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24:Naviget Anticyram.

 幼い頃の記憶は、消えていく訳じゃない。思い出せなくなるだけだ。それは何処にあるかって?俺が置かれてあった場所。俺の狂気が蓋されていた場所のすぐ近く。

 その蓋が消し飛んだ今、振動の余波が其方へ響く。そうして発掘された記憶が浮かぶのを、俺は感じ取っていた。


(誰かが、呼んでる)


 アスカニオスと、もう誰にも呼ばれなくなった……俺の名前を。


 *


 目覚めれば、何時の間にやら見覚えのない空間。それでも立派なその装飾の数々に、俺は見惚れて歩いていた。初めて見る?だけど何だか懐かしいその空気。ここは何処かの教会か?この建築構造からして、なかなか大きく立派な教会。俺が知らないとなると第一か第二聖教会?何だってこんな所に?これは夢?それとも……


(ああ。俺、死んだんだな)


 歩いても足音がしない。鏡にも映らない。通りすがる先々で、人は俺に気付かない。幽霊になったみたいだ。

 酷いことを色々してきたが、この様子からはここが地獄って感じはしない。澄みきったその場の空気を吸い込めば、不思議と気が楽になる。


(しかし、生きた人が居るってことは……天国ってわけでもなさそうだが)


 地縛霊にでもなったのかな俺。そう思うと未練がましくて情けないと呆れてしまう。


(それに、俺が残す未練なら)


 俺の目の前にリフルが居ないのはおかしい。死んだら死んだで俺はあいつに付きまといそうなもんだけど……ってその自己分析は何だか泣けて来るから止めておこう。


(ここが何処か、聞くことも出来ないしな)


 困ったと辺りを見回せば、通行人が何やら神子やら聖下やらって話しているのが聞こえている。


(ここ、もしかしてシャトランジアか?)


 それなら話が早い。神子って奴なら死霊の声くらい聞けるだろ。色々文句言いたいこともあったんだ。神子が居るという方に向かって俺は進み、厳重な警備の置かれた扉を擦り抜けた。


「これは……困りましたな」

「どういうことですか、聖下?」


 聖堂には三人の人間が見える。礼服に身を包んだ老人と、それからまだ年若い金髪の青年。歳は今の俺と同じくらいか。その男の顔をじっと眺める内に、俺はその正体を知る。


(親父!それじゃあこの人は……!?)


 親父の隣には婚礼適齢期になった頃合いだろう、可憐な金髪美少女が。その深い青の瞳は、彼女が高貴な生まれであることを俺に教えてくれている。


(マリー様……!)


 何年ぶりだろう!っていうか俺の記憶の中のマリー様よりも若い!幼い!可愛らしい!親父が惚れるのも無理はない。


「ぎゃああああ、うぎゃああああ」

「あらあら、アスカニオスったら!聖堂で騒いじゃ駄目よ?お腹減ったの?」


 マリー様が優しく微笑み、腕にしていた何かを掲げてみせる。そいつに俺は目を見開いた。


(アスカ、ニオス……だって!?そんな馬鹿な!!)


 三人じゃない。四人だった。マリー様の胸元には……洗礼を受けに来たのだろう赤子が確かにそこにいた。これはどういうことだと動けない俺の前で、マリー様は恐れ多くも胸をはだけさせる。目を逸らそうにも逸らせない。

 例え相手が実母であっても、こればっかりは男の性だ。仕方ない、俺は悪くない、どうしようもない。うん、これは引力とか重力とかみたいなものだ。本来微笑ましいと見守るべきだし、相手は綺麗な人なんだから聖母の絵画のようだだとか見惚れるならまだ良いが……マリー様の胸見て興奮してしまうなんて、首吊りたくなる。でもそれは事実だ。その訳は……俺が飢えてるからなんだと思う。

 くそっ、これが走馬燈なら俺は結局DTのまま死んだってことじゃねぇか。そう思うと泣けてくる。こんなことなら、一回くらい……何処かで妥協していれば。いやっ、そんな婚前交渉なんて俺は認めないぞ!それならやっぱり誰かと結婚しておけば良かった……。

 思い返せば俺の十九年、殆ど女っ気が無かった。生涯俺が触ったことある女の胸って、マリー様だけだったかと思うと……うがぁあああああああああああああっ!やっぱロイル殺しておきたかった!!あいつ絶対リィナとやってるって!!リィナみたいな美人のふくよかな胸にあんなことやらこんなことやらしたに決まってるっ!!俺なんか、俺なんかっ!うわぁああああああああああああああああああっっ!!!どちくしょうっ!!あんな馬鹿でさえ、色々やってるのに俺と来たらっ!!許せないっ!憎いっ!俺は心底ロイルが憎いっ!!殺したいっ!


「ふふふ、もう泣き止んだ。良い飲みっぷりねアスカニオス」

「ま、マリー!神子様の前でそんな、は、はははははしたない!胸を隠してください!」

「あら?母親にとって我が子に勝る物がありまして?貴方はこの子に餓死しろと?」

「そ、そうは言っていません!」

「ほっほっほ。そう焼き餅を焼きなさるなアトファス殿。私は俗世を捨てた身。美しい姫と御子も聖母の絵画のように、神々しく見えるばかりですぞ」

「あら?アトファスったら妬いてるの?そんなに拗ねなくても私の胸は昨夜も貴方に」

「ぎゃああああああああああああああああああああああっ!!せ、切腹しますっ!」

「お二人とも、聖堂ではお静かに」


 年老いた神子に諭されながらも、マリー様は胸全開のまま俺の背をさすっている。それでもはしたなく見えないのは、マリー様の顔が慈愛に満ちているからか。

 両親のこういういちゃつきっぷりは精神的にダメージでかいな。いや、でもこれだけ二人が愛し合ってたんだ!俺が望まれて生まれたのは間違いない!!……はず。だと言うのに……


(いいなこういう新妻ってのは……しかも結構乳でかい)


 俺は自分の発想に悲しくなってくる。もっと違う感想は浮かばないのかと。マリー様、親父……本当に悪い息子でごめんなさい。で、でも俺だって小さい頃に母さんと引き離されて寂しかったんだし、このくらい仕方ないよな!?不可抗力だよな!?そうだと言って!

 仕方ないじゃないか。俺の今までの人生って、本当女に縁遠い道程で。そもそもマリー様はあいつに似てるんだから。見ちまうだろ。こんなの見せられたらマリー様があいつに見えて……いや、ちょっと待て。それってあの赤ん坊が俺だから……


(ぎゃあああああああああああああああっ!無しなしっ!今の無しっっ!)


 変な妄想しかけた。危ない。そんなの犯罪じゃねぇか、くそっ!でもそう思うと鼻血が出そうになるのは何でなんだ。俺は大慌てで今更目を逸らす。それでも見えない分、妄想が拍車を増した。音だけって余計エロいっ!DTの俺には刺激が強すぎるっ!!


(いや、違う!このへたれなの、親父の血だ!!)


 俺が視線を逃した先に、親父がしゃがみ込んでいる。目を瞑って耳を塞いで聖書の暗唱してやがる。いや、待て親父。親父がマリー様と色々やらかしたから俺が居るんだろ?脱DTしといてその様は何なんだ。後五分くらい放って置いたらそのまま音読し終えて自害しそうな悲壮感すら漂わせている。


「嫌だ、アスカニオス!くすぐったいわ!」

(死ねぇえええええええええええっ!過去の俺死ねぇええええええええええ!!原子レベルで消滅しろぉおおおおおおおおおおおおおおお!!)


 マリー様に何しくさってんだ俺っ!そして今の俺ももう一回死ねっ!俺の脳破裂しろっ!何で勝手にマリー様の台詞をあいつに置き換えて再生してやがるんだ!!なんでこんなことで興奮しなきゃいけないんだっ!おかしいだろ絶対っ!!暴走したままに、あいつに手を出していればとか変なことまで考え出してる。死んでまでこんな煩悩に苛まれるなんて、死に損じゃねぇか!嗚呼、クソっ!死んでも魅了邪眼から解放されねぇのかよ俺はっ!

 心を無にして俺も親父の横へと並び、耳を塞いで聖句でも唱えることにする。そうでなきゃこの場にいられない!!


(受け入れろよ、認めろよ。実の母親で、弟で欲情するような変態野郎が俺……お前なんだよ!)


 しゃがみ込んだ俺の頭の中……響いてくるのは、俺自身の声。俺の狂気がまた開き直って顔を出して来たのか?俺の煩悩に再び奴が動き出す。


(ほれほれ、あっち見てみろよ。凄ぇえぜ?母さんをあいつだと思うと凄い絵だよなあれ)

(黙れっ!マリー様を、リフルを汚すなっ!)


 俺の身体の自由が利かない。奴は無理矢理振り返らせようとする。俺は嫌だと抵抗。結果俺はその場に硬直。


(汚すなだって?笑わせるぜ!お前は俺だ!お前だってようやく理解しただろ?認めたんだろ?また俺を見なかった振り?忘れるつもり?そうやって貯め込んで暴走して、あいつを傷付けたのも忘れたか?)


 聞きたくない声、認めたくない俺。俺の理性を再び狂気が飲み込もうと責め立てる。死んで今更誰に気遣う?正直になれよと奴が言う。


(じゃあどうしろってんだっ!今更っ!!)


 俺は絶対におかしい。間違ってる。それを受け入れたつもりでも、少し時間が経てばまた許せなくなる。それが延々と続いていく。あいつが俺と同じになって、俺を受け入れてくれるまで。死んでもこの狂気から逃れられないのに、ここにはあいつが居ない。救いもない。あいつが救われたかも解らない。父さんも母さんも、俺が見えない!ここは過去だ!俺はこんな訳の分からない場所に、一人。この先どうなるかも解らず、ここにいるしかないのか?俺を責める俺の声に苛まれながら、俺は……

 もう数術も使えないのか、代償の枷もない。自由に流せる無意味な涙。俺のために、俺が泣く。その声にだって誰も気付きはしないんだ。寂しいと、弱音を吐ける相手もいない。だから俺の本心を知る者は、いやしない。……俺を理解していたディジットだって、俺の秘密の多くは知らない。数術の力で俺を知っていたトーラだって、俺が本心の愚痴をこぼせる相手でもなかった。嘘ばかり吐いてきた俺だから、誰も本当の俺を知らない。俺を知りたいと思ってくれるような相手を俺は作って来なかった。それになってくれそうなリフルにさえ、俺は言えないことが二つある。


(気付いてるか?)

(何だよ?)

(お前、泣けてねぇぜ?)


 言われて恐る恐る伸ばした頬。俺の頬は乾いている。涙の跡すらそこにない。


(どういうことだ……?)

(それは勿論、俺がまだ死んでねぇってことだろ?)

(はぁ!?)


 何だそれはと問う前に、狂気はなりを潜めてもう声が聞こえない。俺だけ置いて何処かへ帰ってしまったようだ。


(俺がまだ、死んでない……?)


 それってつまり、また俺の狂気が前面に出てロイルと戦ってるってことか?……あの余裕そうな声からして、俺よりあいつの方が強いんだろう。俺はこのままここでじっとしていれば勝てる?駄目だ。もしまた暴走してリフルに何かあったら。


(どこかに、帰るための手段は……目覚めるための、何か)


 どうすりゃいいんだ。考え込んでも答えは見えない。仕方ないと辺りを探ってみようと辺りをキョロキョロ見回せば、親父達の方にも新しい動きが見える。親父はようやく落ち着きを取り戻し、マリー様も服を整え神子の話を聞きに向かうところだ。


「お騒がせしました、聖下。それで何のお話だったのでしょうか?」

「いえいえ、お気になさらずアトファス殿。では先程の話に戻りますが……王女殿下。アスカニオス様は、少々変わった才をお持ちです」

「アスカニオスが、何か?」

「ええ。先の数術検診からの結果から気になったことが……」


 詰め寄る親父とマリー様に、神子は渋る口調で言いにくそうに語り出す。聞いていて解ったことだが、数術検診とはその子供に数術使いの才能があるかどうか確かめるテストのような物だとか。流石は数術使いの総本山だなシャトランジアは。その辺は徹底しているらしい。でも幼い頃から数術使いかどうかが解れば、教育方針も変わってくるから仕方ないのかもな。


「数値を見せたりしたのですが、彼には何も見えていない様子。それでも彼からは数術展開の反応があるのです。それで脳に異常がないのですから、それは恐ろしい才能です」

「それは、一体……?見えないのでは数術使いにはなれませんよね?」

「ええ。見えず、精霊の加護も無い。なのに脳死もせずに数術を起こすこの子は……」

「神子様、それはどういう事なんですか?」


 神子の言葉に目を白黒させる親父とマリー様。俺が数術を使うような所をこれまで見たことがなかったようだ。というか、見えないのなら使えるはずがない。この老い耄れは何を言っているんだろう?


「姫様、アスカニオス様を脱がせていただけませんか?」

「み、神子様!まさかそういうご趣味が!?確かに教会内で度々性的虐待の話は聞きますけど、駄目ですようちの子は!」

「ま、マリー!そういうこと言うとまた城と教会で政争起きるから止めて下さい!」

「ほっほっほ。良いんですよアトファス殿。そうではなくマリー様。私が見たいのは下半身だけです」

「も、もっと怪しいです!」

「こら、マリー!陛下から教会の悪い評判を聞きすぎだよ。鵜呑みは良くないな。聖下が仰っているのは割礼の話だろう?」

「え?それなら先日……あら?」


 恥ずかしい。死んでも死にきれない。いや、まだ死んでないなら今度こそ死にたい。赤ん坊の頃とは言え、両親と爺神子に俺の下半身が凝視されている様を突き付けられてる今、俺が死にたくなるのも無理はない。そりゃ赤ん坊の頃なんだから、下の俺だってそりゃあ幼いわけだ。サイズも今よりずっと小さいし、形だって……いや、何でこの三人こんなに驚いてるんだよ?俺のそんなに小さすぎた!?そんなにやばいか!?いや、今は人並み以上にあると思うからそんな心配しないで!!……使う機会に恵まれてないのは事実だけど。

 赤面しながら必死に言い訳を考える俺の傍で、マリー様が驚愕の表情のまま何やら溢す。


「も、元に戻ってる!?下の世話は使用人任せだったから、解らなかったけど、割礼したはずなのに……また皮がっ!」

「ま、マリー!一国の姫がか、かかかかかか……、か、かかかか、……とか言っちゃ駄目ですよ!」

「これはどういうことなんですか!?私国王派は世界に一つだけの貴方の自由な●ニスを守ろう運動によって、男児の権利を守ろうとナチュラルペ●スを推奨する派でしたのに!教会派だった夫の顔を立てて泣く泣く我が子を割礼したのですよ!?よく分かりませんが、今度は私の顔を立てなさいアトファス!この子の皮は私が命に替えても守ってみせます!兎に角です神子様っ!今度こそさせませんよ!物騒な世の中です。確かにこの子もいつか、戦場に行くことになるかもしれない!不衛生な環境で病気にでもなったら大変と!泣く泣く皮を除去させたのですよ!?もしこの子の惚れた相手がマニアだったらどうするおつもり!?皮がない事を理由に振られでもしたら、母は切のぅございますっ!」

「ほっほっほ。姫様、別の意味でアトファス殿が切なそうでございますよ?」


 マリー様……昔のマリー様って、嫌な意味で、悪い方の意味でリフルと似てたんだな。思い出の中のマリー様像がガラガラと音を立てて崩れていくぜ。


「ま、マリぃいいいいいいいいいいいいいいっ!止めて!もう止めて下さいっ!それ以上何も言わないでっっ!!」

「貴方に解りまして!?愛しの殿方の下の息子がっ!天然物なのか養殖物なのか不安に震える乙女心!」

「お、乙女はそんなこと言いません!」

「お労しや。アトファス殿」

「アトファスの最終的な長さ太さ硬さは申し分ありませんが、私それだけが気掛かりでっ!時々夜も眠れません!もしあれだったら一回くらい●責めでっ!皮●めでアトファスをあんあん言わせてみたかった!!っていうか貴方ったら欠点が何もないんだもの!爽やか美青年が敢えて包●なんじゃないかとギャップを期待してわくわくしていた私の純情返して!そう言う場合傷付けないで褒めるためにメイド達に言い回しを教わったり本を読んで勉強したのですよ!?」

「あ、ああああ貴女の純情は何かがおかしいっ!絶対におかしいですっ!」

「ええ?でも私のこと好きなんですよね?ふふふ、解ってますから」

「……はい」

「ああもう!アトファスったらぁああん!可愛いっ!大好きっ!愛してます!!下の貴方まで欠点のない貴方はやっぱり素敵っ!私アトファスなら皮があってもなくてもどっちでも良かったわ!」


 マリー様が。俺の母様が物凄いビッチだ。いや、この頃は親父に一途だったんだろうから可愛らしいものなのかもしれないが、親父、よくこんなマリー様で下の親父使い物になったな。いや、まぁ……マリー様がこんな卑猥な妄想にどっぷり使ってしまうまで、手を出さなかった親父にも原因あるんだろうけどさ。元は見た目通りの清純なお姫様だったろうに……そんな変わってしまったマリー様に抱き付かれても、顔を真っ赤にした親父。惚れた方の負けか、どんなマリー様でも親父はやっぱり好きみたいだ。親父の気持ちが解らんでも無い俺は別の意味で悲しくなる。親父は良いよな、マリー様が女だから。


「何はともあれ、ひとまず落ち着かれては如何ですか姫様。私が言いたいのは、誰が回復数術をかけたかということなのです」


 このまま聖堂で卑猥なトークを繰り広げられては堪らんと、神子が苦笑しながら話題を戻す。


「術者の痕跡を確かめたところ、どうやらこれはアスカニオス様ご自身であるようですなぁ」

「この子が、回復数術を!?では壱の数術使いということですか?」

「まぁ!私達と同じねアトファス!うふふ!!」


 笑うマリー様を見て、俺は頭がこんがらがってくる。それならどうしてさっき、俺は回復数術を紡げなかった?


「お喜びになるのはまだ早いですぞ」

「まぁ、神子様それは一体?」


 俺の疑問を知る由もない先代神子。彼からは穏やかな笑みが消え、真面目な顔に戻っている。


「普通、数術代償は一つです。それを別の物に見せかけることは出来ますが……代償が二つあるなんて術士を私は他に知りません。姫様……アスカニオス様は、赤子にしては落ち着きがありすぎるとは思いませんか?」

「そう言えば、あまり泣かないわね。さっきも騒ぎはしたけど泣いては居ないわ」

「アスカニオス様の傍で、何か物が壊れたことなどはありませんでしたか?」

「そう言えば、使用人がポルターガイストが出たとか騒いでいたような」

「でしょうな。先程も……ほら、彼方の燭台に切り込みが入りましたよ」

「この数値は!?」


 傷の入った燭台を見て、親父達が目を見開いた。


「この威力、壱のはずがない!」

「偶数が見える。偶神の力は零よねアトファス?」

「壱と零を扱えるなんて、そんな話聞いたこともない」

「いえ、混血ならばそんなデータも数日前に発見されました。しかし……純血でというのは稀な才能」


 驚く二人に神子は、心配そうに物語る。


「数術を教えれば歴史に名を残すほどの優れた術士に成り得ますが、この子は数術使いにせぬ方が良いでしょう。頭が良く、脳が丈夫とは言え……代償が余りに重すぎる」

「聖下、アスカニオスの代償とは……?」

「壱には幸福値、零には感情数が関わっているようですな。勿論脳内計算での寿命消費で幸福値も多少は減りますが……それだけではないのです」


 俺を哀れむように、年老いた男は小さく言った。


「……幸福値という物は、寿命の一つの指標です。アスカニオス様は病気の陰などありません。生まれた時の数値もまずまず標準。勿論一般人よりは低いですが、王家の人間としては高い部類に入るでしょう。ですが、その減り具合がどうも激しい。平均的な消費速度の二倍はあります。まるで彼という人間は一人の身体で二人分の幸福値を消費しながら生きているようだ」

「それは……この子の脳に、異常があると?」

「異常があるとすれば……精神でしょう。この方は、生まれながら常に何かを祈って願って居るようなのです。幸福値が消費している以上、それが壱系統の数術であるのは確かなのです。ですがまだ生まれて間もない、言葉も話せぬ赤子が何をそんなに必死に祈るのか?よほど前世で重い罪業を背負わされたのか。その記憶の残り香に引き摺られて、何かを悔いているのでしょうか?」

「神子様この子の命を脅かす原因を、何とか取り除いて貰えはしませんか?」


 神子の言葉にマリー様は、脅える瞳で縋るように頼み込む。それに神子は頷いて……


「ええ。そのつもりで本日はお二人をお招きしました。少し時間が掛かりますが、宜しいですか?」

「はい……聖下、私達はその間ここに?」

「いえ、情報の混濁を避けたいのです。申し訳ありませんが少し祭壇から離れていていただけませんか?」


 離れた椅子に腰を下ろし、震えて涙を浮かべるマリー様。親父はそんなマリー様の手を握って、大丈夫ですと強く頷く。


「アトファスっ!私、私っ!あの子に何かあったらっ!」


 縋り泣くマリー様の背を撫でて、親父も堪えるように目を伏せる。


(知らなかった……)


 俺は両親が俺より国を選んだと、その点だけは怨んでいたけど……俺はこんなに思われていた?そう思うと嬉しい。それでも……違和感はある。


(仮にこれが、俺の幼い頃の記憶と仮定するなら)


 そう、俺の視点はあの赤ん坊から見る世界でなければおかしい。俺がこんな風に自由に歩き回れているのは、あり得ない。この現象はむしろ……トーラの情報共有によって俺がリフルの記憶を盗み見た時に似ている。ならばこいつは、何者かが俺に俺自身の情報を与えているのだ。だって俺は今、他者の視点で俺をの記憶を見ている。赤ん坊の頃の記憶を、俺に掘り起こさせて……それをもっと自由度を上げて俺に見せようとしている何者かがいる。そう考えるべき?それとも……


(これが幻覚やまやかしで……そいつにとって都合の良い何かを俺に見せている?さてはその野郎、俺の弱みでも握ろうとしてんだな)


 ああ、くそっ!確かに既に俺はボロを出している。マリー様でリフルの妄想なんざ、あいつに暴露されたら俺は即座に首を吊る。そんな羞恥に俺は耐えられない。

 悪趣味な野郎め。そいつは誰だ?そいつは俺に……俺の正気に死なれては困る人間。俺にまだ利用価値を見出している奴……そう考えるなら、相手は神子。この目の前にいる爺じゃねぇ。その後釜だという、ロセッタの主だ。そいつは遠く離れた場所にいる、俺に作用する力を持ってやがるのか?おいおいそいつはあんまりにも、チート過ぎるじゃねぇかよ。それともまだセネトレアに潜んでる、ロセッタ以外の運命の輪?ああ、その線があったか。


(ああもう!誰でもいいが全く良くねぇっ!!何のつもりで俺にこんな物を見せる!?出て来やがれっ!)


 怒鳴ってみても俺の声はこの場所の誰にも伝わらず、虚しく響いて消えていく。いや、響いてすら居ない。発したつもりの声も、元々出せていないのだ。

 苛つきながらも俺は冷静さを心がけ、聖堂内を探索。何か手掛かりはないかと調べる内に、他の声があることに気が付いた。


(誰かの、声?)


 その声は聖堂脇の小部屋から。其方に向かってみると、扉の隙間から聖堂を伺う精霊達の姿が見えた。


 《ヒヒーン!僕のマリー姫がぁあああ!あの腐れ騎士ぃいいい!姫様の純潔を汚すなんて許せんヒヒーン!》

 《何よ!私のアトファス殿襲ったのはそのお姫様の方じゃない!》

 《出す物出した以上、悪いのはあの男よ!結婚前の王女様に手を出すなんて許せない!……でも聖母様みたいでお綺麗だわ姫様ぁあん!》

 《結婚してもあのへたれっぷり!キャヴァロ様ったら可愛いっ!》


 こいつら、マリー様と親父についてた精霊か。なんかユニコーンめいた馬やら妖精みたいなのやら色々居る。どっちがどっちの純潔汚しただの言い争ってる馬鹿精霊と、女精霊の癖にマリー様に熱を上げてる変な精霊、それから親父の駄目っぷりに悶えてる奴もいる。

 精霊って奴もよく解らないなー。多分あっちで「貴重な姫様の処女が」とか「私の騎士様の童貞が」とか言ってる阿呆精霊共は、結婚を機に祝福を止めた奴らだな。それ以外の連中はまだ二人に従っているような感じだ。


(こんなことで失望するってんだから、精霊って奴は……本当気難しいんだな)


 あんな性格だったがモニカがどんなに良い精霊だったか、今更身に染みて来る。出来ることならもっと、幼い頃からあいつが見えていれば。俺はもっとあいつに感謝して生きて来られたのかな。もうどうしようもないことなのに、そんなことを思ってしまう。


 《あの子供の可愛くないこと!きっと目付きの悪さはあの騎士譲りよ!》

 《マリー姫の青目も継げないなんて、王家の人間として恥ずかしいヒヒン!大体男に価値なんか無いヒヒーン!純潔は乙女だから意味があるヒヒン!》

 《ふん、あのエロいこと考えてそうな目!淫乱王女譲りの血だわ!》

 《姫様は悪くないわよ!あの男がへたれな所為で悶々となさってただけよ!》

 《はぁ、……なんか冴えないのよねぇあの子。顔はそこまで悪くないのに、性格の歪さが滲み出てるって言うか》

 《うんうん、何か世の中悟ったような生意気な目。子供の癖に可愛くなーい!》

 《言えてる言えてる!赤ん坊の癖に裏社会の人間みたいな目?お前前世で何人人殺して来たんだよって感じ!》

(て、てめーら人が何も知らないと思ってっ!!)


 おいこら、人を穢れみたいな言い方すんな。いや、大分俺酷い人間に育っちまったのは確かだが……なんて文句を言ったところで届かない。精霊達のあんまりな物言いに、怒りを通り越して泣きたくなったが、代償の所為で俺は俺のためにもう泣けない。

 過去の話から察するに、腹が減ったと泣く俺が物を壊した。その後俺は腹が減っても泣かなくなった。ならば、普通に数術を紡ぐ分には、一つの行動に枷が出来る。ロイル戦ではなくブーストのために数術を使ったからか、あれは一つの出来事に対する縛りではなく、一個人に関しての縛りになっているようだ。


 《モニカも何だってあんな可愛くないガキを祝福したんだか》

 《うっさいわね!ほっといてよ!》

(も、モニカ!?)


 聞き覚えのある名前、声。やさぐれた女の声がした方に目を向ければ……感涙の代わりに身体がブルブル震えてしまう。


(モニカ……)


 いつもは掌サイズの妖精型だったモニカが、人間の少女程の大きさを持ち、部屋の隅でふて腐れていた。


 《アトファスと添い遂げられなかったからって、あんな可愛くないガキを狙うわけ?執念深いわー》

 《アトファスの子だったら誰でもいいの?》

 《アスカニオスは可愛いわよ!》

 《何処が?》


 精霊達からいちゃもん付けられ、先祖の七光りも潰えさせたらしい俺。俺を見限らなかったのは、あのモニカだけだったのか。鼻の奥がつーんとなるが涙は出ない。続く言葉を期待するが、モニカは少し困っている。なかなか答えが見つからない……ってどういうことだ!?


 《あはは!やっぱり何も無いんじゃない!》

 《あるわよ!あの子はそこにいてくれるだけで良いの!それだけで私は、精霊として生まれたことに満足できるの!あんたらみたいな長生きだけが自慢の高飛車精霊共には解らないでしょうね!》

 《何だと小娘っヒヒーン!!》

 《元は低級精霊だった奴が何を偉そうなっ!!》

 《大体神子様も言ってたわ!あの子は不穏な数が未来が感じられるって!あんな子の傍に付いたって、命を無駄にするだけね!これだから下級精霊は大馬鹿なんだ!》

 《そうそう、僕らを見えもしないガキだヒヒン》


 モニカに詰め寄る精霊達。それを彼女は鼻で笑って見下した。祝福相手や契約相手を顔やら性格やら、純潔属性やらでしか見られない、悲しい奴らを見下した。


 《本当の愛ってのはね、見返りを求めないことなのよ。私はあの子がどんなに汚れても、祝福してあげる!》


 モニカが俺にくれたのは、母親としての愛情だ。こんなに沢山の元素があったのに、俺のために消費して……出会った時にはあんなに小さな姿になって。元素を回復する暇もないほど、俺のために祈ってくれていた?


 《不穏な未来?掛かってきなさいよ!私の祈りがどんなもんか、いっちょ見せてやるんだから!このモニカ様に祝われたんだから、あの子は世界中の誰より幸せになるわ》

(モニカ……)


 強がって啖呵を切るモニカ。周りは呆れて姿を消してその場を去る。可哀想だと触れた肩。それに彼女は気付かない。一人残されたモニカは聖堂に背を向けて、子守歌のようなメロディーを悲しく口ずさむ。その旋律は才能のない、過去の俺には聞こえない。それでも扉を擦り抜けて、光る数字達が俺の周りを飛び交った。

 光る数字が俺の傍で消える度、モニカの背は縮んでいき、俺の手から擦り抜けた。祝福の歌で身を削り、自分の元素を幸運値に変換して俺に与えてくれているのだ。それに気付いた俺はもう黙って見ていられず、彼女を抱きしめた。俺をここに招いた者が見せたかったのがこれかは解らない。それでも都合の良い幻だとは、思わない。これはモニカだ。本物の……かつて存在したモニカ。俺が聞き逃した彼女の声。


(そうか……そうだったんだ。回復数術)


 神子に言われても解らなかった。それでも今、理解した。

 幸福値を消費するイメージで、俺が数術を展開すると……それまで感じられなかった、肉体の痛みが甦る。俺の精神が身体にしっかり結びつき、今治されていく痛みを直に感じ取る。手足の感覚が、次第に戻っていく。


(モニカ……)


 お前は俺に幸せになれって言ったけど、それがどういうものか俺はよく解らなかった。それでもお前を見ていて解った気がする。


(あいつがそこにいてくれるだけで良い。見返りを求めない。そうやって捧げて、尽くして……それに俺が満足できるようになること。そう思えるようになることなんだ、お前みたいに)


 なれるだろうか?解らない。でもなりたいと思う。祈りたいと思う。


「そんなの無理ですね」

(な、何だお前は!)


 突然部屋に現れた、一人の少年。彼は明るい金髪に、琥珀色の瞳を持つ。美しいその外見から見て混血だ。白い色の高そうな礼服に身を包んでいるから聖職者なのだろうとは思う。

 それでもここに来て、初めて俺に気付いた相手!ただ者では無い、それどころか俺にこれを見せている張本人かもしれない。俺はモニカから身を離し、その来訪者を警戒する。


「ああ、喋って良いですよ?喋れるはずです今の貴方なら」

「……お前、何者だ?」


 恐る恐る咽を振るわせれば、声が出た。それでもモニカには届いていない。


「お初お目に掛かりますアスカニオス殿下。いえ、お久しぶりと言った方が宜しいですか?その節はお世話になりました」

「俺は、お前なんか知らない。俺を知ってるってんならそっちも名乗れよ」

「それは次まで取って置きましょう。代わりに面白いことを教えて差し上げますよ殿下?」


 そのガキは嫌味な笑みを浮かべながら、仰々しく人を馬鹿にするような礼を取る。


「この審判はこれが初回ではありません。何度も繰り返され、これまで複数人の勝者が出ました。しかし面白いことに、勝ち抜いた相手は何故か皆、審判のやり直しを願うのです」

「やり直し……?」

「審判の中で失った大切な人。仮にそれを甦らせても、何があるか解らない。不確定の未来程恐ろしい物はありません」


 仮に俺がリフルを失い、甦らせたところで、その翌日にリフルが死なないとも限らない。二度目の審判はない。それでは今度こそ永遠に俺はあいつを失う。これはそう言う話なのだと奴は言う。


「かつて願った者が居る。自分の心を認められずに、大切な人を失って。その男は願った。“勝者は常に時間を巻き戻しての再審を願うこと”を」

「……は?」

「その定義では彼も勝者なのですから、神はそうせざるを得ないわけです。ですがこれだけでは神々も困るのです。永遠に終わらない檻の中に、神まで閉じ込められたような物ですからね。もっとも、あの状況に置かれれば大抵の人間は再審を口にします。あの男はそれを理解していた。だから実質、彼の願いは審判が終わらないこと、でしょうか?」

「お前は何を言いたいんだ?どうしてそんな話を俺にする?」


 どうしてこのガキは、俺を追い詰めるような責め立てるような言い方をする?一つの仮説はすぐに浮かんだ。だけどそんなはずがない。俺に出来るはずがない。


「過去の世界のどこかで、貴方がそう願ったと僕は言っているんです」

「……過去読み、てめぇ!!てめぇが神子か!?ロセッタのっ!!」


 未来を予言する先読み、過去を暴き出す後読み。それを扱うことが出来る数術使いは聖教会の神子。トーラも男なら神子になれた才能の持ち主だが、トーラが死んだ今、同じ事が出来る奴がいるとしたら、そいつがロセッタの仕える主に違いない。

 俺の言葉に、薄ら笑いを浮かべたガキが、哀れみの視線で俺を見た。俺の言葉を肯定も否定もしないまま。


「呪われた殿下!一番最初の勝者は貴方だ!僕さえその過去は知らなかった!制約を緩めた神様のおかげでようやくリードしましたよ!」

「な……何だって!?」


 仮説が当たってしまった。言われても実感がない。こんな中途半端な数のカードで俺が勝ち残ったなんて。


「過去の貴方は貴方の歪んだ願いのために世界を檻に閉じ込めた。愛しのお姫様は永遠に失われますが、また出会いを延々と繰り返す。貴方の大好きな死に顔と、笑顔を貴方に振りまくために!貴方は死んでもまた世界は巻き戻る!お前は自分の罪も忘れて、呪われた恋を繰り返すんだ変態殿下!」

「俺が、リフルを……?あいつを殺させるために、生き返らせるために、そんな馬鹿な願いをしたって言うのか!?」

「少なくとも一度目は十九年前に巻き戻っている。最近の勝者はまぁ……二年前とかその辺ですけどね。那由多王子を失った貴方は、本気で考えた。貴方は頭は切れる方ですから、カード達を上手く操り殺し合わせて漁夫の利を得た。そしてそう願ったんです」


 確かに、道理に適ってる。生き返らせてすぐに死なれたら無意味。相手を不老不死にする?俺が死んだら意味がない。それなら死を肯定したその願い。無駄がない。死んでも死なせてしまっても、勝者が決まればまた会える。それが無限に繰り返される。確かに幸せかもしれない。


「貴方の中に巣くう狂気は、確かに貴方の過去で未来でありますが、今の貴方が生んだ物じゃありません」

「う、嘘……だろ?」


 あれが、俺。正気を保ったつもりでも繰り返す内に俺はあの狂気その物になる。そう告げられたのだ今、俺は。


「貴方は理解していた。それに耐えられないとね。だから過去の記憶を持ち越さずに二回目の人生を生まれ直し、また審判世界に戻って来たんです。だってその方が楽しいって貴方は知っていた。初めて感じるような高揚感、一目惚れ、再会。色んな物をまた一から楽しめるんですから」


 俺の浅はかさを嘲笑うよう、そのガキは歪んだ微笑で俺を見る。


「でも、世の中良いことだらけじゃありません」

「数術代償のことか?」

「ええ。一度目の貴方は零。二度目の貴方は壱。それ以降は十九年前まで巻き戻っていませんし、初回の繰り返しの際に生じた誤差ですね。壱か零か。こればかりは確立の話ですから」

「正気を失った方が、数術の威力が増していたのもその所為か」

「はい、そうでしょうね。貴方の狂気は記憶を無くした一度目の貴方。それでも狂いっぷりはしっかり残ってます」


 一度リフルを失った俺。あれが、本当の絶望を知った俺。納得しちまった。リフルが死んだんなら、俺はリィナもトーラも何とも思わず殺せるだろうな。


「俺の幸福値の消費が激しいってのもそれか」

「ええ。貴方の中には二人の貴方が入って居るんですから当然ですよ。先代が何とか狂気の貴方を祓おうと試みましたが、手に負えなかったそうですね」


 神子が聖堂の方へと歩き出すのを追えば、先代神子が力なく項垂れているのが俺にも見えた。


「一人とはいえ精霊の加護も得ましたし、精霊数術だけなら問題はないでしょう。それ以外の数術に触れることが無ければ、幸福値が削られるのも幾らか防げるはず」

「モニカ……彼女がアスカニオスについてくれたのか」

「神子様、モニカ……ありがとう!ありがとうございますっ!」


 先代の奮闘後、マリー様と親父が感涙のまま抱きしめ合った。先代は原因を取り去ることが出来ないからと、その原因となりそうな精神を眠らせるため俺の感情数を抑える数術を施した。


「つまり何だ。おれのこの薄情な性格は先代神子の所為ってわけか?」

「人に関心を持つ性格だと、幸福値消費する回復術酷使しますしね。零の数術を司っている人格を眠らせておけば、幸福値は一人分の通常消費で済みますし、まずまずの処置でしょう」

「それなら今表で狂気全開で戦ってる俺の幸福値消費って半端なくねぇか?」

「そうですね。このままでは相打ちになりかねませんね」

「くそっ!どうすりゃいいんだ!」


 頭を抱え蹲る俺。その頭上でくすと神子が笑みを溢した。


「お望みなら僕が、その役お請けしましょうか?幸い処分する方法を僕は知っています」

「何だよいきなり、気持ち悪い」

「殿下には今後協力を仰ぐことがありますしね。恩は売って置いて損がないんですよ僕も」


 遠くを見据えるような目で、神子は淡々と呟いた。それは預言を語るような、はっきりとした力強さも併せ持つ、不思議な響きで空気を震わせる。


「願いも万能ではありません。神に出来うる限りでの何でも、ですから。何度も繰り返すことで、神は力を消費しています。貴方の願いに綻びが現れるのもそう遠い日の話ではありません。僕の計算なら……今回にでも。ですから貴方に聞きたいことがあります」


 俺をその中に縫い止めるような琥珀色。ちっぽけな虫螻を見るように、神子は俺に尋ねる。


「アスカニオス殿下。今の貴方が生き延びたなら、貴方は何を願いますか?」

「俺は……」


 こいつの話を何処まで信じて良い物か。それでも仮に全てが本当だと仮定して、多くの犠牲の上に俺がそんな歪な願いを託したとするなら。


(ずっとあいつと一緒に……)


 それは本当に甘美な響きだ。何度失ってもまたこの手に取り戻せる。永遠の檻は俺にとってはこの上なく幸せな世界だろう。


(でも、それはあいつにとって、どうなんだ?)


 何度も傷付いて、あいつは泣いて。大事な人達を無限に殺される。あいつの悲しみは癒えることなく繰り返される。俺はそんな傷付いたあいつを見て、慰めて幸せを感じる。そいつは余りに歪んでいる。あいつのことをちっとも幸せにしてやれていない。

 それにだ。今回、もし一度目と同じことをしても、願いは叶えられない可能性がある。神の力にも限度があるのだ、世界は綻び俺の願いが壊れるならば……


「……リフルの願いは、死ぬことだ。俺はあいつの死を脅かすような願いは御免だぜ」


 吐き出した言葉に、俺は頷き神子を見る。そうだ。俺がロイルを殺すことを決めたのは……どういう理由からだった?思い出せば答えは自ずと見えてくる。


「俺には願いはない。敢えて言うなら俺の願いはリフルの幸せだ。俺は誰にも願わねぇし、あいつの幸せは俺が命に替えても守る。誰からも、俺からも。そんだけだ」

「そうですか」


 俺の返答に、少しほっとしたように神子が笑った。初めて人間らしい、少年らしい笑みを残した。そう言う顔なら可愛らしいんだがな、第一印象が最悪なためか、いまいち肯定しにくい。


「では最後に確認を。貴方から一周目の残り滓を取り去る、その場合貴方は零の数術が使えなくなる。先程の戦闘のように数術のブースト効果は使えない。それでもこれまで失った代償はしっかり残ります。これは身体の方にも作用してしまいましたから」

「弱体化するが、俺は落ち着くって話か?」

「ええ。構いませんか?」

「ああ」

「そうですか、それではおまけにサービスで貴方の身体を回復してさしあげますね」


 にこりと天使の微笑みのような物を浮かべた神子に、何故か背筋がぴくりと震える。この野郎、何か胡散臭い。


「おい、お前何企んで……!?」


 俺の周りに浮かんだ数字の数々。後ずさる身体にも、神経一つ一つの動きが甦ってくるようだけど、気味の悪さは拭えない。


「残念なことにね殿下、数術代償にも色んな物があるんですよ。名乗る必要がないと言ったのもそのためでして」


 名乗ったところで貴方は僕を覚えていませんよ。くすくす笑ったそいつのことを、俺は一発殴っておきたかった。おくべきだったと思った。

 神子が精霊のものらしき名前を呼んだのを最後に、俺は何処で誰と何を話していたかも忘れてしまう。

 一気に浮上した意識。身体が俺の物になる。そうして俺が目にした景色。

 屋根の上。俯せに倒れた黒髪の……男。そいつは背中から大きく抉られていて、卑怯にも後ろから斬られたのだと俺は知る。


「ロイ、ル……?」


 何があった?何をした?問いかけてももう……俺は何も思い出せない。俺の中から聞こえる声など、何処にも存在しなかった。

アスカの母ちゃん暴走回。アスカもだいぶおかしい。

でも正位置で明かそうと思ってた話を、気まぐれで明かしてみたり。


これと同じ日が本編だと6章でアルドールとイグニスが北部の街でアイス食ってた日かと思うとなんだかなぁ。

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