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26:Aut amat, aut odit mulier, nihil est tertium.

 トーラが死んだ。そう聞かせられたフォースは混乱していた。精霊エルツの言葉がどうしても信じられなかったから。


(だって、あのトーラだろ?)


 何でも出来る数術使いで、混血で。あんな小柄な外見なのに、俺なんかよりずっと強い。実際俺より年上らしいし。そんな彼女が死んだだって?信じられないよ。一体何処の誰がどうやって?


 「トーラが死んだって……どういうことだよ!?」

 《我が知るかっ!誰がだの何がだのは解らん!唯、契約による繋がりが切れたのだ!》


 冷静に見えたエルツが突然噛み付いた。彼も取り乱しているのだ。仕える主を失って……

 不安なんだ互いに。そうして暫く言い争っていた俺達を正気に返らせたのは、誰かの一言。


 「アスカ……」

 「え?」


 小さくそう呟いたのはアルム。彼女はガタガタと、小さな身体を震わせていた。とても恐ろしい物を見るように。だけど彼女の視線の先には何もない。


(アルムは混血の数術使いだ。俺や……エルツにすら解らない物を、感じ取ったのか?)


 迷い鳥と西裏町での出来事で、アルムの数術開花が急成長している。もしかしたら情報を感じ取る力はトーラに追い着く位にまで伸び始めている?

 俺が近付くより早く、傍にいたエリアスが震えるアルムの手を握る。


 「アルムちゃん、大丈夫?」

 「……う、うん」

 「アルム……、アスカってどういう意味だ?」

 「解らない……でも、今行ったらみんな、殺される。私も、この子も」


 こっちに行きたくない。怖いと口にする。


(どういうことだ?)


 殺されるって誰に?まさかアスカに?それこそ信じられない。二年前も今も、基本的にアスカは良い奴だ。リフルさん絡みだと暴走するところもあるけど、仲間を手にかけるとは思えない。


 「アルムちゃん、……危ないってどういうことなのかな?やっぱり東は危険だってこと?」

 「えっと……違うの。その程度なら私、大丈夫。追い払えるから、やれるから」


 穏やかに疑問を与えるエリアスに、何ともアルムらしかぬその返答。彼女自身自分と向き合い確認するよう、アルムは一つ一つ口にしていく。


 「アスカの感情数が、おかしいの。溢れてる。一杯、どばどばって。今にも死んじゃいそう」

 「感情数?命に関わるのは幸福値って話じゃないのか?」

 「つまり、……自殺しそうな雰囲気ってこと?」

 「うん」

 「よく分かるなエリス」


 これでも俺の方がアルムとは長い付き合いなのにと驚いた。そこで一歩引き少し冷静になった思考に気が付いて、更に大きな不安を抱える。


 「アスカが自殺って……まさか、リフルさんが死んだのかっ!?」


 アスカがそんなことを考えるなんて、他に理由が考えられない。あの人が意識を取り戻す前に……俺と別れたあの後敵に殺されてしまった!?それでアスカが怒り狂って暴走し、トーラを手に掛けた?


(そんな、俺はまた)


 大事な人を守れなかったのか。蒼白になる俺に向かってアルムがトコトコ駆けてくる。


 「ううん、そうじゃないのフォース君。リフルは……危ないけど、まだ大丈夫」

 「まだって!?」


 本人は頑張っているつもりでも、一挙一動がトロいアルムを見ていると、こういう時には苛ついてしまう。俺は思わず彼女を睨み、彼女達に助けられたことを思い出し、何とも苦い気持ちになった。


 「アスカに、殺されそう」

 「余計悪いって!何でそんなことに!?どうしてアスカが!?」


 二人の姿を思い出す。アスカは何時だって、誰よりあの人を大切に思っていたはずだ。それがどうして殺すなんて?


(まさか、邪眼の暴走!?)


 しかし邪眼は、性的欲求を煽るだけだろ。どうしてそれが殺すってなるんだ?それじゃあそれがアスカの本心?ますます意味が分からない。


(リフルさんっ!)


 アーヌルス様、コルニクス。二年前のパームにロセッタ。俺が守れなかった人との記憶が一斉に俺の脳裏を駆けめぐる。


 「……フォース君、行っちゃ駄目」


 慌てて走り出そうとした所で、アルムに服を掴まれた。思えばどちらの方向に二人が居るのかも解らない。エルツかアルムは必要だ。一緒に来てくれと訴えるもどちらも動かない。


 《確かに今、急激な数術反応が感じられた……彼方は避けた方が良さそうだ》

 「放せっ!そんなこと聞かせられて放っておけるわけが……っ!」

 「フォース君。フォース君はエリス君とリフルのどっちが大切なの?」

 「っ!?」


 アルムにしては鋭い目。斬り込むようなその言葉。灰の瞳を見開いた俺を見て、彼女は言葉を続けてくる。


 「私、解るよ。フォース君の気持ちが解る」

 「俺の気持ち……?」

 「貴方は私と同じ。悪いことをした。その分何かを誰かに縋りたくて、許されたくて……エリス君を身代わりにしているんだよ」

 「アルム……」

 「私、エルムちゃんが好き!大好きっ……今だって嫌いになんかなれない。……でも、でもっ!エリス君をどうでもいいとは思えない……こんな狡くて、汚くて……どうしようもない私を、はじめて好きになってくれた人だからっ!!」

 「……アルム、お前……」


 アルムのそれは俺の気持ちとは違う。でも方向は同じなのかもしれない。

 勿論エリスは好きだ。だけど……弟分のパーム、主としてのアーヌルス様、守りたい人としてのリフルさん、……惹かれていたエリザ。エリアスに別の人達を重ねている事実は否めない。そう思うことに抵抗や罪悪感もある。しかしエリアスが俺達にしてくれたことは他でもない彼の言葉で行為で好意。アルムはそれに応えたいと言っている。その上で俺はどうなのだと彼女は聞いているのだ。


 「だから私、エリス君を好きになりたい!エリス君が私を守ってくれた以上に、私がエリス君を守りたい!エリス君が思ってくれる以上に私が好きになりたいのっ!!」

 「アルムちゃん……」


 泣き崩れたアルムに胸を貸し、ポンポンと背中を撫でるエリアス。最初に第五島で出会った頃は泣いてばかりだったのに……この短期間で随分と彼は器を広げた。あんな辛い目に遭ったのに、弱音を吐くこともない。そんなエリアスを見ていると胸が締め付けられるようだし、彼をもう誰にも傷付けさせたくないと心の底から思うのだ。

 俺はエリスを失ってはならない。この子が俺に与えられた、最後の希望なんだ。この子を守れなかったなら、俺のこの後の短い人生……一片の救いも与えられることはないだろう。そう確信する。


 「フォース……」

 「エリス……」


 他に何と言えばいい。心の全てを託すよう、俺は彼の名前を呼んだ。

 アスカだって、きっと……こんな風にリフルさんに仕えたはずなのに、どうして殺そうなんて思うんだ。俺は絶対にエリスを殺そうなんて思わないのに。


 「僕、大丈夫だから」

 「そんなことないだろ!?お前は……俺の所為で、俺が守らなきゃいけなかったのに!!」

 「フォース、それは僕が頼んだこと?」

 「え……っ」


 思いの外、強い口調に驚いた。見下ろす相手がどうしてか、とても大きく見えたんだ。俺は年下のこんなちっこいエリアスに、その気迫に飲み込まれる。


 「僕にも解るんだ。フォースには大切な人がいる。洛叉先生にも。フォース達は……あの人にしてあげられないことを、僕にしてくれようとしてくれている。僕を健康にすること、僕を守ること。でもそれって……僕が好きでそうしてくれているわけじゃないんだろ?」

 「ち、違う!そうじゃないっ……!」

 「うん、フォースは優しいもんね」

 「俺は、そんなつもりじゃ……」

 「ごめんねフォース。そういうつもりで言ったんじゃなくて……」


 エリスが涙を堪え、無理矢理笑顔を作って俺へと笑う。


 「僕は僕としてフォースに気に入って貰いたいな。そのために……行って欲しいんだ」


 ここでリフルさんを見捨てて……エリスを守る。エリスから離れてリフルさんを助けに行く。でも、それでエリスを死なせてしまったら?駆けつけた先、もうリフルさんが死んでいたら?それならここに残る方が良い。俺ならそう考える。

 それでもそんな選び方をエリスはされたくないと口にした。残るなら、もっと自分を思って欲しい。それが出来ないなら、今一番俺がしたいこと。それを尊重することで、自分をもっと好きになって欲しい。でも下心を覗かせることで俺の罪悪感を減らそうと……気遣う優しさを見せているだけ。本当はそんな言い方したくなかっただろうに。


 「その代わり、僕が第五公を継いだら僕の家臣になってくれる?ずっと傍に仕えてくれる?」

 「エリス……」

 「死んじゃ、駄目だからね。僕が助けたんだから、お前の命は僕の物なんだから!勝手に死んだりしたら許さない!」


 らしくない我が儘を言ってみて、俺に生きる希望を与えてくれる。どうしてこの子は俺なんかにこんなに優しくしてくれるのだろう。そんな価値ないのに。ああ……アルムもこんな気持ちなんだろうな。

 こいつは将来本当に……凄い公爵になりそうだ。叶うなら、それを見てみたい……この眼で、傍で。生きられるはずがないのに思ってしまう。まだ死にたくないと。だけどこいつの目は深く、広い海に似て……千年先を見据えるように、今にも凍えてしまいそう。そんな悲しい目をしてエリスが俺を見る。叶わぬ夢に縋るよう……

 そんなこいつを見ていると、俺も大人になったんだなぁとふと思う。夢を見るのは子供の特権。それを叶えるのが大人の役目。無理だ無理だと思っても、彼の言葉に引き込まれる。それって俺がやっぱり大人になりきれていない、まだガキだからなんだろうか。いや、それならそれでも構わない。少なくともまだ、俺は死ねないよ。何日仕えられるか解らない。それでも……ロセッタ、リフルさん、コルニクス。トーラにエルツにエリスにアルム。……それから、ラハイアさん。

 大勢の人に救われたこの命。最後の使い道を、俺は今見つけた気がする。


(何故生き延びた?)


 それはきっと、この島に正しい治世を敷くであろうこの人を……守るためなんだと思う。悔いなく笑って死ねるよう、俺に与えられた最後の希望。生まれた意味と死ぬ意味を、見つけるための術。俺はしっかりエリスと向き合い、今こそ真っ直ぐ彼を見た。


 「……ああ。絶対、お前の所に帰ってくるよ。約束する」

 「うん……」

 「その時は……誰よりお前を、貴方を優先できる俺になります」

 「うん!待ってる……待ってるから!」


 大人びた彼を前に、いつもみたいに頭を撫でることは出来ない。代わりに一度、跪く。それを最後に振り返らない。残す言葉は背中越し。


 「エーさん、エリスを」


 アルムをとは言わない。この場はアルムが守るだろう。それでも俺が去ったら、回復を使えるのはエルツの力を借りたエリアスだけ。俺が連れてはいけない。


 《……良いのか?》


 もしあの人が瀕死の怪我を負っていたら。そういう不安を覚えないと言ったら嘘になる。だけど……


 「ああ。あの人は、俺の力でだけで……それで守れなきゃ、意味がないと思うんだ」


 今まで俺は何度もあの人に助けられてきた。俺がエリスにするように。リフルさんは本当は誰を助けたかったんだろう。多分、最初はそれが俺じゃなかったはずなんだ。あの人だって人間だから、何の見返りもないことは辛いはずだから……何らかの救いをその行為に見出さなければ、あの人が心身削って身を尽くせるはずがない。

 そう考えて……思い出す。ラハイアさんを希望と呼んだあの人のこと。リフルさんが助けたかったのは、リフルさん自身。あの人だって、救われたいから救っていた気持ちはあったんだ。だけどあの人が死んでしまった。もう誰も本当の意味であの人を助けられないし、救えない。俺だって力不足だと思う。


(それでも……俺もカードだ)


 願えば、一回くらい奇跡は起こせる。そう信じてみたい。


(ごめんな、エリス……)


 俺、賭けをしたんだ。残り僅かの命でも……生きて帰れるなら、残りの時間全て捧げてお前に仕える。でも……運悪く、リフルさんの所で俺の命が燃え尽きたなら。俺はリフルさんに殉じる。そう決めた。

 あの人は俺の主じゃないけれど、それでもいつだって俺を助けてくれた人。俺はあの人に恩の一つも返せていない。返さずにはやっぱり、死ねないのだ。俺だって。



 *



 「この感じ……」

 「ロセッタ?」


 通信数術の回線が私の脳に直接リンクする。突然割り込むようなこの通信。しかもワン切り。神子様ではない。ならば誰が?

 ロセッタは戸惑いながらゴーグルを覗き込み、発信源を辿ってみるが……数術反応は見えない。


(№9じゃない。あいつはここまで数術の才がない)


 先程東で出会った同僚ではない。ならば誰?あの時の情報交換では、新たな仲間が投入されたという話は聞かない。№9は闇医者の助けに向かわせた。ここに来るはずがない。ならば誰?


 「ほっほっほ」


 頭上から聞こえた何だか勘に障るその笑い声。私は妙にもそれに聞き覚えがある。


 「クロート爺っ!」

 「相変わらず口が悪いのぅ、胸無しソフィア」

 「うっさい老いぼれっ!!」

 「……うっ!」

 「リフル?」


 突然私が抱きかかえていたはずのリフルが奇声を発する。傷が痛んだのだろうか?心配になって顔を覗き込むと、震えている。うっすらと頬も赤い。


(何か可愛……ってそうじゃないだろうがっ!)


 思わずリフルに頭突きして、私は正気を取り戻す。見ればこの白髪の爺、リフルの太腿と尻を気持ち悪いくらいの速度で触りまくっている。こんな爺が運命の輪の最高位ナンバーだなんて信じたくない。

 №0愚者、ザック=ザ=クロート。齢三桁余裕で突破していそうなよぼよぼの白髪老人。その目が青色であることから、奴が辛うじてカーネフェル人だと解る。純血が混血の数術使いに勝つには飛び抜けた才能と、長年の修行が必要。この爺はひよっこ程度の混血よりは遙かに優れた数術使い。それだけ長い時間を数術研究に費やした数術馬鹿だ。その正確な年齢は私も知らない。唯、神子の代替わりでメンバーが一新する運命の輪の中で唯一の例外。№0であるこの男は、もう何代も前の神子から教会に仕えていると言う話。そんな経歴だけは凄くても、実際やっていることがセクハラばかりなのだからどうしようもない。私と犬猿の仲の同僚ルキフェルと、私の意見が合う時は稀にある。その大半はこの爺の駆除を神子様に申し出る時。

 それにしても、老体と言うことでシャトランジア第一聖教会を滅多に離れないこの爺が外に出てくるなんて、どういう風の吹き回し?


 「って、こいつに何してんのよエロ爺っ!」

 「ほっほっほ、挨拶じゃよ挨拶。噂には聞いていたが、なるほどなるほど。そうかそう来たか。それじゃここをこうして、ほれ」

 「うっ……くっ、そこは……」

 「ほほう、噂に違わずエロいのぅ。耐えるその顔、その声……たまらんのぅ」


 無駄に素早い手の動き。両足の間から手を入れて、内腿をさわさわと撫で回している。震えて痙攣する度に傷が痛むのか、リフルは苦しそうだ。


 「瀕死の人間相手にセクハラすんな!教会の質が落ちるっ!!ていうか何その気色悪いのっ!さてはここ数百年内の教会内での性的虐待事件引き起こしたのあんたでしょ!!」

 「ほっほっほ。何のことかのぅ」


 私が蹴りを繰り出すも、爺はそれを移動数術でかわす。何処に行った。見回す前に下方でほほうと笑った声がする。


 「ピンクと白の縞々。それにフリルとリボン付。顔に似合わず随分と可愛らしいパンツを穿きおって。そもそもソフィアがスカートを穿くとはどういう心境の変化じゃ?」

 「ぎゃあああああああああああああっ!信じらんないっ!馬っ鹿じゃないの!ていうか馬鹿っ!結論っ、死ねっ!」

 「お、落ち着けロセッタ」

 「嫌ぁああああああああああああああっ!!!」


 両手の拳銃で爺に発砲する私。ずり落ちたリフルは地に伏せ、それでも私を止めようと私の足にしがみつく。それが邪魔でますます狙いが定まらない。


 「くそっ!爺の癖にすばしっこい!!」


 無駄な体力と弾を使わせやがって。数値分解弾で処刑してしまいたい。でもこんなエロ爺でも神子様の切り札の一枚。許可無く殺すことは出来ない。それでも半殺しくらいなら。


 「ソフィア……僕はそんな命令をしたかい?」

 「神子様っ!何故貴方がここに!?」


 私の絶対支配者の声。反射的にその場に跪き、恐る恐る見上げた先……見慣れない青髪があった。


 「……って、誰?」

 「御主も教会で会ったじゃろう。最後のメンバー、№1の魔術師じゃ」

 「この子……こんな技覚えてた?」


 長い髪の毛、色は青。硝子のように透き通った玻璃の瞳は唯空虚。シャトランジアを出る前、一度会ったことがあるこの少年は、何の数術も使えなかったはず。こんな短期間で才能を発現するなんて。空っぽに見えた少年が今、神子様そっくりの雰囲気を纏っていた。声質が違うのに、ここに神子様がいらっしゃるみたいなプレッシャーまで感じてしまう。


 「おっと、遊んでもおられんな。儂はこやつをまた本国に戻さなければいかんのでな。あ、そうそう殿下の方はこやつが治したから問題はないぞ」

 「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああっ!」

 「ロセッタ?」


 腹の底から叫んでやった。私はとても優しいと思う。リフルは訳が分かっていないようだが、私はこの上なく親切だと思う。……だって。


(あの糞爺っ!殿下とかさらっと言うんじゃないっての!!)


 大声で老い耄れの声を掻き消した私。リフルの注意を此方に向けることは成功した。気付いては居ないようだが、一応誤魔化さなければ。アスカの秘密がこんな爺のうっかりでリフルに知られたなんてあいつが知ったら、またあの男暴走しかねない。


(何か、何か手は無いの!?)


 どうしよう。そう思ったところで私は彼を見る。私の足に掴まるリフル。私を見上げる彼の視線。この方向、奴は意識していないがこの角度!見えていないはずがない!!


 「あんた、何人の足掴んでんのよ!み、見たでしょっ!」

 「え?……ああ。すまない。今見てしまった」

 「馬鹿ぁああああああああああああああっ!!何よ!少しは取り乱しなさいよっ!あんたばっかり何でいつもそう落ち着いてんのよ!!」


 いい加減こいつのすまし顔に腹立って来る。怒り半分、計算半分。私は彼を蹴り飛ばし乗っかかる。


 「ちょ、何を……ロセッタ?」

 「私の下着見たんだからあんたの見せなさいっ!これで平等よっ!」


 奴のズボンに手をかけた所で、初めてリフルが狼狽える。動く片手で逃げようとするが、その手を掴んで動きを封じた。


 「や、止めてくれ!そ、それは流石に……」

 「うっさい!」


 相手は死にかけ優男。後天性混血の私に腕力で敵うわけがない。


(ここまでやれば流石に、今の会話忘れたはずよね!)


 ズリ下ろした服の下を見て、私はその場に凍り付く。


 「ほほぅ……此方も可愛らしいことで」


 ひょいと此方に現れた爺に鼻で笑われ、リフルが顔を引き攣らせそっぽ向く。リフルは今にも泣きそうだ。


 「タロックには割礼の風習が無いとは聞いてはいましたがのぅ……」

 「もうあんたは帰れっ!!」


 至近距離からぶっ放した銃には老人の身体を擦り抜け消える。あの爺、精神体か。横着したわね!

 爺はにやりと笑って指を振り、空間転移を紡ぎ、青髪の少年と共に消えていく。あいつ何しに来たのよ。最後まで余計なことばかりしやがって。あの爺、今度会ったら絞めてやる。


(気まずい……)


 下着を見る以前の問題だった。こいつ、これまで敵に捕らわれてたんだ。そこで何をされたのかはまぁ、これを見れば察しも付く。でも脱がせる前からノーパンだったなんて思わなかった。だってこいつ普段は二枚は穿いてるって言ってたし。話題を逸らすことは出来たけど、取り返しの付かないことをしてしまった様な気がする。


 「……あの」

 「……」

 「……ごめん」

 「……いや」


 謝る私に、自分の情けなさを余計に感じてしまったのか。リフルがめそめそと泣き出した。私が貧乳貧乳馬鹿にされててもこいつが庇ってくれた意味がようやく解った。そりゃ、こいつも身体の成長止まってるし、そんな立派な物が付いてるはずがないのよね。こいつ唯でさえこんな女顔なんだし、下の物を馬鹿にされたり笑われるのって一番堪えるだろうな。心身共にズタボロなところで、私はこの上なく酷いことをしでかした。こればっかりは謝ったところで許されるとは思えない。私がこいつの立場でも、まず許せないもの。


 「う、上」

 「……え?」

 「上と下、どっちが良い!?」

 「……?」

 「見せてあげるって言ってんの!さっさと言いなさいよ!!」


 私の決意の言葉に、リフルが大きく目を見開いて、その後小さく吹き出した。その後私に退くよう言って、雨水塗れの服を整える。


 「いや、気にしないでくれ。私は大丈夫だ」

 「な、何よ!私が貧乳だから見る価値も無いって言うの!?」

 「そうだな。だからこれでお相子だ。第四島では随分と君の世話になったからな」

 「あ……」


 リフルの言葉に思い出す。精神に異常を来し自分を女だと思い込んだリフルを元に戻すため、私は身体を張って立ち向かったことがある。あの時普通に私の裸見られていた。


(こ、こいつ……っ!)


 そんな泣くほど笑わなくても。いや、声を出して笑われた訳じゃないけどさ。そんな邪気のない……むしろ私が馬鹿言ったことで癒されたみたいに綺麗な微笑浮かべないでよ。本気で怒れないじゃない。


 「それで、先程は何の話だったんだ?」


 すっかりいつもの落ち着きを取り戻したリフル。あんなことで冷静にならないでよ。本気で私に興味ないみたいじゃない。いや、何落ち込んでるんだ私。私までこいつに魅了されたら収拾が付かないでしょ。思い出せ、思い出すのよロセッタ。こいつに怨みはないけれど、この二年間の辛い日々を思い出すのよ。こいつに持っていた憎しみを今だけは思い出さなきゃ駄目!ああ、クソっ!こいつが余計なことを言うから、第四島での入浴シーンなんか思い出してしまった!ついさっきまでドシリアスやってたのに!人何人死んだと思ってるの!馬鹿馬鹿馬鹿ッ!私の脳味噌沸騰腐れ馬鹿っ!

 私は思いきり自分の腕を抓って変な記憶を吹っ飛ばす。そして今目の前にある問題にしっかりと向き直る。


 「……っ、え、ええと!な、なんだったっけ?」

 「……?ああ、そうだな。端的に言うと……今の彼らは君の同僚なのか?」

 「え、ええ。今神子様に通信で聞いてみたところだと……アスカは無事みたいよ。さっきの爺とガキはうちの最上位ナンバーの二人。数術を極めた死に損ないと、混血の数術使い。回復数術くらい使えるはずだから……」

 「そうか……では礼を言わなければな」


 ほっと安心したよう息を吐くリフル。それでもそれがどういう意味なのか気が付いて、彼は言葉を飲み込んだ。その様子に思い当たるところがあった。私はこいつの仮面に騙されたのだ。こいつはまだ、立ち直った訳じゃない。


(……こいつ、敵のことまで)


 アスカが勝ったなら、ロイルは生きてはいない。またこの二人は罪を抱え込んだ。でもアスカはあんな様だし、こいつ一人で背負い込む。痛々しいそんな姿を私は見ていられなかった。

 起き上がらせるために手は貸さない。問答無用でまた抱き上げる。それが私の使命なんだと言い聞かせるよう頷いて。


 「別に良いわ。私とあんた達は共闘関係なんだから。もっとでかい顔してなさいよ」


 まだ貴方に死なれては困る。私が守る。死なせない。そんな気持ちを乗せて彼を見る。伝わったのだろうか?リフルがふっと優しく微笑んだ。


(な、何よこいつ……)


 顔だけは良いんだ。思わず胸が高鳴った。でもすぐ後に胸が痛んだ。優しい目ではない。これは、優しいだけじゃない。どうしてそんなに悲しい目で私を見るの。


(リフル……あんた、まだ……私のこと、気に病んでるの?)


 責任取るまで死んで逃げるな。私は責める言葉でしかこの人を今に繋ぎ止められないのだろうか?

 そしてこの人が、私に望むこと。私の役目。神子様が私をここに置いた意味。

 私はこいつを嫌い続けなければならない。その罪を糾弾し続けなければならない。今こいつが求めているの許しじゃない。痛みだ。罰だ。

 そうでもしないとこいつはトーラとモニカ……それから敵の命の重さに潰れてしまう。私の役目はこいつを支えること。支えて守り、タロック王との決戦までこいつを生き延びさせること。


 「リフル……」


 心にもないこと。また言わないと駄目なの?それでしか貴方を叱咤させられない?どうして私にばかりそんな役目を押し付けるのよ。他の奴らはそんなこと……あんたに頼まれないじゃない。どうして私はあんたを怨み続けなきゃいけないの?怨むのって結構体力要るし、疲れるの。あんたを怨むことを止めてから、私は随分と楽になった。大嫌いだってセネトレアって国で、私はこんな風に暮らせるようになるとは思ってなかったのよ。それって何日?私がここに来てどのくらい?まだ一月も経っていない。それなのにもう……私は。


(もうっ、あんたなんか知らないっ!)


 それは唯の八つ当たり。それでもこいつはそれを必要としている。ビンタを食らわせようと振り上げた手。思い切り。やるつもりだったのに。

 あいつが少し笑うから。悲しそうに、それでも優しく笑うから。頬に触れる寸前で失速してしまう。

 ぺち。痛くもかゆくもない。唯、触れただけのような……小さな音。そのはずだった。だけど私の耳に聞こえたのは、それはさながら銃声だ。


 「今の銃声……!」

 「あっちだ!」


 いや、本当に銃声だったらしい。


 「あれは混血!?」

(しまった!)


 悔しくてぶちまけそうになった言葉。それをぐっと飲み込んで、私は再びリフルを抱え走り出す。こんな所で大騒ぎをするべきじゃなかった。折角撒いた追っ手がまた現れた。


 「ロセッタ、視覚数術は」

 「無理よ!私の数術弾は必ず音が出る!」


 不可視数術の弾を使うにも銃声は出る。それで敵を誘き寄せては意味がない。だから銃声が聞こえないくらい遠くへ、自力で逃げるしかないのだ。

 いつもならそれで良かった。一人でなら戦える。今私にはこいつがいる。何時も出来ることが出来ない。ままならないこの感覚が嫌。もっと苛ついていいはずなのに、満たされたような気持ちになっていくのがとても嫌。世界を守るって言う任務や使命だけじゃない。別の何か。私の心?それ自体がこうしてここにいることを……望んでいるように思えて。

 そんな私の葛藤も、この男は気付く暇もないくらい、他の男の心配ばかり。あんたって奴は!そんなことばっかだから、さっきみたいに肉体関係もないはずの相手からあるはずもない痴情の縺れで殺されかけるのよ。


(だ、大体何だこの絵面)


 我に返ったらシュールすぎでしょ。女の私がこの馬鹿男を抱えて逃げてるってどういうことなの?いや、それが合理的なのは事実なんだけど。


 「ロセッタ……アスカが無事なら合流を図りたい。カルノッフェルとも」

 「駄目よ。あいつは純血だからまだ安全だけど、私達はまず安全な場所に逃げないと」


 追っ手が来たということはカルノッフェルが負けたということ。そんな心配をしたらしいリフルの提案は却下。逃げつつ様子を窺うに、あの追っ手は先程までの奴らとは違う連中のようだった。


 「フィルツァー様の命令だ!混血は皆殺しにしろ!」

 「ここで殺せば手柄になる!」

(っち、グライドの奴!もう東に帰って来てたのか!うちの馬鹿共とは偉い違いだわ!)


 馴染みある名が聞こえたことで、判断材料も増えた。追っ手は東に残った混血狩りだけじゃない。西から生き延びた連中もぞくぞくと東にやって来ている。ならばこのまま東にいるのは危ない。それなら西に逃げる?リフルを殴って気絶させてでも。


 「止まれロセッタ!」


 突然の命令口調。従う理由なんか無いのに、条件反射で止まってしまった。別にその声に吃驚したわけじゃなくて。悲しいことにこの二年間で私も……奴隷根性とか部下精神が根強く根付いているらしい。こいつに仕えてなんかいないけど、神子様の躾が良すぎたんだ。そう思っておこう。


 「な、何よ!」

 「この路地が良い」


 リフルが指差すは細い裏路地への道だ。こいつは数術も使えない癖に、何かを嗅ぎ取ったよう。だけど、それを信じて良い物か。


 「ラハイアを撒き続けた私の言葉だ。信じてくれ」

 「……仕方ないわね」


 ラハイアの名前を出せば私が従うとでも思っているのかしら。勘違いも甚だしいわ。それってあんたの逃走スキルが高いんじゃなく、あの坊やが駄目だめだったってだけじゃないの?トーラの力を借りなければ何も出来ないようなこんな軟弱男を逃すなんて。まぁ、……従ってやったけど。

 こいつって……力はないけど頭の方はそこそこ働くみたいなのよね。何か考えがあってのことだろう。そして、それは細い路地を進む内に直ぐに明らかになる。

久々に裏本編。

シリアスが続き過ぎると、息抜きをしたくなります。

久々にロセッタとの絡み。なかなかヒロインを可愛く書けん。いや、そもそも彼女を可愛く書こうとは微塵としてないからなんだけどもね。


ロセッタはなるべくリアルなヒロイン像として書きたいと思ってたんだけど、そもそも私が変人だから、女心を8割も理解していないと思う。

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