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2:Primum est non nocere.

 「……遅い」


 日はもう高くに登っている。いくら何でも遅すぎる。ロセッタはそのことに苛立っていた。


(あの馬鹿何処まで行ったのよ?)


 探しに行きたいのは山々だが、ここを離れるわけにはいかない。こんな戦闘素人達ばかり残して持ち場を離れられない。


(何だってこんな一般人ばっかカードに選んだのよ)


 裏町住まいの人間を一般人と言って良いのかどうかは置いておく。それでももう少し選びようと言う物があっただろう。幾らカードが上から下から決まるとはいえ、……この一帯はリフルに巻き込まれたカードが多い。キングに選ばれていた人間の周りにいたから選ばれてしまった。リフルが必死に彼らを守ろうとするのはそういう負い目があるからだろうか。


 「赤髪のお姉ちゃん」

 「ロセッタって教えたでしょ」


 窓を開け外を眺めつつ、溜息を吐いている私に……桜色の髪の混血の少女が近づく。先天性混血児。その外見は私達後天性混血児よりも洗練された美しさを持つ。神子様程じゃないけれど、天使のように愛らしいと形容してあげても良いレベル。スタールビーのその瞳は私の赤より色濃い色だ。それでも純血のそれとも違う。彼女の寛恕の揺らぎを移す輝きがそこには宿る。


 「ご、ごめんなさいロセッタちゃん」

 「ちゃん付けってあんたねぇ……」


 何故そうなる。さっき名前を教えたときは呼び捨てだっただろうに。何なの?嫌がらせ?親しみを込めてなの?

 拷問後にこういう邪気のない子供を見るのは疲れる。私がどんなに汚い人間か思い知らされるようで。


(でも、妙だわ。あの子供……)


 境界兵器を用いた拷問に掛けても口を割らなかった。それどころか途中から気でも狂ったかのように笑い出した。防音数術でそれが外に漏れることはないとはいえ、ずっとその狂気に当てられる私達の身が保たない。あの闇医者にストップを掛けられ私は外の空気を吸ってこいと言われたのだ。その間ここに落ち着くまで一悶着あったがそれはまぁどうでも良い。


(子供相手には荷が重すぎた?)


 精神負荷が掛かりすぎたのか。

 勿論毒、というのは言葉の綾だ。それでもそう思わせ追い詰めた方が効き目が早い。脳波を読み取りやすくする。要は思考に隙を作るのが目的で……そのために大いに言葉責めで脅したし、引っぱたいたし蹴り飛ばしたし……


(でも、おかしい)


 ちらと見れば私の横にはあの子供達と同じくらいの年代の少女


 「な、何するのーロセッタちゃん」

 「うっさい。ちょっと黙りなさい」


 ちょっと頬を捻っただけで涙目だ。ついでに平手で頬を叩いてやった。あ、泣いた。


 「痛いよぉ……」

 「うん、これがあんたくらいの年代の正しい反応よね」

 「そんなことしなくてもアルムは本物だよ」

 「……本物?」

 「会議室でい眠りしてた子達は、トーラちゃんのお友達?あの子達も数術使いさんなんだよね?」


 何処か抜けているがこの少女も数術使い。視覚開花は私よりずっと進んでいる。


 「そうか、しまった!!」


 その正体を見破るまで行かなくとも、数術を使っているかいないかまでは読み取ることが出来ていたのだ。


 「早く言えええええええ、馬鹿っ!!ありがとう!」


 私は少女を軽く小突いて会議室へと飛び込んだ。


 「洛叉っ!!無事!?」

 「何とかな」


 すぐ傍に壁にもたれた医者がいる。少し怪我をしているようだ。

 見れば吊していたはずの子供二人が縛めを解かれている。二人とも不気味な空気を纏っていた。


 「相変わらず君は無粋なお嬢さんだね」

 「その声っ、オルクスっ!?」


 子供の一人が口を開くと、それは死神商会の頭の声がそこから飛び出る。ゴーグルを降ろしてそいつを見るが、その子に関してだけ言えば、それは視覚数術ではない。


 「どういう、こと……?」

 「前にここに忍込んだ時に、僕の妹のナイト君以外にもちょっかい出してたんだよね。今僕が操っている子がそうだね」

 「操る……ですって?」


 蒼薔薇のように目を埋め込まれたってわけでもないらしいのに。不思議がる私を死神がけたけた笑う。


 「リアの件で気付かなかったかな?僕は元々今の仕事を始める前に、脳を弄る専門だったんだよね。お嬢さん、君の知り合い……或いはその知り合いの知り合い辺りには僕のお世話になった子がいるんじゃないかな?」


 「幾ら拷問されても僕自身は痛くもかゆくもないからねぇ、君たちは罪のない子をいたぶっていたわけだ。それが正義だって?あはははは!面白いねぇ教会は」

 「黙りなさい!」

 「撃つなら撃っても構わないけど、貴重な情報源が無くなるよ?それに君の大好きだった聖十字君が君に失望するんじゃない?」

 「っ……あんたなんかに、何がっ!!」

 「落ち着け。あれは唯の挑発だ」


 洛叉に肩を押さえられ、私ははっと我に返った。


 「なるほど、お嬢さんは僕の妹がメロメロの王子様にちょっとだけ似ているんだね」

 「余計な物を連れて来るに留まらず、リフル様に何をした」


 オルクスが憑依した少年、その隣の少女を睨み、闇医者は舌打ちをする。

 ゴーグル越しに解けた視覚数術。無機質な笑み。

 甘んじて拷問を受けたのは、私の教会兵器の情報を取れるだけ取ろうとしたからなのだろう。ゴーグル越しに見る少女はガラス玉のような透明な瞳に流れるような青い髪。


(うげっ……青髪ですって?)


 私の大嫌いな色。私はウマが合わない同僚少女を思い出す。

 嫌な気分になった私同様、私の隣の男も渋い顔。どうやらその少女の正体を彼は知っているようだった。その嫌そうな視線に気付いたのか、少女の方はうっとりとした目で闇医者の方を見る。


 「どうせ拷問されるなら、兄さんに打たれたかった」


 そうして出来た傷を一緒の宝物にするのとうっとり語るその顔に、私はぞぞぞと身震い。やばい、この女やばい。

 教会兵器の特殊弾が効かなかったのは、もう既にこの女の脳が精神がいかれているから。それは弄くられたらしいオルクスが憑依している子も同じ。

 あれは人格矯正促して、曲がり腐った性根を叩き直し洗いざらい吐かせる弾だってのに。矯正不可能なレベルまで完全に逝っちゃってるわこの女。


 「生憎俺も打つ相手と場所は選びたい派だ。貴様などを打つくらいなら畏れ多くもあの方を対面座位辺りで泣くまで尻を打っ叩いて打ち首にされる方がよほど良い」

 「そういうあんたも頭に血ぃ上ってるじゃないっ!!ていうかどういう怒り方してんのよ!このセクハラ魔っ!あんた仮にも自分の主をそういう風な目で見るなっ!リフルが可哀相でしょうがっ!!」

 「いや待て。冷静になれ。君も理解しているはずだ。あの方の顔が見えない体位に意味など有ろうか?いや断じて無い。というかあの方なの泣き顔にはそそられる物がないか」

 「ば、ばばばば馬っ鹿じゃないの!?確かにちょっとだけなら……泣き顔可愛いと思わないであげないでもないけどって何言わせんのよ!」

 「何を。思うくらい罪では無かろう」

 「思うだけならな!口に出す辺りであんたは余裕でアウトなのよ!!」

 「最近またリフル様分が足りていない。俺がもう何日あの方に会っていないと思っているのだ君は!」

 「知るか呆けっ!!」


 冷静なふりしてこいつ怒り狂っていや、とち狂ってやがる。しっかりしろと私は黒衣の医者を蹴り飛ばす。そんな私と洛叉のやりとりに、死神がくすくすと自分だけが小気味よい笑いをこぼす。


 「あはははは、本当ここは面白い人ばかりだなぁ。そんな君たちに一つ、いや二つばかり教えてあげたいことがあってね」


 「実はそこの闇医者さんがベタ惚れしてる那由多王子なんだけど、まだ辛うじて生きてるけど酷い有様なんだ。というのも心が完全に折れてる。彼はこの街が滅んだと思っているからね」

 「は?」


 オルクスの言葉に私は一瞬奴が何を言っているのかわからなかった。だってこの街はまだ何ともないじゃない。


(あ……)


 そうか。それは嘘。それでもこれから嘘じゃなくなる。そのためにこいつらは来た。ここで排除しないと、その嘘は本当になってしまう。リフルが本当に絶望してしまう。

 神子様にちゃんと支えろって言われたのに、私は何をやっているの?しっかりしなきゃ。

 ここで殺さなきゃ。


 「あのままじゃ、心が死んで身体も死ぬか、それかヴァレスタ兄さんに落ちるのも時間の問題かな。同じ片割れ殺し同士、案外気が合うかもね」

 「生憎俺にはあの鳥頭のような属性はない、そんなこと俺が許すか」

 「へぇ。あの人の決定に逆らうんだ?前はさぁ、この子のために那由多王子を裏切ったって貴方が」


 私が手早く弾を入れ換えている間にも、オルクスのお喋りは続いている。っていうか何なのこの話の流れ。さっきからおかしいとは思ってたけど……


(まさかリフルの奴……この洛叉って男まで毒牙に)


 何人野郎を魅了すれば気が済むのよあの男は。神子様私もう本当にここ嫌です。なんで年頃の女の子スルーして野郎ばっかに野郎がモテんのよ。


(そ、そりゃあ……無駄に顔だけ良いけどあんなの顔しか取り柄のない男じゃない)


 そう言い訳して見るも、思い出すいろんな表情。そのどれもが文句の付けようがない。確かにあんな奴の傍にいたら私程度の後天性混血……霞んで消えてしまう。


(わ、私は絶対魅了なんかされて堪るもんですかっ!)


 ぶんぶんと頭を振って雑念を振り払う。なんか苛ついたからあの馬鹿取り戻したら問答無用で一発あの綺麗な顔をぶっ叩いていてやる。

 私が軽く舌打ちしていると、同じような悪意を傍に感じる。見回せばあの青髪の少女が元の顔は悪くないのに今は般若のような形相だ。

 先程洛叉(ラクシャ)を兄と呼んでいたのを見るに、神子様の情報にあったこの男の異母妹だろうか?確か名前は埃沙(アイシャ)だったか……?

 洛叉は元タロック貴族の家の嫡男。その父親の妾の子がこの少女。その二人の関係がここまで歪んだ原因は何処にあるのか。ちょっと聞いて囓った程度の私には何も解らない。唯この少女が酷く歪んでいることが解るだけ。


 「兄さんはまだあんな男に誑かされてるの?」

 「誑かされてなどいない。唆されているだけだ」

 「あんな奴兄さんのこと全然愛していない!」

 「今は確かにそうかもしれないな。しかしそれは俺があの人を嫌う理由にはならない」

 「私の方がずっとずっと兄さんのことを思っている!だから兄さんはもっと私を見るべきよ!」

 「見るべき相手は俺が決める。貴様に指図される道理など無い。それに何処を見てあの人が俺を思っていないと断言できるのだろうな」


 「は?」

 「あはははは、面白い事を言うんだねこの闇医者さんは」


 唐突な闇医者の言葉に私の目が点になる。少年に憑依しているオルクスは腹を抱えて笑っている。妹だけじゃない。兄の方も大概だ。


 「俺は確証のないことなど口にはしない。かつての那由多様は間違いなく俺を慕っていた」


 妙に自信ありげにこの男は。過去の男だと言わんばかりのその余裕はどこから来るのか。っていうか本人がいないところでそんな惚気ても何の意味もないじゃないのよ。


 「あの方が一度死ぬより以前、あの方の世界の大半は俺で占められていたようなものだからな。今思うと何故写真に収めておかなかったのか手を出さなかったのが悔やまれるほど愛らしかったぞ当時の那由多様は。こう、散々毒を盛られていた所為で発達が遅れているのか舌っ足らずでな……身体も弱くていらっしゃいながらそれでも俺の後ろをとてとてと歩いてくるのが実に堪らん。当時の俺に今の属性が開花していなかったことが悔やまれる」

 「いや、あのね……誰もそんな思い出話のリクエストはしてないわよ?」

 「う、うぁ……あああああああああああああああああああ!!!それ以上私にそんなものっ!聞かせるなっ!!」


 盲愛する兄が別の男との思い出を惚気始めた事にとうとう耐えきれなくなったのか、彼女の感情が暴走。部屋が熱気に包まれる。その熱気は少女が手にした斧から発する。

 何時の間に得物を出したのかと思ったが、先程の少女の悲鳴を媒体に、オルクスが音声数術で此方に転送した物か。


(火の気……あの子、クラブね)


 元素を操る以上コートカードではないだろう。それでも混血だから才がある。これまで攻撃数術を使えなかったと聞いていた少女が攻撃数術までマスター。

 私は水のカードだから相性が悪い。それにゴーグル越しに見た幸福値……私と同程度。そこに属性が加わると、正攻法じゃ勝ち目が薄い。


(こんなところで……もうあれを使わないといけないなんて)


 おまけに目の前にはオルクスもいる。しかも本体じゃない。だが出し惜しみなんかしていたら、あいつが守りたい場所があっという間に焼け野原。そんなのは、駄目だ。今、やらなきゃ……

 ここはシャトランジアが保護しきれなかった相手を受け入れている場所。言うなれば本国が受け入れ私が守ったかもしれない相手がわんさかいるのだ。だから他人事じゃない。壊させて堪るか。

 舌打ちをして、銃を構える私の前に……すっと出るは漆黒を宿した真純血のタロック男。闇医者風情が何を勝手な真似を!


 「危ない!下がりなさい!!」

 「生憎俺は年下に庇われる趣味はない」


 タロック人は女は男が守るものだとかいう固定概念があるのかしら。そんなの私に関係ない。私は、私が教会兵器。もう人間、女も捨てている。


 「いいからっ!」


 退けと睨むが医者は聞かない。仕方ないのでその脇から少女を狙おうと腕を振り上げ……手の妙な軽さに驚いた。


 「怪我人を増やしては医者の仕事が増える、面倒事は避けたいものだ」

 「え?」


 私は引き金を引こうとして、手に銃がないことに気がついた。辺りを見回すが見つからない。落としたわけでもない。私が狼狽える内にも少女の凶器が此方に迫る。

 もう駄目だ。そう思って思わず目を瞑り……しんと静まりかえった室内。窓など開いていないのに、何故か風を感じてそっと私は目を開ける。


 「あ、あんた……」


 素早い展開、そして正確にして膨大な式。それはあまりに見事な数術だ。部屋中に展開したその数式は数の鎖。蜘蛛の巣のように張り巡らされたその数字の網に少女は囚われ空中に縛り付けられている。

 男は何ということはないというように、その高度な数式を紡いでいた。


 「信じられない、純血が……ここまで」


 それは私の心の声そのもの。オルクスさえ息を呑んでそれに見惚れる。いや、それだけじゃない。動けない。動けないのだ。一歩でも動けば自分もその数式に絡め取られてしまうような、そんな得体の知れない恐ろしさがそこにはある。

 教会のそれとも違う。おそらく独学。この男の創作数式。だからその事象も解除もどんなものか誰にもわからない。


 「俺も医者だ。埃沙、お前が壊れたのが俺の所為ならば……せめて俺が治してやろうと思ったこともあった」

 「……っ、兄さ……」

 「俺は那由多様に出会い、俺もまた人に過ぎないことを知った」


 自惚れていたのだと男は言う。恵まれすぎた才能に傲り昂ぶって、自分は人間よりも優れた存在なのだと当たり前のように信じていた。それが誤りだと教えたのがリフルなのだと。


 「あの方は、誰よりも美しくありながら、それでも人と同じようになりたがった。……人ではなくなったリフル様の悲しみに触れ俺は気付いた。人の枠から外れることはそう言うことなのだと」


 洛叉の言葉に何故か私は目が熱い。込み上げてくる何かがある。それはあいつの笑う顔。泣きながらそれでも笑っていた。いつも申し訳なさそうに、あいつは私を見つめていた。


 「俺があの方を思うのは、俺にあの方が救えなかったからだ。あの方が処刑などされあんな身体になったのは俺の責任だ。故に俺は生涯賭けてあの方の治療を行う。そしてこれ以上あの方が不幸になることはあってはならない」


 誰よりも救いたくて、救えなかった患者。不治の病でも何でもない。毒が盛られているんだとどうして教えてやれなかったのか。親の愛に縋って、そんな言葉を信じない……そんな相手をそれに替わるような思いでどうして包んでやれなかったのか。無理矢理でも、薬を盛って気絶させてでも連れ出し逃げることは出来なかったのか。悔やんでも悔やみきれないのだと男は苦悩の表情。

 常に正しく正確な計算で生きてきた。だから完璧な計画だと思った。そこに人の心を勘定に入れていなかった。それが間違い。人は彼より愚かで、頑固で意思が固く……計算上どうでも良いようなことに固執する。そこまで計算に盛り込めなかったのが最大の誤算。


 「アスカという男を覚えているか?半年前にお前も会っているはずだ」

 「知らないわ」


 兄さん以外の男になんて余程のことがないと覚えていないわと言わんばかり……心底知らんという表情。この少女がリフルを覚えているのは余程憎くあったからなのだろう。けれど洛叉は妹の記憶力の低さを嘲笑うような笑みを向けるだけで、特に教えてやるつもりもないらしい。


 「あの鳥頭はお前のように多少いかれてはいる上、俺に劣るところばかりの屑だ」


 凄い自信だ。うん、これはアスカと仲悪いはずだわ。ここまで言われて嫌わない奴がいたら見てみたい。


 「だが、俺はあの鳥頭に一つだけ教わったことがある。あの男が唯一俺に勝っているものそれは……肉親への情だ」


 多少、いやかなり大分行き過ぎている感が否めないのは事実とはいえ、アスカが兄として……リフルを愛しているのは確かだ。それを本人に伝えないから、リフルの方が何度か参ってしまったりはしているが。彼らの側に来て間もない私でも、彼が弟兼主様を溺愛しているのは知っている。

 それを傍で見て、この洛叉という男は何か思うところがあったのだ。自分に懐いた人を奪われる苛立ち怒り以外にも、気付かせられることがあったのだ。


 「埃沙。お前を壊したのが知を求めた研究者としての俺なら、お前を救うことが出来るのは、奴のように家族を思う情なのだと考えた」


 「俺はお前の兄だ。だからお前を伴侶としては愛せない」

 「そんなのおかしい。矛盾してるわ!妹が駄目なら、兄さんがあの人を好きなのだっておかしいもの!」


 この闇医者がリフルに惚れることは、普通じゃない。それがこの男の中で肯定されるなら、妹である埃沙の想いも肯定せざるを得ないはず。どちらも道ならぬ思いならば。


 「ああ、そうだな。俺の嗜好が吐き気を催す王道ぶった普通という概念から多少ずれているのは確かだ」

 「それなら、私を愛してよ!兄さんなら出来る!兄さんならきっと……!だって父さんと母さんが想い合ったから私が居る!兄さんは父さんそっくり!私は母さんそっくり!愛せないはずが無いじゃない!」


 それはとても悲しい理論だ。少女が縋れる愛はそれしかないのだ。敵とはいえ、私の心にも哀れみが生じる。

 親子の顔が似て、親子の嗜好も似るのなら、愛し合った両親から生まれる二人は相思相愛に成り得る。これはそういう話。

 ああ、普通に考えればそんなことはあり得ない。でも本当にあり得ないの?少女の言うことは的外れとも思えないのだ。事実、世には母に似た女を求める男が居る。その母にそっくりの姉や妹が居て、何も思わないという確証が何処にある?

 唯、そんな縋るような哀れな理論。この男には響いていない。男は別の生き物を見るように少女を見上げていた。


 「その理論は根本から誤りだ、埃沙」


 眼鏡を掛けた男の、その硝子越しの目のなんと冷たいことか。先程まで僅かに感じた声の温かみも消えている。誤った理論を叩きつぶす、正しき者の迫害の目だ。


 「あの男はお前の母を愛することなどなかった。あれは俺に唆されて、知的好奇心に負けお前の母を娶った。混血という生き物、そのサンプルを得んがためお前達は作られた」

 「嘘っ……そんなの、そんなの嘘だわ!」


 少女は泣き叫ぶ。認めてなるかと、彼を睨んで。


 「いい加減にしなさいよ!あんたそれでもこの子の兄貴なの!?」


 味方はあっちの男。解ってる。解ってるけど見ていられなかった。私も混血だし、私も女だったから。


 「……貴女、どうして……?」


 私に庇われたことに、一瞬驚いたような硝子目の少女。傍で見ればその目はうっすらと水色を纏う水面の色。触れれば壊れそうな彼女の心に似ていると思った。

 だけど少女の言葉に私が何か言おうとした時に、彼女は思い出したように先に、泣きながら言葉をこぼす。


 「兄さんを、悪く……言わないでよ」


 この期に及んで、まだあんな男を庇うほど愛しているというのか。それこそどうしてなのか解らないけど、本当にこの子には他に何もないのだと知る。


(……アスカより重傷じゃない)


 それでも。どうしてと聞き返す彼女に返す言葉がない。

 切っ掛けとか理由とかそんなものはもうわからなくなる、どうでも良くなるその位この目の前の男に執着している。

 法律だから?いや、それはこのセネトレアではあまり関係ない。金さえ積めば偽りの戸籍を用意できるから。タロックだって王族貴族の連中は血を守るためと未だに近親婚が盛んだし。必ずしもこの少女の想いが間違っていると言い切れるのだろうか?

 この医者が彼女を拒むのは、倫理から?それとも医学的観念から?いやそのどちらでもないような気がする。

 そう、悲しいことだけど……愛を語るこの少女を、本当にゴミを見るようにこの男は見ているのだ。そういう風には愛したことなどないし、これからもそんなことはあり得ないとその冷たい漆黒が語る。

 その目は、自分勝手な慕情を美しいと感じていない目だ。自身の想い、欲に振り回されるような心に意味などはなく……誰かを思いそのために回る心こそ美しいと、遠くをその目は見つめている。リフルが自分一人のためだけになんて絶対に振り向かないからこそ、この男はリフルに魅せられている。

 そりゃあ確かにこの子は自分勝手かも知れない。それでも普通はそうだ。誰かを思うって事は余裕がない。なくなること。

 おかしいのはリフルの方。あいつは極力誰も好きになろうとしないから、だから多くを思えるだけよ。この男を誰より強く想っている。それが自らだと名乗るこの少女は、間違ってはいないのだ。この男のためにではないけれど、思いの強さだけなら本物だ。

 それでも世界は残酷だ。強い想いを捧げたから、必ず報われるとは限らない。この男にはそういう気持ちがないのだ。あいつとは違う。

 リフルは、あの馬鹿は……毒人間だから、どんなに想いを寄せられてもそれに応えることは出来ない。それでも何か出来ないか、報いることは出来ないか……あいつは思い悩んでいたわ。トーラのこともあいつはあいつなりに……大切にしていたんじゃないの?有能すぎる彼女を傍に、自分の無力さを知りながら、守られてばかりの自分をあいつは悔いていた。

 私がまだ彼女に会ったことが無い頃に、私とアスカに力を貸してくれと切羽詰まった顔で頼みに来た。自分の力だけではどうしようもないと、素直に認めて。男のプライドとかかなぐり捨てて。

 そんなあいつだから……アスカだってあんなに溺愛してるのよ。あいつの代わりに手を汚したいと思うくらいに、あいつのことを大切に想ってる。


 「馬っ鹿じゃないの?」


 そう……それはこの男だって。


 「あんたは、十分リフルに報いて貰ってる。あんたは幸せなんだわ、それを享受している!なのにどうしてこの子にその分報いてやろうと思わないの!?幸せにしてやろうと思わないの!?」

 「男としては思わんな」

 「最っっっっ低!」

 「だから、兄さんを……兄さんを悪く言わないでっ!!」


 叫ぶ少女の声に紛れて闇医者が小さく言葉をこぼす。それは一筋の光明のよう……少女の瞳に差し込んだ。


 「だが、……兄としてなら別だ」

 「え……?」

 「お前がもう二度とあの方に危害を加えないと約束し……そしてお前が望むのならば、兄妹としてならお前を愛してみようと思う。お前を守り何者にも傷付けさせない。傍にもいてやる。あの鳥頭を見習い……きょうだいという関係を俺なりに見つめ直していこうと思う」


 それならどうだと闇医者は言う。少女の傍まで歩み寄り、少女が一言頷けば、その縛めから解放するのだろうか?


 「嫌……」

 「埃沙……」

 「そんなの、嫌!」


 嫌々と首を振る彼女は、聞き分けのない子供のようだ。この男を失ったら他に何もない。縋る愛はそれだけなのだと必死になってそれを拒んだ。


 「だって兄さんは、あいつが好きなままなんでしょう!?それを傍で見ているなんて、見ているだけだなんて……」

 「お前の世界は狭い。しかし世界は広い。お前はお前が俺しか愛せない、俺にしか愛されないと思い込んでいる。それは誤りだ。世には必ずお前を愛する男或いは女が居る」


 一見良いこと言ってる風で実は台無し。無駄にここで可能性を狭めない辺り、本当に奔放な男だわ。この男らしいと言えばそうなのだろうけど。


 「その時お前がどうするかは、お前自身の判断だ。俺は口出しはしない」


 決して振り向かない。それでも思い続けること自体は構わない。リフルに危害を加えないなら。そう言う条件、譲歩を申し出ている。


 「……嫌」


 ああ、この兄妹は似ている。それでも決定的な違いがある。

 洛叉はあいつが欲しくても、無理矢理にそんなことは言わない。軽口のような口だけだ。死を見つめるあいつには、何をしてもその心は誰のものにもならないことをもう悟っているのだ。だから安堵しているの?少なくとも誰かの物になることはないんだって。だから彼の中で自分の地位を確立し、そこのキープだけで満足できる。他に多くは望まない。

 それでもこの少女は違う。欲しいものは欲しいと言い手を伸ばす。

 その身体を縛める、数術を関節を外して破ったのか。あらぬ方向を向く両手……それを兄の方へと彼女は伸ばす。

 これだけ願って手に入らないのならと……その手は数術を描く。発動は本当に早かった。彼女はその身体を燃やした。燃やして数式を塗り替える。あの見事な数式が全て塗り替えられていき、少女の縛めは解け……数字全てが炎に変わる。

 彼女の№的にこんな大きな数術、使えるはずがない。多分これは一度きり。かなりの幸福値を賭けている。いうなれば命を賭けた数術なのだ。

 この子はきっとこの部屋ごと、洛叉もろとも燃やして殺して自分の物にする。永遠を手に入れるつもりなのだ。


 「馬鹿なことは止めなさい!こんなの間違ってるわ!」


 彼女の妄執は私が忌み嫌った女のそれと重なって、広がる炎は私の罪を思い起こさせた。助けなきゃ。そう思うのに、足が竦んで動けない。水の数術弾を撃とうにも……私の二丁拳銃。どちらも今はない。

 ラハイアの形見の白銀の銃……これは空。急いで私が弾を詰め始めた時……コツコツと近づいて、私を通り過ぎ炎の中に入っていく長身の黒い影。


 「……愚かだな」


 それはお前が女だからなのか。それともお前がお前だからなのか。それを問うよう男は笑って彼女に片手を突き出した。それは私が探していた教会兵器!十字銃!あの男何時の間に私からスったのよ。

 呆気にとられている内に、洛叉は躊躇いなく、少女の眉間を打ち抜いた。そして素早く数術で風を起こして全ての炎を吹き消した。

 炎の海に飛び込んだとは思えない、その涼しげな顔が憎らしい。私は駆け寄り少女が事切れていることを知り、思わず味方であるはずの男を睨んだ。睨まずには居られなかった。


 「あんた何してんのよ!?この子、あんたの妹だったんじゃないの!?」

 「リフル様に害が無い場所で仕留められたのは大きいな。これであの方への危険が減った」

 「そういう問題じゃなくてっ……」

 「あの方にこういうところを見られずに済んで良かった」


 幻滅されるのだけが怖い。嫌われたくないんだと、語る男の顔は人間味に溢れていて、私は先程までの冷たい目をした男とこいつが同一人物なんだと認められるまで暫く掛かった。


 「なるほど、良い物を見させて貰ったよ」


 オルクスはかがみ込み、倒れた少女の手を検める。手袋の下から現れたのは私と同じ数。


 「この子はクラブのⅧ。となればまずは時が来るまで同属性同士しか殺せないと考えるセネトレア女王の解釈は誤り。ついでに原則としてある上位カードが下位カードを殺せないと言うのも誤りだったって事だね」

 「どうだかな。俺がこの愚妹より強いカードだったとは思わんのか?」

 「思わないね。貴方はスペードのⅦ。勝てるはずがないんだルール上なら。ああ、ちなみにね、さっき担がれたときにさ、触って手袋の下を透視させて貰ったんだ」


 オルクスはにっと笑って考え込む素振りを見せる。


 「まだまだこの神の審判には僕らの解らないことが隠されてるって事だね。ありがとう、有意義な時間だったよ」

 「…………あんた、この子の仲間じゃないの?」

 「その子は兄さんの駒ってだけで別に、ねぇ?ああでも勿体ないから貰っていこうかな。この子の目もなかなか良い最期を刻んだね。良い触媒になりそうだ」

 「触媒……?」


 点と点が結びつかない私の目の前で、オルクスは少女の両目を抉る。そしてその眼球を愛おしそうに光に透かして微笑んだ。


 「っ……!?」


 そうだ。知ってはいた。先天性混血が数術の才能に恵まれているのは、生まれ持った触媒があるから。先天性混血児の数術器官、それは宝石のように綺麗な目に集中している。

 死んだとはいえ殺したとはいえ妹があんな目に遭ったのに、洛叉はまだ涼しげな顔。いや、僅かに怒っている?違う……何か今の光景から察した危機感。それに僅かに動揺している。


 「お礼に幾つか僕も貴方たちに教えてあげよう。まず山道の方に行ってみると良い。そこに一つ、那由多様への手がかりがある。そしてもう一つ……火が消えたはずなのに、この部屋熱いと思わない?」

 「まさかっ!?」


 言われて私は慌てて室外へ。オルクスは防音数術を弄っていた。内の音が外には聞こえない。それを外の音が聞こえないにいつの間にか変えていた。黙ってみている振りをして、そんなことなどなかったのだ。

 扉の外は人々の悲鳴。逃げまどう人々の叫び声。


 「そんな……」

 「ああ、安心して。そんな逃げ遅れる事なんてないと思うよ。僕らとしても商品はなるべく失いたくないからね。退路はちゃんと確保しつつ……そう、誘導してあげている」

 「誘導、ですって……?」

 「そう、今日は商人連中にとっては凄い稼ぎ時ってわけ。いろんな所にリークしてあげたからどんどん増えるよ?生きた商品が欲しい人間、パーツが欲しい人間、そして殺したいだけの人間。その人間同士も殺し合う。言うなればこの街はセネトレアって国の派閥争いを賭けた戦場になるって事だよ」


 良い眺めだろう?そう笑って、死神はその子の身体から離れて消えた。


 「……くそっ!!」


 いつまたこの子を操るか解らない。この子自身は悪くない。解ってる。それでも……生かしておけば、また余計な煽動をされる。そんな混乱、これ以上……


 「返しなさい、それ」


 私は奪うように洛叉の手から銃を取り返し……気絶したままの少年が、目覚めないよう引き金を引く。

 死の感触は手には残らない。それでも、やるせない気持ちは残った。だから先程の洛叉の気持ちが解ってしまった。


(ここに、リフルが居なくて良かった)


 いたらあいつはどんな目で私を見たんだろう?昨日のアスカを見るように、脅えた目で私から逃げるのだろうか?


(何よ、今更……)


 これまでだってこんな殺しはあったじゃない。例え罪がない人間でも存在が悪なら、それが大勢の人間の不幸を呼ぶのなら……正義の鉄槌を振り下ろせ。何度もしてきたことじゃない。仕事を始めたばかりの頃、ミスも多かった。あの頃は私の弱さと甘さが本当にやるせない殺しを招いた。そう、だからこんなの……


(よくあることよ)


 煙が目に染みるのは、燃え広がった炎の所為に違いない。


 「……他にも忍び込んだカードがいるのは間違いない。先を急ぐぞ」

 「解ってるわよ」


 優しい言葉なんて別に要らない。冷静に次にやることを促してくれた、闇医者の……それこそが私にとっての優しさだった。


 *


 ロセッタちゃんが会議室に戻ってから、叩いてみても扉は開かない。

 機嫌が悪かったのかな。それともアルムが私が何かいけいないことをしてしまった?

 ちょっと沈んだ気持ちでアルムはそこから離れた。


 「フォース君と、仲直りして貰うと思ったのに……」


 二人は幼なじみでお友達なんだから、喧嘩なんか良くないよ。そうフォース君に言ったのに、彼は悲しそうな目で曖昧な笑みを浮かべるだけだった。

 離れている内にもうどうしようもない、取り返しの付かないことが起きてしまったんだよと彼は私に言っているようだった。


 「アルムちゃん」


 呼ばれて振り返れば、綺麗な青い眼と長い金髪をした可愛い男の子がいる。この子はエリアス……愛称だとエリス。だから私はエリス君って呼んでいる。洛叉先生に診て貰っている患者さん。病気だって話だけど最近元気になってきているみたいで良かったと思う。


 「あ、エリス君!部屋から出てきて大丈夫?」

 「うん、平気。今は先生がいないから怒られないよ」


 見つかる前にまた戻れば良いんだと、彼は悪戯っぽく笑う。最初に見たときはもっと気の弱そうな子だと思ったけど、男の子って強いなぁ。

 私はすぐには変われない。今だって変わろうと藻掻いている最中。それなのに彼はこんなに早く明るく元気になっている。その姿を私は羨ましいと思い見つめる。

 何も言わずに私が見ていることに彼は気付いて、いきなり顔を真っ赤にして視線を逸らす。私は馬鹿だけど、それに気付かないレベルは脱したみたい。何となくエリス君は私のことを気にしてくれているんだなって、それは解るよ。


(だけどどうしてアルムなんだろう?)


  私は何も出来ないし、良いところなんて一つもないし。みんなに迷惑かけてばかりだし。エルムちゃんにも死んで欲しいって思われるくらい嫌われてるのに。そんな私なんかをどうしてエリス君は好きになってくれたんだろう? 好きでいてくれるんだろう?

 だからますますわからなくなってアルムは……じゃなくて、私はエリス君をじっと見てしまうんだよ。


(嫌われるようなこと、すれば……エリス君もアルムを嫌いになってくれるかな)


 だってそんな価値私にないから。

 トーラちゃんから聞いて、アルムは数術使いでおんせー数術使いで、声で人の心を操る悪い子なんだって教えられた。エルムちゃんが大嫌いなアルムの傍にいてくれたのも、全部その所為。離れていったのはそれに気付いちゃったから、だから魔法が解けたんだ。

 ああ言うのはもう嫌で。もし今も私、そう言うことをしちゃっているなら早く止めないと。数術は今コントロールしてる。出来てるはず。それでももしもそうなっているなら……あの時みたいに何か嫌われるようなことをしないと。


 「エリスちゃん」

 「え、エリスちゃん!?」


 これまで君付けだったのにいきなりちゃん付け。嫌だよね。だって男の子なんだから。私がエルムちゃんを傷付けていたのも、多分そういう些細なことから始まっていたんだと思うの。


(ごめんねエリス君)


 別に嫌いだからとかそういうことじゃないんだよ。それでも私はそんな価値がないんだよ。死んじゃえばいい人間なんだから。


 「ね!せっかくお部屋の外に出たんだから、アルムの部屋で遊ぼうよ!」


 私は彼の手を引いて、鼻歌交じりに廊下を歩く。誤魔化すための鼻歌なのに、エリス君は可愛くふわっと笑うんだ。だから思わずぎゅっと抱き締めたくなった。

 空いた片手がわきわきしている私を見て、エルス君は首を傾げる。はぁ……本当に可愛い。お人形さんみたい。本当に男の子なのかなエリス君。


 「え。何?」

 「な、なななな何でもないよ!」


 そんなにこっちを見られると、考えていたこと全部ばれてしまいそう。私はさささと目を逸らす。

 嫌われるための嫌がらせ。エルムちゃんが嫌がったこと。それを私は歩きながら考えていたけれど、今ので決まった。あれしかない。

 私は辿り着いた私の部屋のドアを、パタンと閉めて鍵を掛ける。そして彼を鏡の前に連れて行く。何をされるのかわからないのか、目をパチパチさせているエリス君。


 「ねぇアルムちゃん、何して遊ぶの?」

 「あのね、あのね!これ!」


 私がクローゼットと衣装箪笥から取り出した、着替え一式に彼はちょっと口を開けて驚いている。


 「エリス君可愛いから、可愛い格好したらもっと可愛いよ!」

 「アルムちゃんは、可愛いの好きなの?」

 「うん!大好き!!」


 あの時のエルムちゃんは本気で怒った。一ヶ月くらい口を利いてくれなかった。「僕は姉さんの玩具じゃない!」と怒鳴られた。だから本当はここで嫌がる予定だったんだけど、エリス君はエルムちゃんとは違う顔を私に見せた。


 「それじゃあ……僕やってみる」


 照れた顔で視線を逸らすエリス君に、驚いたのは私。


 「あ、ご、ごめんね!アルムあっち向いてるからっ!」


 着替えを始めた彼の方を見ていることが出来なくて、背中を向けて……後ろで聞こえる衣擦れになんだか鼓動がどくどくしている。どうして私はこんなに緊張して居るんだろう。


 「アルムちゃん、これでいいの?」


 その言葉に振り返る。駄目。もう駄目だった。


 「きゃあああああああああああああああああああああ!可愛い可愛い可愛い可愛いっ!エリスちゃんすごく可愛いっ!お嫁さんにしたいくらい可愛いっ!!」


 あんまりにも可愛いからもう思わず抱き付いてしまった。髪を解くと本当に女の子みたい。こんな可愛い女の子見たことがないってくらい可愛い。うっとり彼を見ていて、はっと我に返った。可愛いは男の子には禁止ワードだった。エルムちゃんとかフォース君にそういうことを言うと怒られた気がする。


 「ごめんねエリス君……」

 「え?何が?」

 「エリス君は男の子だから、可愛いとか言われるの……嫌、でしょう?だから、ごめんなさい!」

 「別に気にしてないよ。僕の父様なんか毎日言うんだもの」

 「エリス君のお父さん?」

 「うん、だからもう慣れた。父様だって悪気があって言っているんじゃないんだ。だから別にいいんだ」


 私の言葉も悪気は感じられないと彼は優しく笑って許してくれる。


 「そ、それに……僕は僕が恥ずかしいのと、アルムちゃんが喜んで笑ってくれるのなら、恥ずかしいの我慢する。いっつも可愛い格好しててもいいくらい」


 優しすぎるその言葉に、私は視界が揺らいでいく。


 「エリス君……」

 「え、ああああああアルムちゃん!?」


 泣き出した私に、何かいけないことを言ってしまったのかと戸惑うエリス君に、涙を拭いながら違うんだよって首を振る。


 「アルムは……凄い悪い子なんだよ。それなのにどうしてエリス君は優しいの?アルムはそういう価値がないんだよ?」

 「そんなこと無いよ!どうしてそんなこと言うの?アルムちゃんが悪いっていうならこの国には、この世界にはもっと悪い奴がいっぱい居るよ!本当に悪い奴は自分が悪いとも思わない奴のことだよ!」

 「そう言う事じゃないの……」


 私より悪い人がいるから。それで私の罪は無くならない。エルムちゃんを沢山傷付けたっていうのは無かったことにはならないもの。


 「いっぱい謝ろうと思ったの。だけど、その子はアルムの顔なんか二度と見たくない。死んじゃえばいいって思ってる」


 それしか償いがないのなら、そうするしかないんだと思う。だけど迷うのは、……まだ生まれていない子の鼓動のこと。

 幸せって何だろう。わからない。生まれること?生きていること?死んでしまうこと?生まれないこと?

 エリス君は私もこの子も生きていればきっと良いことがある。幸せになれると言うけれど……私はまだそれを信じられないんだ。

 だってこれまで生きて来て、私はいっぱい人に嫌な思いをさせて来て。それを知ってからは私も嫌な思いを私に対して思うようになった。生きるのってそういうこと。生まれなければそんなこともなかった。エルムちゃんを傷付けたりしないで、馬鹿な私を庇ってディジットが倒れることもなくて。みんな幸せで居られたはずだよ。


 「それなら会わなきゃいい」

 「え?」

 「君に会わないのがその人の幸せなら、無理に会うことはない。その人に謝ることが出来ないなら、その分アルムちゃんは他の人を許してあげなよ。関係ある人もない人も、いっぱい許してあげれば良いんだ」

 「どういうこと……?」

 「世の中には君みたいに、謝れなくて悩んで苦しんでる人がいっぱい居るよ。取り返しの付かないことをしたって、謝る相手が居ない人だっているんだと思う。そういう人は誰かに許されるのを待っている。だから君が許してあげればいい」

 「でも……」

 「君がいっぱい人を許したなら、許された人は他の誰かを許せるようになる。それが巡り巡って、いつか君が謝れなかった人を許してくれる誰かにその子は出会える。その時その子は君を許せるようになるよ。それじゃ……君の望む償いって事にはならないかな」


 まるで夢、夢のような話。彼の言葉はキラキラ輝いて、星のように綺麗。

 私みたいな汚くて汚れた子には、考えることも出来ない夢。

 そんなこと本当にあるの?わからない。それでもそれがあんまりにも綺麗だから、私はその言葉に引き寄せられる。

 だけど私の傍にいたらこんなに綺麗な彼も薄汚れてしまうんじゃないか。そんな不安が胸に芽生える。

 そんな私の気持ちに気付いたのか、エリス君はちょっと考え込んだ。さっきまで自分の髪を結っていた綺麗なリボン。それを手に私を鏡の前へと彼は招いた。


 「ちょっと、ごめんね」


 そうして彼は私の髪を解いて、櫛でとかして、別の髪型へと変えていく。

 それはさっきまでエリス君がやっていた髪型。長い髪をクビの後ろで一つに結ったそれ。


 「アルム君、格好いい」

 「え?」


 そう言って彼は笑う。さっき私がしたことのお返しなんだって気がついた。


 「僕は今、嫌なことをしました。悪いことをしました」

 「別に私嫌じゃないよ」

 「でも僕は悪い子だよ。女の子が格好いいなんて言われても嬉しくないよね?」

 「うーん……でもちょっと、嬉しい」

 「それじゃあ話が成り立たないから、ちょっと怒って」

 「もう!エリス君ったら!」

 「あはは、そうそう!」


 良くできましたと彼は言わんばかりの表情だ。


 「それじゃあ僕はこれからアルムちゃんに謝るよ。ごめんなさい……許してくれる?」

 「うん、いいよ」


 で、これはどういう遊びなのと尋ねると、遊びじゃないよと笑われる。


 「悪いことをした僕は今、アルムちゃんに許された。許された分、僕はちょっとハッピーな気持ちになった。その幸せを誰かに分けてあげたい気持ちになった。そう言う余裕が出来た」

 「幸せ……」


 こんな小さな事で、幸せ?私は誰かを救えるの?傷付けてばかりだった私が。信じられない。それでも信じてと、目の前の彼は言っている。


 「だから僕はこれから誰かを許すって君に約束する。……ね?これが続いていけばさっきの話もきっと嘘じゃない。嘘じゃなくなる」


 何時か必ずそれを本当にしてみせると私より小さな背丈の男の子。それが胸を張って宣言するのだ。僕は誰より立派な公爵になるよと。この国の仕組みを変えていくよと。


 「だからアルムちゃんは何時か必ず許される。だから生きていて良いんだよ」

 「エリス君……」


 ありがとう。その言葉が胸につかえてどうしてか吐き出せない。また泣いてしまいそうで、そんな顔を見せたくなくて……また私は衝動的に彼に思い切り抱き付いた。

 その瞬間だ、ぐらりと建物が大きく揺れた。


 「……じ、地震なの!?」

 「う、うわぁっ!ゆ、揺れるっ!!」


 地震の耐性がないのかエリス君がびくびく脅えている。さっきまで格好良かったのに、また可愛いに戻っちゃっている。そんな変化にちょっと私の心が軽くなる。


 「エリス君っ!こっち!」


 ベッドの下に二人で隠れようと彼を先に押し込んだ後……揺れが突然収まった。もう出て良いのかまた来るからわからないから隠れているべきか、それとも避難するべきなのか。

 判断に迷い、鍵を外して廊下を見た。他の人達に正しい判断を仰ごうと思った。


 「ひっ!」


 だけど私の目に入ってきたのは、丁度目の前で人が倒れる場面。

 後はピクリとも動かない。死んで、しまったのだ。

 急いで私は扉を閉めて、鍵を閉めようとした。だけど扉と床の隙間から赤い水が流れ込んでくる。

 それが怖くて、扉から離れてしまった。鍵はまだ掛けていない。扉の外の人にもそれが伝わったんだろう。ガチャリとドアノブの音。

 扉から入ってきたのは、私より随分背が高くなった……赤い髪に冷たい桜色の瞳をした少年だった。


 「う、嘘!?え、エルムちゃん!?」


 私は誰よりも会いたくて、彼は誰よりも私に会いたくなくて。……そんなエルムちゃんがどうして、どうしてこの街、迷い鳥にいるの?


 「……まだ生きてたんだ、姉さん」


 随分と厚い面の皮だねと、私を本当に冷たい軽蔑の目で彼は眺める。


 「え、エルムちゃんも……ここに逃げてきたの?」

 「そんなはずないだろ。馬鹿だね姉さんは」


 そうだ。それなら人を殺したりなんかしない。


 「ここの主要メンバーが瓦解したって聞いたからね。忍び込んでみたら本当簡単。逃げてきた混血の振りしたら、簡単に中に入れてくれたよ」


 そうして内側から、隙を窺っていたのだ。私の弟は、本当にこの場所を壊しに来たのだ。相容れない存在になってしまったこと、それがどうしようもない事実として横たわるのに……私はまだ信じられない。信じられずにいる。


 《エルム、そいつも殺す?》


 物騒な言葉に顔を上げれば、この間見たときよりもエルムちゃんに取り憑いている精霊が大きくなっている。子供のような姿をしていたそれが、等身大の大人の女性みたいな綺麗で禍々しい姿になっている。また、沢山血を吸ったんだ。


 「どうしようかな」

 「エルムちゃん……」


 迷ってくれている。それは少し私を許してくれたって事?

 少し救われたような私の表情を見取って、彼は勘違いするなと私の浅はかさを嘲笑った。


 「その腹の奴ら、丸ごとかパーツかは置いといて、高く売れるかもしれないだろ?金になるならヴァレスタ様も大喜びだ」

 「ヴァレスタ……“様”?」


 うっとりとあの男を湛える弟の姿に、私は言い様のない恐怖感、そして違和感を覚えた。


 「どうしちゃったの、エルムちゃん!?あの人!悪い人だよ!酷い人だよ!?なのにどうして!?」

 「俺のご主人様を馬鹿にするな。今すぐ死にたいのか?」


 ギリと強く睨まれた。エルムちゃんは本当に私の言葉に怒っている。


 「あいつは確かに最低だし!嫌な男だし!性格悪いし!ドSだしっ!拷問好きだし!嫌味ばっかり言うし!僕のことなんかあんまり省みないし!その癖リフルさんに入れ込んでるしっ!取り柄なんか顔くらいしか無いような最低野郎だけど……それでも僕の、俺のたった一人の王なんだ!」


 なんでそんなに優しい目で、あの人のことを口にするの?私にあれを吹き込んだのは、あの人なんだよエルムちゃん。

 傍にいない人を思い出すような言葉の羅列。そして輪郭を生み出していく。その言葉一つ一つに、確かな親しみと温かみ。宿る想いに私は気付く。エルムちゃんは、あの人が大好きなんだ。本当に取り返しの付かないこと。それを私は今強く感じていた。

 ああ、その優しい目が……私に移動した途端またあの鋭い氷の視線へと戻る。本当に貴方は私が嫌いなんだと思い知る。


 「僕にとってあの出来事は人生最大の汚点だし、姉さんは死ねばいいと今でも思う」

 「エルムちゃん……」

 「それでも金になるなら話は別だ。僕みたいな奴でもあの人の役に立てる。金を稼げる道具になれたんだって思えば、僕はその反吐を吐きたくなるような汚点も肯定出来る気がするんだ」


 彼はとても嬉しそうにここには居ない人へ見えない尻尾を振る。手遅れなほど躾けられたわんちゃんみたい。エルムちゃんはべったりあの人に依存している。

 私を見る冷たい目。その意味を私は理解する。エルムちゃんは、本当にお父さんになれない。だって私のこともこの子達のことも、もうお金にしか見えていないんだ。

 何時も私を守ってくれて、誰より近くにいてくれた。誰よりも優しくて、大好きだったあの子がもういない。壊れてしまった。私が、私が壊してしまった。


 「姉さんが死にたくないって言うなら伝手で環境最悪の混血奴隷の専門店に流してあげようか?何処のウマの骨かもわからない薄汚い男共に犯され嬲られ続ければ、あの日の僕の気持ちもわかるだろうね。せっかくだし病死でもするまで可愛がって貰ったら?」

 「……っ、うぅっ……エルムちゃん………」

 「僕がそんなに簡単に姉さんを死なせるとでも思った?」


 そんなにすぐ楽にさせるものかと私を嗤う。


 「……?」


 そして彼は気がついた。床に散らばる男物の服に。それが私の服ではないことくらい気付いただろう。彼はそれを見、私を心底軽蔑するような目で見る。


 「随分とお盛んだね。店の紹介するまでもなかったか」

 「ち、違うの!これはっ!」

 「別にどうでもいいよ。僕には関係ないし」


 嫉妬なんてあり得ない。熨斗つけてくれてやるよと言わんばかりの興味なさ。


 「どうでもいいけどこのままこの部屋居たら死ぬよ。この階のいろんな所に火付けてきたし早く行かないと火の手が上がって逃げられなくなるかもね」

 「え、エルムちゃんは」

 「僕を姉さんなんかと一緒にするな。行こう、クレプシドラ」


 呪文のようにその精霊を彼が呼べば、数術が発動……瞬時に姿が消えた。それに少しほっとした自分が嫌になる。どうしてそんな風に思ってしまったんだろう。相手は大好き……大好きだったエルムちゃんなのに。あれは不可視数術。破ろうと思えば破れるだろう。だけどそれをしなかった。私はあんな風なエルムちゃんを見ることに耐えられなかった。


 「え、エリス君!大丈夫!?」


 私はベッドの下から奮えるエリス君を引き出して、その手を引いて廊下へ向かう。火の手は強くなっている。それにあちこち人が倒れている。嫌な臭い。気分が悪い。

 でも私がしっかりしなきゃ。エリス君は病人なんだ。私の方が年上……お姉さんなんだから、しっかりしないと。


 「大丈夫、大丈夫だからね」


 水の気配は弱い。それでも感じる。地下深く。水の流れは確かにある。


 「エリス君は、私が守ってあげるから」


 思いを込めて発した言葉。それが私の数術になる。地下から床をと階下の天井を突き破って吹き出した地下水。

 それを操り私は周りに水を浮かせる。ふさがれた道を消火しながら火の手を抑え、逃げ遅れた人の誘導。


 「急いで!みんな、逃げて!」


 この階の、生きている人達は全員なんとか逃れさせられたはず。

 先に逃げて良かったのに、エリス君も私と同じ最後まで誘導を手伝ってくれた。いや、だから時間内に間に合った。それを私は感謝するべきなのかも知れない。


 「行こう、エリス君!」


 彼の手を引いて私は走る。階段を駆け下りる。一階はまだそんなに火は強くない。これなら無事に逃げられる。先を急ぐ集団の背に、ほっと胸をなで下ろす。……そんな暇もなかった。今度は悲鳴。建物の中に逃げ込んでくる人々。


 「え!?え?えっ!?」

 「落ち着いて、アルムちゃん」


 その人達を追いかけてくるのは、こんな所にいるはずがない……あれは商人達。


 「僕が話を付けてくる。僕の名前を出せばそんなに悪さは出来ないはず。いざとなったら僕を人質にしてくれて良い」

 「だ、駄目だよそんなの!」


 慌てる私を余所に、彼は酷く落ち着いた表情。駄目だ。彼はあまりに何も知らない。人の悪意なんてオルクスのそれしか知らないんだ。だけどそうじゃないんだよ。伝えようにも一言で上手く言い表せる言葉がない。


 「この騒がしさは何事だ!第五公、ディスブルー公爵が嫡男エリアスが前で見苦しい真似は止せ」

 「第五公の、跡継ぎ様?」

 「エリアス坊ちゃんだって?」


 人々を庇うよう、進み出たエリス君の姿に……商人達は悪い笑顔を浮かべて嗤う。


 「な、何がおかしいっ!!」

 「坊ちゃんだって?どう見てもお前さんはお嬢ちゃんじゃねぇか!ぎゃはははは!」

 「ぶ、無礼なっ!これは貴様らのような野蛮な者から逃れるための変装に過ぎぬ!カーネフェリーの男児など、貴様らの良い標的だからな!ここの者達が私を守ろうとしてくれたのだ!」

 「だってよ、お前ら!聞いたか?」

 「へーへー、そいつはお利口なこった。お坊ちゃん」


 彼の言葉を話半分、それ以下で聞く。この人達は商人じゃない。その手下だ。だからエリス君の話が通じない。


(どうしよう……どうしよう……)


 どうしたらいいの。わからない。


 「父様が私を取り戻しに来たというのなら大人しく帰ろう。だがここの者達に危害を加えることは私が許さない。彼らは私の病を治してくれた恩人だ!」

 「そうは言いますけどね、お坊ちゃん。あんたが第五公のご子息だって証拠が何処にあるんですかい?」

 「つーかそもそもお坊ちゃんかどうかも怪しいもんだ」

 「確かに私がディスブルー家の人間だと保証する物はない。だが、私を連れて帰れば父様から多額の金品が与えられるだろう。それでは不服か?」

 「そもそも第五公っつったらあれだろ?もう初老差し掛かった爺さん。あの爺さんの子種からこんな絵に描いたような美少年生まれるもんか」

 「嘘吐くならもう少し頭を使うんだなお嬢ちゃん!」

 「と、父様を馬鹿にするな!」

 「いや、しかし本当にここは稼ぎ所だな。いい穴場があったもんだぜ。混血だけじゃなくて上玉の純血までいるとは。一人頭何億って金になるぜ!野蛮な連中が来る前になるべく生きたまま確保しろ!」

 「は、放せっ!」


 エリス君の腕を掴んで宙に釣り上げた侵入者。私はその男の下へと急ぎ、彼の足を踏みつけ腹に頭突きをかます。


 「エリス君を返してっ!」


 その声に数術発動。噴き出す地下水。それに驚き手を放す男から、何とかエリス君を取り戻す。


 「水から離れろ!」

 「え?」


 咄嗟にその声に従った。そこに爆音。その後立ち上る綺麗な電気の火花。

 水を浴びた男達はその電流をまともに食らって、焼き焦げて昏倒。その肉を焼く臭いに生き残った者達も、悲鳴を上げて逃げていく。


 「間一髪、だな」


 外の木から飛び下りてきたのは黒髪のタロック人の少年。私より二つ年上の男の子。上の階から木を伝って逃げてきたのだろう。


 「フォース君っ!!」

 「フォースぅうう!!」


 顔見知りのフォースが現れたことで堰を切ったように童心に返るエリス君。頑張って強がってたんだよね。本当に偉い。でも可愛い格好のエリス君に抱き付かれてるフォース君がちょと羨ましい。


 「お前、……変装って発想はナイスだけどそれは逆に目立つだろ」

 「フォース君、お顔赤いー」

 「赤くねぇよ!!」


 鼻を啜っているエリス君。その頭を撫でるフォース君は、ちょっとアスカに似ている。何だか少し頼り甲斐がある。大きく見える。そんな気がするの。


 「でもアルムもよくやった。偉いぜ。お前の数術があったから何とかなったようなもんだしな」


 そういうフォース君の手には、黒い銃がひとつ握られている。確かロセッタちゃんが持っていたもの。


 「良かった!仲直りしたの?」

 「逆だって。いきなり俺の部屋に来たと思えばこれで頭殴って消えやがった。あんたが弱くて頼りないから貸してあげるとかなんとか言って。……ってそんなことよりだよ!」


 フォース君は周りの人達に号令を掛け、先頭に立ち道を拓いて退路を示す。


 「早く逃げよう!山を越えて西裏町まで戻るんだ!向こうには隠れる場所もある。あっちにはトーラの本部のあるんだ。そう簡単に手出しは出来ないはずだからな。アルム、山道は解るか?」

 「ええと……」

 「とりあえずルートは何でもいい!山さえ下れば王都を囲む城壁に出会す。そこを伝っていけば西裏町に通じる隠れ通路に出る!余裕がある奴は地下通路からでもいい!兎に角逃げろ!良いから逃げろ!わかったな!」


 とりあえず逃げろとフォース君はみんなに伝える。後ろから追いかけてくる人がいるかもしれない。だからフォース君はみんなの最後に立っている。道は解っても案内できないのはそのためなんだ。

 フォース君と離れるのが少し不安で、それでも走れと言われた私はエリス君の手を引いて必死に走る。そうして山道へと飛び込んで……しばらく。エリス君の息が荒い。


 「大丈夫、エリス君!?」


 そうだ、彼は病人なのに。無理をさせすぎたんだ。

 何処か休めるところはないか。辺りを見回すと……私は不意に涙腺が緩んだ。だって何時もその人は私を助けてくれる声。


 「アルム!」


 その声に振り返れば、金髪青目のカーネフェル人の少女。私のお姉さんでお母さん代わりのその人は、私が何より頼りにしている人だ。


 「ディジットっ!!」


 逃げてきたんだ。無事だったんだ。良かった。私は彼女に抱き付いた。さっきのフォース君に会った時のエリス君の気持ちがよく分かった。凄く安心できた。


 「あら?その子も連れてきてくれたのね?偉いわよアルム」


 そう言ってディジットは私の頭を優しく撫でてくれた。


 「エリアス君、大丈夫?悪いけど休んでる暇はないわ。ちょっとごめんね」

 「で、ディジット!?」


 ここでまさかの……お、お姫様だっこ!?おんぶとかじゃないの?抱えられたエリス君は恥ずかしそうだ。抱えられてることが恥ずかしいとかそれとも………ど、どうせアルムはディジットみたいにおっきなおっぱい無いもん。ごめんなさい。


 「こら、ふて腐れてないで行くわよアルム?これが一番守りやすいのよ」


 後ろから追いかけられるのに、背中に抱えるわけにはいかない。そう言ってディジットが苦笑している。

 ディジットは私に、手は繋げないからしっかり掴んでいなさいよと服の裾を掴ませる。私は頷いて、ぎゅっと彼女の裾を掴んだ。

 西裏町まで逃げれば……お店がある。あそこまで行けばきっと安心。大丈夫。もう怖いことなんか無い。

 そうだ。エリス君も一緒にお店をやってくれればいいのに。可愛いからきっと看板娘っていうのになれるよ。服だってエルムちゃんのが残ってる。………きっと似合うだろうけど、それでも心にぽっかりと空いた穴があることを、私は感じ取っていた。


(エルムちゃん……)


 記憶の中の彼の姿と、今日見たそれが全く重ならない。

 どうしたら。……私が彼に許される所まで、幸せは巡るのだろうか。それは余りに遠すぎて、もう一度大丈夫だよってエリス君に言って欲しくて。

 だけど疲れているエリス君は本当に気分が悪そうで。だから私が彼に言う。


 「大丈夫だよ、エリス君」


 アルムは年上だから。アルムがお姉ちゃんなんだから。


 「アルムが絶対、守ってあげるから」

さくっと埃沙ちゃんがお亡くなり。

洛叉……相手妹なんだからもう少し容赦してあげようよ。

ルールブレイクな数値破りが表に。敵側にも知られちまったがな。

あと、エリス君無双。地味にアルムとフォースも頑張ってるね。


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