第6話 ツヴェルガー公爵家の没落
アレクサンドラの絵の道具を拾い集めた金髪の美男子は、ローデリア王国一の大貴族ツヴェルガー公爵家の若き当主ライナー・フォン・ツヴェルガーであった。
ライナーは、アレクサンドラ達3人が十分遠ざかったのを見て、フリードヘルムに話しかけた。
「同じコンパートメントに乗ってこないから、てっきり乗り遅れたと思ったよ」
「閣下、ご心配おかけして申し訳ありません。王都での買い付けで予想外に時間がかかりまして……駅に着いたのがギリギリになって別のコンパートメントに乗ってしまいました」
フリードヘルムは、参ったという風に頭をかいた。
「こう言っては申し訳ないのですが、怪我の功名でした。そうでなければ、あのご令嬢と知り合いになれませんでしたから」
「あのご令嬢?」
「ええ、閣下が絵の道具を拾ってさしあげた、あの令嬢です」
「ああ、あの……君はそんなに彼女を気に入ったのか?」
「話せた時間は長くないですが、あんなに話が弾んだ女性は初めてです」
「そうか。確かに話せば楽しそうなご令嬢ではあったな」
「おや、閣下も彼女にご興味がおありですか?」
「い、いや、少し話してみて親しみやすいと思っただけだよ」
「彼女は、ブラバント伯爵家の別荘にしばらく滞在されるそうですから、まだお会いする機会はあるのではないでしょうか」
「ブラバント伯爵家? 彼女はブラバント伯爵家のゲストなのか?」
「いえ、彼女は伯爵家のご令嬢、アレクサンドラ・フォン・ブラバント様です」
「ブラバント伯爵令嬢?!」
ライナーは急に血相を変えてアレクサンドラの名前を聞き返した。その剣幕にフリードヘルムは驚いた。
「一体、どうされたのですか?」
「い、いや、何でもない。それより母と妹が来る前に早く別荘へ行こう。そうでなければ、わざわざ急いで汽車で来た甲斐がない」
「本当によろしいのですか? お母様と妹君は、美術品の売却に反対されているのですよね?」
「ああ。でも、どうせヒーム湖畔の別荘も売りに出すんだ。美術品だけ取っておいても、領地の屋敷に全部置ききれないし、見てくれる客もいない」
数年前、ライナーの父である先代公爵は、投資に失敗したために莫大な借金を負い、自殺してしまった。もっとも、自殺を罪とする教会の手前、公爵は表向きには事故で急死したことになっている。
ライナーは、父の後を継いでから金策に走り回っている。だが、領地経営の効率化や不動産、美術品などの動産の売却ぐらいしか策がない。彼が何か商売に乗り出そうとしても、母の先代公爵夫人アンゲラや妹のガブリエラが卑しい商人の真似事をするなと大反対する。
それだけでなく、彼女達は不動産や動産の売却にも猛反発している。伝統ある大貴族のツヴェルガー公爵家の大恥だ、先祖に申し訳が立たないと彼女達は文句ばかり言う。
当主のライナーとしても、本心でそうしたかったわけではない。でももう背に腹は代えられない。莫大な借金のために領地を売って爵位返上する羽目になるよりはよい。
不動産や動産を売り出したら、社交界に噂が広がるのは避けられない。いや、もう公爵家没落の噂は広がっている。ライナーが金策に奔走し始め、公爵家が社交界の表舞台から去って大分経つ。
ライナーは自分の力が及ばず、名誉を重んじるアンゲラやガブリエラには申し訳ないと思っている。彼女達は、今の家の状況が恥ずかしくて他家のお茶会や夜会に出席できなくなってしまい、彼も忸怩たる思いだ。特にガブリエラには公爵令嬢として相応しい婚約者がいたのに、父が亡くなってすぐ婚約を解消されてしまい、不憫な思いをさせている。
彼女達へのせめてもの配慮として、ライナーはなるべく外国の業者に買い取りをしてもらうことにした。だからこそ今回、ライナーはヒーム湖畔の別荘の美術品の査定を隣国・ライヒ王国の美術商フリードヘルムに依頼したのだ。
◇ ◇ ◇
ライナーとフリードヘルムは、ヒーム駅前での会話を早々に切り上げ、無紋の馬車に乗り込んでツヴェルガー公爵家の別荘へ向かった。
その別荘は、豪奢な建物に大きな庭園が備わっている、本来壮麗なものであったが、今やどこか物寂しい雰囲気が漂っていた。
それもそのはず、ライナーは後を継いだ時に別荘の使用人の大部分を解雇したので、今は別荘を維持するための最低限の人員しか置いていない。
それに加え、以前は休暇シーズンの前に王都からも使用人を別荘へ送り込んでいたものだが、公爵家にはその余裕ももはやない。
広大な庭園の中央にある大きな噴水は、水が止められてカラカラに乾いており、中には落ち葉や枝が落ちている。
花壇には、以前は公爵一家が来る時期に合わせて開花する花が植えられていた。でも今は、なるべく手間がかからない植物に変わっているか、何も植えられていなくて雑草が生え始めている。
庭も建物の中も、人目につかない場所やあまり使わない場所まで手入れが行き届かない。それどころか、ライナーが今、足を踏み入れたばかりの豪華なエントランスすら、なんとなく埃っぽい。
ライナーは文句を言うつもりはないが、母と妹が見たら絶対に不満タラタラになるだろうと頭が痛くなった。
彼がちょうどそう思っていたところに、聞き覚えのあるキンキン声が響いてきた。




