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28:Post nubila Phoebus.

 二年前の夏。私は……一人の女の子を助けられなかった。

 今私は、その女の子に守られている。助けられなかったのに、何度も助けて貰っている。

 彼女の協力はありがたい。助かっている。本当に。

 それでも何故だろうな。ありがたいのに……胸が締め付けられるようになるのは。

 本当は私が、ロセッタを助けなければならなかったのに。これは、そんな……後悔なのだろうか?

 普通の女の子だった彼女が、普通ではない女の子として私を守ってくれている。

 罪悪感が服を着て歩いている?そうだな、私は罪悪感を抱え、尚かつ罪悪感に背負われている。

 背負われて、近くで見える赤い髪。彼女の目の色と同じでとても綺麗だ。それでもその赤い色は……私に彼女との出会いを思い出させる。

 未だに、忘れられない表情だ。私に脅えたこの子の顔は。


 *


 「ごめん、リーちゃん」

 「いや……トーラの所為じゃない」


 気にするな。ありがとう。そう言ってもトーラの表情は暗い。

 タロックの情報は、トーラであってもそう多くは得られない。売り飛ばされた彼女の行方を知ることは出来なかった。


(ロセッタ、さん……)


 フォースの友達であるあの女の子。長い黒髪と赤い瞳を思い出す。

 私の故郷で育った少女。私が守るべきタロックの民。

 タロックの女は稀少だ。奴隷として売り飛ばされた先は、間違いなく貴族の家。酷い扱いはされない……はずだ。


(幸せで、いてくれるだろうか?)


 せめてそれを祈りたい。私にはそれしかできない。


(可哀相に)


 私より年下の女の子が、無理矢理結婚相手を決められる。金はあっても、綺麗な服は着られても……それが奴隷とどう違うんだ?


(彼女は、女の子だ。女の子なんだ)


 愛玩目的で飼われた私とは違う。奴隷としての彼女の価値は、純血タロークの女として……タロック人の子を生むこと。私には理解できない、苦しみとか、痛みとか……悲しみとか。そういうものが彼女を襲うだろう。


(くそっ……!)


 壁に打ち付けた手。痛みは感じない。痛覚が麻痺している。自分が化け物だとよく解った。化け物と、私を恐がり泣いたあの女の子。彼女の言う通りの化け物だ、私は。


 「リーちゃん……」

 「すまない。しばらく……一人にさせてくれ」

 「うん。それじゃあ……また、後で……ね?」


 トーラの優しさを、素直に受け取ることも出来ない。力なく座り込んだ床、背を預けた壁の冷たさに、ひゅっと口から息を吸う。その時私は、無能な自分がこうして呼吸をしていることに、嫌悪感すら感じていた。

 震える両手。時の止まったその手が憎い。小さくて、細くて頼りなくて……男らしくもない。この皮膚の下は悪意に似た毒が流れているのに、私自身は小さく無力。何一つ守れやしない。死んでしまいたい。

 あの少女のことだけじゃない。私はレフトバウアーで、大勢人を殺した。罪のない人も巻き込んで、殺し合わせた。


(アスカみたいになりたかった)


 優しくて、強くて……温かい人間に。私はアスカに憧れたんだ。あの人みたいな請負組織になりたいって。困っている人を助けたい。こんな罪深い私でも、忌まわしい力で誰かを救うことが出来るなら、私が毒人間として生まれた意味もあるんじゃないか。

 殺戮兵器のような私を、人間だと言ってくれたあの人。毒を恐れず死を恐れず、私に手を伸ばしてくれた。私もあんな風に、誰かに手を差し伸べたかった。格好いい、ヒーローに。

 そうすることで私は、これまで犯した罪を償っていける気がしたんだ。


(嗚呼、愚かだな)


 私は罪を重ねることでしか、罪を償えないのだ。私は幸せになってはいけないし、報われることがあってもならない罪人だ。私は死ななければならない。殺されなければならない。

 それはそう。何の意味もなく、無慈悲に無惨に。いっそ滑稽なほど破壊されなければならない。

 でもまだ死ねない。それは罰が足りないから。私が死にたいと思っているから、だから私は死ねないんだ。私が生きていたい。死にたくない。生への未練を手に入れた時、ようやく私は殺される。死神はその瞬間に私を殺さなければならない。それが私の報いなんだ。


(ラハイア……)


 私の死神は、とても綺麗な人だ。

 まだ幼く、まだ愚かで……それでもとても愛おしい。守り導き、彼を絶対の正義まで育てる。彼ならば出来る。その信念はこの腐れた世界に残された、最後の希望なのだと思う。

 この世の地獄を見てきた私がそう思うんだ。だからそれは間違いない。あんなに真っ直ぐな人が歪まずに、今日まで生きていてくれたこと。それだけでも、私にとっては信じられない奇跡なのだ。

 彼が失われた世界など、唯醜いだけの物。彼を死なせるような世界など、守る価値もない。救う価値もない。私はまた、道を失ってしまう。


 「ラハイア……」


 また、彼に会いに行こうか。彼の言葉は心地良い。あんな風に私を罵り罵倒し悪だと言ってくれる人は好ましい。彼は私の悪しき目にも惑わされない。

 彼は救いだ。私の罰であるはずなのに、彼の存在は救いだ。救われてはならないと言いながら、会いに行きたくなる相手。

 私は解っていたのかも知れない。私が育てていたのは、希望じゃない。報いだ。私は報いを育てていたのだ。

 どんなに清らかな希望も、薄汚れた私と関わった時点で……悪しき運命に絡め取られてしまうのだ。それに気付けなかった私は、どうしようもなく愚かだ。


 *


 ラハイアの死を知って、私は動揺した。それでもロセッタだって苦しかっただろう。彼女は彼に惹かれていたんだ。だから彼の形見を渡した。

 口では撃ってくれと言った。それでもロセッタに撃たれる様を、私は想像できなかった。

 けれど、彼女は撃った。躊躇いなく引き金を引いた。私に約束を思い出させるように。

 彼女は私の罪、その象徴だ。

 彼女を救えず、人殺しにまでさせた私は……彼女に撃たれる理由だけのが充分にある。だけどロセッタは言う。私に「死ぬな」と。「私を救えなかったんなら、世界を救え。それまで死ぬな」と彼女の赤は私を睨む。


 死の夢に浸ったとき……私は彼女との約束なんて放り捨てるつもりでいたんだ。私の未練に彼女は現れなかった。後悔していると言っても、その程度。悲しいことは幾つもあった。特別彼女が特別だったことなどない。

 仲間の中で彼女が一番、過ごした時間が短いのだ。彼女と私は互いにトラウマを与えた同士なのだし、特別親しいわけでもない。まだ、他人行儀。私は彼女を腫れ物を扱うように接していたのは否めない。


(だが、ロセッタは私を撃った)


 ラハイア以外の誰に殺されたって、報いにならない。私は救われない。罪を償えない。だけどもう一人。彼女にもその役目が相応しいことに私は気付いた。

 アスカと私の関係は、とても特殊な物だ。親しく深く……でも溝がある。心はとても近いところに有る気がするのに、触れ合えない距離にいる。アスカは私に嘘を吐いている。私に嫌われないようにと、もう自分ではなくなった物を演じている。かつて私が憧れたままのアスカ、その張りぼてを。

 私と彼の歪な主従関係に、これまで割り込んできた者は居ない。洛叉やフォースであっても、それは出来ない。ラハイアならばそれも可能だったかもしれないが、奴は疎いし鈍い。この件に関しては法律的な話しかしなかっただろう。

 つまりだ。私とアスカの関係に、食ってかかったり口出しをするような人間は誰もいなかった。付き合いの年数で文句を言えるのは洛叉くらいなものだが、洛叉は私の意思を尊重してくれる。

 私を好いてくれたトーラだって、アスカのことは認めていた。諦めていた?引き離しても逃げても追いかけてくるようなあいつだから。アスカのそういう怖さは彼女もよく知っていたはず。それなら同じ土俵ではなく違うところで勝負をしよう。彼女はそう考えたのだろうな。

 だから事実上、邪魔者は居なかった。応援する者、容認する者、関わり合いになりたくない者、冷やかす者は居てもだ。そんな私達の日常に、ロセッタは現れた。

 攻撃的な物言い、姿勢。全方位に敵を作ろうとするような刺々しさ。二年前以上に鋭くなった彼女の視線。

 思い返してみれば、彼女は何時も全力で私にぶつかって来てくれた。アスカと私の問題にも、部外者と気負うことなく口を出す。口だけじゃない。彼女は実力行使で止めにも来てくれた。アスカを正気に戻すことが出来たのは、彼女が力を貸してくれたからだ。


(何故、そこまでしてくれるんだ?)


 何の関係もないはずだ。仕事とは言え、どうしてそんなに一生懸命になる?

 今だって小柄な身体(に見合わぬ体力と筋力)で私を背負って逃げている。二年前の出会いからは想像も付かないこの絵面。私を恐れた女の子が、私を背負って居るんだぞ?

 記憶の中から我に返れば、今の異様さにも気付く。

 ロセッタは、神子から情報を得ているが、私は彼女のことをよくは知らない。フォースから聞いたこと、私自身が彼女と接して知ったこと。それくらい。そうだ。私達の関係はフェアじゃない。

 これまで興味を持たなかった。それでも知るべきなんじゃないかと思った。知りたいと思った。どうして彼女がこんなにも、必死に私を抱えて逃げるのか。その手が何故、温かいのか。


 *


 路地は狭い。進めば進むほど狭まる。


(しかしこれは二つの意味を持つ)


 背後を振り返り、リフルは頷いた。


 「ぎゃああああ!す、進めねぇっ!」

 「何やってんだ馬鹿っ!」

 「お、押すなって!うわっ!何しやがる!後退も出来なくなったじゃねぇか!」

 「はぁ!?うわっ!どうやって進むんだよこれ!」


 まず追っ手だ。追っ手は皆体格のいい大人。小柄な自分やロセッタならば通れる幅も通れない。そして狭くなった道幅は手足を使って上ることが容易だということ。追っ手がそれに気付く前にこの場を逃げ出したい。


 「ロセッタ!頼みたいことがある」

 「了解っ!ちょっと乱暴にするけど許しなさいよっ!」


 銃を使えば他の的にも居場所がバレる。それならこのまま屋根の上に逃げるのが得策だという此方の意思は伝わったのか、ロセッタも賛同してくれる。


 「でりゃあああっ!」

(何故投げる)


 ロセッタから上方に向かって放り投げられながら思う。普通に背負って上ってくれても良いだろうに。いや、荷物があると飛び上がれないし両手を使うのも困難だと言いたい訳か。

 「リフルっ!」


 流石は後天性混血児。四階はあろう高さをあっと言う間に上って来た。

 それで自分が屋根に叩き落とされる前に、屋根へと上ってきた彼女がキャッチしてくれたのだから、何の問題もない。むしろ時間は短縮できたようだし助かった。

 ならばと私は次の作戦を彼女に伝える。


 「ロセッタ、ここでなら数術を使える」

 「なるほど、そういうこと!」


 この場所は人目に付かない。仮にロセッタが銃で視覚数術を使っても、その音に集まった者がいても、下の連中が壁を壊した音だと思うだろう。思わなくとも、下の奴らに注意が向いて意識がそれる。その内に逃げだす時間は稼げるはずだ。


 「じゃ、やるわよ」

 「ああ」


 上空へ向けてロセッタが銃を撃つ。そこから紡ぎ出される数式は、不可視数術。いや、それだけではない。


 「防音も張った。行きましょう!」

 「……ロセッタ」

 「……解ってるわよ。あの男が心配なんでしょ?」


 屋根から屋根へと飛び移り、ロセッタは元来た方向へと引き返す。勿論同じ道じゃない。その場所から少し離れた通りを道に選び、これまで進んだ道の様子を確認しながら戻るのだ。


 「何て言うか決めたの?」


 宙を跳びながら、彼女が私に聞いてくる。


 「ああ」


 アスカに言いたいことがある。許すとか許さないじゃない。もっと別のこと。単純なこと。だけど大切なこと。


次回と続けて書いていたけど区切りが悪くなったので、別々にしました。

リフルからロセッタへの認識も、少しずつ変えていきたいな。

一応主人公とメインヒロインの関係なんだからね……(このシリーズとかこの作者で言うと不穏な関係なんだけれども)

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