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18:Sic erat in fatis.

※準主人公が魅了邪眼で完全におかしくなっています。

 これまでの過程でそれは説明してきましたが、いきなりこの回読むのはご遠慮下さい。それだけでは全体的に意味が分かりませんし、閲覧注意です(薔薇的な意味で)。

 「エーさん……?」


 東裏町へ向かう途中、エルツが不意に動かなくなる。宙に浮く彼を心配し、フォースはその顔を覗き込む。蒼白の面持ちの彼は、暗雲掛かった空を見上げて……静かに重い息を吐く。


 《もう良い……》

 「もう良いって、何言ってるんだよ?俺は……」


 多くの人に助けられた。そのためにエリスとアルムを守る。これからトーラを助けに行く。その途中で何故、この精霊がそんな弱音を吐くのか解らない。察しの悪い俺を見て、エルツは再び重い息。


 《我が姫が、亡くなられた》


 *


 「見てみろよ、リフル」


 磨かれた刀身に映る私の目は灰と青緑。その目の色に、私の心臓は脅えるように震え出す。カーネフェリーの彼は、恩人であるタロークから瞳を譲り受けた。純血でありながら混血を差別しない彼。正義を愛した彼の人格を形成した大切なアイデンティティ。彼の遺体はセネトレアの城にあるはず。姉様……いや、セネトレア女王刹那がとっくに始末したことだろう。そう思っていたのに、その目はどういう伝手かオルクスの手に渡り、それが私へ植え付けられた。


(ラハイア……)


 この二年間、あの目に追いかけられて来た。そして仮面の下から追っていた。懐かしいその色で、見上げた先の男は一片の光も宿さない、深い緑で私を眺める。そんなアスカの様子を見るに、邪眼の効果は切れていない。眼球を変えたところで魅了の力は無くならない……恐らくはそうだろうと、洛叉から聞いてはいたがやはりショックは隠せない。


 とても冷たい目をした彼は、動かなくなったトーラを抱える私から彼女をべりと引き剥がし、その場へ放り捨てる。


 「トー……」

 「動くな」


 鏡にしていた刃をアスカが私に突き付ける。彼女を拾いに行こうにも、アスカが先に行かせていくれない。それはこれ以上トーラが私にくっついているのが許せないとでも言うような……憎悪と嫉妬の宿った瞳。その目で彼は、じりじり私に詰め寄った。壁際まで追い詰められ、眼前には刃。最悪の展開として、私に彼は死を予感させる態度でそこにいる。


 「アスカ……?」


 私は彼のことをよく理解しているつもりだった。それが今、彼が解らない。一秒後に彼が何をしでかすか、予測が付かないのだ。私の知っているアスカはお人好し。私の邪眼のために優先順位や信念を狂わせてしまうことは多々あるが、彼の本質は善だと私は信じていた。少なくとも、これまで仲間同然に過ごしてきたトーラをこんな風に扱うなんて、悪い夢でも見ているよう。


 「…………」


 一見不機嫌そうに見える、鋭い眼差し。それでもその目には異常な熱が灯っている。そうだこの眼は、第二島の帰りにも見た。あの時もトーラにキスをされたんだ。魅了邪眼の弊害が生んだ嫉妬かと思っていたが、今のアスカの目はむしろ……美味そうな獲物を目の前にした獣の目だ。掛かる息は熱く激しい。これは不機嫌じゃない、興奮しているんじゃないか?


(くそっ!)


 多少は私の邪眼の性質は変わったはず。私自身の目ではないのが今は痛いが、それでも全く効果がなくなることはないだろう。私はアスカを睨み付ける。こうして強く見つめれば、彼の動きを封じることが……


 「がはっ……」

 「その目で俺を見て楽しいか?」


 空いた片手で喉元を思い切り掴まれる。宙に浮いた足。私を支えるのは、壁に付いた背中と喉元の彼の腕だけ。苦しみに藻掻く私の顔を見て、彼は再び満足そうに微笑んだ。そうしてやっと床に私を落としてくれる。


 「げほっ……ごほっ」

 「……にしても眼窩に他人の眼球を入れる、か。あの禁欲的な坊やがお前の眼穴犯してると思うと眼穴ファックって言うのもなんかエロいよな」

 「お、お前は……何を言って、いるんだ?」


 何だかとても酷い童貞の妄想を聞いたような気がする。少しうっとりしたような口調で、そんなセクハラをされたわけだが……私としてはドン引きだ。だってお前はそう言うキャラではないだろう?そこそこの猥談が成り立つとしてもほら、お前は基本人妻の話と騎士道文学的寝取り寝取られ話とか、そういうのが専門だろう?生々しい話は私の専門だったはず。それで私がお前をからかって、精神的に癒して貰っていたのに。

 普段自分がしていることだ、責められるはずもない。しかし、予想だにしない展開に、驚きを隠すことも出来ない。そう、おかしい。何かが……全てが変だ。本当に今のアスカは様子がおかしい。邪眼で狂ってしまったのか?でもそんな……私と離れた反動で?だとしてもそれは決定打にはならない。副作用の暴走と見るなら、私が傍に居れば、次第に落ち着くはず。

 邪眼は痲薬に似ている。取り返しが付かなくなる前にそれを絶たなければならないのに、一度魅了されればそれを絶つのは難しい。禁断症状に疼くのは所有欲?それで彼は嫉妬深くなっているのだろうか。


(前例がないから何とも……)


 旦那様が禁断症状になったことはない。お嬢様だって、暴走の原因はショッキングな視覚情報、そこから生まれた衝動的な拒絶反応。命令のためお嬢様と接する時間は短くなったが、彼女とは少なくとも同じ屋敷で暮らしていたのだ。禁断症状と言える物ではないはずだ。それでも私を所有できなくなったお嬢様は嫉妬深くなった。ならばあれも禁断症状の一例と見るべきか。


(いや、違う!)


 あれもこれも禁断症状。しかし禁断症状が招くのは嫉妬心ではなく残虐性だ。あの容赦のなさ、心のブレーキが取っ払われる。理性の箍が外れるんだ。

 私が一つの仮定に思い当たった頃、彼はまだ私を見ていた。その身体は自在に動く。この眼で動きを縛れない。それはアスカが私を全く恐れていない所為?触れたら死ぬという本能的な恐怖より、狂気が全面に出てしまっている。だからこの眼は彼に効かない。今のアスカは、本当におかしくなってしまっているんだ。今更のようにそれを理解して、私はこの期に及んで狼狽える。


 「でも、お前の髪にその色は似合わねぇな」

 「あ……アスカ?」

 「やっぱり一般人の色は薄すぎる。お前にはもっと……同じ緑でも、深い色が似合うだろ?」

 「や、止めるんだ!何を馬鹿なことをっ!」


 猥談、嫉妬に夢中かと思えば今度はにたにたと笑いながら、自分自身の眼球を抉り出そうとするアスカ。必死に彼にしがみつき、その手を押さえるつもりが抑え込まれる。


 「オルクスの奴が言ってたが、眼球交換ってのもありっちゃありだよな。指輪とかより深いところで繋がってる感があるし」


 聞いてるだけで目の奥が痛んできた。冗談じゃない。一日二日の間に何回私は眼球抉り出されれば良いんだ。痛いなんてものではないぞあれは。幸福値がなかったら絶対に死んでいた。


 「アスカ、冷静になれ。落ち着いてくれ。私はここにいる。もう大丈夫だ。ちゃんと生きている」

 「お前のことだ、どうせまたやられたんだろ?魅了しか力がない癖に無茶するから。どうしてそんな無茶するんだろうな。俺がいればちゃんと守ってやれるのに」

 「あ、アスカ……その、私の話を」

 「でも仕方ねぇのかもな。俺の所為でお前は奴隷になっちまって、奴隷生活の所為でエロスに貪欲になっちまったんだもんな。それなら俺が責任とって」

 「いや、責任はどうでもいいから私の話を聞いてくれ」

 「普通のじゃ満足できずに、眼球プレイなんてとんでもねぇ境地に行っちまったんだもんなぁ。もっかい抉って脳味噌ガンガン突かれたいんだな、そうなんだろ?」

 「いや、お前は本当に何を言っているんだ?」


 駄目だ、会話が成り立つ気がしない。それでもここで諦めれば彼は自傷行為を始めかねない。私自身攻撃される位は構わないが、それで彼に何かあっては堪らない。ゼクヴェンツを殺せる毒はない。血に触れさせる前にそれなら、汗毒で昏倒させておきたい。

 今のアスカは魅了されているから、視線を合わせる程度の誘惑すれば簡単に攻略は出来るだろう。そういう意味では攻撃は、唾液毒が手っ取り早いのは確かだが、今の状態で口移しは不味い。魅了進度を進めてしまい、彼が狂人になってしまうのが目に見えている。ならば涙毒か汗毒で粘り、説得で時間を稼ぐのが最善だ。


 「お前を不安にさせたり心配をさせてしまったことは謝る。だからそんなに気負うな。いつものお前に戻ってくれ。お前はそんな人間じゃないだろう?ここは危険だ。早く彼女を安全なところに……眠らせて」

 「……ふっ、あっははははははははっ!」

 「アスカ……?」


 私の説得にようやく耳を傾けてくれたと思ったら、彼は私を嘲笑う笑みで応える。


 「お前が俺の何を知ってるんだ?」


 一瞬でも脅えた顔を、彼は見逃さない。脅えると言うことは私が彼の言葉を肯定したに等しいのだ。


 「知らないだろ?俺がお前を見てる程、お前は俺を見ていない。お前が俺を追いかけたことがあるか?何回?何年何ヶ月?無いよな、そんなこと。お前は勝手に俺って人間を決めつけて、理想で綺麗事で固めて上辺の俺ばかり見ている」


 二年前に出会ったアスカ。感謝してもしきれない。出会ったのは夏の夜。毒に倒れながら私の涙を拭ってくれた、優しいその手が大好きだ。彼の何も知らないのに、自分の全てを預け、全幅の信頼を寄せたのは……奴隷であった私を、奴隷扱いしなかったから。そんな主は初めてで、私は戸惑ったのを覚えている。でもその戸惑いは喜びだった。この人の奴隷として、仕えることは私にとって喜びになると……あの日は疑わなかったさ。自分の正体を思い出すまでは。


 「アスカ……」


 そんな私の気持ちも全て、お前は誤りだったとそう言うのか?私が見ていたお前がすべて上辺に過ぎず、……私がお前にそれを強いていたのか?邪眼はお前にそうさせた?私に好かれるようなお前になれと。お前の全てを否定して。


 「俺の本音も、俺の気持ちもお前はどうでも良いんだ。お前が求めているのは、お前にとって都合の良い俺だ。だから、……俺が俺にとって都合の良いお前を欲しがって、何が悪いんだよ?」

 「……それは、どういう私のことだ?」

 「そんなの死んでるお前に決まってるだろ?」


 今度こそ、絶句した。彼の言葉が理解出来ない。解からなかった。これまで私を守ってくれたはずの彼に、死を望まれているなんて。死の夢で出会ったアスカとは違う。彼は「死んでも良いんだ」と言っていたが、死ねとは口にしなかった。今のアスカは私の死を受け入れるのではなく、望んでいる。


 「昔は良かった。お前は何処にも逃げないし、誰も見ないし、俺に失望したりしない。俺に期待もさせないけれど失望だってさせやしない」


 寂しそうに、懐かしそうに虚ろな目が私を見る。失った過去その物を私の中に見ているような生暖かい視線だった。


 「毒で殺せないとして、切ったり刺したり身体に傷付けないで殺す方法って、ショック死くらいか?」


 傷付けるのは勿体ないからなと彼は独りごちている。「耳にゴキブリとか鼻にミミズそうめんとか尿道にムカデぶち込んでみるとかすれば、ショック死するだろうか。でも絵的に品が無い」などと、身の毛もよだつ独り言が聞こえるが、出来ることなら聞かなかったことにしたい。

 外に雨が降り始めた。肌寒さの所為か、密着しているのになかなか汗毒が出ない。新しい策を練る必要があると思い始めた頃、アスカの懐から光が飛び出した。


 《アスカニオスのばかぁああああああああっ!》

 「モニカ!?」


 思い切りアスカの顎に頭突きをかました風の精霊。彼女は緑色の双眸にいっぱい涙を溜めていた。


 《なんでいきなりこんなことになっちゃったの!?あんたここに何しに来たか覚えてる!?》

 「モニカ……そうだな、俺が間違っていた」

 《わ、解ってくれたのね!!良かった……あんたの好きにさせようと思ったけど、私もう見てられなくて》


 モニカの言葉がアスカの胸に届いたのか?納得したような口調でアスカが頷く。しかしアスカの目の色は変わらない。未だに正気は失われたまま。油断は出来ない。ごくりと息を呑んだところで、私はアスカに抱き上げられる。


 「……確かに、こんな薄暗い敵のアジトじゃ盛り上がりに欠ける。背景は大事だ。やっぱりシチュエーション的に背景や小道具、衣装も大事だな」

 「え……?」

 《アスカニオスっ!ちょっと待ちなさいっ!!》

 「トーラっ!トーラは……」


 トーラの遺体を置き去りに、颯爽と走り出すアスカ。暴れる私をしっかり押さえ込み、走るスピードもそのまま保つ。後方に目をやれば、私の気持ちを察してくれたモニカが風の力で運ぼうとしてくれている。


 「お、お前は本当に……何を言っているんだ?トーラは今まで私に本当に尽くしてくれた。大切な仲間だ。お前にとってもそれは……」

 「ああ、ずっと邪魔だと思ってた」

 「あ、アスカ……」

 「許せないよなぁ、あの女がお前にずっと娼婦紛いの仕事をさせて来たんだろ?目を背けたくなるような、汚らわしい物に触れてきたんだろ?誰よりも綺麗なお前が!美しい俺の那由多様がっ!」


 彼が抱えているのは矛盾。怒りに内在する快感。美しい物が壊されるのを見るのが好きだ。壊すのが好きだ。汚されるのが好きだ。綺麗な物が綺麗なだけでは意味がない。汚されて、壊されて、その美しさは際立つのだと彼は信じている。

 私を、お前は本当に……物として見ていたんだな。死んでいる私を見て、死んでいく私を見て、お前は……こんな風になってしまった。


(何ということだ……)


 私が邪眼に目覚めるより以前、毒殺されたあの日から、私はアスカを壊し始めていたのだ。


 「アスカ……私は死ねない。まだ、死ねない」


 今死ねば、彼を諫めることが出来ない。私の亡骸を前に更に狂っていくだろう彼が犯す凶行を止めることが出来なくなる。トーラのように、アスカが仲間達を傷付けるだろう事はもはや確定事項。その時私が傍で、何をしてでも止めなければ。


(そうか、解った)


 何故私が帰ってきたのか。心残りはアスカ、お前だ。


 「得物を寄越せ、アスカ。私と一緒に……殺し合おう」


 私が先に死ねばアスカが壊れる。私の果たすべき責任。私が狂わせてしまったアスカをこの手にかけて……その後私も自害する。或いは相打ちを図る。それしか私達に道はない。心残り、悔いはまだまだ無数にある。それでもそれを捨てて最優先にしなければならないことがそれだ。

 挑発的な目で彼を見上げる。唯では殺させてやらんぞと彼を煽った。


 「私を煮るのも焼くのも私を殺してからだ、アスカ!」


 まずは攻撃と見せかけ顔を上げ、彼の鼻に私の鼻を擦り添わせ、唾液毒での攻撃をすると見せかける。


(馬鹿めっ!)


 案の定、びくりと肩を震わせて、目を瞑ったアスカには隙が出来る。私はそこで彼の顎に頭突き。彼の腕から転がり落ちる。


 「掛かったな童貞が。ノリノリで迫ってきた癖に、此方から仕掛けられると逃げ腰か?」


 残虐、鬼畜ぶったところでアスカはアスカ。自分のペースを崩されると何も出来ない。こいつは基本へたれ男なのだ。どうしても素に甘さは残る。


 「上等だ!そこまで言うなら覚悟しろよ?死ぬまでも、死んでからも可愛がってやる!」


 私の挑発に、アスカはナイフを投げる。私はそれをかわさず血を出しながら身で受け取った。血と刃物。これで私の準備は整った。彼に不敵に笑いかけ、そっちはまだかと問いかける。そこでアスカも小さく笑ってダールシュルティング……私を守るためにあったはずの得物を容易く手に取った。

 敵のアジトで何を馬鹿なことをしているのだろう。頭の何処かでそんな冷静な声もする。それでも些細なことだ。これから私は、私達は死ぬのだ。その後ここに誰が帰って来ようと知ったことか。まるでロイルにでもなった気分だ。こんなことは初めて。今しか見えない。私もアスカも笑っている。殺し合っているのにだ。

 しかしアスカの攻撃は見事。正気を失っていても戦闘能力は鋭いまま。むしろ鋭さを増している。勘も良い。正攻法では太刀打ち出来ない。それでもアスカのナイフ投げと毒ナイフは私には効かない。ナイフは私の武器を増やすだけ。私を傷付けても同じ事。

 傍観に回ったのか、モニカの声は聞こえない。いや、私達にはもう聞こえないし見えないのだ。目先のこの戦いに集中していて、他の音は何も聞こえなくなるくらい。


(アスカが、楽しそうだ……)


 まるで世界に二人きりのようなこの感覚。殺し合いとは言え私を独占している。その喜びに彼は打ち震えている。治す喜びじゃない。傷付ける悦びに彼は歓喜している。思えばヴァレスタに拷問された後など、彼は回復数術をかけながら、その一つ一つを羨ましげに見ていた。仲間で味方であるからこそ、私を傷付けることが出来ない。所有の証も刻めない我が身を嘆いていたのか。


(可哀想だな)


 そんな彼が哀れだと思う。気付いてやれなかった自分が愚かだとも思う。それでもディジットは言った。哀れむなと。笑ってやれと。

 こんな状況下で笑うなんて、私も大概いかれている。それでも今度こそ楽になれる。彼も連れて行ってやれる。そう思うと気持ちも楽になる。私は今、死で彼を救うことで、救われようとしているのだ。そうだ。この今際の際の安堵の笑みは、お前だけのためにある。見ている。見て居るぞ。私は今、お前を見ている。


 「アスカ……」


 ダールシュルティング、その形状はエアヴァイテルト。鈍器のように重い鋼鉄刀。これなら確かに返り血は少ない。考えたな。この二年でその剣を扱うスピードも上がった。何とか幸福値を使って防いでも、小さなナイフ数本で何度も凌げる剣じゃない。とうとう拾ったナイフ全てが叩き居られ、はじき飛ばされた。両手はビリビリと電撃が走るような痛みがある。肘から下はしばらく使い物にならない。

 アスカがさらに前へ出た。踏み込んだ一撃、今の私に防ぐ力はない。それをかわしたところで、体勢を崩し尻餅をつく。完全に勝負があった。振り上げられたあの鈍器を私はもう避けられない。それならやはり、残る手は一つ。私は凶器に向かい走り出す。思い切りあれにぶつかろう。出来るだけ彼の傍で。

 彼は私の頭や顔を狙わない。狙うとしたら腹だろう。思い切り殴打されれば、口から唾液毒か屍毒を吐き出せる。それを彼に付着させれば。

 私達の最後の攻撃が交錯する寸前、乾いた音が当たりに響く。初めて世界に、音が生まれた。その発砲音。懐かしい音。一度だけラハイアに撃たれた時と同じ音。

 慌てて其方に目をやれば、彼ではない。彼はいない。赤髪を風に靡かせた、ゴーグル姿の少女が一人。


 「馬っ鹿じゃないのっ!?」


 私と彼の今。その全てを否定するように、彼女は音をもたらした。

というわけで、ようやく裏本編も主人公主従とヒロインの図式が見えてきた感じです。かなり歪な三角関係です。


アスカが……壊れてるね。でも相手から攻められるとへっぴり腰になるへたれ。

正位置になるまではまだ常識人ぶらせようと思っていたのに、邪眼の進行速度が速すぎた。深層心理では完全に。表の本人も薄々自分が危ない人間だっていうのを理解している。

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