第5話 奇遇な再会
途中まで列車の同じコンパートメントに乗っていたフリードヘルムが、アレクサンドラ達のほうへ近づいてきた。
「あら、フリードヘルムさん!」
アレクサンドラがフリードヘルムを呼ぶと、彼女の鞄の中身を拾ってくれた金髪の男性は驚きの表情を隠さず、フリードヘルムに話しかけた。
「なんだ君、彼女と知り合いだったのか」
「そう言っていいのかどうか……実はつい数時間前、知り合ったばかりなのです」
「つい数時間前?」
「1等車で偶然同じコンパートメントになっただけなのですけどね。でも誤解しないでください。僕は次の駅でちゃんと別の客車に乗り換えました」
「誤解も何も、君は紳士だと私も分かっているよ」
その時、息せき切ってアナとヨーゼフがようやくやって来た。
「お嬢様! 遅くなって申し訳ありません!」
「この者達はあなたの使用人か?」
「ええ、私の侍女と護衛ですわ」
金髪の男性は、その答えを聞いてアナとヨーゼフに向き直った。
「君達、駅構内や周辺で彼女を1人にしないほうがいいぞ。さっきもスリに狙われていた」
アナとヨーゼフは真っ青になってペコペコ謝った。
「ご注意、ありがとうございます」
「お嬢様、申し訳ありません! 大丈夫でしたでしょうか?」
「ええ、大丈夫よ。この方が気づいてくださったから」
「申し訳ありません。プラットフォームが混雑していて早く来られませんでした」
「何事もなかったから、結果的にはよかったが、次回からは気を付けるといい。――ご令嬢、それでは私達はここで失礼します」
「ありがとうございました。本当に助かりました」
フリードヘルムと金髪の彼が遠ざかると、アレクサンドラは我に返った。
「ああっ、お名前をお聞きするのを忘れてしまったわ! ねえ、アナ、ヨーゼフ、あの方、とっても素敵だったでしょう? ああ、どうしてお名前を聞かなかったのかしら。大失敗だわ……!」
「おふたりいらっしゃいましたよね。どちらの男性のことでしょうか?」
「栗色の髪の男性はフリードヘルムさんっておっしゃるんだけど、もう一方の金髪の男性のお名前を知りたいの」
フリードヘルムも決して不細工ではない。むしろ割と整っているほうだ。でも鞄の中身を拾ってくれた金髪の男性に比べると、フリードヘルムの印象は霞んでしまう。
「フリードヘルムさんは、途中まで同じコンパートメントに乗っていらしたのだけど、私の名誉のために途中の駅で3等車に乗り換えてくださったの。1等車の乗車券をお持ちだったのに」
「まあ、なんて紳士なんでしょう」
「ライヒ王国の美術商だから、そつがないのかもしれないわ。ねえ、それより金髪のほうの男性がどこの方か、分かる?」
アナとヨーゼフは、フリードヘルムの紳士ぶりに感激していたが、アレクサンドラはそれよりも金髪の紳士のほうが気になって仕方なかった。
「さぁ……私どもにはさっぱり分かりません」
「そうよねぇ……でもあの身のこなしや身なりはどう見ても高位貴族だと思うの」
「それなのにお嬢様もご存知ないのですか? 若奥様のドレスの宣伝で色々な夜会に出席なさっているのに」
「あの完全無欠な容姿では、令嬢達に言い寄られて大変だから、出席されていないのかもしれないわ」
「それか、ご結婚されていてお嬢様の出席なさるような夜会に参加されていないのかもしれません」
「そんな想像ひどいわ!」
アレクサンドラは、手の中のハンカチを握りしめた。その手に砕けた水彩絵の具の破片が布越しに触れた。
「あ! そう言えば……」
アレクサンドラがハンカチを広げると、粉々になった絵の具の下に家紋らしき刺繍が顔を覗かせた。
「お嬢様、残念ですね。でもパレットに入れれば使えるでしょうから、先生にいただいた絵の具を捨てずにすみます。気落ちなさらないでください」
「ええ、もとよりそうするつもりよ。それよりこれを見て! どこかの家紋だわ!」
ヨーゼフは、アレクサンドラの掌の上のハンカチをじーっと見つめた。
「このハンカチは、その方のものですか?」
「ええ、そうなの。絵の具が砕けたのを残念がっていたら、これで包むようにと言ってくださったのよ」
「親切な方ですね」
「そうでしょう! 構わないと言ったのに、地面に落としてしまった絵の具も筆も全部拾ってくださったのよ。お姿だけでなくて心も美しい方なの。ああ、本当にお名前を知りたいわ! ヨーゼフ、どう、何か思い出せる?」
「貴族の家紋のようですね。どこかで見たような……」
「ヨーゼフ、本当に?! ほんのちょっとでもいいから、何かヒントを思い出せる?」
「そうか……あっ!……いてっ! も、申し訳ありません。思い出せそうもありません」
アナが陰からヨーゼフを小突き、彼の言葉は歯切れが悪くなった。
「ええ、そんな……でもお父様なら知っているわよね。ああ、早くお父様に会って聞かなくちゃ!」
アレクサンドラは、希望を見つけて再び顔をほころばせた。
「馬車があちらに用意してあります。参りましょう」
「ええ、早く別荘へ行きましょう」
いそいそと歩き出す彼女の背後でアナとヨーゼフは小声で内緒話を始めた。
「お前もあれがどこの家紋か分かったのか?」
「ええ、でも旦那様のご意見を聞かなくては」
「でも今度は、お嬢様にふさわしい身分の方じゃないか」
「でもちょっとあの家門は……」
アレクサンドラが突然振り返ったので、アナとヨーゼフはあわてて口をつぐんだ。
「何こそこそ話してるの?」
「いえ、お嬢様、何でもありません」
「内緒ごとは駄目よ?」
「ええ、もちろんです、お嬢様」
アレクサンドラの希望に満ちた笑顔とは対照的にアナとヨーゼフの表情には陰がさしていた。




