暴走族
フォーン・フォン・フォーン
「おい、向うから集合の音がするぜ。それもダブルアクセルやってるよ。峠族じゃないな。」
「誰だ。真昼間っから元気いいな」
ここはこの辺りでは結構有名な峠である。毎日の様にバイク乗りが来る。
今日も数人のバイカーが来ていた。
そこにかなりスピードを出して走っているバイクの音が聞こえて来た。
フォーン
「おお、来た来た。」
数人のバイカーの前をさっきの集合管の音が通過した。
「おい、あいつノーヘルじゃねえか。危ねえな。」
「確かにそうだ。ノーヘルでリーゼント。ありゃ暴走族だな。
しかし、昼間っから何やってんだ。
暴走族は夜中に街中をちんたら走ってりゃいいんだよ。」
「しかし、あいつ物凄く速いぜ。見ろよ、あの体重移動を、当にプロ並みだ。」
「おお、速ええ。誰だ、あいつは。」
数人のバイカーは集合管の音の持ち主の走りを見て驚いていた。
フォーン・フォン・フォーン
「おい、こっちに来やがったぜ」
フォン・フォーーン
バイクのエンジンが止まった。
「ひぇ、ありゃZ2だぜ。それもかなりの改造をしている。
乗っている奴は暴走族みたいだけどバイクは凄ぇぜ。」
Z2とはカワサキが誇るビックバイクで一九七二年に発売された。
当初では初めてのDOHCエンジンの採用と斬新なスタイルで海外向けにZ900SuperFour(通称Z1)が開発された。
それが、海外で物凄く人気が出た為に国内向けにも同じ型で売り出した。
排気量はZ1に比べて、低く750CCなった。
それがZ750RS(通称Z2)である。
そのZ2に乗っていた男は少し髪の色が茶色かかってパーマのリーゼント。
それに少し細めのサングラス(キャッツアイ)。
服装は紫のアロハシャツにGパン。
どう見ても峠に来てコーナーを攻めている様な峠族とは思えない格好だった。
しかし、数人のバイカー達が言っていた通りラインディングの腕は抜群に良かった。
「ふうっ。気持ち良かった。少し休憩したら帰ろうっと。」
Z2の男はバイクを降りると側にあった店に入っていた。
そして、暫くしてアイスを持って出て来た。
そこへ数人のバイカーが話しかけて来た。
「ちょっ、ちょっと君。さっきの君のラインディング見せてもらったよ。凄いね。」
「ああっ。そうすか。ありがとうっす。」
「君幾つなの。その格好見る限りでは結構若いのかな」
「俺っ。俺十六っす。高校っす。それがどうかしたんすか。」
なんと、Z2の男は十六歳の高校一年生だった。
それを聞いた数人のバイカー達は驚いた。
まだ免許を取ったばかりであの腕前。バイカー達はZ2の男に興味深く聞いた。
「ねえ君。何処かのバイクチームに入っているの。ああ、族は別だよ。」
すると
「いいや。俺一人っすけど。族にも入って無いすよ。すんません。俺行くんで」
とZ2の男はアイスの紙をゴミ箱に捨てるとバイクに乗って走り去って行った。
フォーン・フォン・フォーン
ダブルアクセルが遠くから鳴り響いていた。
残ったバイカーズ達はみんなで顔を見合わせていた。
すると、店の中から店主が掃除をしに出て来た。
バイカーズの一人が店主に尋ねた。
「おっちゃん。さっきのZ2の子。よくここに来るの。」
すると店主が
「ああ、仁ちゃんかい。しょっちゅう来るよ。あの子の運転は凄いだろう。ここじゃ負けなしだよ。」
「へえ。よく来るんだ。しかし、負けなしって、それじゃ結構有名なじゃ」
「そりゃ、有名だよ。何処のチームにも所属してないけどね。
半年くらい前からかな。突然現れてね。
初めはそこまで上手くはなかったけどメキメキ腕を上げてね。
この前なんかプロとここで競争して仁ちゃんが勝ったよ。」
バイカーは頷いて聞いていた。するともう一人のバイカーが突然叫んだ。
「俺っ、思いだした。仁って『藤堂仁』っていうんじゃないか。
あの『世武羅』の数人と街中で大喧嘩やったって言う」
バイカー達はまた顔を見合わせて何回も頷いた。
そう、Z2に乗っていた男は街でも有名な一匹狼と言われている『藤堂仁』だった。
その頃仁は学校に遅刻して行った。
「仁ちゃん今頃来たの。」
「おう。優か。今走り入れて来た。」
仁に話しかけて来たのは同級生の『浜地優』
だった。
仁と優は、小学校の時から一緒だったのである。
「それでバイクの調子はどうだったの」
「そりゃもう。サイコーだったよ。お前にも俺の走りを見せたかったぜ」
「私はいいよ。それより今から体育よ。早く体操服に着替えないと。」
「俺はいいよ。教室で寝るから」
仁は学校に来るといつも寝るか食うか喧嘩してるかだった。
「もう。そんなんじゃ落第するわよ。」
優がそう言うと仁は手を上げて教室の方に歩いて行った。
そして、自分の席に座るとそのまま寝てしまった。
暫く寝ていると仁の周りを数人の学生が囲んでいた。
「おいこら。起きろこら」
「んん、ああ、なんだ。」
「おまえだな。この前俺のダチをボコボコにしたのは」
仁を取り囲んだ連中はこの前仁と大喧嘩をした『世武羅』の仲間だった。
「ああ、五人も居て俺にボコボコにされたあのボンクラ共の仲間か。
それで、何の用。」
「このやろう、あんまりなめいてると・・」
するといきなり仁が立ち上がった。
そして、今話してた男の胸座を掴むと
「俺は今、眠いんだよ。お前等の用事は後にしてもらえねえかな」
と低い声で言った。
ところが側に居た別の男がいきなり仁に殴りかかって来た。
仁は避けきれずに殴られた。
「痛っつう」
そう言って殴った男を睨むと直ぐにその男を殴り倒した。
殴られた男は一発で伸びてしまった。
周りの連中はそれを見て少し下がったがもう一人の男が仁に叫んだ。
「おいこら。殺すぞこらぁ」
仁はその男がしゃべり終らないうちに殴り倒した。
そして、その周りの男達も蹴られて後ろに吹っ飛んで行った。
「お前達は弱いくせに俺に喧嘩を売るんじゃねえよ。このボケが」
仁はそう言うとまた自分の席に戻って寝た。
仁を囲んだ連中はそこでのびている男達を抱えると教室から出て行った。
そこへ同じクラスの子達が戻って来た。優も戻って来た。
そして、仁の所に来ると
「仁。さっきこの教室から出て行ったの、この学校の三年生でしょ。何かあったの」
「ああ、なんもねえよ。それよか、俺は眠いのよ。少し静かにして」
そう言うと仁はまた寝てしまった。
その態度に怒った優は仁に身体をぶつけた。
すると、仁は目を開けて顔を上げた。
その時優は、仁の前で体操服を脱ぐ振りをして、
「私達、今から着替えるの」
その言葉に仁は小さく頷くとそそくさと教室を出て行った。
そんな仁の前に一人の男が寄って来た。
「仁ちゃん。この前『世武羅』と揉めたんだって。
さっき三年の男達が仁ちゃんを捜しに来ていたけど」
そう言ったのは同じクラスで仁とは一番仲の良い『真下大樹』だった。
「おお、大か。そいつらさっき俺の所に来たけどボコボコにしてやったよ」
「仁ちゃんは、強すぎなんだよ。もう完全に目ぇ付けられているよ」
「いいよ。それより、後で一緒に走り行かねぇ」
「おお。いいねぇ」
二人はそう言いながら廊下を歩いて行った。
そして、そのまま外に出ると先生達に見つからない様に校庭の柵を越えるとバイクを止めている所に走って行った。
「仁ちゃんのZ2はいつ見てもカッコいいなあ。
ブラック一色の車体に銀色のエンジンがたまんねぇ」
「そうか。大のFXも俺と同じでブラックじゃん。なかなかカッコいいよ」
Z400FX。通称FX。
このバイクもカワサキが1979年に欧州で『Z500』が発売。
それをスタイリングは変えずに日本向けに排気量を400にして中型バイクで発売したのがZ400FXである直線なラインで角々なスタイルが人気を呼んだ。
当時の400CCバイク人気のスタートを切ったのがこのバイクである。
(僕の友達にもこのバイクに乗っていた者が数名いた。)
そして、その後各メーカーからも次々に400CCのバイクを発売し始めた。
そして、中型バイク戦国時代が来た。
「いやいや、仁ちゃんが4月に免許取ったから俺も先月やっと大型免許取ったけど、そんなでかいバイクは操れないと思ったからこれにしたんだよ。
まあ400にしてはでかいほうだからね。」
「よし。それじゃ海岸を一っ走りしようぜ」
仁は真っ黒のフルフェイスをかぶるとバイクを走らせた。
大も仁の言葉に親指を立てて合図すると後を付いて行った。
二人は風を切って走って行った。
この日は平日で車の通りも少なく、前日には雨が降った為に道路上の砂もほとんど無かった。
その為コーナーを攻めるにはちょうど良いコンディションだった。
「大。今日はバリ走り易いな。もうサイコーだぜ。」
仁は凄い勢いで飛ばしていた。
「仁ちゃん。待ってくれよ。俺はまだ免許取り立てだって言ったろ」
仁と大の差はどんどん開いて行った。
暫く行くと仁は自動販売機の前で止まった。
「大はこのコーヒーが好きだったかな。俺はこのオリジナルっと」
仁は缶コーヒーを買いながら大が来るのを待っていた。
そして、大が到着した。
「仁ちゃん。速すぎ。俺もう付いて行けないよ。」
「ごめん。ごめん。はいこれ。お詫びの印。」
「あ、ありがとう」
二人は暫く缶コーヒーを飲みながら休憩していた。
「しかし、仁ちゃんは速いな。ここの海岸線は結構きついカーブが多いってのにどんどん差をあけて行くんだから」
「そうか。まあ、俺は晴れの日は毎日あの峠に言っているからじゃないかな。」
「ところで仁ちゃんはなぜこのバイクを選んだの。
これって凄く古いバイクだろ。まあ俺のも古いけど。」
「俺が中一の時にあるバイク屋の前を通った時にガラスの向うにこれがあったんだ。
その時このバイクに一目ぼれしたんだ。毎日その店に行ったよ。
すると店の人が出て来て店の中に入れてくれたんだ。
そして、『跨ってみるか』って言われて俺は直ぐのこのバイクにまたがった。
身体が痺れるって言うのはこの事を言うんだなって思ったよ。サイコーだった。
それから中学を卒業するまで新聞配達のバイトをやって金を貯めたんだ。
そして、このバイクを買った。
その時店のおっちゃんが綺麗に仕上げてくれたんだ。」
「へえ。そうなんだ。
まあ俺は本当は仁ちゃんみたいにでかいバイクが欲しくて『Z1000МKⅡ』が欲しかったんだけど。
やっぱ、でか過ぎ。俺には無理。だからこれにしたんだ。」
Z1000МKⅡ。
カワサキが1979年に日本仕様として発売された(北米仕様はKZ1000МKⅡ)。
これもやはりFXと同じ様に直線的なボディーラインで、この前に海外向けに発売されたZ1000は、マフラーを2本出しにしていた。
Z750FXとの外観の違いは、エンブレムとマフラーくらいでほとんど見分けがつかない。
「あれもカッコいいからな。やっぱバイクはカワサキビックバイクだぜ」
二人がそう話していると向うから無数のバイクが来た。
そして二人の前に止まった。
「おいっ。お前はこの前俺達のダチをボコッたやつだな。」
「仁ちゃん。こいつ等世武羅の連中だぜ。」
大が仁の耳元で呟いた。
「なに、またボコられに来たの。」
仁は立ち上がるとバイク集団の一番前に居た男に言った。
仁の身長は180cmを超えて長身だったので一番前に居た男よりも大きかった。
その為にその男は気押されして少し後ずさった。
「お前・・・俺達の総長が呼んでいる・・・ちょっと・・・付いて来い」
その男は少し怯えながら仁にそう言った。
「仁ちゃん。行ったらヤバい事になるよ」
大がそう言ったが
「大。俺は行かない方がもっと嫌だな」
仁はそう言うとヘルメットを被ってバイクのエンジンをかけた。
「しょうがないな。俺も付いて行くよ。」
大もバイクのエンジンをかけると二人は世武羅の連中に付いて行った。
そして二人が着いた場所は近くの港にある倉庫だった。
そこは世武羅の溜り場になっていた。