第11話 後継ぎ問題
アレクサンドラの目の前で嫁姑対決が始まった。もっぱらの火種は、子供のこととレオンティーネの仕事のことだ。
ゲルダとレオンティーネの言い争いは、アレクサンドラにとって、もう日常茶飯事になっている。レオンティーネが気の毒だとはアレクサンドラも思う。
でもレオンティーネは姑に黙ってやりこめられる人間ではない。それに自分に矛先が向かうのも嫌なので、アレクサンドラはなるべく口を挟まないことにしている。
「あなたねぇ、仕事仕事って、いつになったらそんなことをやめるの? 次期伯爵夫人が別荘に来てまでドレスを売りつけるなんて、恥ずかしいわ!」
「お義母様、お言葉ですが、そういう商売で伯爵家は富を築いてきたのではありませんか」
「りょ、領地だってあるわよ!」
ゲルダは、レオンティーネに痛い所を突かれてどもってしまった。
「今は領地経営が利益を生むどころか、どこも赤字ギリギリだとお義母様だってご存知でしょう?」
「だからって商売は女がやることじゃないわ。妻の務めは後継ぎを産むことでしょう? いつになったら期待に応えてくれるの?」
「そういうことは、夫と相談して決めますので。では、失礼します――あ、ヨハネス!」
ちょうどその時、ヨハネスがルーカスと話を終えて戻って来た。
レオンティーネは、ゲルダの前では怒りの表情を抑えきれなかったが、近づいて来た夫を見て表情をパッと明るくした。
「母上、また余計なことをレオンティーネに言ったんですね」
ヨハネスは、レオンティーネを背後に庇い、ゲルダに抗議した。
「余計なことじゃないわ! 後継ぎのことなのよ!」
「ハァ……何度言ったら分かってくれるのですか?!」
「分かってくれないのは、あなた達でしょう? ルーカスだって後継ぎのことを心配しているのよ。優しいから何も言わないだけなの。お父様にそんな心配をかけて申し訳ないと思わないの?」
「後継ぎなら、アレクサンドラの子供をもらってもいいし、それが無理でも、遠縁の子供を養子にもらえばいい。子供を作るかどうかは、俺達の問題だ。口を挟まないでくれ」
「そんなわけにいかないわ! アレクサンドラが2人以上産めるかどうか分からないし、嫁ぎ先が駄目と言ったら養子にもらえないのよ! それに遠縁の子供は、実の両親の影響が心配だわ」
「お兄様、勝手に決めないでよ!」
アレクサンドラは、母に言われずとも、兄に勝手にあてにされてムッときた。ましてや、自分の子供を託すのが仲の悪い兄だなんてとんでもない――アレクサンドラはそう憤った。
「お母様、行きましょう!」
「ちょ、ちょっと、アレクサンドラ! 私はまだレオンティーネと話があるのよ!」
アレクサンドラは、抵抗する母の手をお構いなく引っ張って行った。
◇ ◇ ◇
「なあ、レオンティーネ、母上にはああ言ったが……子供を作らないか?」
アレクサンドラとゲルダの姿が見えなくなると、ヨハネスはおずおずと口を開いた。だがレオンティーネは、肩にかけられたヨハネスの手をパシッと振り払った。
「結婚前に約束したでしょう?! 今更そんなことを言うなんて卑怯だわ!」
「すまない……あの頃は考えなしだった。養子を迎えることがこんなに大変だとは思わなかったんだ」
「だからって約束を破って私に子供を産めって言うの?!」
「ごめん……でもそうしてもらえると助かる」
「子供なんて作ったら、ドレスを作る時間がなくなるじゃないの!」
「いや、確かにそうだけど……産みさえしてくれれば、あとは乳母を何人も雇ってしっかり面倒を見てもらうから、君がドレスを作る時間は確保できるよ」
「簡単に言ってくれるじゃないの。私が妊娠している間は? つわりがひどくてドレスを作れないシーズンがあったら、顧客に忘れ去られちゃうわ!」
「君のドレスは1流品だ。忘れられるわけがない。どうしても心配だったら、誰か別の人にその間だけデザインしてもらえばいいじゃないか」
「そんなもの、私のドレスじゃなくなるわ! 結婚すれば絆されて子供を持ちたいって思うようになるって思っていたんでしょう? そんなの姑息だわ!」
レオンティーネは、ますます激昂した。でもヨハネスも、レオンティーネをなんとか説得できないかと必死に言いつのった。
「ああ、姑息だって自分でも分かっているよ。だけど俺もしょっちゅう言われて辛いんだよ」
「あなたは実の息子だからまだ我慢できるかもしれないけど、私なんてもっと針の筵よ!」
「すまない。だけど俺は伯爵家の1人息子だ。そんな約束をしても、後継ぎ問題からは逃げられないと分かっていただろう?」
「だから婚前契約書を作ってまでして約束したでしょう!」
「俺も君ももう28だ。早く作らないと手遅れになる」
「な、何?! 手遅れになったら、どうするつもり?! 子供を作らないのなら、離婚するとでも言うの?!」
「い、いや、そんなわけないよ。だけど……」
「そうよね。あなたは私を愛しているんだから。この話はもう終わりでいいわね?」
「あ、ああ……」
レオンティーネに惚れこんだヨハネスが子供を作らなくてもいいと約束して5年前に結婚したのは確かだが、最近は子供のことで口論が絶えない。そんなギスギスした夫婦関係にヨハネスも疲れてきていた。
「今日は自分の部屋で休むよ。君もあまり根詰めないようにね」
「ええ」
レオンティーネは、もう心ここにあらずといった様子でヨハネスの言葉に適当に返事をし、仕事部屋に戻った。
ヨハネスも自分の部屋に戻ると、ソファにドサッと座り込み、頭を抱えた。
「ハァ……」
その時、コンコンとドアがノックされた。
ヨハネスが入室を許可すると、王都の本邸から連れて来たアナとヨーゼフの娘ヴィクトリアが入って来た。
ヴィクトリアは、元々はアレクサンドラ付きの侍女であった。以前は同い年のアレクサンドラと主従の関係を超えて仲よくしており、ヨハネスも妹のようにヴィクトリアをかわいがった。
アレクサンドラがヨハネスと仲違いするようになってからは、彼の肩を持つヴィクトリアと微妙な関係になった。アナが主人の家族関係に干渉する娘に苦言を呈したので、親子関係も悪化し、最終的にヴィクトリアはヨハネスに仕えることになった。
「若旦那様、お茶をお淹れしましょうか?」
「ああ、頼むよ」
ヴィクトリアが淹れてくれたお茶を飲んでヨハネスは一息ついた。
「ああ、落ち着くな。お前の淹れたお茶で元気がでてきた。ありがとう」
「若旦那様に喜んでいただけて嬉しいです。最近、お疲れのようで心配していました」
「ああ、ちょっとな……それにしても、お前に『若旦那様』と呼ばれるのは、なんだか妙な気分だな。他に人がいない時は子供の頃のように呼んで構わないぞ」
「そんなわけに参りません。癖になって人前でもついお名前で呼んでしまいそうです」
ヴィクトリアは、そう言いつつも、嬉しそうだった。




