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34:Est enim amicus qui est tamquam alter idem.

 思い出すのは少女の真剣な目。恐ろしいほどまっすぐな……

 普段視線をそらすのは他人だというのに、今回逃げたのは恥ずかしながら私の方だ。


 「アスカニオス様が、好きなんです!だから彼を私に下さい!」


 リフルは目を見開いていた。自分の物でも無い人の目で。


(この子は何を、言っているんだ?)


 一瞬、何を言われたかが解らなかった。突然もたらされた言葉に、私は唯……驚いていた。


(この子は、アスカが……好きなのか?)


 我に返ってからはこれは何かの罠ではないかと思い立つ。神子が今後の取引で優位に立つため……私からアスカを籠絡しようとハニートラップでも仕掛けに来たのではないかとか。

 こんな風に思うのはとても失礼だし酷いことだと思うけど、そのくらい彼と色恋沙汰は縁遠い話。その原因である私に言えた義理ではないことも解っている。

 私を殺したいというあの男の声を、息を……恐ろしいほど間近で感じたのはつい先程のこと。私だって馬鹿じゃない。あの目を見れば解る。あいつが何を思っているかくらいは。


(とても……可哀想な目をしていた)


 私が彼をそうさせたのだ。この悪しき目で。

 二つ揃った忌々しい紫の瞳。これを取り戻せば……アスカはきっと喜ぶだろう。この眼があって初めて、あいつの望む私なのだから。


(邪眼でアスカを完全に支配下におくには、この眼が必要だ)


 恐怖で縛り、行動を制限させる。そうすれば仲間殺しを止めさせることは出来るかは解らない。長らく彼は、この眼に抗って来た。何時でも勝てるとは思えない。


(違う。この眼があれば……アスカは安心する。精神的に落ち着くはずだ。今回のことだって、私がこんな失態をしなければ……)


 過保護なあの男は、私が死にかけたことでおかしくなったのだ。私が安全で無事なら狂気もなりを潜めるだろう。そうなれば……アスカも。そうだ、何も悪いことじゃない。最後くらい、あいつも良い思いをしたって良いだろう。


(だが……そう簡単にいくのか?)


 よくよく思い返せば、彼が女の子から好意を寄せられるのはこれが初めてではなかった。瀕死の時に見た夢を思い出す。彼女の名前は母様と同じ、マリーだったか。それでもアスカはあの少女を殺そうとした。その死を喜んですらいた。とてもじゃないが、この少女と上手く行くとは思えない。


 「……あいつとどこかで会ったことでも?」

 「いいえ、完全に一目惚れです!」

 「メディアさん、だったか。しかし相手はあのアスカだぞ?貴女に勝算はあるのか?」

 「それは勿論」


 私を前に、黒髪の少女は不敵に笑った。媚びることもなく此方を真っ直ぐ見返して。


 「私には効きませんよ。それだけ私が本気って事……解って頂けました?」


 彼女の瞳に浮かぶのは、魅了邪眼もはね除ける、情熱的な恋の色。私の視線に臆することも、顔を赤らめることもなく、彼女は胸を張る。頭を冷やしながら彼女の動向を見守っていたロセッタも、ようやく落ち着いたらしい。同僚の子を睨みながら、事の詳細を求めに近づいた。


 「メディア……あんた、マジなの?」

 「運良く任務と趣味がぴったりなのよ」

 「確かに今回のあれを収めるにはあんたの力が必要だったかも知れないけど……もしかしてあんた、自分に都合の良い事後処理してないでしょうね?」

 「それは勿論、したけど」

 「やっぱり……で、治療はどうすんのよ。あんた回復使えた?」

 「今シノを呼びだしてるから、もうすぐ来るから問題なし!」

 「あっそ」


 ロセッタが額を抑え、軽く呻いた。そのまま私の方を向き、ちょいと手招き。


(ごめんリフル、あいつああなるともう駄目なんだ。神子様の命令だってどこまで聞くかどうか)

(そんなに問題のある子なのか?)

(問題は……あると言えばあるけど便利なのは確かよ。問題はとばっちり受けた私らの方よ)


 肩をすくめた彼女は、私から視線を逸らし息を吐く。


 「確かにアスカが、簡単にメディアに靡くとは思えないわ。でもあいつはあんたの事を大切に思ってる。それは付き合いの浅い私でも解る。あいつを諦めさせるには、あんたが誰か女と付き合う振りをすれば良いってのも、まぁ正論ね。悔しいけどさ」

 「そうだな、アスカは基本的には優しいし良い奴だから……そうなればそうなるだろう」

 「あんた……って奴は、これだから」


 殺されかけて置いてどの口であいつを優しいとか言うのよと、ロセッタが呆れ、私の足を軽く蹴る。


 「あんた、また全部自分が悪いと思ってるでしょ」

 「それはそうだろう。もっと早くに私が覚悟を決めていれば」

 「あいつを本気で魅了して、あんたに骨抜きにして?でもそうすればあいつの気持ちとか自我とかそういうものまるきり無視することになる。あんたは今のあいつを守りたくて、あいつの意思を尊重したくてそうしなかったんでしょ?だから解毒でも、あいつにだけはキスをしない。絶対に」


 気付かれていたのか。ロセッタの観察眼には驚かせられる。彼女は本当によく、私を見ているんだな。それは任務のため?それとも……


 「……あのさ、リフル」

 「アスカは……駄目なんだ」

 「駄目って?」

 「そうしたら、あいつは本当におかしくなってしまう。私はアスカを殺したくないんだ。出会った頃の……あの頃のアスカを」

 「リフル……」

 「何だ?」

 「あんた、馬鹿ね。大馬鹿よ」


 ふて腐れたように膨れた顔の彼女。怒っているのか別の何かかうっすらと顔が赤い。


(いや、止そう)


 勘ぐりすぎは私にとっても良くないことだ。深く考えない方が良い。どうにもならないことなら、それは尚更。ロセッタから聞いた。迷い鳥も西裏町も壊滅状態。その生き残りとタロックのために……私がすべきことは二つ。仲間を守ること、そして……父様を殺して、正しき人に世界と願いを託すこと。そのためにはメディアという子の申し出を受けなければならない。私の気持ちはそこに、関係ないことだ。


 「あんたは……気負いすぎなのよ。あんたより悪い人間は大勢いる。そいつらのことまであんたが背負う義理はないのに」

 「私は、Suitだからな」

 「言い訳が……王族だから、じゃなくて殺人鬼だから……か」


 王族だから。そう言えば人殺しも無実の罪になる。でもそう言わない。そこは評価してやると、彼女が苦笑し此方を見上げる。ああそうか、彼女の方が私より背が低かったのを忘れていた。ずっと彼女に抱えられ逃げていたから忘れていたんだ。後天性混血の、力強さ……それを宿した彼女の手足は子供のようで、頼りなく見える。毛色は変わっても、二年前と差ほど変わらない。成長の止まった彼女の身体は、彼女がそれだけの苦痛を受けて生きてきたと視覚で私に訴える。

 そんな罪の象徴が、私に言うのだ。「罪には報いを」……そう言っていたロセッタが、柔らかい目で私を見ながら、まるで許しを与えるように。


 「あんたのそういう所は嫌いじゃないわ」

 「ロセッタ……」


 まさか彼女まで魅了してしまったのか。そう思って両目を隠すと笑われた。今の目はラハイアの目だ。魅了効果は格段に落ちている。混血である彼女に魅了が効くはずが無い。効いたのだとしたら……それは私自身を評価して貰えているということ。彼女の今の言葉は、彼女の本心として……信頼に足る物だ。


 「そういや、あんた身体はもう良いの?」

 「ああ、どうやらあの№0とやらのご老人に触られたときに回復数術を掛けられていたようだ。まだ痛いことは痛いが歩くくらいは」

 「そっか。いきなり治すのも痛いから、徐々に治るように式を組んだわね。あいつ……変態だけど腕の方は確かだから」


 此方の状態を気にしてくれているのか。フォース達の面倒を見ていたくらいだ。ロセッタは元々世話焼きな所があるのかも知れない。姉御肌というか、何というか。


(おかしいな)


 彼女の方が年下なのに。彼女を見ていると、母や姉という言葉を思う。どちらも私にはあまり縁の無い言葉だ。だけど普通の家族ならば、きっとこういう物なのだろう。そう思って安心している自分に気付いた。


(そうだ……ロセッタは、少しアスカに似ているな)


 世話焼きでお人好し。斜めに構えていて周りからの評価はいまいちだけど、本当は優しい人。私はそれに気がついて、こっそり笑うんだ。空回るその人を、自分はちゃんと解っている。そう思うと二年前は随分心が安らかになった。まるでさ……頑張ってるけど報われないその人を正しく理解してあげるために、そのために出会わされたんじゃないかなんて。こんなつまらない自分にも、何か意味があったんじゃないかと嬉しくなったんだ。

 でも今は、すべきことが沢山あって……そんなささやかなことは選べない。


(アスカも、罪人だ)


 もう二年前とは違う。私の所為とは言え、仲間に手を掛けた。今まで通りは出来ない。してはならない。アスカにも罰が必要だ。然るべき報いが必要だ。他の仲間に示しが付かない。だって顔向けできない。死んだ者達にも。私が彼を許せても、……暗殺請負組織SUITとしては許せない。

 私は彼を、道具として利用しなければならなくなった。人としてではなく道具として、どうすれば効率的に、最大限に彼の力を発揮できるか。そして、どうやって彼に罪を償わせるか。考えるべきはそれだ。

 その上で、今回のことは丁度良かった。そう言えるのかも知れない。彼に普通に幸せを感じて欲しいという気持ちと、彼を生き急がせず長く利用し働かせようという企み。それを同時に満たせる飴と鞭。黙り込んだ私を叱咤激励するように、ロセッタは姉さん調子で注意をくれる。


 「あんた達には、私にもまだ仕事があるわ。タロック王を討つまでは、あんたらに自滅して貰っちゃ困る。さっきみたいにあいつの心中に付き合われちゃ困るわけ。その辺解ってる?」

 「ああ……思い出したよ」

 「思い出す?」

 「私はまだ……許されてもいけないし、楽になってもいけない。君の目を見て思い出した」

 「リフル……」

 「二年前のこともある。君が私なんかと演技でもそういう振りをすることは嫌だろう。それは重々承知だ」

 「な、何よ」


 突然腰を折り、頭を下げた私に……驚いたらしいロセッタの声。それでも止めるわけにはいかない。


 「すまないロセッタ。それでも私に力を貸してくれないだろうか?」


 何を思ったのだろう。私の言葉にしばらく無言だった彼女が、絞り出し言った言葉は小さな声で……


 「……あいつの、ため?」

 「みんなの、ため……でもあるな」

 「みんな……」

 「私はもう……あんなことは嫌だ。トーラのように、モニカのように……私達のために、支えてくれる人を失いたくない」

 「あんたってさ……ほんと、変な奴よね」


 私の瞳に涙が浮かんだことを知り、ロセッタが不思議そうに呟いた。解らないわと口にして。


 「弱い癖に、自分のことなら凄く強い。強がって不貞不貞しい振りして、弱いのに。弱いから……そうやってぼろぼろにならないと勝てない。心身すり減らして、馬鹿みたいな事をして。プライドとか、そういう自分の大事な物をへし折って……そこまでして守ろうとするのに、親密になろうとはしない」


 誰でもそこまでされれば自分に気があるのかって思いたくなる。それでも違う。命懸けで守るのに、愛してはくれない冷たい奴。そう思っていたけど、そうじゃなかった。そんな口ぶりで彼女が言う。


 「あんたが愛してないのは他人じゃなくて、自分なんでしょうね。本当は……リアのことも、トーラのことも……あいつのことだって」


 大切なのに遠回りな方法を選んで、結局相手も自分も傷付ける。誰も幸せになれない方法ばかりを選ぶ。不器用ねと、彼女は目を細めた。


 「……ロセッタ?」

 「いいわ。引き受けてあげる。私も神子様の命令じゃ文句言えない。それが仕事だもの」

 「あ、ありがとう……感謝する」


 彼女から差し出された手。躊躇いがちに伸ばして、それでも掴めない。それを彼女の方から痛いくらい思いきり、握られる。


 「馬鹿」

 「す、すまない」

 「こんなので痛いって顔するんだから、あんたあの大怪我本当はどんだけ痛かったのよ。馬鹿じゃないの?」

 「……確かにそうだな」

 「いや、あのさ」


 それは突然。私とロセッタの握手を見、これまで沈黙を守っていたフォースが話に割り込んだ。いい加減頭の整理も付いたのだろう。黙っていられなかったようだ。


 「何、笑い合ってんの?」

 「え?」

 「何よ」

 「いや、ちょっと冷静になろうよリフルさん!!こんなのおかしいって絶対!!だってアスカは……アスカだし変態だし!絶対バレるって!!リフルさん本気でロセッタ好きじゃないじゃん!!」

 「いや、人としては好きだと思うが」

 「は!?な、なななな何よそれ!!」

 「あのー……そこの少年君」

 「え?」


 質問に返す私に、驚くロセッタ。その傍らメディアに呼ばれ、反射的に振り向くフォース。


 「!?」

 「……」


 いつだか私も、フィルツァー少年にやった不意打ちだ。タロック育ちは純朴なのか、こういう手に引っかかる奴が多いなと少し関心をする。教会側もなかなか解っているらしい。


 「っと、いっちょ上がり!」


 キスをされたフォースは魂を抜かれたように、その場に倒れ気絶している。これが彼女の力なのだろうか?


 「メディア……あんた」

 「げほっ、うわ、クソ不味っ!」

 「それは聞き捨てならないな。私の弟分の何処が不味いと言うんだ」

 「あ、誤解ですってばリフル様」


 フォースを抱き起こしながら文句を言う私に黒髪少女は微笑んだ。


 「問題はありません。終わりの日まで半年もありません、仮に感染したところで私は発症しないまま死にますから」

 「……感染?フォースは何か患っているのか?」

 「童貞くらいじゃないの?」

 「それは病気なのだろうか。アスカあたりはそれを拗らせてそうだが」

 「アスカニオス様はそこが素敵なんですってばー!ってそうじゃなくて、もしかしなくてもご存じないんです?」

 「いや、私の知る限りフォースはまだだったと思うのだが」

 「いや、誰もそんな童貞の話はしてません」


 その顔で何てことをいうんだと、若干引き気味のメディアさん。


 「とにかく彼は危険です。毒人間のリフル様や、どうせその内死ぬカード連中には関係ない話ですけど、一般人との接触は危ないですよ。彼がDT捨てたら偉いことになりますわ。キスだけでもとんでもないとんでもない」

 「何だそれは。それはまるで……」

 「まぁ、その話は後々、落ち着いたところで致しましょう。№9が来たようです。手術しながら今の話続ける余裕はないでしょう?」



 「フォース!あんた何時まで寝てるつもりなのよ」

 「え?あれ……」


 ロセッタに叩き起こされ俺は目を覚ます。ここは地下水路。身を隠そうとここに隠れた。だけどいつの間に俺は眠ってしまっていたんだ?


(それに、何かおかしい)


 いつの間にか人が増えているのだ。


 「あの、そっちの人は?」

 「やぁ、少年!初めまして……とか言ってる場合じゃないっての!!おいこらノーチェ!!ついでにソフィア!いきなり人を呼び出しといて自己紹介とはどういうつもりだ!」

 「こいつは私の同僚。運命の輪№9シノワ―ズ=クルーガー。メディアの方は紹介したわね」

 「あのさぁ、私あっちで仕事あったんだけど」


 急に呼び出されたらしい、ロセッタの同僚。金髪の彼女は不満そうに長い髪をかき上げる。それに黒髪の方の同僚が、意味深な笑顔でにこりと応えた。


 「第三島の彼らなら心配要りません」

 「でも私まだ仕事が。あそこで王子様と闇医者の先生に恩を売っておいてだな……王子様の血が手に入ったのはでかいけど、あっちの監視が」

 「その件なら、もう良いそうです。クロート翁が代わりに遂行し、神子様に伝えておくそうです」

 「はぁ!?あ、あの爺!!人の手柄横取りしやがって!!」

 「監視の方も、貴女を此方に呼ぶ前に伝えた話、あれをチラつかせれば問題ないでしょう」

 「まぁ、あれが完成すりゃそれはそうかもしれないが……」

 「クルーガーさん、先程のことは礼を言います。ありがとう。しかし今は揉めている時間が惜しい。ここも危険になって来た」


 雨はまだ続いているのか、地下の水量が増している。俺達が今いるところまでもう少しで達してしまう。ここに隠れるのももう無理だろう。


 「リフルさん……それ」

 「ん?」


 あの人の目には厚く巻かれた包帯その下にはどんな色が隠れているかは解らない。だけどこの流れからして彼が決心したであろうことは、あまりに容易い。


(もしかして俺……手術のグロさに耐えきれず、気を失った……とか?)


 あり得ない話ではない。目の前でいきなり眼球移植見せられたらそりゃあ卒倒する自信がある。


(でも……リフルさんが、帰ってきた)


 そう思うとほっとしたような、でも残念なような不思議な気分。やはり俺は何かを忘れているみたい。


(リフルさんの目が治ると……何か困ったことになったような気がするのに)


 どうしてかそれを思い出せない。ついさっき、気を失う前までは覚えていたはずなのに。


 「でもこれからどうするんですか、リフルさん」

 「……生きている者達を回収する。混血狩りから守らなければならないだろう」

 「そう、ですよね!そうだリフルさん、アルムとエリスも東に来ているんです!あいつらを……あ、掴まって下さい、俺が手を」

 「あんたじゃ力不足よ。ほら、リフル」


 あの人を地上まで導こうとする俺を遮り、ロセッタがリフルさんをさっさと背負う。リュックを背負うような軽い動作で彼女はそれを行った。

 何故だろう。そのまま梯子を登り始める二人の背を見て、俺は罪悪感で胸が一杯になる。とても申し訳ないような、誰かに謝りたい気分になるんだ。あの二人がそうしていると。


 「トーラ……」

 「!」

 「あの……リフルさん、トーラは」

 「……彼女は」

 「解ってます。でもせめて……墓くらい。だからトーラも連れて帰らないと。トーラは、何処ですか?」

 「……見ない方が良い」

 「どうして!?」

 「場所が場所だ。奴らのアジトに奴らの仲間が帰って来ていたら……たぶん、私が最後に見たときより、酷いことになっている」

 「それって、まさか……gimmickの所に置いてきたんですか!?」

 「待て、フォース!」


 二人を飛び越し梯子を駆け上がる俺の背に、あの人の強い声が届いた。


 「どうして行っちゃいけないんです!?」

 「あそこは危ない」

 「それでも!」

 「フォース……死んだ仲間のために、今生きている仲間の身を危険に晒させるのが、正解だと思うか?」

 「でも……!!トーラは貴方をっ!!」


 地上に上がり振り返る俺。続けて地上へと登ってきたロセッタとリフルさん。彼は彼女の背から降り、俺の方へと近づいて……優しく俺を抱き締める。見えていないのに、俺を俺だとしっかり理解して。


 「リフル……さん」

 「まだ言ってなかったな。お帰り。よく無事で……」

 「リフルさん……俺っ」


 感極まって泣きじゃくる俺の背を、あやすように優しくあの人が叩く。


 「彼女を思う行動で、フォースに何かがあったら……彼女も私もその方がずっと辛い。解ってくれ、フォース」

 「……でもっ!」

 「そうは言うけど、トーラの目ってかなりレアよ。敵の数術使いに回収されたら大変……」


 俺とリフルさんの会話に水を差す空気読めないロセッタ。奴は考え込みながら、梯子の下を振り返る。そこから丁度顔を出した同僚達を見つけて怒鳴った。


 「……解った。メディア、クルーガー!あんたらは信用できる人材集めて生き残りと遺体回収!」

 「ええー!私早くアスカニオス様との出会いを演出したい!」

 「あんたら二人の力がもってこいでしょ何言ってんのよ糞が」

 「ま、私らの仕事は裏方だかんね。仕方ない。行くよノーチェ。怪力だけが取り柄のソフィアにこの仕事は荷が重いよ」

 「あんたは一言多いのよ馬鹿っ!!」

 「ははははは!」


 ロセッタが同僚達を睨むも、金髪の女は豪快に笑ってかわす。


 「そうだ、第三島の子って君だろ?フォース、フォース=アルタニアって」

 「え?あ、はい」


 その女は俺の肩を掴んで、こっそり俺だけに聞こえるように囁いた。


 「解ってると思うけど、無茶は禁物だよ。この件が片付いたら安静にすること」

 「!!」


 咄嗟にリフルさんを振り返る。そしてその金髪女……シノワ―ズを俺は見た。首を左右に振る彼女は、まだリフルさんには話していないと言っている風。その事実にほっと安堵しながらも、これからのことを思うと気が滅入る。リフルさんに黙っているには、洛叉の力が必要だ。


(リフルさんには話せない)


 俺はここに、彼を助けに来た。心配されるようなことがあってはならない。


 「あの……っ!」


 口裏を合わせて欲しい。そう言おうと頭を下げて、顔を上げれば……誰も居ない。傍に居たのはリフルさんとロセッタだけ。


 「消えた!?空間転移……?」

 「どうせシノの力でしょうよ。メディアは上位№じゃないからそんなん使えないし」


 驚く俺に、ロセッタがそう答える。だけどロセッタの言葉にリフルさんが眉をひそめたのを俺は見た。


 「リフルさん?」

 「……トーラは、目の色が違っていた」

 「え!?」


 そういうことは早く言いなさいよとロセッタがリフルさんを蹴る。倒れそうになったあの人を俺が支えて、彼女を睨んだ。


 「おいロセッタ、リフルさんは病み上がりなんだし」

 「そんなことよりリフル!どうしてそういうこと早く言わないの馬鹿!あの二人ともう一回連絡取らないと……」

 「いや、彼方は問題ない。恐らく片方は彼女たちに回収を任せることになる。私が最後に見たトーラの目は赤と青だった。あの色合いは……鶸紅葉とハルシオン」

 「……そっか。第五島であいつの目を、そしてここで……あの女の」


 大事な部下の遺体も、持ち運べるような状況じゃなかった。そういうのが得意なトーラがそうしなかったということは、それが出来なかった……またはその数術代償も別の物に使いたかった。そのくらいぎりぎりの所にいたということ。


 「遺品代わりに持ち出した?でも数術使ってたんでしょ?」

 「逆だ。あの二人が死んで、トーラの一部も死んだんだ。それでもトーラが生きていたから、あの二人も生きていた」


 だからトーラは己の目を、部下二人の遺体に残したのだろうとリフルさんが零す。しかしハルシオンが死んだのは東でではない。そして囚われのトーラがどうにか出来る状況でもなかったはず。となればトーラの片目は鶸紅葉の遺体に、もう片方はトーラ自身が持っている。リフルさんはそう言うけれど……


 「でもトーラの目は赤と青だったんですよね?」


 俺の問いにリフルさんが押し黙る。代わりにない胸を張り、呆れたように俺を睨んだロセッタが。


 「聞きなさい馬鹿」

 「馬鹿とはなんだよ」

 「あんたのことよ」

 「うわ……こいつ言いやがった。そういうこと言う奴のが百倍馬鹿だってうちの村の常識だったのに」

 「うっさい馬鹿」

 「はいはい、で?何の話だよ」

 「……?あんた……まぁいいけど」


 いつもと違う俺の切り返しに、ロセッタは少し意外そうに目を瞬かせ、言葉を続けた。


 「後天性混血の目は触媒として意味を成さない。当然よね、後天性だもの。後天性が変わらないのは瞳だけ。数術能力に振り分けられたはずの数値が、代わりに身体能力に向かうってのは知ってるわね?」

 「ああ」

 「そんじゃ、両目が純血の目になったトーラが数術をどうして使えるのってなるわけよ」

 「あ……」

 「勿論触媒とかあれば負担少ないまま純血レベルでは行使出来たでしょうけど、そんなんがこんな危ない前線に来るわけがない。考えられる可能性としては、体内に触媒を隠し持っていたって事」

 「身体の中に眼球入れてたのか?」


 幾らトーラでも流石に気持ち悪いなと俺が想像していると、ロセッタに頭を一発叩かれた。こ、この暴力女め。普通に話が出来ないのかよ。


 「んな気持ち悪いことする分けないでしょ!第一そんなん数値で一発バレるわよ!私が言いたいのは、眼球の情報を書き換えて別のパーツとして体内に保存したってこと!」

 「……そう言えば、トーラは変身数術も使えたな」

 「そう言うことは早く言えっ!!」


 思い出したよう口を挟んだリフルさんが、今度は怒られる。


 「変身数術ってリフルさん……もしかして」

 「ああ。以前酔っ払ったトーラが男に変身して私に迫ったことがあっただろう。あれのことだ」

 「ああ……ありましたね」

 「あんたら何変な話題でしんみりしてんのよ」


 故人の思い出を共有できないロセッタは、俺達を変な目で見つめてくる。俺やリフルさんにとってはあれも懐かしい思い出なんだけどな。


 「いや、だがあれはリスクが大きいから実戦では使わないとも言っていたが……」

 「使ったんでしょ!あいつは……」


 トーラを思い出してか、ロセッタが鼻声になる。泣いているのだろうか?あの二人が仲が良いとは思わなかったが、何かしら思うところがあるのか。


(ロセッタのくせに……何か申し訳なさそう?)


 それがものすごい違和感。自分の知る幼なじみの様子とは、何かが異なる。嗚呼、なんであそこで気を失ったんだ俺!!あそこで何かがあったのは間違いないのに。


 「くそっ……」


 誰に向けての苛立ちか、それも思い出せぬままフォースは雨水を蹴る。



 *


 僕は今まで何をしてきたのだろう。強まった雨が心地よいほどだ。僕の涙を隠してくれる。いいや、空まで泣いているようだ。そんな風にさえ思う。


(僕は、何処で間違えたんだろう)


 グライドは絶望の中、自問を続ける。

 混血とわかり合うための手。何度も差し出された手。フォースから……。それを拒んだのは僕自身じゃないか。


(せめて踏みとどまることが出来たなら……)


 「グライド様、ご指示を!」


 部下達は僕の心など知らない。あの人はこういう場所を生きていた。本音を語ることも出来ない世界で、あの人にとって……あいつはどんなに救いだったことだろう。

 分かっていますと悲しげな瞳で頷くエリザさん。今となっては彼女の存在が僕には救いだ。僕らは同じ罪を背負っている。

 彼女の瞳に促され、僕は平静を装う声で物を言う。


 「……敵はあらかた殲滅した。これ以上は我々にとっても損害だ。今日はこれ以上の死者は出せない。撤退だ!貴重な商品を横流しされては敵わない。お前達も混血などの血に触れたくはないだろう。後の始末は私がやろう」

 「何を言っているんですかフィルツァー様!混血共は根絶やしにしなければ!我々の街を壊した奴らに報いを!!」

 「混血だ!」

 「混血は皆殺しだ!!」


 「待て!深追いは……っ!!」


 隣の路地に、残党を見つけたらしい部下が叫んだ。その声に流され、東の兵は走り出す。真っ先に僕の所へ駆けつけてきた彼ら。信頼できる部類の配下。だというのに、どうして僕の命令を聞かない?嗚呼、常日頃僕が教え込んだ純血至上主義に染まっていて、聞く耳を持たないのか。


 「フィルツァー様へのご恩返しだ!東を浄化するため、いざ!!」


 金を貸し仕事の斡旋をし、窮地を救ってあげたこと。僕のやって来たことが裏目に出る。

 思わず両手で顔を覆った。これ以上何も見たくなかった。だけど、聞こえた悲鳴は僕の想像よりもずっと野太い声だった。そっと目を開くと、石畳に転がるのは飛びかかった彼らの方だ。


 「だ、大丈夫ですか!?」


 彼らは全員息こそあるが、気絶をしている。僕が辺りを観察すると……薄められた不可視数術の片鱗が見つかった。こんな物を使うのは、西の人間。このタイミングで現れる者……、そう考えれば答えは見える。ここで現れる者がいるとするなら、それは彼だ。生きていたのか。


 「……フォース、君なのか?」


 僕がそう呟けば、あちらはしばしの無言。そして彼は数式を解かせたのだろう。見覚えのある者達の姿がそこに現れた。黒髪の少年……フォースの後方には赤毛の少女。警戒するロセッタに守られている銀髪の……殺人鬼Suit。後ろの二人は姿を現す必要が無かったはずだ。それでもそうして現れたのは、二人の亡骸のためだろう。

 Suitは複雑そうな顔だ。敵とは言え……混血。混血を守りたかった彼にとっては、リゼカの死も、ヴァレスタ様の死も……悲しみと、なるのだろうか?アルタニアで出会ったあの夜と同じ瞳を取り戻した彼は、僕を責めるでもなく気まずそう……哀れむような色の目で、何も発さず此方を見ていた。


 「……僕を、俺を馬鹿だと思うか?愚かだと、笑うか?」

 「……」


 何も発さないSuitに代わり、口を開けたのは黒髪の……かつては友と呼んだ男が僕へと近づいた。

 守ろうとした人を守れず、道連れとなったのは自分以外の手下。そばで果てることも出来ずおめおめと生き延びた。こんな自分を彼はどんな風に見ているのだろう。

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