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3:Alitur vitium vivitque tegendo.

雰囲気グロ回注意報。

 元々僕の中には僕というものがそんなになくて。半ばどうでもいい気持ちで占められていた。何のために生きているのか生まれたのか解らずに、ぼんやりと唯生きている。

 本当の父さんも母さんもいつも溜息ばかり漏らしていた。僕の顔を見て、二言目にはこうだ。「いっそお前が女だったら」

 そんな事言われても、僕にはどうしようもないことなんだけど……その気持ちも解らなくはない。タロック人じゃ稀少な赤目。それで容姿も悪くない。僕が女だったならさぞ高く売れただろう。

 男子虐殺令には穴がある。跡取りのために男子は一人だけは残される。そのため長男がある家に次男が生まれれば処刑という流れだが、長男が死んでいた場合次男はそのまま生きられる。その次男が死ねばもう一人男を設けることが許される。先に女が生まれた場合も同じ。稀少な女は何人生まれても構わないんだから。

 つまり僕の家がそこそこ裕福になったのは、僕の上に姉が居たからだ。その姉を売り飛ばした金で、両親は裕福になった。だけど湯水のように金を使えばいずれは底を尽きる。その豪遊を続けるために二人はまた女を望んだ。だけど生まれたのが男の僕だ。それは深く失望したんだろうけれど、僕だって失望したよ。そんな理由で作られたなんて思うと。

 金が底をついてきて、あの人達は始めて身の危険を覚えた。あの人達は余所へ移り住みたかったんだろうな。下手に財があると飢饉の時なんか他の村人からやっかみを買う。施しなどをしておかないと、いつ家が燃やされるかわかったものじゃない。かといってあまり甘やかしておくと破産するまで集られる。そんな未来が目に見えて、ここから逃げ出したかったのだろう。そんな物騒なタロックを捨てて移住するための金が欲しかった。いっそ女装させて高く売り飛ばして、その内に国外へ逃げるか何て算段。そんな馬鹿みたいな発想、実の親だなんて呆れてしまう。

 こんな人達のために生きる意味はない。価値もない。


 「おらっ!さっさと歩け!」

 「フォース!それにパームも!どうしたんだい?これは一体何事ですか!?」


 家を飛び出してすぐ、僕は幼なじみが縛られ連れて行かれるところに出会した。


 「グライド……」


 僕には会いたくなかったと、フォースが黒い眼を細めた。今にも泣き出しそうだ。


 「俺様すげーんだぜ!わけーからフォースより高く売れたんだ!」


 幼いパームは奴隷になるって事をよく解っていないようだ。兄貴分のフォースより高い値段が付いたことに胸を張って喜んでいる。駄目だこの子。頭が弱すぎる。


 「お別れは済んだか?これから屋敷のお嬢ちゃんを迎えにいかねぇといけねーんだからさっさとしろ」

 「待って下さい」

 「ああ?」


 僕は奴隷商を呼び止める。心配だった。フォースがパームがロセッタが。あんな両親なんかより、僕は彼らの方がずっと大切で……


 「僕には幾ら値段が付きますか?幾らでも構いません。どんなに安くても良い。あの家に後から届けてやって下さい」


 いいや、安ければ安い方が良い。あの二人には良いお灸になるはずだ。


 「……田舎育ちには勿体ねぇ、小綺麗な面してやがる」

 「これで女か混血なら高く売れたのに、勿体ねぇな。まぁ、上手いとこ良い変態に売りつけられればそこそこ高く売れるか?」

 「だってよ、いいぜ。ついて来な」


 縛られる僕に、フォースは顔面蒼白狼狽えて、パームの方は此方の足元を見た値段にげらげら笑っている。


 「馬鹿!何考えてるんだよグライド!」

 「ひゃはははは!なっさけねーグライド!俺様より安い」

 「僕の方が君たちよりお兄さんだからね。こんなこと、見過ごせないよ」


 何も解っていないパームもパームで心配だけど、特にフォースは母さんから捨てられたのだと落ち込んでいる。そんな親友を放っておけるほど、僕は友達甲斐のない男にはなりたくない。

 彼が辛い思いをする時は、僕が助ける。一番傍にいてあげたい。彼がそうしてくれたみたいに。彼は僕に助けられたと思っているかも知れないけれど、違うんだ。助けられていたのは何時も僕の方なんだ。

 君は僕を女扱いなんかしないし、女だったら良かったなんて言わない。その上で君とは違う僕の目を髪を褒めてくれるんだ。綺麗だねって。僕が大嫌いな僕を少し好きになれたのは、全部君のお陰なんだ。家から追い出されている君の傍へと行ったのは、僕が家に帰りたくなかったから。僕が君に癒されていたんだ。いつも強がって兄貴風を吹かせている君、そんな君が僕の前だけで泣く。そんな君の前で強がることで僕は、強くなれるような気がしたんだ。


 「フォースっ!こっちだ!」

 「駄目だ!パームの奴がはぐれた!俺探してくる!」

 「ッ……、僕が戻る!君は先に」

 「俺の方がお前達より足が速い!俺が行くからお前が逃げろ!」

 「フォースっ!」


 ロセッタの機転で奴隷商の所から逃げ出すことが出来た僕たちだけれど、行く当てなど何処にもなかった。だから何処へ逃げればいいのか何処まで逃げればいいのかわからず、僕らは道に迷い込む。

 セネトレア王都ベストバウアー。世界貿易の中心地は数え切れない店、入り組んだ裏路地とまるでゴミその物と言う言葉以外見当たらないような人混み。僕らみたいな子供、すぐに飲み込まれて見えなくなってしまう。僕は急いで彼を追ったけど、もう後の祭り。

 僕が踏み入れたのは薄暗い裏通り。潜む息遣いのような、生暖かい風が僕の首筋を撫でる。


 「……どうしよう」

 「そんな場所に行くのは賢明ではありませんよ」

 「え?」


 振り向いた先には、多少古めかしいが身なりの整えられた老紳士。暗がりに踏み込んだ僕を明るい表通りへと誘う。


 「この街は物騒ですからね。君のような子供が一人で裏町などを歩いては行けません。屋敷はどちらですか?お送りしましょう」

 「いえ……あの……僕、奴隷なので」


 服装を見ればすぐ解るかと思ったのだけど、その人は僕がそう口にするまで僕の身分に気付かなかった。


 「これは失礼。あまりにも君に品があるので何処かの家のご子息かと」

 「ぼ、僕がですか?」

 「ええ。見目もですが、君の言葉は綺麗なタロック語です。セネトレアの訛りもない。しかしなるほど。本国から連れてこられたわけでしたか」

 「……はい」

 「それで何かお探しのようでしたが?」


 話して良いんだろうか。信用できるんだろうか。この人だってこれから僕を何処かに連れて行ってどうにかするんじゃないのか。言われるがまま馬車に連れ込まれた僕は今更ながら身の危険を感じていた。

 そんな僕からの不信の眼差しを受けたその人は、何も言わず僕を自分の屋敷へと招いた。僕らを迎えた老婦人は、僕を見てうっすら涙目。快く僕を迎えてくれる。

 何日かぶりのお風呂は、僕の家なんかのそれよりずっと立派で。出された貴族風の服に袖を通すと鏡に映る僕は田舎者のそれとは違うように見えて、何だか妙な気持ちになった。フォークとナイフの使い方が解らない僕に、その人は微笑しながら教えてくれた。


 「あの……どうしてここまで親切に、してくださるんですか?」

 「……君がね、昔亡くした我々の息子によく似ていたんだよ。どうかね?行く宛が無いのなら……老い耄れの我が儘を一つ聞いてはくれないか?友達捜しにも拠点が必要だろう?」

 「若くしてあの子を奪った運命、神とやらを深く呪いましたけど、今ならそれに私も感謝出来ますわ。本当に……奇跡はあるんですね」


 老夫婦は目頭を覆って感涙している。だけど僕はわけがわからない。何処にも居場所がない、こんな僕が……こんな僕を。僕がここにいることを、泣くほど喜んでくれる人がいるなんて。その人達は、一緒に僕の友達を捜してくれると言った。他人に無関心な人ばかりのこの国で、そんな優しい言葉を掛けられたのは初めてで……それがどんなに嬉しかったか。僕がこの家の名を名乗ることに喜びと、誇りを見出したのは……僕がその二人を大好きになったから。

 探しても探してもフォースはパームは見つからない。それが次第に諦めに変わる中、僕は新たな居場所をそこに見出していた。それは、そんなある日に起きた。


 *


 「大丈夫です。僕が何とかします」


 そう微笑んで飛び出した屋敷。時は一刻を争う。今日中に何とかしないと、父さん母さんの私財全てを奪われてしまう。それでも足りなければ最悪奴隷、或いは解体されて殺される。そうなれば僕は、また帰る家を無くしてしまう。

 やっとみつけた居場所なんだ。この最低な国の中で、あんな親切な人達に出会えた幸運。今無くしたら、僕は二度と至れない。もう何かを失うのは嫌だ。守れないのは嫌だ。だってそれは僕の帰る場所が無くなるって事なんだ。


(だけど……)


 金だ、金だ!金さえあればっ!

 僕は町を駆け巡る。金さえ貸して貰えれば、後は何とでもなる。僕はまだ若い。僕の人生はこれからだ。これから幾らだって稼げる。返せる。ああ、だけど……この国じゃ、人の信頼すら金で買うんだ。

 表は駄目だ。相手にしてくれない。多少汚れていても金は金。僕は東裏町の高利貸しを片っ端から渡り歩いた。それでもどこも相手をしてくれない。


 「おとといきやがれ!傾いた商家なんぞに誰が金を貸すものか!」

 「それともだ。返す宛があるのかい?フィルツァーのお坊ちゃん?」

 「幾ら顔が良くてもタロークの野郎は金にならねぇんだよ。私財で借金が足りないってんなら腎臓でも肝臓でも何でも売って来いよ」

 「金もねぇ癖に養子だなんだ、こんなガキ拾う偽善者なんて、商人の風上にも置けねぇや。損得勘定考えれば赤ん坊でも解るだろ普通はよぉ」

 「それともあの没落貴族の爺はそっちの趣味でもあったのかい?通りで跡取りが生まれねぇわけだ」

 「そりゃ、嫁が老けてやる気でねぇだけじゃねぇの?」

 「なら、他に女でも作ればいいのによ。ああ、そんな囲える金もねぇか!」

 「僕への侮辱は結構ですが、父さん達を馬鹿にしないで下さい!あの人達はそんな人じゃありません!」


 それまで何とかこの人達に取り入って、金を貸して貰おうと思っていたけど、聞くに堪えない罵倒の言葉にとうとう僕も反論してしまう。そんな僕の目を見て、金貸し連中のリーダー格の男が僕を睨んだ。


 「腹立たしいガキだぜまったく」

 「気分を害されたのなら、その点については謝罪します」

 「なぁお坊ちゃん?お前さぁ、どっかおかしいぜ」

 「仰る意味が分かりません」

 「お前は完璧すぎるんだよ。人間らしくねぇ」


 金貸しは僕に煙草の煙を吹きかける。煙かったが僕は我慢し、彼を見つめる。そんな僕の様子に男は忌々し気に舌打ちをした。ここで咳き込むか目を閉じるかすれば追い返すつもりだったのだろう。


 「お前は見目も悪くねぇし、養親思いで性格も良い?ついでに頭も切れやがる。年老いた爺が来るより若いガキが来た方が、確かに将来性はある。下っ端の金勘定がわからねぇ馬鹿なら金を貸してやってたかもしれねぇ」

 「………それはどうも」

 「だがなぁ、俺はそういうお綺麗なガキは嫌いなんだ」

 「え……?」


 人としての美徳を何故か僕は貶されている。


 「人間何かしらどっか壊れていかれてんのが人間だ。解るか?正常を絵に描いたようなお坊ちゃん、てめぇは逆にいかれてやがる。つまり人間じゃねぇ。俺らは人間相手に商売してんだ。だからお前に貸す金はねぇ。とっとと帰んな」

 「あなた方も商売ならそんな理由で客を追い返すのはどうなんですか?それでも商人なんですか?商人のプライドって言うのは無いんですか!?」

 「言うじゃねぇかガキ」

 「ええ。ここに金に困ったガキが居る。そのガキはまだまだこれから働ける!仰る通り僕は馬鹿ではありません!ですから必ず借りた以上の金を稼いでお返しします!してみせます!それが出来ないときは僕を煮るなり焼くなりどうそして下さい。……ここまで言う馬鹿相手に、騙して陥れて金を儲ける位の算段が働かないんですかあなた方は!?」

 「ああ、無いね。俺らは客は選ぶんだ。面白くねぇ仕事は仕事じゃねぇ。趣味と金儲けの両立できてこその仕事ってもんだ。解るか若造?」


 もっと汚れた目になってから改めろ。希望ではなく絶望をその目に灯してから来い。その絶望の海から頭を出して必死に浮かび上がろうとしている亡者を掬い上げる振りをして、その頭を踏みつけ海の底へと突き落とす。

 これは唯の金儲けじゃない。その快感の虜になった奴らの職だと男は言った。僕には解らなかった。その頃の僕は誰かを蹴落とすこととか傷付けることなんかしたことがなかったから。そういうことはいけないことだと思ったし、それで愉悦を感じるような人間の方が何処かおかしいに決まっている。そう思っていた。……金貸しは、僕のそんな気持ちに気付いていた。


 「なぁ、坊ちゃん?お前はこんな薄暗い裏町まで来て、それでもその目は光を宿している。それがこの街の人間にとってどれだけ不快なことか解るか?てめぇのその目は、俺らを見下してんだよ」

 「僕にそんなつもりは……」


 別に見下しては居ない。彼らがこういう場所でこういう事を始めたのにだってきっと何か理由がある。僕らみたいに攫われて売り飛ばされて逃げ出して……自分が犠牲になるよりは他人が犠牲にすることを是としたんだろう。

 ……とまぁ、そんなはずはないだろうけれど、何らかの理由があって彼らはこうなった。他人事だから下手な同情とかするのも怒りを買うだろうし、かといって見下す気はない。一歩間違えば僕だってどうなっていたか解らない。フィルツァーの家の拾われなければ僕なんか他の奴隷商にまた何処かへ売り飛ばされるか、或いは野垂れ死んでいた。

 だからこそ僕は父さんと母さんに感謝していて、力になりたいと思っている。けれどそんな僕の気持ちは目の前の人には伝わらない。


 「そう、その余裕が気に入らねぇ!お前は窮地にありながら、それを窮地と思っていねぇんだよ!自分なら絶対何とか出来るって妙な自信があるんだろ?」


 それには言い返せなかった。根拠がない訳じゃない。

 僕は何処にいてもある程度どうにか出来る程度には頭が回る。波風立てず、平穏を守る。それで厄介事の大半は回避できる。処刑祭りの国に生まれた以上、出る杭が打たれるのは知っている。だけどタロックとセネトレアではその処世術が違うのだ。


(人にあるまじき汚い側面を見せないと、彼らの信頼は買えないということなのか?)


 だけど、人にあるまじき汚い事って何?そんなの咄嗟に思い浮かばない。どうすればいい?

 ここで始めて焦りを感じ始めた僕に、金貸しは大げさに溜息を吐く。


 「いいから帰んなお坊ちゃん、借金はてめぇの養親共が払うのが筋ってもんだ。どうしても奴らの力になりたいってんなら奴隷商の所にでも行け。奴らならお前にも値段を付けてくれんだろうよ」


 奴隷商。そう聞いて僕の顔が変わったのに気付いたんだろうか。


 「奴隷商に追いかけられた覚えでもあんのかい?そうだな、お前みたいなタロークのガキ金にはならねぇが、適当に女装でもさせて馬鹿に売りつけ大金掴んでとんずらでもすりゃあ…………おい、それだ!それだよ!!」

 「え?」

 「金、貸してやってもいいぜ。没落成金貴族のお坊ちゃん?」


 それは突然だ。それまで門前払いだった金貸しの態度が、一変。まじまじと僕の顔を覗き込んで来る。


 「その面なら十分騙せるだろう。まぁ、最近はチェックも厳しくなって来たし万が一って事もある。金貸して欲しけりゃ女になれ」

 「は?」

 「下のやつさえとっちまえば胸のねぇ女だって誤魔化せる。流石に高価な商品相手だ、触りはしても脱がせるまで手荒なことはしねぇだろ」

 「ちょ、ちょっと!待ってください!」


 相手が何を言っているのか解らなかった……いや、解りたくなかった。それでも解ってしまった。だから身体が震える。怖い。怖くて堪らない。

 僕のそんな表情に、金貸しは満足げに笑う。その顔が見たかったのだと言わんばかりに。


 「とりあえず一回脱がせてみるか。実は男装女ってパターンもあり得る。タロック人には多いんだろ?それならフィルツァーが拾った理由も納得だ」

 「や、止めろっ!放せっ!」


 僕は暴れるが金貸しの手下達に押さえつけられて動けない。もうお終いだ。そう思った時、男の手が僕へと伸ばされる。


 「残念、男だったか」

 「っ……」


 悔しげに睨み付けることしか出来ない僕を、興味深そうに男が笑う。この期に及んでまだそんな顔が出来るのかと。


 「その薄い目と髪の色、どうせ生まれは大した出じゃないだろうに、プライドだけは一丁前に貴族かいお坊ちゃん?」


 寛げられた衣服。羞恥に打ち震える僕を嘲笑う奴ら。許せなかった。


 「でもよ、お頭。こいつなかなかだぜ、男でもそこそこの値で売れるんじゃね?」

 「馬鹿言え。混血かカーネフェリーでもない限り、外見だけ良くても男なんか大した額付かねぇよ」


 混血。ここで僕の前にも立ち塞がるのか混血。

 それまで僕は混血を憎んだことなど無かった。だけどそれは父さんと母さんが憎んでいる種族。奴隷貿易が始まった所為で、セネトレア市場は大きく変わった。フィルツァー家が傾いたのはその所為だ。

 父さんは商才がある。だけどプライドがある商人だ。だから奴隷貿易にだけは着手できなかった。悔しかったんだ。認めたくなかったんだ。

 人には差があり、値段で数値化されて優劣を見せつけられることが。血の薄まった純血ほど、混血が奴隷貿易が許せない。才能など関係なく、外見だけで自分が無意味で無価値な人間だと決めつけられることが許せなかったのだ。

 だからこれまで通りの商売を続けた。けれど段々家は落ちぶれた。奴隷貿易に着手した者ばかり大もうけを始めた。これまで他の嗜好品に流れていた金銭が奴隷貿易へと回り始める。そうなればうちは火の車。これまで高く売れた物、その商品価値が低下していく。……となれば仕入れに掛かった金が赤字となり、そうして自信を喪失した父さんの商才は曇っていった。借金はその最中抱え込んでしまったものだ。

 そう、そんな大変な状況。いつ貴族の称号を失うか、土地を家を失うか。そんな状況だったのに……父さんと母さんは僕を拾ってくれたんだ。

 若くして亡くした息子を思い出したからとか、そんな理由だった。僕は商人なんて金の亡者ばかりなのだと思っていたし、金のためなら人を人とも思わない。そんな連中だと思っていたけれど、その時それは誤りなのだと知った。

 僕を拾ってくれた人は、とても優しい人だった。だから僕はそんな二人が大好きになったし、本当の両親以上に彼らを慕った。苦手な場所もあったけど、それは嫌う理由にはならない。二人は唯、僕と違う価値観を持っていただけ。そこで僕が養親を軽蔑したら、それは僕の大好きな二人の唯一大嫌いなところを真似てしまうことになる。それでは何の意味もない。だから僕は話を合わせて微笑する。

 ……これまでずと、そうして来た。だけど今、僕は父さん達の気持ちが解った。

 僕は比較されている。混血という種族と。目の色、髪の色が違うだけ。それだけで彼らには価値があり、僕には価値がない。


 「なぁ、坊ちゃん。髪色染めて目玉交換して混血として売りに出されるのと、男の証取られて女の振りして売り飛ばされるのどっちがいい?どっちもそれなりに儲かるからな。騙される阿呆は出てくるだろう。俺らはどっちでも構わんぜ?それでお前の養親には金の手助けしてやるよ。なんたって、そうなりゃ借金帳消し所の話じゃねぇ。たんまり釣りが入ってくる」

 「…………」


 まだ、女は解る。タロックの女は少ない。だから貴重。ちゃんと裏付けされた理由があるんだ。だから僕は納得できる。

 だけど、混血はそうじゃない。タロック人とカーネフェル人が交わって生まれるその種族は、外見色が奇異というだけで高い商品価値を持つ。その全体の数は関係なく、一人一人が高価な値段で売買される。

 目の色?髪の色?下らない下らないっ!そんなもので、そんなものに踊らされるされるなんて!そんなモノのために父さんが母さんが僕がこんな思いをするなんて!


 「……僕の目に、僕の髪に触れるな。僕は僕のタロックの血に誇りを持っている。お前達の様な血の薄まった、セネトレー……っ、タローク擬きなんかと一緒にするな」


 そうだ。僕の色は血が薄まったんじゃない。唯両親が、或いは先祖が下民だったってだけだ。僕の中には一滴たりとも高貴な血なんか混ざっていない。それでも僕は混血なんかと違う。こいつらだってカーネフェリーの血が入ってる、時代が違えば混血だ。僕の敵だ。

 貧しくても卑しくても僕は純血のタロック人。それは僕の誇りだ。汚されて堪るか。


 「なるほど、どっちもお断りってか。それならいい案がある。金の方は何とかしてやるよ、ははははは!」


 睨み付ける僕に、男は顔を歪めて一度笑った。そして指を鳴らして手下に僕を運ばせる。薬を嗅がせられたのか、建物内に入ってからの記憶が僕にはない。唯、目を開けた時には僕は裸で……手術台に拘束されていた。身を捩ると、拘束していた鎖が切れた。それに辺りを見回すと………


 「なっ……何、これ……!?」


 辺りは一面の赤。炎と血の海。そこに浮いているのは見覚えのある人間達とそうではない人間。先程の金貸し達……それから身なりの良い男や女。皆仮面を付けているためその高貴な人達の顔は解らない。……あと、あれは医者か何かだろうか?血に染まっているとはいえ白衣らしき物を着ている。


 「全く……この俺の縄張りで金貸し風情が随分と大きな顔を」


 聞こえた声。振り返る。そして誰もが息を呑む。僕も同じ。

 暗灰色の黒髪と、僕なんかよりずっと深くて綺麗な赤い眼。端整な顔立ちのタロック人の青年。タロックの男には価値がない……それでもそんなことを言わせない何かがその人にはあった。迫力、と言うのだろうか。その場の全てを従えるような絶対的な何かをその人は持っているようだった。

 一つ訂正するなら、血の海に……まだ生きている人間が一人いた。あの金貸し共の頭だ。


 「確かに愛らしい子供だが、あれは女ではなかろう。奴隷商を商人組合を騙す算段とは面白い」

 「こ、これは誤解です!ヴァレスタの旦那!滅相もない!俺達はそんなつもりでありませんでね、唯あれはショーの一環でっ!」

 「ほぅ……その誤解を解くために、貴様は幾らまで出せる?」

 「五千……っ、いや一億シェル出しますっ!」

 「足らんな。貴様の所の総資産額はそんなものではないだろう?全額出すなら見逃そうとも思ったがその必要はないようだな。口封じに貴様を殺し、商人組合がその金を巻き上げた方が余程俺へ流れる金も多い」

 「や、止めてくれっ!出すっ!出します全額っ!だからっ……」

 「この世には金で解決できることも少なくないが、その金でさえどうしようもないことがある。貴様はそれに触れたのだ」


 振り下ろされる剣の軌跡。それを僕は見つめていた。薄暗く血生臭い室内に現れた、その綺麗な白銀の輝き。それが赤に染まっても、その人の黒は何もかもを飲み込むように、その色に汚されず、そこにある。


 「あ、あの……助けてくださって、ありがとうございました」

 「礼には及ばん。……私に謝らせてくれ」

 「え!?そ、そんなこと」

 「ここは私の治める場所だ。そこで議席に名を連ねる家の者をあの様な目に遭わせてしまったのは至らない私の咎だ」

 「そんなことないです!あれは僕が……」


 こんな綺麗で凄い人に頭を下げられるなんて申し訳ない。むしろ僕が頭を下げたい。願われるのなら土下座だってします。その位僕は畏まっていた。緊張していた。


 「そ、それにしても貴方は凄い剣の使い手なんですね。惚れ惚れしました。ここの人達も貴方が……?」

 「……覚えていないのか?」

 「え?」

 「いや、何でもない。気になることがあっただけだ」


 そう言ってその人は僕に上着を残して離れ、血だまりに横たわる医者を蹴り付ける。


 「起きろ、貴様は庇ってやったからまだ息があるだろう?」

 「おや、バレてしまいましたか」


 悪びれない調子で身を起こしたのは気味の悪い顔の老人。目の奥を映さない分厚い妙な眼鏡と白髪なのでタロークかカーネフェリーかわからない。

 人を顔で判断するのは良くないことだけど、その人は顔だけではなく顔が……正確には彼の浮かべる笑みがその薄気味悪さの決め手ではあるが、雰囲気そのものが気味が悪い。気持ちの悪いことを考えていてそれを隠そうともしていない。だからそれが周りに伝わってこんな嫌な気分にさせているんじゃないか。そんな風に思ってしまうような男だ。


 「その顔……見覚えがある。貴様、確か医術師のフロドゥール卿か」

 「ご明察ですよ、東の主に覚えていて貰えるとは光栄ですね」

 「議席所持の貴族の名と顔は記憶しているのでな。……こんなところで何をしている」

 「何、仕事で彼らに呼ばれましてね。そこの少年を手術で少女にするか混血にするかを頼まれまして」

 「……確かに奴隷貿易では数術を扱える医者の世話になることはあるが、そんな話は聞いたことがない」

 「でしょうな。純血を混血にする手術をしたことは私もありませんでね、ひひひ、お楽しみは最後に取っておこうと思ったのですが」


 僕は咄嗟に外見を確かめるため室内の鏡へと走る。髪も目の色も僕のまま。ほっと安堵の息を吐く暇もない。


 「いやはや、残念。彼には強い守りがあるようだ。唯の外見弄りの手術ではつまらないので、ついでに輸血用の血液にカーネフェルの血を注いでみようとしたら、拒否反応が起きて……それに当てられてしまったようだ。この惨状は君が起こしたことだよ少年」

 「……え?」

 「やはり私の研究は間違っていなかった。純血でも優れた数術使いが存在する。つまりやってやれないことはないということ。いやいや、君には感謝しているよ」

 「ならば感謝ついでに無償で彼から奪った物を返してやれ」

 「それは出来ない相談ですな。痛み止めくらいなら私にも出来ますがなぁ……」

 「え?それって何の……」


 嫌な予感がする。不意に背筋に額に冷や汗が。言われてみれば、何か……違和感。そして老人の言葉通り、じわじわと痛みが甦って……痛いっ痛いっ痛いっ!僕は立っていられずその場に座り込む。


 「私がこの騒ぎを聞きつけたのは、町の様子がおかしかったからだ。私がここに潜り込んだ時には、……君も意識があったのだが、あれだけ恐ろしい目に遭わされたのだ。忘れようと脳が機能するのも致し方ない」


 赤目の人にそう言われて、ぼんやりと僕は思い出す。そうだ。僕は縛れていて、大勢の人が僕を見ていて。あの金貸し達がいい金になったと笑っていて。僕の悲鳴と泣き顔に、観客達は大喜び。泣いても叫んでも誰も助けてくれない。あまりの激痛に頭が真っ白になって……そして僕は、あの血だまりにいた。


 「奴らは趣味の悪い連中から金を取り、君の公開手術オークションを行ったんだ」

 「……そ、そんな」

 「これだけの美少年なら、切断してホルモン供給を止めればどんな容姿になるのか好事家共が好みそうなことだな。或いは新たな奴隷貿易の境地の開拓にでもなるかと興味を持ったのだろう。切断プレイなどまったく加虐趣味の風上にも置けん。ここは蝋燭か鞭と相場が決まっている」

 「切……断……」

 「ひっひっひ。混血相手では勿体ないし資金もかかる。人体切断ショーは、純血奴隷が使われることが多い。坊ちゃんみたいな顔も良く幼い少年をいたぶるのが好きな人は結構いましてね。そこの方が来なければ可愛いお坊ちゃん、貴方は両手足まで切断されていたかも知れません。世の中には居るんですよ、そういうのが好きなお客もねぇ」


 真実を知った僕はその場に泣き崩れる。

 自分の肢体に……恐る恐る手を伸ばす。だけどない、ない……無い。手が肩が、身体が震える。これ、夢だよね。きっと悪い夢。そう現実逃避したくなる。だけど痛みがそれを許さない。

 話を聞く限り落札者の希望通り切断していくという悪趣味なショーで……落札価格が拮抗したお陰なのか、取るか取らないかで揉めていたお陰で竿の方は残っている。だからこそ何事もなかったのだと勘違いしてしまった。


 「無論手術でくっつけることは出来ますがなぁ……唯の飾りです。数術使いの力でも借りなければ機能回復までは出来ますまい」


 僕は男として終わった。さようなら僕。僕の人生。終わった。終わったフィルツァー家。父さん母さんごめんなさい。僕じゃ跡継ぎ作れません。


 「貴様、数術の心得があると聞いたが?医者連中には数術を学んでいる者も多いのだろう?」

 「残念ながら私は純血です故、そんな魔法のようなことは出来ませんよ。概念、理論を囓っているだけでまだ混血の術師レベルには至らないので、神経を繋ぐ回復数術なんか使えませんよ。……もっとも、壊死する前に西の主という混血……セネトレアの魔女を頼れば何とかなるのでは?」

 「セネトレアの魔女か。……情報屋だと聞いたが?」

 「噂では割と手広く商売なさっているとか。情報さえあればそりゃあなんでも出来ますか」

 「混血……」


 まただ。混血にはどうにか出来る。だけど純血じゃ駄目。

 僕が元の身体を取り戻すには、混血なんかに縋らないといけない。だけど嫌だ。僕が混血なんかに頭を下げなきゃいけないなんて。こんな恥ずかしい依頼っ、どんな顔で頼めって!?第一僕にはそんなお金有るわけ無い。父さん達のことだってまだ解決していないのに、自分のことに使えるお金なんて……。そんなのあったら父さん達に回してる。

 重たくのし掛かる絶望に、目から熱い物が込み上げる。それをごしごしと拭って僕は、恩人の前へと立つ。


 「……貴方の剣、貸していただけませんか?」

 「死ぬつもりか?」

 「だって、こんなのっ!……父さん達に会わせる顔がありません!こんなことなら、もっと早く死ねば良かったっ」


 生きていてもこうやって嫌なことしかないのなら、僕はもっと早くに諦めてそうしていれば良かったんだ。それならいっそ、ロセッタじゃなくて僕がその役を買ってみんなを逃がせば良かった。僕が犠牲になって怒りを買って死ねば良かった。彼らを守れて死ねるなら、十分それには意味がある。僕の生には意味があったと誇れる。だけど、こんなの……僕に誇れる物なんか何もないじゃないか!ロセッタはタロックに売り飛ばされて、僕はフォースともパームとも離れ離れ。父さんと母さんに恩返しも出来ず、こんな身体になってしまった。僕は自分が情けなくて恥ずかしい。こうして一分一秒呼吸をするのも生き恥だ。


 「逃げるのか?」

 「違いますっ!僕は……っ」


 逃げるんじゃない。僕は……負けないために死ぬんだ。


 「混血なんかに縋って僕は生きたく無いっ!それが僕の、純血としての最後のプライドなんです!……だから僕を、死なせてください」

 「……ならば、私に縋れ」


 泣き出した僕を抱き留めて、その人は低く囁く。


 「…………え?」

 「君がこうなる前に救えなかった。それは私の責任でもある」

 「……同情ですか?それなら結構です。僕は貴方もそこの人も怨んでいません」

 「ならば何を怨む?」

 「この世界そのもの……こんな、わけのわからない世界っ!壊れてしまえば良いんです……でも、そんなこと出来ないから……僕が壊れて消えるしかないじゃないですか!」


 あまりにも理不尽で、無意味に残酷なこの世界。消えろ消えろ消えてしまえ。そう願ってもまだこの世界はここにある。


 「同情と言ったな。生憎私……俺にはそんな感情はない」


 赤目の男は、淡々とそんなことを僕へと告げた。


 「俺はお前の誇りが気に入った。その高潔な魂を死なせるのは余りに惜しい」


 そんなこと言われたの、初めてだった。こんな壊れた、壊された欠陥品の僕を見てどうしてこの人はそんな言葉を言うのだろう?


 「貴様、名は?」

 「僕は……グライド。グライド=フィルツァー……です」


 僕が名乗るとその人は、頷き一度僕の言葉を小さく確認するよう呟いた。そして、僕の両肩を掴んだ。


 「良いかグライド。死ぬべきは貴様に非ず。混血なんぞに現を抜かすこの国、この世界の方だ。俺はいずれ王になる男だ。俺の傍にいれば、お前の望みは叶う。この世界、一度俺が壊してやろう」


 「グライド、俺に仕えろ。俺の物になり、俺のために働け。貴様に復讐の機会と生きる喜びを教えてやる」


 有無を言わさぬ迫力。気がついたら僕はその人に頭を垂れていた。

 東の主と知り合ったことで、フィルツァーの家は持ち直した。彼がヴァレスタ様がその援助をしてくれた。ヴァレスタ様の口添えもあり、仕事がし易くなった父さんは生き生きと仕事を再開し、以前の商才を取り戻した。僕はその家業を手伝う傍ら……いや、逆だ。ヴァレスタ様に仕える傍ら、家の仕事も手伝うようになった。


 「ヴァレスタ様っ!」

 「そうはしゃぐな、グライド」


 一刻も早くあの人に会いたくて、僕は言いつけの時間より早くgimmickに顔を出してよくあの人を困らせた。僕のために請負組織の建物内に部屋を設けてくれたけど、父さん達が心配で、僕は実家通いを続けていた。

 何時しか……いや、すぐにだ。この人のために働くのは僕の生き甲斐になっていた。僕は完全にこの方に心酔していた。本当は一秒だって離れずお仕えしていたいくらい。


 「ふむ、またいい働きをしたな」


 僕が持ってきた書類にヴァレスタ様は満足気に笑う。天にも昇る心地だった。


 「グライド。君のお陰で私の仕事が捗るようになった。礼を言う」


 彼は例の一件を城へ告げたらしく、その野放しが議員の縁者に危害を加えたと言うことで、金融業は商人組合が独占で担うことになったのだと言う。王は君臨すれども統治せずと言われているこのセネトレアだが、商人議員関係者にはそうでもない。

 もっともそんな取り決めが出来たとしても守らないのがセネトレア。城に連行すれば勿論それ相応の処罰は受けさせられるが、そのためには誰かが捕まえなければならない。

 そこで僕に任せられた仕事の一つが、金貸し狩り。暗に金融業を行う者を見つけて、その容認のための条件を呑まなければ殺して構わないと言われている。

 商人組合と繋がりのある請負組織gimmickの管理下に入らなければ、殺してその財産全てを没収。入った場合は月々儲けから決められた割合を収めることになっている。

 一度死のうと思った僕だ。誰かを傷付けることにも、殺すことにも別にそんなに抵抗がなかった。どうでも良かった。この人が喜んでくれるなら。僕の苛立ちが静まるのなら。


 「また後で剣を見てやろう。君には……いや、お前には才能がある。俺のために腕を磨いておけ」

 「は、はい!ありがとうございます!」


 僕の襟元には歯車の形のピン。この請負組織の一員……その幹部にしか与えられていない身分証明。これ一つ身につけることで、僕はあの物騒な東裏町を自分の庭のように自由に歩ける。僕を傷付けると言うことはgimmickを敵に回すと言うこと。僕はあれから危険な目に遭うことは殆ど無かった。ヴァレスタ様のお陰だ。小さないざこざは何度かあったけれど、それも僕の力で解決できることだった。

 忙しさは喜びだった。嫌なことを忘れられる。忘れさせてくれる。過去も未来も今の僕には関係なくて、僕は今を生きている。生きていられる。希望がある。……それは紛れもなく幸せなことだった。


 そんな僕の幸せに、暗い影を落としたのは……とある混血との出会いが原因だ。殺人鬼Suit……銀髪紫眼の混血。あの男と出会ったことで僕は親友のフォースと再会し、彼と対立する今に心を痛めた。生き甲斐であるはずの仕事を辛く感じさせたのは、あの二人の所為。

 そして……Suitを呼び出すために拉致した混血、人質のリゼカ。そう……あいつは唯の人質だった。用が済めば殺すはずだった。

 なのにヴァレスタ様はSuitに会ったことで何か変化が生じた。その変化の結果、あのゴミを傍で飼うことにしたのだ。あの人の傍で隣で働くのは僕の……特権だったのに。いつの間にかあのゴミは……あの人の近くにいた。ヴァレスタ様もあいつ相手だと、僕には見せない顔をする。僕相手にはいつも取り繕った余裕のある優雅で格好いい顔をするけれど……僕は、意地の悪い貴方の顔とかそういうのも向けて欲しいんです。それ全部引っくるめて貴方でしょう?貴方は僕に、自分の欠けた場所を決して見せようとしない。完璧でいようとする。そんな貴方の様子に僕は……本当は僕は信頼なんかされていないんじゃないかって悲しくなるんです。

 奴隷のあいつと貴族の僕では、あいつが僕に勝るものなんてそうそうない。剣なら僕の方が上。後ろ盾だって資産だって僕の方が上。仕事の成績だって僕のが遙か上。僕の方が上手にお茶を淹れられる。僕だって数術が使える。外見色はあいつの方が稀少だけど、顔の造形自体なら僕だって負けてない。それなのに何故?

 あいつにあって、僕にないもの。それを考えると……僕はまた、混血という生き物が憎くて憎くて堪らなくなる。


 *


 「まぁ、詰まるところ君はあれだね」

 「お茶のお代わり、要らなそうですね」


 僕はヴァレスタ様の取引相手という死神商会のお頭を睨み付けた。オルクスという名の金髪青目のカーネフェル人。

 彼も純血だけれど数術の才能があるらしく、同じ境遇の僕を興味深く見つめている。


 「ヴァレスタ兄さんが本当に大好きなんだねぇ」


 兄さん。同じタロック人のロイルさんなら解るけど、タロック人のあの人をカーネフェル人のこの人がそう呼ぶのは違和感がある。けれど両親どちらもカーネフェルの血を併せ持つタロック人ならカーネフェル外見の子供が生まれることはあるらしい。彼の青目は僕の赤目と同じで劣性遺伝ではなく数値異常から始める確立による色彩効果なのだと考えれば辻褄は合う。


 「うん、リゼカ君だっけ?エルム君だっけ?彼が淹れるお茶より気品があるね君の香りは」

 「当然です。父さんがシャトランジアから直輸入で仕入れてきたお茶ですし……あんな混血と僕を一緒にしないで下さい」


 だけどこの人は苦手だ。僕とは違うというか……僕より数術の才能がある。物事に聡すぎる。だから僕の思考を読むようなそんな素振りを見せるのが嫌だ。


 「そんなに混血が嫌いかい?」

 「大嫌いです。滅べばいいのに」

 「あはははは!面白い子だねぇ」


 僕の言葉を客人は、けたけた笑い飛ばした。失礼な。


 「君は自分より後にやって来たあの子が自分よりヴァレスタ兄さんの傍にいるのが気に入らないんだろう?」

 「…………」


 そうだ。気に入らない。あの赤髪の混血。僕より後から来た癖に、あの人の傍にべったり。ヴァレスタ様もあれは人間ではないからと道具扱いしているけれど、道具だからこそ人の僕より一緒にいられるあいつが僕は羨ましかった。


(また、……混血だ)


 いつも僕の前に現れて、僕にこういう不快な感情を植え付ける。

 アルタニアで出会ったあの美しい少女……にしか見えないあの男。フォースが仕えている殺人鬼Suit。不快だった。

 だって僕はもう壊されているから、誰かに対してそういう風に思うことはあり得ないはずだった。だけどあの目を見るとドキドキした。妙な感覚に襲われた。

 これが恋というものなんだろうかと錯覚した。僕にはもうそんな感情知らないままに終わってしまったのだと思ったけれど、僕の胸は高鳴った。それがどんなに嬉しかったか。僕が男に戻ったような気がした。あの子にキスされて、僕は恥ずかしくて嬉しくて……悲しかった。それ以上を望む心が自分の中に湧き上がる。だけど僕にはそれ以上なんてあり得ない。可愛い女の子をお嫁さんに貰って、平和な家庭を築くとか……そんなこと出来やしない。

 おまけにあの子がヴァレスタ様の敵で!男でっ……混血だって知った時の僕の気持ちが解る奴なんて誰もいないだろう?

 人の心を弄び、ずたずたにして引き裂いて。ああ、嫌いだよ。混血なんか。


 「一つ教えてあげようかい?風ぇの噂でなんだけどねぇ……殺人鬼Suitが君の生まれのタロックの王子さまだって言うのは知っているよね?」

 「それが何か?」

 「それじゃあ彼が毒殺されて毒人間になったのも知っているでしょ?」

 「ええ、まぁ……」

 「それで彼、面白いことに体液全てが毒になったんだってね。全てっていうんだからあんんなところからこんなところまで全部毒って訳だよ、うん」


 以前あいつに口付けられた時、僕が気を失ったのはその毒の所為だ。そこで解毒をされていたから僕はまだ生きているのだけれど……それは、僕があいつに見逃して貰った……っ!フォースの友人だからと情けを掛けられたのだ、混血風情にっ!

 そう思うと許せない。あの人に救われた僕の生を、また混血なんかが辱める……


 「彼は君と同じさ。跡継ぎなんか作れない。毒の王家は順調に、滅びに向かっているわけだ」

 「そうですか」


 怒りが勝り、別段彼のその現状に僕は哀れみを覚えない。故郷の存亡などもうどうでもいい。僕が仕えるのは未来のセネトレア王ヴァレスタ様なのだ。タロックなんか勝手に滅べば良いんだ。


 「でも彼の場合はさ、あの外見だけど君と違って全部丸々残されてるんだよね。つまりあんな少女みたいな成りでも身体や精神は健全過ぎる青年なんだよ」

 「……は?嘘、ですよね?」


 だけどそれには驚いた。あんな女顔負けの女顔で歴とした男だって!?てっきり全部除去されてるものだと思った。僕なんかこんな身体にされたのに、あいつはまだ男として生きてるのか。


 「ははは、そこで怒るのは筋違いだよフィルツァー君。これはむしろ彼にとって苦しいことなんだからねぇ。彼は女に惚れても男に惚れても絶対に手を出せない。彼の恋は実ることを知らない、許さない」


 「だからこそ彼は人を愛するんだよ。混血を奴隷を守って庇って愛してる。そうすることでしか人と接することが出来無いんだ彼は」

 「つまり……」

 「そういうことさ。彼は自分が何かされるより、自分の大切な者を壊される方が堪えるってこと」


 だからあの人は敵陣に混血を潜り込ませたのか。僕は合点がいった。


 「所でさ、君は何故ヴァレスタ兄さんが彼に固執するか解るかい?僕から言わせれば、君が羨んでるリゼカ君が羨んでいるのが那由多王子なんだけどねぇ」


 オルクスの片手には硝子ケースに収められた紫の眼球。ヴァレスタ様は捕らえたSuitを解体して売り捌くおつもりなのだろうか?それにしては……目だけというのはちょっとおかしい。それにまだ……手術部屋から出て来ない。そんな僕の疑問にヒントを与えるように、オルクスは妙な言葉と共にお茶のお代わりを頼んでくる。


 「リゼカが彼を?」

 「混血にもグレードがあってね。那由多王子はその最上級だ。それに比べたら彼は中の下レベル。劣等感はあるんだろうね」


 渋々彼へを茶を出す僕に、気をよくしたのか彼は鼻歌ながらに頷いた。


 「憎しみのない恋はあっても、憎しみのない愛はない。恋というのは対象の欠点まで美徳に見えてしまう精神疾患で、愛というのはそれが見えていながら許してしまえる愚かささ。敬愛でも愛は愛。それは変わらない」

 「はい……?」


 何故いきなりそんな方面に話が飛ぶのだろうか?


 「或いは異常な程の憎しみ。深すぎる憎悪が生む執着は、愛と紙一重とも言う。好きの反対は無関心だからねぇ。関心があるって事はある意味愛してるってことなのさ」

 「え、ええと……」

 「つまりヴァレスタ兄さんを大好きな君は、彼の欠点が本当に見えていないか見えているのに気付かない振りをしている。兄さんは兄さんで君に嫌われたくないばっかりに、君に多くを語れない。彼は別に君を厭ってるとかあの子の方がお気に入りというわけではないんだよ。だって、兄さんのお気に入りは那由多王子だからねぇ」

 「……あの男が」

 「金にしか興味執着を持たないあの人が、金を言い訳にするなんて初めてだもん。彼に比べればあの赤毛の子なんて取るに足らない存在だよ」

 「…………」

 「兄さんが彼の目を取ってみたかったのはきっと、全部この眼の所為だと思いたかったからなんだろうねぇ」

 「そ、そんな言いがかり止めて下さい!ヴァレスタ様があんな男に御心を傾けられるはずがありません!あんな顔でも彼は男なんでしょう!?」

 「タロック育ちはみんな固定概念堅物派なんだねぇ。いや、あの闇医者さんだけ例外か」

 「あの男の話は聞きたくありません」


 ヴァレスタ様を裏切って、Suitなんかに付いたあの男。埃沙の異母兄という闇医者、洛叉。真純血のタロック人だからとヴァレスタ様も深く信頼していたのに、それをあの男は裏切ったのだ。とても許せる事じゃない。


 「それにしてもフィルツァー君、君は綺麗な声をしているね。顔良し声良し頭良し、ついでに家も身分もかなり良し。欠点と言えばその性格くらいなものだね」

 「解りました。次のお茶のお代わりには毒でも混ぜておきますね」

 「あははは、冗談が通じないのはヴァレスタ兄さんにそっくりだなぁ。そりゃあ気も合うか」

 「あの人は……確かにお金が大好きだけど、それだけじゃない。あの人は……そんな理由で僕を拾ってくれたんじゃありません」


 僕は知っている。僕を助けてくれた日のあの人は、あの人の傍へと走っていく僕を見下ろすあの人は、とても優しい目で僕を見ていてくれていた。僕の行動を、僕の存在を金銭で置き換え価値を計るような目をしていなかった。あの人は商人だけど、とても優しい人なんだ。純血としての僕の誇りを、あの人は愛でてくれている。だから僕はこんな自分を誇ることが出来るんだ。


 「そっか、そっか。それならごめんね。変なこと言っちゃった。お詫びに君にいいことを二つばかり教えてあげよう」

 「え?」

 「君は頭も良いし実にいい声をしている。素質があるよ。作ってみたものの僕には使えなかった数式が君には使いこなせるかもね」


 そう言ってオルクスは僕の手を握る。その瞬間、僕の脳内に流れ込む数式がある。脳に浮かぶそれをなぞり……僕はその現象を理解し受け入れた。

 だけどそれは数式だけじゃない。奴は二つと言った。一緒に流れ込む画像は地図。


 「君、明日……っていうかもう今日か。今日はオフだったよね?これから帰宅?でもまぁ、この間第五島まで出向いて怪我したんだ。大事を取るように言うなんて兄さんは確かに君を大切にしているよ。だけど優秀な部下は休みに休むかな?君はどうなの?」


 その場所で大きな功績を挙げれば、あの人はまた喜んでくれる。僕を褒めてくれる。……ああ、そうだ。僕に休んでいる暇など無い。父さんの仕事の手伝いも、今日は入っていなかった。


 「もし行くのなら、第五公から借りて来た僕の軍を貸してあげようか?彼らも向こうを攻める理由はあるんだよ。エリアス様を取り戻すっていう目的もあるし」

 「…………僕に、軍を?」

 「君さえ頷いてくれるなら、彼らごと向こうの拓けた場所に飛ばしてあげても良いんだよ?今から向かうんじゃ、リゼカ君達の働きで終わっちゃうかも。そうなれば……兄さんはまたあの子がお気に入りになるかもしれないねぇ」


 挑発だと解ってる。それでも適確に此方の不安を煽る言い方。僕だって取り澄ましてはいるけれどまだ子供だ。大人になりきれない。頭で理解しても心が割り切れない。


 「ヴァレスタ様……」


 貴方が喜んでくれるなら、僕は何人だって殺します。混血も、純血も。みんなみんな……

 貴方のために働きます。頑張ります。だからどうか僕をお側に置いて下さい。それが、それだけが僕の……


 *


 アルムとディジット、エリアス……それから大勢の住民を逃がした僅か後。フォースは空気が変わるのを感じていた。何かが来る。

 数術の気配。下位カードの自分ではあまり数術は理解できないのだけれど、それでも殺気や気配は分かる。突然人間が増えればそれは違和感を感じもする。


(……空間転移)


 トーラでさえ大勢の人間を飛ばすのは手こずる。それをやってのけた相手は誰か。このセネトレアでそれが出来そうな相手と言えば、おそらくオルクス。剣を構える手にも力が入る。

 近づいてくる大勢の足音。それを相手に俺は何処まで戦えるだろう。俺は数術も使えない。人殺しとはいえ、正々堂々戦って殺したことはない。今日、人を斬った。直接俺の手で。まだ手が震えている。それさえ卑怯な手を使って勝った。じゃなきゃ俺みたいなガキが、大人相手に勝てるわけないんだ。

 俺は汚い。それでも俺には守らなきゃならない人と場所がある。逃げられない。どんなに怖くても、足が震えても……それを武者震いだと脳に錯覚させるしかない。

 俺は睨み付ける。目に映るもの全て、かつてのカルノッフェル……それを見るように。行き場のない憎しみを横暴な暴力として目の前の相手にぶつけよう。そうでもしなければ俺は勝てない。


 「久しぶり……でもないか。また会ったね、フォース」

 「グライド……」


 その大群を率いるは俺の……かつての親友。今だってそう呼べるものなら呼びたいけれど、それはもう許されない。

 今だけ強くあろう。全部終わったら、俺は泣いてもいい。こいつの前でしか泣けない俺じゃなくなった。弱い俺を受け止めてくれる人がいる。俺の汚い所を見ても、それでも俺を抱き締めてくれる人がいる。俺の罪を被ろうとする、そんな優しく残酷な人が。


(リフルさん……)


 俺は人を殺します。殺気も殺しました。だけどそれは自分のためじゃありません。俺が生きるためじゃありません。俺は苦しくて、これから辛い思いをするし、一生自分を呪い続ける。だけど……俺は守るためにやるんです。


(だから、許して下さい)


 俺にもう二度と人を殺させないとした、貴方を裏切る俺を……どうか嫌わないで。

 貴方が俺の居場所なんだ。貴方を取り戻す。貴方が帰って来る場所を守りたい。俺が貴方の傍にいたい。信じたいんだ。貴方が今も無事だって。信じるために、もう俺は逃げられない。


 *


 随分遠くへ来てしまったねお互いに。

 フォース……君とは半年ぶりとはいえこの間も僕らは会っているし、そこまで久しぶりって訳でもない。それでも妙にそんな風に思うのは、こんな所で出会ったからか。

 茶色の僕の髪とは違う、タロックらしい灰色の髪。僕とは違うその灰色の目を君はあまり好きではなかったね。僕の赤い眼を羨ましそうに眺めていた。

 要するに君という人間は、自分人は何の価値もなく、自分を本当にどこにでもいる取るに足らないつまらない人間だと思っていたんだ。

 だから何時も幼なじみ達の前では強がって、兄貴風を吹かしていた。そんな君をロセッタは下らない男のプライドだと呆れていたし、パームは君に懐いてはいたけどそれで尊敬なんてしてはいなかった。それでもめげずにそんなことを続ける君の姿を僕は隣で見て来て、君はとても弱いけれど強い人なんだなと思っていた。

 そうだ。君自身はとても弱い。それでも君が自分を強く大きく見せようとする時は……自分じゃない他の誰かを守りたいという時なんだ。

 半年前、アルタニアで見た君はとても小さな男に見えた。ボロボロに傷ついた目をしているあの日の君は捨て犬のようだった。それが今は……君は刃を抜いている。事もあろうにそれをこの僕へと向けている。自分の足場を知って尚、覚悟を決めた灰色の目。


 「フォース、君は馬鹿だね」


 時にそれは優しさと呼ばれるものかも知れない。だけど僕は今、それを敢えて愚かと呼ぼう。言い換えるなら君の弱さだ。

 混血なんて化け物を、自分と同じ人間だなんて錯覚してしまうなんて本当に愚かなことだ。出来れば君の目を覚ましてあげたかったけど、それももう無理なんだろう。

 君は優しいから、そういう勘違いをしてしまった。犬も3日飼えばって言うしそういうことなんだろう。君はあんなゴミ屑のような化け物達に愛着が湧いてしまった。あんなゴミ屑を守るために殿に立ち、君と同じ人間を斬るんだから。


 「遅かったな、グライド。他の奴らは数日前にもうここに潜り込んでたんだろ?」

 「どうしてそれを?あの屑達が裏切ったのかい?」

 「んなわけあるか。そうでもねぇと計算が合わない。あくまで俺の推測だ」


 内に手引きした者がいなければ、こんな奇襲あり得ない。彼はそう考えたらしい。

 だけど僕はフォースのそういう口調に違和感を覚えた。


 「推測……ね。君らしくない言い方だ」

 「………だな。けどまぁ、トーラの傍にいるとそんな風にもなるさ」


 トーラ。その名はセネトレア一有名な請負組織の名にして、その頭の名。通称セネトレアの魔女と呼ばれる情報屋。もっともそれが通説だと言うだけで、女だという確証は特に無い……が、それが真実だと僕はごく最近知った。そいつに縋れば僕は助かると聞いた……その名が再び甦る。今更だ。


 「……まったくあんな不気味な女の目をどうして」

 「……目?」

 「最近ヴァレスタ様の仕事の取引相手にやたら眼球マニアがいるんだ。僕らにも、今日の仕事で殺すのはいいけど目だけは傷付けるなって通達が来ている」


 確かにゴミは廃棄すべきだけど、そのゴミを高い金で引き取ってくれる馬鹿がいるんだ。商人としては利用すべき。例えそれがあんなゴミ共に高価な価値があると黙認する意味に受け取られることになっても。その屈辱に耐え、より多くの金銭を得るのが商人としての力量。財の大きさこそ商人の力。金さえあれば幾らでも見返せる。やり直せない失敗はない。それくらい金の力は偉大だと、あの人が僕に教えてくれた。だから僕の家は再び社交界に戻れたし、各所の信頼も取り戻せた。結局は金!金なんだこの世界は!

 ……でも、世の中金だけでもない。金では取り戻せないものもあるのだ、確かに。彼の足下、地面には彼に倒された者達が転がっている。


(腐っても、“残虐公の番犬”か)


 フォースがそう呼ばれたのは半年前まで。ヴァレスタ様が後釜に据えた新たなアルタニア公カルノッフェル。その前の公爵に僕の親友は仕えていたらしい。セネトレア王都で離れ離れになった後、彼が流れ着いたのはそこだったのだ。その過程の何処で殺人鬼Suitなんかに出会ってしまったのか僕には解らないし、どうしてあんな男に君が入れ込んでいるのかも解らない。

 あんな女みたいな顔の男。顔くらいしか取り柄がない……その上男だなんて混血だなんて最悪だ。思い出すだけでも屈辱だ。一瞬でも可愛い子だなとか思った自分を絞め殺したい。よりにもよって混血に、あんな事をされるだなんて。フォース……君だってあの女男に誑かされてるだけなんだよ本当は。ヴァレスタ様も言っていたし、僕自身もそれに惑わされた。あの男の目は悪しき光を宿している。


 「それで?そこを退いてくれないかな?じゃなきゃ僕は君を斬ることになる」

 「退けない」

 「あの殺人鬼にどんな命令されたか知らないけど、君がこんな場所のために命を賭ける価値はない」

 「そうだな。俺はリフルさんを疎むこの街が嫌いだよ。……だけど俺がここにいたのは、待ってたんだお前を」

 「僕を?」

 「お前に聞きたいことがあった。それに……お前が来ないはずがないんだ、グライド」

 「君に僕の何が分かるって言うんだ?」


 何も知らない癖に。あんな女男に誑かされるって事は、君はまだちゃんとした男だって事なんだ。


 「お前、ロセッタに酷ぇこと言ったんだってな。何でだよ?あいつだって俺達の……」

 「だけど彼女は混血だ!混血なんかを一瞬でも友と呼んだ僕の屈辱が君に解るのか!?」


 あんな酷い裏切り。僕は他に知らない。年下の女の子に守られて、僕はとても情けない思いをしたけれど、彼女のその自己犠牲に感謝したし彼女を尊敬する思いがあった。

 彼女の好意に気付かない僕じゃない。僕がそれに応えなかったのは、フォース……君が彼女に想いを寄せていたのを知っていたから。それでも誰かに好意を持たれること自体に嫌悪感を抱いたりはしない。自分の存在意義を見出せない僕にとって、それは確かに支えの一つではあったんだ。


(それが……よりにもよって、混血っ!!)


 僕は裏切られた。過去さえ僕を裏切った。思い出の中の記憶は美しく、決して損なわれることがない。そんな前提すら覆す、酷い裏切りだった。

 フォース、君だって同じだ。所詮君も遺伝子レベルで女に現を抜かすだけの男なんだ。だからそうやって、すぐ女を庇う。女が女ってだけの話で。

 あの殺人鬼だってその辺の女より綺麗な顔の女に見えるから、君は無意識レベルで騙されているんだ。だから守りたいと思うんだろう?それはつまり、結局君だって僕の大嫌いだった両親と何も変わらない。君だって理不尽の権化だ。僕は友情よりもあの人への忠誠を取った。君も同じように見えて、結局は違う。君はあの女男に惚れて居るんだ。そういう下心で仕えているんだろう?

 ああ、恋なんて愛なんて下らない!そんなものなくたって人は僕は生きていける。そんな物に縋る奴は人間じゃない。人の魂を持っていない。もっと下賤な何かだよ。僕はこんな汚らわしく低俗な奴を一時でも友と呼んだことを心から恥じるっ!


 「これ以上君と話すことは何もない……」

 「グライドっ!」

 「そこを退け。残虐公改め殺人鬼の飼い犬」

 「……っ」

 「退かないならば……力づくでも」


 僕は息を吸う。見せてあげるよ。僕と君の違いっていう奴を。ねぇフォース……君はまだまだ幸せなんだよ。本当に。

未遂で済まそうと思ったんだけれど、色々考えたら彼が壊れた理由と混血を憎むようになった理由は未遂程度じゃ済まんだろうと思い決行。敵ながら可哀想なことをしました……全除去かむしろ焦らしであっちだけ残すか考えたけど、色々調べた結果ああなりました。影のある美少年ってレベルじゃないっす。リフル以上にある意味悲惨ですがな。

でもグライド君の精神不安定なところとか、ヴァレスタにべったりなところとか姑の如くエルムいびってた理由になんか納得した自分が嫌だ。居場所取られるってことはアイデンティティの喪失に等しいんだよな彼にとっては。

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