16:Bona diagnosis, bona curatio.
「ソフィア、それを君は実に下らないことだと思うかも知れない。或いはなんと馬鹿げたことかと笑うかも知れない」
そう言って笑ったのは私ではなく、あの人だった。
「だけどね、世界の歯車は……そんな取るに足らないことで軌道変更してしまうこともある」
「神子様?」
「そうだ、ひとつお伽話をしようか。君のこれからの任務に役立つことだよ」
「お伽話……ですか?」
「例えが子供じみて聞こえた?」
「い、いえ」
私は必死に首を振る。決してそう言うわけではないのだと。唯、微笑ましいと思っただけ。貴方がまるで、普通の子供に見えたから。
「なら、くだらないと思ったのかな。確かにそうだ。そうかもしれない」
それでもくだらない話を聞いて欲しいとあの人は私に笑みかける。
「有名すぎるお伽話。眠り姫に王子が口付ければどうなる?」
「それは眠り姫が目覚めるんですよね?」
「ああ、そうさ。それじゃあ眠り王子に王女が口付ければどうなる?」
「どうにもなりません。それがお伽話なら」
「そうだね。これが現実なら王子は目覚めず、王女も眠りに就くだろう。毒の力で」
タロックの王子のことをお伽話と絡めて説明されている。でもこの言葉遊びには何の意味が?任務先への情報はもう既に与えられている。けれど唯の復習だとは思えない。
「それならロセッタ」
任務ではなく、遊びの延長だとでも言うのか。神子様は私をその名で呼んだ。
「眠り王子に王子が口付けをすればどうなると思う?」
「私が銃、ぶっ放します」
「うん、解った。解ったから落ち着いて。これは物の例え、謎々みたいなものだからね」
私のトラウマの一部に触れたことを謝り、神子様は苦笑。謎々、か。益々意味が分からない。王女に王子で王女が目覚めて、王子に王女で王女が眠って、王子に王子でどうなるか?
「口付ける方の王子が、目覚める……ですか?」
「うん、正解だ」
謎は解けた。だけどその妙な問いかけの真意は何だろう?私は考え込む。だけど解らない。
「目覚めるって何に?彼は既に起きているのでは?」
「起きている人が正常と呼べるのならば、二重に目を覚ますと言うことは狂うと言うこと。その口付けは、狂気に目覚めると言うことだよ」
謎々としては成立しているように聞こえるが、結局は禁忌の話。私の嫌悪感を煽るだけ。
「神子様、耳塞いじゃ駄目ですか?」
「駄目」
良い笑顔で返された。命令ならば従わなければ。私は鳥肌が立つのをぐっと堪える。
「例の殿下達の問題は、今の話の通りだよ。我らがシャトランジア殿下が狂気に目覚めるスイッチは一つ。本人が認めたくない事柄……那由多王子への想いを完全に言い訳せずに自覚することだ。口付けというのは分かり易い起動装置。だから君は任務でまずアスカニオス様から那由多王子を守って欲しい」
「無自覚ホモの魔の手から人殺しを守るんですか?」
どっちもどっちな気がしてきた。人殺しなんか勝手に掘られてしまえばいいのよ。そう思ったけれど神子様の言葉に思い出す。
「それも世界平和のためですよ、ソフィア」
「……了解しました」
そんなキス一つで世界が滅んで堪るかとは思うけど、一つの歯車が間違うだけで、回り回って面倒事に繋がると言うことは理解できる。突き詰めて言うならば、その口付けが世界を滅ぼす脅威だというのも事実なのかも知れない。
「でも神子様、そんなの腕力と物理攻撃以外でどうやって止めるんですか?」
「その辺は問題ないよ。僕の配置に従ってくれれば、後は車輪が君を導くだろう」
*
運命に身を委ねろ。それでも配置は神ではなく神子様が定めた物。だからそれは信じるに値する。最善の未来を知る人の采配に、間違いはあり得ない。私はそれを信じていたし、今だって疑ってはいない。
不安が落ち着くと、新たな不安が生まれ出る。助けた混血達の応急手当てを終えた頃、ほっと一息吐いたところでロセッタは深く落ち込んだ。若干苛つきながら、乗組員達を見る。
「この船はどこに向かうつもり?」
「このままアルタニアへ」
「それじゃ、怪我人達が保たないわ。数術使いか専門医の手が必要よ」
第二島を頼ろうか。いや、あそこはこの間の津波多くの物資が流された。頼ることは出来ない。西裏町にアルタニア公の使いが向かうのもややこしく、余計な騒動に繋がる。
「仕方ないわね。東に向かいなさい。地図貸して、ポイントはここ」
私が指示したポイントは東裏街の船舶港から攻撃を受けられない位置だ。すぐさま私は不可視数術弾をぶっ放し、船を外敵から遮断。そして先を急がせようとした。したのだが、船の上はざわついた。
「しかし、東は」
「領主様が東にいるのは確かだが、そこで拾えるか?」
「いや、他の連中にバレたら不味いだろう」
領主の命令に従ったとは言え、第三公は東を裏切った。それが露見すれば船が襲われる可能性もある。いや、仮に裏切って無くとも商人達は船を襲いかねない。
「情けないわね」
タロックから飛来する猛獣と戦う北国の猛者共が、猿に毛が生えた……むしろ毛が抜けたような奴隷商などを恐れるのかと、ロセッタは発破を掛けて呆れてやった。
「今東の連中の殆どは西にいる。それに東には教会の施設もある。物資も豊富。不届き者は勿論いるだろうけど先に私が下りて目を光らせとくわ」
そう言えば連中はようやく東に航路を定めた。そこでほっと胸をなで下ろしたのは秘密。
第三公の使い達に言ったこと。勿論それは嘘じゃない。
後天性混血児は瞬間速度だけなら船にだって負けない。それでもそのスピードでは体力が続かない。だから体力消費と早さの妥協出来る範囲で戦うのが常。無駄な体力消費をしないためにも、船で東まで運んで貰えるのは有り難い。
ああなってしまった以上、迷い鳥のことは割り切る。出来るだけのことはしたんだ。大儀を見失ってはならない。早くあの男の所に向かわなければ。
(私って……馬鹿だ)
さっさとそうしなければならなかったのに。この国に来てから調子を狂わされっぱなし。ライル坊やの所為よ。あんな所であんたが死ぬから、少しはあんたに出来なかったことをしてやらなきゃならないような気がしてたんだ。ラディウスの馬鹿も、あの坊やのために命令に背いた。割り切るべき人間を割り切れなかった。それは神子様の計画に穴を開けたようなもの。その尻拭いまで私がしなくちゃいけなくなったんだ。
そう気負う必要はなかった。だけど頭と心は別の所を生きている?冷静に行動しているつもりで私は取り乱していた。
私の任務はリフルを助けること。そしてリフルを守ること。
助けるって言うのはあいつの目的を代わりにやってあげること……だけではない。勿論それもあって、恩を売ることも大事。けれどあいつが本当に危なくなった時はそれを捨ててでもあいつを守ることの方が優先される。それを常に見極める必要がある。
結果として船を得られたのは大きい。とは言えあんなところで、混血達を救おうと私が死んでいたら、神子様に多大な迷惑を掛けてしまうところだった。最大多数の最大幸福。そのために最小限の犠牲は肯定しなくちゃならない。それがあの人運命の輪に求められる精神。
リフルから目を離すのならアスカをリフルから引き離すのは必要。さっさと仕事を片付け、二人が微妙な空気になったら引き離すのも私の仕事。第四島でのやり取りから、アスカはへたれだと私は理解した。あの男がリフルに手を出すことはない。あの男がそういう風に興味があるのは情報通り、彼の死とその死がまき散らす香りだろう。それが今になって不安を煽る。
あの男は何処にいるのだろう。迷い鳥に帰らない所を見るに、敵と応戦しているか……或いは東に向かったか。東に行ったならそれでも良い。相手は精霊の加護があるとは言え唯の人間。モニカという精霊は空間転移は使えない。風の力で移動速度を上げた所で船の速さに敵わない。恐らく私が先回り出来るはず。
(いや、心配なのはそれだけじゃない)
あの時神子様が言った眠り王子はリフルのこと。王女というのはセネトレア王女のトーラのことか。残りの一人は言うまでもなくアスカのことだとは思う。それでも王子という身分だった者を他に考えるなら、ロイルとヴァレスタ……東側のあの二人もそうだ。大丈夫だとは思うけど、もし万が一東の二人と何かあって、それで神子様の筋道から車輪が外れるようなことがあっては。
狂気と変態は連鎖反応。空気感染するものだ。何事もなければいいけれど、そう願う時には大抵ろくでもないことになるものだ。だから願わず、私はさっさとあいつの所に行かなくちゃ。
(私が止めなきゃ、駄目なんだ……)
シャトランジア王を屈服させ、タロック王を討つために、アスカとリフル……二人の王子の力は必要不可欠。それまでの間二人が仲違いをしないよう仲を取り持ち、尚かつ二人が必要以上に親密にならないよう妨害しなければならない。特にシャトランジアの継承権があるアスカと聖教会は友好的でなければならない。かといって格下に見られてもならないから、媚びを売る必要はない。
神子様が私をここに配置したのは、リフルの私への罪悪感を利用してのことだろう。アスカの飼い主であるあの男が私に頭が上がらなければ、アスカも聖教会に背くことは出来なくなる。それを狙っての配置。
(私は……)
私はリフルの罪悪感を利用している。悪人を人殺しを利用する事で、私が胸を痛める必要など無いはず。あの男はそれだけのことをして来た。
(あいつ……、また……泣いてたな)
人殺しの癖に人が死ぬのを見て泣くの?……違うか。大事な人の手が汚れたことに、あいつは涙したんだ。変な男。もっとしゃんとしてなさいよ。犯罪者の癖に情けない奴。呆れて嘆息してしまう。それでもその吐く息が、僅かに胸を締め付ける。
再会してから何度も、あの男が泣いたところを見た。大量殺戮犯であるあの男にも、血と涙はあった。……思えばそう。初めて会った日にも、あの男は泣いていた。本人は気付いていないかも知れない。それでもあいつは泣いていた。泣いているように見えた。ううん、泣いてはいなかった。泣くより辛そうな苦悩と悲しみ。それ以上の苦悶と怒り。返り血が涙のように私には見えたんだ。
二年前の私にはそれが恐ろしくて堪らなかった。もし今、あの日と同じ場面に出会して。任務のためとは言え私はあの男に手を差し伸べられるだろうか?リフルの仲間達はきっと、それが毒だと知っても……その手を掴み抱き締めてあげられるのだろう。少なくともあの男なら間違いなく、そうする。最低限、私だってそれが出来なければあの男に仲間と認められはしない。神子様の危惧する未来を防ぐための盾になれない。
今がチャンスというのは事実。ラハイアが早期に死ぬ未来を世界が辿った今、私がその分リフルを支えれば、それさえ出来れば世界は救済の道を行く。私がもっと強く構えて、あの男を抱き留めてやらなければならない。
(それが世界のためなんだ)
憂鬱な気分の中、手にした銃が何故だろう?いつもより重く感じた。
「お嬢ちゃん、もうすぐ例の場所だが……」
「……上出来よ。この位の距離にいれば問題ないわ。私が空に打ち上げて合図出したら港に来ること!そこで専門家にその子ら見せるわ。あ!ボート、借りて良い?駄目でも借りるわよ」
「海賊みてぇな嬢ちゃんだ」
「いや、追い剥ぎみてぇだ」
「風穴開けられたい?なんならサービスで今なら性転換か或いは両性にしてやるけど?」
下半身狙って銃の引き金に手を掛ける。それに怖い怖いと男達はぎこちなく苦笑し舟を貸してくれた。
「漕ぐ奴乗せてくかい?」
「要らないわ。居ても良いけどスピード落ちるし多分あんたらじゃ漏らすわよ」
にやりとほくそ笑めば、誰もボートには乗らない。それで正解だ。
数術は使えないが、一応私も水属性のハートのカード。水場での運は良い。風は追い風、丁度いい。
今度詰めた弾は水の数術を入れたもの。ボートに寝転んで、両腕を頭の上に。そのまま進行方向とは逆にぶっ放せば、その勢いで舟がぐんぐんと進み始める。あっと言う間に陸地に着いた私は、先程舟と一緒に視覚数術を施している。そのまま様子を探りに行って、街の様子がおかしいことに気が付いた。
(静かすぎる?)
嵐を予感させるようなその静けさ。商人共が総出で西に攻め込んだのか。西から離れたことに若干の不安を感じたが、首を振って迷いを振り払う。リフルのキングの気配を辿るため、数値の変化を読み取るべく装着したゴーグル。それですっかり夕方が夜になる。
(リフルとトーラを取り返す。そうすれば東側があっとう言う間に王手になるわ。戦力は教会兵器がある分こっちが断然有利なんだから)
目的の場所に向かう際、すぐ傍で派手な数術の気配を感じて振り返る。続いて起こる大騒ぎ。残っていた商人達がいたのか。何があったのかとそっと様子を見に行くと……
「ひぃいいい!」
「よく考えてみろ。おまえ達は混血をどう扱っていた?こうして……」
「ぎゃっ!」
「なるほど、其方の言い分も確かに一理ある。血の薄さがヒエラルキーだというならば、真純血である私が、おまえ達純血を虐げるのも因果応報、自然の摂理と言うものか。……随分と汚い肺だ。煙草の吸い過ぎで不健康な色合いだ。これならこの臓器は幾ら値段が付くだろう?そこのお前はどう思う?」
冷徹な男の声に、酷く脅えた悲鳴が上がる。物陰から覗き込めば、闇を纏うその男に見覚えが。
「洛叉!?」
「ああ、君か」
西に置いてきたはずの闇医者が何故か商人達と戦っていた。……リフルより酷いかも知れない。洛叉は自分と同じ純血を数術で虐殺していた。そのやり方はまず相手の動きを拘束し、そこから風の刃で解剖、解剖。この男は実妹を手に掛けたことで自暴自棄に?わからない。それでも迷いが無くなり、鋭さを増しているようだ。此方の視覚数術を破り、すぐに正体に気付くなんて。
(おまけに空間転移!?そんな馬鹿な!)
如何に天才と謳われた男でも、相手は数術に関しては凡人!カードになってようやく数術を覚えたような、能無し!それがこんな短期間で高等数式をマスターした!?幾ら触媒があるからって、身体に全く負担がないわけじゃないのに。
この男命が惜しくないのだろうか?運命の輪でもない男が、あの殺人鬼のためにここまで出来る理由が分からない。
(これが邪眼の魅了だっていうの?)
改めてぞっとする。言い過ぎなんてものじゃない。視線でここまで人を操るなら、口付け一つで世界の方向をあの男は狂わせる。それは歴然とした事実だ。大げさだと思っていた例えに私が身を震わせていると……
「た、たすけ……」
その足下に逃げてきた、最後の生き残りが私に懇願をする。いつもの私ならそのこめかみを撃ち抜いてあげているところだけど。
「あの娘の真似をして、情報を引き出してみたがな。この男は極悪人だぞ」
「極悪人って……」
泣き叫ぶ男の肩を掴んで、闇医者が笑っている。この男さては、商人達をその業に相応しい方法で処断していたらしいが、その男が悩むくらいだ。この男は何をしたのだろう
「混血狩りの一員で、ユニコーンも真っ青な処女崇拝者らしくてな。おまけに加虐の気もある。初物の奴隷を買ってまず犯す。その横で使用済みになった奴隷を解体してパーツとして売りに出す。事が終わればまた次の奴隷。その横で先程の奴隷が生きながら解体されるのだ」
聞いているだけでも胸糞悪い、最悪な話。私の手が銃を握りしめる。
(ラハイア……リフル……)
不意に浮かぶのは二人の正反対の男の顔。
あの坊やならそうはしない。生きて罪を償えとこの男を助けるだろう。リフルならこの男が犯してきた罪を憎んで、強く睨み付けながら……家族は恋人はいるかと尋ねるだろう。その上で殺すべきか悩むのだろうな。殺すとしてもすぐに死ねる毒で解放してやるだろう。
(私は……)
正しいあいつに殺されたいと、泣いたりフルを思い出す。正しくない私が殺してあげたところで、リフルは安心できるだろうか?笑って死んでくれるだろうか?
(私は……)
何を今更悩んでいる?こんなのおかしい。だって迷い鳥で無関係の子供を殺したじゃない。オルクスに操られているからって。不穏分子だからって殺した。それなのに今、この男を私は助けるの?あの子を殺しておきながら。
私はラハイアの役目を背負わされている。それなら私はどうするべき?この男を助けるべきなのか?
「しかし顔と年齢が好みではなく、食指が動かない。どうだ、ここは君の武器でも下の口にぶっ放して差し上げるのは」
「いや、私の得物汚れるしなんか嫌よ。物の例えでそういう事は言うけど」
「なるほど、では上の口なんかどうだ?いや、耳なんかも面白そうだな。右耳から左耳まで貫通させるというのは」
「あ、あんた本気で……?」
「いや、どうせなら両目が良いか。俺の主はその美しい目を刳り抜かれたのだ。こうやって……」
「ぎゃああああああああああああああああっっ!」
闇医者が数術で男を縛り、その目に向かい鋭いメスをそっと近づける。その恐ろしさに男は目を閉じようとするのだけれど、闇医者の指に阻まれる。
「や、止めなさいよ!」
咄嗟に私は闇医者に体当たり。男がその場に転がり失禁。
「何故邪魔を?」
それは本当に痛い言葉。私自身私を殴り飛ばしたいくらい。
「純血が混血を殺す。だからあんたは、真純血が純血を殺すことで報復してくれようとした。それは解るわ!殺された同胞のために、ありがとうって言ってやる!だけど!」
自分に言い聞かせるように。無理をするように。私は必死に言葉を探す。任務のためだ。悔しいけれど、私はラハイアのようにリフルに反発し、リフルの心を支えなければならない。
「混血が純血を見殺しにするんじゃなくて!混血が……混血を殺す純血を助けてやることで……恩を売るのよ!私がこいつを助ければ!こいつが悔い改めて、どこかの混血を助けてくれるかも知れない!っていうか助けろ馬鹿っ!殺した倍の人間助けろ!助けないと呪ってやる!」
無念だ。犯されて殺されて売られた仲間が可哀想だ。こんな男を助けなきゃならない自分が嫌だ。それでもここでこの男を見殺しにしたら、ラハイアの顔に泥を塗るような気がした。
「あんた馬鹿!?リフルの奴は、こんな風に人を殺す!?あいつは……自分個人の憎しみで人は殺さないっ!」
そうだ。私達は憎しみのためじゃない。迷い鳥では守るために殺したはずだ。それが今どうして憎しみに取り憑かれるの?
「これ以上、あの馬鹿を泣かせる理由が欲しい!?」
「…………」
泣きながら男を庇う、私を見、闇医者が数術を解く。
「その娘に救われたな。生憎俺はロリコンでもある。中身がどうあれ外見年齢が十五以下の娘に泣かれては、興も殺がれる。……行け」
闇医者から解放された男は一目散に逃げていった。それを見送り闇医者は、すっと眼鏡の返り血を拭く。
「さて、これだけ暴れれば他に生き残りが居ても逃げ出すか。西に恐れをなしてしばらく悪さをしなくなるだろう」
「あんたねぇ……」
これだけの惨状引き起こしておいて、それが演技だったとでもいうような何でもないような口ぶり。
「……どちらにせよ、一人は語り部として残すつもりだったからな。迫真の演技協力感謝する」
泣いた私が馬鹿みたい。手渡された白いタオルで私は思いきり鼻をかんで返してやった。そこで闇医者が鼻水の付いた部分だけ切り取って瓶詰めしようとしていたので、すぐさま殴りかかる。
「何してんのよ!」
「気にするな。混血研究の一環だ。数値解析に使う」
「もっともらしいこと言ってもあんたが言うと信用できない!」
「ふっ、よく言われる」
「誇るなっ!」
「君はあれで良いのか?」
「何よ、急に話題逸らして……まぁ、別に良いわよ。審判の日は来る。その日までにあの男が改心しなかったら新世界に辿り着けない。地獄の業火に裁かれる。悪人は星の数より多い。手を汚すまでもないわ」
「新世界?」
この男、こっちの探りを入れてきた。むしろそれが狙いだったんじゃないのか?嵌められたような気がした。それでも別に黙っていなければならないことでもない。
「ええそうよ、神子様の願いは善人だけが幸せに暮らせる世界を作ること。そのためにこの世の全ての悪を断罪する。その願いを神子様の代わりに叶えてくれるカーネフェル王。平和な世界を作ることを望んだ彼を勝者にするのが彼の願い、そして私達運命の輪の願いでもある」
「ほう、それはそれは……随分と有能な神子様が居たものだな。一国の王をたらし込むとは」
「神子様の人徳よ。カーネフェル王は神子様のご友人だもの」
「しかしそのような願いは叶うのか?」
「問題ないわ。願い自体は一つだし。叶えられない願いって言うのは願いの数を増やす願いとか言うあれだけよ」
「なるほど、覚えておこう」
どうせ生き残る気もないでしょうに、にやにやと含み顔で笑う闇医者は怪しい。それでも西陣営で頭が回る奴であり、邪眼への狂いの制御も出来ている貴重な人間。話して損はないはずだ。
「この願いはリフルの望みとも合致しているはずよ。それは狂王に虐げられるタロック国民の解放。奴隷解放、混血迫害問題の解決にも繋がるから」
この男も昔の私と同じ、タロック人。祖国の救済、リフルの願いともなれば、アスカのように反発はしないだろう。
「まぁいいわ。そのタオルあげるから、協力しなさい。港にこっちに味方した第三公、その部下の船がある。そこに迷い鳥で眼球失った混血達が大勢乗ってるわ。あんたその治療に行ってくれない?教会の仲間には話付けておくから、回復数術使いも一緒に向かわせる」
「俺の顔を見て捕まえられては困るのだがな」
「東にも置いてた同僚が居るのから、そいつ使って。回線で呼んでたから来るはずよ。其奴らは細かいこと気にしないから逮捕はしないわ」
「ならば引き受けよう。そんなこともあろうかと……」
バサッと黒衣を翻す闇医者。その裏には……夥しい数の眼球が瓶詰めになっていた。はっと周りを見回せば、確かに多くの純血の遺体には眼球がない。
「新鮮なパーツは入手しておいた。迷い鳥から逃げる際、展開した数術で襲われた子らの数も数えておいた。それと同数の人間を狩ったから問題あるまい」
「あんたって……」
恐ろしいと言うべきか。凄いと言うべきか。悩んだ私は、純粋に気持ち悪いと彼へと告げた。
「そう俺の好感度を上げてどうする?言い訳はしてきたが、君のように精神と肉体が凍った少女も有りだと思い始めてきた」
「今ので好感度上がるあんたはやっぱおかしいわ」
「まったく、また1上がってしまった。程ほどにしたまえ。それでは君が困るだろう」
「私が困る……?どうして?」
「若いとは罪深いことだな」
「は?」
「憐れむなら君自身を憐れみ給え。リフル様は強敵だぞ」
耳元で男はそう囁いて、振り返ればもう居ない。けれど僅かに頬を撫でる風。命の無駄遣い、空間転移の跡が見て取れる。
「あ、あの男……っ!」
全部、気付いていたんだ!本人の居ないところで上がる好感度などはない。そんな忠告するなんて!私がリフルに好かれなければならないことに、気付いてた!
(油断ならない……)
後でちゃんと神子様に報告しないと。リフルの周りの男共は、どいつもこいつも一筋縄ではいかない。フォースの阿呆以外は。
ロセッタ回。
イグニス曰く、裏本編主従Aすりゃ結果的に世界が滅ぶそうです。
冗談はさておき、次回はそろそろまずいな。