろうか?


(ってことは、トーラやロイルさんのきょうだいか)


 まだ生き残りが居たのか。ちょっと意外だ。


 「ああ、王宮騎士達が血眼になってここへ来たのはそのためらしい」

 「あいつらは?」

 「散々扱き使ってやったから、筋肉痛で何日か動けないと思う」

 「いや、仮にも騎士だろ?何させたんだよ」

 「朝方まで生存者捜しのための瓦礫退かし。それでその二時間後にまた叩き起こして同じ仕事させてるよ」

 「何日か動けない、んじゃ?」

 「動かせてる、させてる」


 俺が淹れた緑茶をすすりながら、グライドが頷く。涼しげな彼の顔にも、疲労が残る。疲れで痛みを忘れようとしているのだ。大事な人を、失った悲しみを。


(償い、か)


 お互い、違う道を選んだのに。こうして共に背負う物がある。それはロセッタやパームもだろう。生きることは、難しい。だから必死になって藻掻くんだ。


 「これも美味いな。しばらく、こんなの飲んでいなかった気がする」

 「そうなのか?」

 「ああ。gimmickではいつも紅茶で……」


 少し濡れた瞳になって、グライドは席を立ち上がる。背を向け向かうのは奥の調理場。少し後に、良い香りが俺の方までやって来た。


 「はい」

 「え?」

 「よく、褒めて貰ったんだ。あの人に」


 味は悪くないと思う。そう呟いてグライドが俺へとカップを渡す。


 「夏だから、冷たい物だけど」

 「へぇ、香りも色も良い。良い茶葉だな。どこからこんなの」

 「少しは携帯してたんだ」

 「そっか」


 いつ、主に茶を求められても良いように、か。出来た従者だ。グライドは本当に、ヴァレスタが好きだったんだなぁ。主が喜んでくれるのは嬉しい。俺にも解る。アーヌルス様のことを、思い出してしまう。それで俺がろくでもないことを考えたりもした。あれも俺の背負うべき罪だ。


(だから、報いなんだ。これはきっと)


 俺は恨まない。俺に命を、幸福値を分けてくれた人のように残りの時間を生きるんだ。やれること、やるべきこと頑張らなきゃ。俺には、まだやれる。


 「それで、アニエス姫っていうのはセネトレア王族なんだよな?」

 「ああ。女王が最終的に生かした王族はその二人だ」

 「一人は宰相であるユリウス。これは先の事件で殺されている」

 「犯人がトーラだと疑われて、リフルさんが釈明に行ったあれか」

 「ああ。彼に政治や面倒事を任せるために刹那姫は彼を生かしていた。事実有能ではあったようだし、彼女に気があった。言いなりになる良い部下なら死なせる理由は無いからな」


 グライドが、自分の言葉にダメージを受けている。分かり易いところあるなぁ、こいつ。


 「アニエス姫は、情に厚く……異母兄弟達にも分け隔て無く優しく接した王女。城での評判は良かったよ。王宮騎士達も彼女のことは好意的に見ていたように思う」

 「へぇ……でもあの女王、難癖付けて殺しそうなものなのに」

 「実際そうやって家族が殺されていった。彼女はそれが許せず女王に楯突いた。殺される覚悟で。それで気に入られてしまった」


 話を聞いていて、全く似ていない俺の恩人の姿が浮かぶ。


(リフルさんも、ちょっとそういうところあるかも)


 人から好かれるのが当然という、歪な環境にある。だから、敵意を向ける人間が物珍しく映るのだ。お姫様もそういう流れで気に入られてしまったんだろうと俺は納得した。


 「彼女本人を殺すより、彼女の大事な家族を目の前で殺していく。その方が彼女は苦しむだろう。……残酷な女だな、刹那姫は」

 「でも今の話だとおかしい。お気に入りのはずのお姫様を、どうして女王は危ない目に遭わせるんだ?騎士達が来たのは、そのお姫様が今、危ないことになっているからなんだろう?」

 「他に良い玩具でも見つけたんじゃないのか?」

 「まさか……リフルさんのこと?」

 「本気で討伐したいなら、あんな僅かの兵は寄越さない。女王のお遊びさ」

 「でも……ティルトは、本気の目をしてた」

 「……面識があるのか?」

 「俺達がタロックに潜入したときに、一度会ってるんだ。あの女を助けて、セネトレアまで連れてきた」

 「随分と失礼な女だな。恩を仇で返すとは……うっ」

 「お前が落ち込むなよグライド」

 「あ、ああ。しかしタロックに潜入するとは……やるな。いくら手練れの情報数術使いがいるとは言っても」

 「トーラもタロックの情報は不完全だよ。依頼が無ければ無理だった」

 「依頼?」

 「丁度リフルさんの生死が不明だったころ。半年前からそうだっただろ?トーラに怪しい依頼が来たんだ。リフルさんを、Suitを探す者……たぶん女王からの依頼だったんだと思う」

 「……セネトレア王暗殺事件の話か」

 「オルクスのこともあったから……正直、本物かどうか解らないけどな。少なくとも身体はセネトレア王だったってトーラが言ってたよ」

 「中身が逃げた可能性は、あるわけだ」

 「あ……」

 「フォース?」

 「い、いや、何でも無い」


 何気ない会話。だけどふと、思ってしまったことがある。


 「何でも無いって風には見えないけど」

 「……馬鹿にするなよ?」

 「ああ」

 「セネトレア王って……どうして奴隷貿易をしてたんだ?」

 「金もうけのためだろ?」

 「自分の影武者に、玉座を任せて……自分が商人組合として働く意味」

 「所詮は傀儡。飼い殺し。贅沢と女を得る幸せ。そんな場所を他人に貸して、働く意味は。……外見だけなら、絶世の美女が妻になった。その上で何を求める、と?」

 「そこにオルクスが現れた。もしおまえがセネトレア王ディスクなら、どうする?」

 「……旅を続ける。奴隷捜しは終わらない」

 「それはどうして?」

 「毒の王家の姫と触れ合えば、気が触れる。美しいが触れられない花ならば……。自分は刹那姫に触れられる身体。刹那姫には……内面を美しい人を探して、閉じ込めるための檻?」

 「ああ。その器なんだ」

 「つまりあの政略結婚は」

 「互いに、騙し合い」

 「王は……最高の女を、作ろうと言うのか?」

 「あの男が生きて居るなら……リフルさんが、危ない。リフルさんは女王の弟だ。女王に触れられる身体を持っている」

 「だが、王は数術を使えない」

 「混血の身体を、手に入れてる可能性はある。パーツと数式だけでも、オルクスから与えられていることだって、あり得なくない」


 自分で言っていて、身体が震えて来る。すらすらと、こぼれ落ちる言葉は怖いくらい。だけど、何故か心が躍る。自分の言っていることに、自分で驚いている。思考が言葉に追い付かない。これまで散らばっていた歯車がカチカチ組み合わさって回り出す。

 俺もグライドも、そこからしばらく無言になった。彼も俺と同じで、怖くなったんだ。この事実、妄想に。違う、彼は俺を見ている。


 「フォース、はじめてだ」

 「え?」

 「君をこんなに恐ろしいと思ったのは。戦ったときよりずっと……そう思う」

 「大げさだな。変なこと言うなよ」

 「変じゃない」

 「こうだったら嫌だなって言う、唯の想像だ」

 「君の不安は、時に計算を越えるものかもしれない。恐れを知らない人間は、不安もそれも見えないだろうから。それはあり得る、起こり得る未来だ」


 君がアルタニアへ流れ着いたのは、無意味では無かった。君という人間を形作るために必要なことだった。そんな風に、俺の罪ごとグライドは肯定するようなことを言う。それは正しいことでは無いけれど、ほんの少しだけ、救われた気がした。

 俺の罪も、俺の一部で。それが無ければ今の俺は無い。逃げられない。逃げてはならない、自分から。


 「Suitの身体を悪用されたら問題だ。彼が目覚めるまでどこか安全な場所に隠すべきだな。今もロセッタがついていてくれるんだろう?」

 「ああ」

 「彼女は教会兵器もある。教会からの補充が出来たら早速そうしてもらうべきか」

 「安全な場所って言うと……ロセッタやリフルさんが面識ある第二島とか?」

 「いや……第三島はどうだろうか?」

 「アルタニア?」

 「領主はおまえ達に好意を持っている」


 この国で一番どこが安全か。頼りたくは無いが、あの男の領地が……皮肉なことに最も安全。


 「よりによって、……な。確かに、異論は無い。ロセッタに話しておくよ」

 「領主様には」

 「お前はやることあるだろ。カルノッフェルにも俺が言う。エリスもここより安全かな?」「それはそうだが、ロセッタは彼を優先しないと思う。彼も行くなら、君も行かなければ」

 「そ、そうだよな。じゃあ無理か」


 危険でも、ここでエリアスを守り抜かなければ。俺の顔に不安が浮かんだのを見て取った、グライドが言う。


 「フォース。僕を、東を君は、君たちはもう一度信じてくれるか?」

 「グライド?」

 「西の残党がここにいたら、城の奴らに見つかれば……言い訳が出来ない。君たちや西の生き残りにはアルタニアへ行って貰うのが助かる僕が城を騙し、あの女を騙しこの島を守ろう。部下の手綱は僕が握る。悪さはさせないよう努力する」

 「……」

 「Suitが目覚め、回復したら……戻って来てくれ。それまで東を信じてくれないか?僕だけではあの女には勝てない。彼に頼らなければ……僕はこの街を守れない」

 「……わかった。西の人間の遺体も、丁重に弔ってやってくれ」

 「ああ、約束する」

 「アスカもティルトとは面識がある。戻って来る前にこっちで回収する。出来なかったらその辺ごめん、上手くやってくれ」

 「ああ。しかしかなりの大所帯だ。バレないように移動するのは困難だろう。ロセッタに数術の弾が補充されたら教えてくれ。そこから数日、連中を西裏町の捜索に借り出そう。その前に西裏町にいる生存者を誘導してアルタニアへ。東にいる分は、僕らが西へ向かった後に移動してくれ」

 「グライド……」

 「フォース?」

 「ありがとな」


 手袋のまま、彼に握手を求める。彼は笑い、それに応える。自身はカードの宿った方の手の、手袋を外してから。

 慌てて外そうとする俺に、彼はいいよと首を振る。


 「君が信じてくれていることを疑わない。君を責める理由は無い」

 「言ってくれるな」

 「もし気にしてくれるなら……そうだ。なかなか彼女と話す暇が無くて、代わりに謝っていてくれないか?」

 「ロセッタにか?あ!!」


 謝るようなこと。それはなんだろう。ああ、あれか。思い当たったこと。ロセッタと共に、グライドと戦ったときのことを思い出して、俺は青ざめた。エリザとリフルさんだけじゃなかった!


 「ぐ、グライド!大丈夫か!?身体おかしなところないか!?どこか痛いところないか!?」

 「どうしたんだ?そんな泣きそうな顔で。一度は僕を殺そうとした男が何をそんなに」

 「俺、お前と戦ったときに……お前にとんでもないこと、したかもしれない」


 口移しで、毒を飲ませた。その時、感染させてしまったかも。命懸けの戦いだったとは言え、俺はエリザと同じ事を、してしまったのだ。罪の意識から、恐ろしさから泣きそうになる俺を前に、どうしたことかグライドは吹き出し泣くほど笑い出す。


 「ああ、それか。エリザさんから聞いているよ」

 「え……!?」

 「どうせ、僕もカードだ。何が起こっても仕方ない。だからフォース、せめて悔いなく生きよう。後悔に負けるなと、言ってくれたのは君だろう?君が、那由多様が……混血と西の人達が。力を貸してくれなければこの街に今日は無かった。僕らを生かしてくれたこと、礼を言わせてくれ」

 「……っ、ず、狡いぞ!お礼なんか!!」

 「不謹慎だけど、少し嬉しいよ」


 グライドの言葉に、俺は何度も驚かせられる。俺には何もない。何も出来ない。そう思ってきた俺なんかに、俺が持っていない物全部持っていたはずのグライドが……昔のように、昔以上の笑顔で応えてくれている。


 「君とは随分、違う場所を歩いてきた。違う物を信じて、別々の物を見てきた。僕の痛みを君は知らないし、僕だってそうだ。だけど……君の苦しみを、はじめて僕は知ることが出来るのかも知れない。やっと、君と友達に戻れた。いいや、友達になれた気がする」

 「……グライド」


 お前の怒りや悲しみ、痛みを俺は知らないまま、お前を傷付けた。罵られるべきだ。呪われるべきだ。でもこうして、また話が出来る。戻れたんだろうか、なれたんだろうか……本当の、友達に。


 「頑張ろう、フォース!純血のため、混血のため、みんなのために!」

 「ああ!」


 今度こそ、俺は手袋を捨てグライドと手を合わせる。グライドの口から、混血が出る。それだけで俺は今度こそ泣いてしまったよ。

 心から仮面を捨てた、グライドの声は力に満ちている。良い笑顔だ。普段からこんなの向けられてたら、ヴァレスタだってグライドが可愛くて仕方なかっただろう。


 「何赤くなってんのよ馬鹿っ!」

 「ぐはっ!」


 親友に見惚れていた俺を、思いきり蹴飛ばした女。振り向けばやはりロセッタ。


 「いきなり蹴るなよな!」

 「何デレデレしてんのよ気持ち悪い!」

 「お前だってグライドのこと好きだったろ!仕方ないだろ可愛いんだから!」

 「い、今は別に好きじゃ無いわよ!」

 「馬鹿!聞こえてる!!」


 恐る恐る二人でグライドを見れば、心なしか傷ついたような落ち込んだような顔。先程までの愛らしい笑顔は消えている。ロセッタも心苦しくなったのか、負けを認めて遠回しな謝罪を述べる。


 「き、嫌いって訳でも無いけど」

 「可愛いとか、言ってごめん」

 「あはははは!二人とも、そんな顔しないでよ」


 気落ちした俺達を見て、グライドは再び笑う。


 「フォースがそう思うのも仕方ないことだからね。ロセッタは知ってると思うけど」

 「待ってグライド!」

 「君たちに、隠し事はしたくない」

 「み、見せることないわ!」

 「いや、流石にそこまではしないけど」

 「な、何の話なんだ?」

 「僕の歌、高すぎると思わなかった?」

 「あ、それは確かに」

 「私が話すわ。無理しないで」

 「……ありがとう、ロセッタ。そういう気を回してくれるところ、変わっていないんだね」「……そうでもないわよ。昔だって嫌な女だったし、今だってろくな奴じゃないわ。私なんて」


 グライドとロセッタが、ぎこちないながらも会話をしている。少し昔の空気に戻ったみたい。ここにあと一人、あいつさえいれば。タロックに居た頃みたいなのにな。


 「あのね、フォース。グライドが私達混血を憎むのはそれなりの理由があったの。あのグライドがいきなりあんな風になるわけないでしょ?グライドが女の私より可愛いのは」

 「元々だよな?痛っ」

 「黙って聞きなさい!」


 口は元々悪かったけど、昔はここまですぐ手を上げる女じゃなかったと思うのに。やっぱり本人が言うように、ロセッタは嫌な女だな。


 「引き取られた先の家に借金があって、義理堅いグライドはその所為でまた奴隷みたいにされたの。タロークの男は安いでしょ?グライドみたいな美少年でも顔が良くても人種と性別で奴隷の価値は決まる。だけど外見は良いから……好事家に見世物ショーに使われたのよ」

 「すごいな、教会はそこまで知っているのか」

 「知ってても、助けられなくてごめんなさい」

 「君のせいじゃないよ、ありがとう」

 「なんでそこで俺を叩くんだロセッタ!泣きそうになるの隠したいからって止めろよな!」

 「う、うるさい!」


 そうは言うが、俺だってロセッタからかいでもしなきゃ聞いていられないよ。とんでもない話になってきて、心臓がバクバクしている。


 「見世物……解体ショーね」

 「か、解体って」

 「生きたまま身体を切り刻む、悪趣味で最低の行いよ」

 「幸い僕は、死ぬ前に……あの人に助けて貰ったんだ」

 「それが、ヴァレスタ……」

 「だけど、僕の一部はあの人が来る前にもう解体されてしまっていてね。人としては生きて居るけど、男としては死んでいる。養父さん達には顔向けできないよ」


 さらりと告げられた言葉だったけど、その言葉を何度か反芻し……意味を理解し凍り付く。


 「混血なら、切り離された僕の身体を治せる。だけど……毛色が違うだけでこんな目には遭わない混血達が、僕は憎かった。そんな奴らに頼って元の身体に戻るなんてプライドが許さなかった。人間として、死んでしまう気がしたんだ」


 逆恨みと言えばそこまでだけど、何かを憎まずには生きて居られなかった。そんな言葉が俺に重たくのし掛かる。


 「私が教会についたのも似たような理由よ。花嫁奴隷で幸せになれると思ったらこの髪で、すぐに離縁されるでしょ?また奴隷になっちゃって、飼われた先が変態女のところで。フォース、あんたみたいなDT野郎はなんか夢とか理想とかあるみたいだけど、現実なんてその程度のものよ」


 ロセッタが自分の話をするなんて、珍しい。グライドだけに恥ずかしい思いをさせたくないのか。義理堅いな。これは変わっていないのか。

 俺達は囮になったロセッタに助けられて、奴隷商のところから逃げ出したんだったもんな。

 あの時のごめんも、ありがとうも……まだ俺は言えていない。タイミングを逃してしまったままで。


 「神子様は、私をそこから助けてくれた人。何もかも、間に合わなかった人。だけど、私を許してくれた人なの。償いのために仕えているわけじゃないわ。私を許してくれるあの人に、その理想に私も夢を見ただけ。信じようと思ったから。あの人が作る美しい世界のためなら、……こんな血に染まった私でも、踏み台くらいにはなれる。手を汚す価値があるって信じたんだ」


 言葉の内に深い感謝と、だけど何か戸惑いを宿した彼女の声色。


 「私、奴隷通りで神子様に一度出会っているの。花嫁奴隷の私は良い生活がある。混血のあの子はこれからどうなるんだろう。可哀想。あの子より私はきっとマシ。そんな風に思い込もうとした。混血になってしまったのはそんな罰なんだって、思ってた」

 「思ってた……?」


 考えが変わった。そう聞こえる言葉だったと指摘すれば、彼女が苦々しく笑う。


 「私の罰は、リフルを信じられなかったこと。あの日助けに来てくれた彼の手を、怖がらずに掴めていたのなら……私、今頃どうしていたんだろ。ディジットとかトーラとかとも、もうちょい……仲良くやれてたのかもね」

 「……そうだな」

 「私がここに送り込まれたのは理由があるけれど、それは私にとってもそうだったのよ」


 「なるほど……フォースだけではなく、彼は君にとっても大事な存在なんだな」

 「ろ、ロセッタが否定しない……だって!?」

 「うるさいわねあんたは!」


 そしてやっぱりロセッタは俺だけ叩く。俺を叩きながらも顔を赤くしている彼女を見て、俺ははっと気がついた。ロセッタとリフルさんに違和感を感じていたけれど、ロセッタの方の違和感はなくなっている。


 「それで、その大事な人を置いてこんなところに来てよかったのかい?」

 「ちゃんといるわよ、ほら」

 「あ!」


 ロセッタが羽織ったマントの下にリフルさんが背負われている。怪我人背負ったまま俺に暴行を加えていたのかこの女は。リフルさんの怪我に響いたらどうしてくれるんだ!


 「熱が出てるみたいだから、洛叉に診せようと思って。こっちにいるんでしょ?」

 「呼べば良いのに」

 「あんたがなかなか帰って来ないから仕方ないでしょ!こいつだけ置いて行くわけにいかないもの」

 「……トーラの数術、便利だったな」


 仲間内で遠く離れても頭の中で会話が出来る、念話数術。オルクスに妨害されたこともあったけど、アレは本当に便利だった。


 「神子様も似たようなこと出来るけど、頼んでやってもらっても神子様に筒抜けになっちゃうから困るわよね」

 「困るな」

 「こっちで出来そうなのってアルムと洛叉くらいだろうけど、才能的に洛叉はすぐ廃人なっちゃうだろうし……アルムは数術代償的にアウト。使いこなせないし攻撃の方が向いてるわ」

 「なら、リゼカなら……開花出来たかも知れなかったのか」

 「過ぎたことは仕方ないわ。それに、死んだ仲間のこと……能力で悔いるのは一番失礼よ。この話止めましょ。今居るメンバーで、出来ることを頑張るしか無いわ」

 「そうだな」

 「それから、さっきの話私も概ね賛成」

 「き、聞いてたのか!?」

 「防音数術も貼らないで無防備よあんたら。私が最初の頃に来ていて良かったわね。数式張って置いてあげたから」

 「では、教会から支援物資が来たんだな」


 それなら計画は最短で行動に移せる。グライドとエルツに頼んで西裏町の生き残りを探してきて貰おう。


 「そういうこと。それもあってこっちに来たのよ。グライド、教会のメンバーを少しとアスカをこっちに残すわ。上手く使って対処して」

 「協力してくれるのか?ありがたい」

 「メディアっていう……一人面倒な女が居るけど、話を合わせておいて」

 「ああ、了解した」

 「特技や技は……はい。こんな感じだから頼んだわよ。メモは暗記したら食べてしまって」

 「あ、ああ。わかった」


(メディア?)


 どこかで聞いたことがあるような、気のせいか?唸る俺の頭をいきなりロセッタがどつく。


 「な、何すんだ!」

 「考え事してる暇あったら、旅の準備手伝いなさい!それとあのお坊ちゃん、寂しがってるわよ!?お昼ご飯持って行ったの!?」

 「あ!!もうそんな時間か!!早く作らなきゃ!」

 「ああ、それならさっき僕が作って置いたからこれを持って行くといいよ」

 「おお!助かったぜグライド!」


 これから忙しくなる。そう思うと、嬉しくなった。これなら、無理矢理にでも笑っていける。

アスカがメディアちゃんにジリジリ迫られつつ…

幼なじみが三人揃った回。


本編6章でまだ辛うじてレーヴェがいる頃の時間軸。正位置では四人再会させてあげたいですね(遠い目)

セネトレア王の企みが、今更明らかに!おっさんまだ生きてたのか!?

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