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短編集

奈落に落とされた保全士、職人魂に火がつく。「こんな手抜きダンジョン、僕が理想郷に作り変えてやる」~元中ボスのダークエルフを添えて~

作者: 早野 茂
掲載日:2026/02/07

《奈落への切り捨て》


「……おい、リアン。聞こえないのか?定員オーバーだって言ってるんだ」


勇者ゼクスの声は崩落の轟音の中でも冷酷に響き渡った。

ここは未踏破ダンジョン『神の胃袋』の最深部。

空気を震わせる重低音の咆哮とともに暗闇の奥からソレは姿を現した。


伝説の魔獣『迷宮喰らい(ダンジョン・イーター)』。

百を超える眼球が不規則に蠢き、数千の牙が並ぶ同心円状の口からは、岩石をも溶かす粘ついた消化液が滴り落ちている。

その巨体が動くたびに、強固なはずの迷宮の壁が飴細工のように拉げ、凄まじい振動が一行を襲った。


「ひっ、……あ、あいつ、迷宮そのものを食ってやがる……!」


重戦士の足がガタガタと震え、魔術師は恐怖のあまり呪文の詠唱すら満足にできず、杖を握る指を白くさせている。

一振りで山を砕く猛威を前に、勇者パーティの「無敵」という自負は瞬く間に霧散していた。


「ゼクス様、転移魔法の準備が……っ!でも、崩落の余波で魔力が散って、安定しません!転送できるのは、最大で三名までです!」


「三名だと……!?クソッ、俺と、魔術師と、重戦士でちょうど三人じゃねえか!」


ゼクスの視線が一行の最後尾に立つリアンを射抜いた。

かつてこのダンジョンの入り口で道が分かれた時、ゼクスは無言でリアンの肩を叩き、進むべき方向の判断を委ねたことがあった。

その時リアンは保全士としての知識で「左です」と答え、ゼクスは「お前の判断なら間違いない」と笑って頷いたのだ。


だが今の彼にその面影はない。


「悪いなリアン。ここで人類のために『囮』になってくれ。名誉ある犠牲だ、感謝してやるよ!」


言葉が終わるより早くゼクスの革靴がリアンの胸に叩き込まれた。

肺の空気を強制的に吐き出させられ、リアンは魔法陣の外――魔獣の牙が迫る絶望の暗黒へと弾き飛ばされた。


「あ……がっ……!」


背中が冷たい石畳を打つ。

顔を上げた瞬間、リアンの視界を埋めたのは光と共に消えていく仲間の「笑顔」だった。

ゼクスはせせら笑い、魔術師は面倒そうに目を逸らし、重戦士はただ安堵の表情を浮かべていた。


次の瞬間転移の光が完全に消失し、辺りは重苦しい静寂に包まれた。

獲物を目前にした『迷宮喰らい』が、ドロドロとした消化液を床に溢れさせる、不快な音だけが支配する死の空間。


だがリアンの瞳に宿っていたのは恐怖ではなかった。

それは、荒れ果てた工事現場を前にした時のような、冷徹な「職人の観察眼」だった。


「……汚いな、本当に」


リアンは目の前に迫る伝説の魔獣を見据えぽつりと呟いた。

「地脈の通りは歪んでるし、天井の梁はシロアリ擬きに食われてスカスカだ。保全士として、我慢ならないな」


咆哮を上げ千の牙を剥き出しにして飛びかかる魔獣。

リアンは腰のポーチから長年愛用してきた「点検用ハンマー」を静かに取り出した。

そして迫りくる巨体を見極め、足元の石畳にある一点――数ミリだけ浮き上がった楔石を、正確に、そして軽く叩いた。


「――全壊しろ。ここはリノベーション対象だ」


直後ダンジョン全体が「悲鳴」を上げた。

リアンが叩いたのはこの階層全体の荷重と魔力ラインが交差する『応力集中点』だ。


ズガガガガッ!と連鎖的な破砕音が鼓膜を劈き、天井の巨大な岩盤がまるで計算されていたパズルのように魔獣の頭上へと正確に降り注ぐ。

伝説の魔獣は数百トンの瓦礫の山に一瞬で押し潰された。

リアンの「保全スキル」による、精密制御解体。


砂塵が舞う中、リアンは埃を払いながら平然と言い放った。

「こんなモンスター、僕に任せてくれれば何てことなかったのに。……ま、いいか」


崩落によって入り口は完全に封鎖された。

外界との繋がりは断たれたが、リアンの心に去来したのは、晴れやかな解放感だった。

しかし、ふと瓦礫のそばに落ちた自分の手元を見て、リアンの動きが止まる。


(……ああ、そうか。あっちに置いたままだったな)


視線の先、転移の光が消えた石畳の上に、ポツンと取り残された「革の工具箱」があった。


それはパーティを組んだばかりのゼクスが、「お前の腕は信じてるからな」と、ぶっきらぼうにリアンに手渡してくれたものだった。

保全士としてのリアンを認めていた、かつての彼との唯一の絆。


リアンは今しがた自分を蹴り飛ばした男の足元に、その箱が転がっていたことを思い出す。

リアンが魔法陣の外へ弾き出された際、あまりの衝撃に腰のベルトから箱の留め具が弾け飛んでしまったのだ。


今、手元にあるのは点検のためにポーチに入れていた数本の道具とハンマーだけ。

かつての仲間と共に歩み、手入れを欠かさなかった愛用の工具たちは、箱ごとゼクスたちの元へ――あるいは転送の渦に巻き込まれて消えてしまった。


リアンは一瞬だけそこを見つめ、それから何事もなかったかのように視線を外した。


「晴れて自由な身になったし、ここで暫く気ままに生活するのも良いかな。……とはいえ、これだけ手抜き工事が重なった現場じゃ、あまりに寝心地が悪すぎる」


リアンはランタンに火を灯した。

「よし、まずは掃除から始めよう」


彼は新しい図面ケースを傍らに置き、ゆっくりと腕まくりをした。

この奈落の底を究極の理想郷へと作り変えるための、長いリノベーションの幕が上がった。


《職人魂と美しき同居人》


勇者たちに切り捨てられてから、一週間。

かつて伝説の魔獣が死を撒き散らしていた奈落の底は、もはや「ダンジョン」という言葉が相応しくない空間へと変貌を遂げていた。


リアンが最初に行ったのは、崩落箇所の徹底的な補強だった。

単に石を積み上げるのではない。

地脈から溢れ出る魔力を、自作の「魔力伝導杭」によって安定させ、その余剰エネルギーを室内の温度調節と明かりに転換したのだ。

結果、湿ってカビ臭かった空気は、標高の高い高原のように澄み渡り、魔石の粉を混ぜた漆喰壁が、昼間の陽光のような柔らかな光を室内に満たしている。


リアンは黙々と作業を続けた。

地脈の乱れを整え、壁の亀裂を一つずつ埋めていく。

天井の補強を終えた後、リアンはしばらく動かなかった。

理由は分かっている。

ここは、かつて勇者たちと夜を明かしながら、誰一人として本当には休めなかった場所だったからだ。


リアンは小さく息を吐き、再び手を動かした。

その作業の途中で、瓦礫の下に埋もれていた一人の女性を見つける。


深い褐色肌と尖った耳を持つダークエルフ。

彼女は、この階層の守護者にして「死の処刑人」と恐れられた元中ボスであったが、今の彼女はただ、清潔なシーツに包まれた無防備な負傷者に過ぎなかった。


「……う、ん……」


柔らかな光の中で、彼女は意識を取り戻した。

自作の「体圧分散式ベッド」に横たわっていることに気づき、跳ねるように上体を起こそうとする。

だが、体中の傷がそれを許さず、彼女は苦悶の表情でシーツに沈み込んだ。


「動かないほうがいい。肋骨と左腕を固定してある。……君の身分証代わりの『守護者の証』を見たよ。セレス、という名前で間違いないかな?」


リアンは、枕元に置かれていた黒曜石のプレートを指差した。


「『守護者の証』を知っていて……私を殺さなかったのか?私は魔物だぞ。お前たち人間を、何人も屠ってきた……」


「保全士の仕事に、種族は関係ないんだ。僕は、崩れそうなものを直し、汚れたものを掃除し、住環境を整えるのが仕事だから。瓦礫に埋まって死にかけている誰かを放置するのは、僕のプライドが許さなかっただけだよ」


リアンは淡々と答えながら、傍らに置いた「魔導式高圧コンロ」の火を止めた。

部屋中に、食欲を暴力的に刺激する芳醇な香りが広がる。


「……なんだ、この匂いは」


「ちょうどスープが温まったところなんだ。ダンジョンに自生する火属性のキノコと、保存食の干し肉、それに浄化した湧き水を使った特製スープだよ。栄養価は高いはずだ」


リアンが差し出した銀の器を、セレスはおそるおそる受け取った。

彼女は震える手で一口、その黄金色の液体を啜った。


「――っ!?」


衝撃が、彼女の脳を突き抜けた。

今まで食べていた生の魔獣肉や硬い木の実とは、根本から次元が違う。

「美味しい」という言葉すら生ぬるい温もりが染み渡っていく。


「美味しい、なんて……そんな、……っ」


彼女の目から、一筋の涙が溢れた。

常に孤独と緊張の中にいた彼女にとって、この「清潔な場所」と「美味しい食事」は、どんな魔法よりも強力に彼女の心を撃ち抜いたのだ。


「……あなた、本当に、何者なの?勇者の仲間だったのでしょう?」


「さあ、あいつらにとっては、僕はただの『定員外』の雑用係だったみたいだけどね」


リアンは図面を広げた。

そこには、このエリアを個室や大浴場を備えた「自治都市」へと作り変える壮大な計画が描かれていた。


「……ここに居ても、いいんでしょうか」

セレスは、答えを求めてではなく、確認するように言った。


「居るだけなら、誰でもできるよ」

リアンは図面から目を離さずに言った。

「でも、掃除をするには、ここは少し広すぎるんだ。手伝ってくれるなら助かる」


セレスは、そのぶっきらぼうな響きの中に確かな居場所の感触を見出し、リアンの服の裾をそっと掴んだ。


「私……もう、血生臭い戦いには戻れないかもしれない。警備でも、力仕事でも、何でもするわ。だから、この暖かい場所から……私を追い出さないで、リアン」


「もちろん。歓迎するよ、セレス」


こうして、世間では「戦死」したと思われている保全士と、伝説のダークエルフによる、奇妙で甘いリノベーション生活が始まった。

リアンの技術は止まらない。

彼は次に、この最深部に逃げ込んできた弱小の魔物たちを住民として受け入れ、前代未聞の「ダンジョン・シェアハウス」の建設へと着手するのだった。


《勇者の再来と生活格差》


リアンが奈落に消えてから、三ヶ月が過ぎた。

地上の冒険者ギルドでは、勇者パーティ『光の聖剣』の凋落が連日のように噂されていた。

保全士という「縁の下の力持ち」を失った代償は、彼らが想像していたよりも数千倍重かった。


「ハァ、ハァ……っ!なんなんだよ、この階層は!魔物が、おかしいだろ……っ!」


勇者ゼクスが、茶色く錆びた聖剣を杖がわりにし、膝をついて喘いだ。

彼らが今「逃げ回って」いる相手は、かつてなら一撃で屠れたはずの低級魔物、コボルトたちだ。

だが、今の彼らは以前の「薄汚れた魔物」ではない。


リアンによる適切な居住環境と食事を与えられたコボルトたちは、今やリアンの大切な家族であり、この家の警備スタッフだった。

毛並みは艶やかに輝き、リアンお手製の小さな制服を身に纏った彼らは、一切の無駄がない洗練された動きで、侵入者である勇者たちを「遊んで」いた。

彼らは一度として攻撃を受けていない。

ただ、侵入者を疲れさせ、追い詰めることを楽しんでいるのだ。


泥水を啜り、泥濘で一睡もできず、心身ともに崩壊寸前の勇者一行。

彼らがようやく辿り着いたのは、地獄ではなく、この世の楽園だった。


「……な、なんだ、ここは……?」


ゼクスが呆然と声を漏らす。

磨き上げられた大理石の回廊。柔らかな魔導光。

清浄な空気。

その中央で、絶世の美女――セレスに、焼き立てのクッキーを口に運んでもらっているリアンがいた。


「……リ、リアン……!?」


ゼクスの叫びに、男はゆっくりと顔を上げた。


「おや、ゼクスさんじゃないか。……ずいぶんと、汚い格好だね。そんな格好で僕の家の玄関に侵入するなんて、少しマナーが欠けてるんじゃないかな」


リアンは紅茶を啜りながら、静かに、そして残酷なほど穏やかな視線を向けた。


「貴様……!生きていたならなぜ連絡をよこさない!誰のおかげでここまで来られたと思っているんだ!」


ゼクスは嫉妬に顔を歪ませ、抜いた聖剣をリアンに向けた。

その時、ゼクスは一瞬、リアンの足元に置いてある、新しい「手入れの行き届いた工具箱」に視線を落とした。

それから、何も見なかったかのように、無理やり怒りを絞り出すように剣を構え直した。


「その女もよこせ!その快適な部屋もだ!これは勇者である俺にこそ相応しいものだ!」


あまりに身勝手な言葉。

リアンが不快そうに眉を寄せた、その刹那だった。


「――うるさいですね。少し、身の程を弁えなさい」


セレスの声が氷のように響いたかと思うと、彼女の姿が掻き消えた。

「ガッ……!?」

重戦士と魔術師が声を上げる暇もなかった。

一瞬で懐に潜り込んだセレスの手刀が二人の首筋を打ち抜き、彼らは白目を剥いて床に沈んだ。


「な、……ッ!?」


ゼクスが驚愕し、剣を振り上げようとした時には、もう手遅れだった。

目にも止らぬ速度で背後へと回り込んだセレスは、その細く白い指で、ゼクスの首筋に冷たい感触を押し当てた。


「動かないで。喉笛を裂きますよ」


「ひっ、……あ、ああ……」


ゼクスの喉元に突きつけられていたのは、先ほどまで彼女が使っていた銀色の小さな『ケーキ用フォーク』だった。

だが、そのフォークに込められた殺気は、どんな大剣よりも鋭かった。


「貴方たちに、この場で偉そうにする権利なんてありません。ここは私の主、リアン様が作り上げた『聖域』です。汚れた口を開くことさえ許されない場所なのですよ」


セレスの瞳に宿る冷徹な光に、ゼクスは恐怖でガタガタと震えた。

首筋から一筋の血が伝う。


「セレス、そこまででいいよ。フォークが汚れてしまう」


リアンの穏やかな声に、セレスは一瞬で殺気を消し、優雅に身を引いた。

「失礼いたしました、リアン様。あまりに不愉快な羽虫でしたので」


「いいよ。……さて、ゼクスさん。君たちが何を求めてここに来たのかは知らないけれど、答えは一つだ」


リアンは懐から、管理者専用の「強制排除システム」の鍵を取り出した。


「待て、リアン!悪かった、俺たちが悪かった!お前を呼び戻してやる!また俺たちのパーティで保全士をやらせてやるから――」


「断るよ。僕はもう、ここが気に入っているんだ。……それに、君たちはまだ気づいていないようだけど」


リアンは冷たく言い放つと、パチン、と指を鳴らした。


「――君たちの帰る場所、もうどこにも無いよ」


「あ、がっ……あああああぁぁぁ!」


ゼクスたちの足元に魔法陣が展開される。

一瞬の後、勇者一行の姿は消え去った。

彼らが目覚める場所が、毎日規則正しくゴミが廃棄される「ゴミ捨て場」であることを、リアンだけが知っていた。


「……ふぅ。セレス、ごめんね。また汚いものを見せてしまった」


「いいえ、リアン様。お茶が冷める前にお戻りください」


セレスは微笑み、リアンのカップに新しい紅茶を注いだ。

平穏な時間が戻る。

リアンの瞳には、冷徹な計算が光っていた。


「さて、そろそろ『嘘の報告』が始まる頃かな。セレス、騎士団を迎え入れる準備をしておこうか。とびきりの『おもてなし』でね」


リアンの口元に、不敵な笑みが浮かんだ。

それは復讐者の笑みではなく、自分の「作品」が世界を震撼させることを確信している、一流の職人の笑みであった。


《虚飾の嘘と真実の光》


「王命である!逆賊リアンよ、速やかに出頭せよ!」


ダンジョン最深部、リアンが作り上げた白亜の防壁の前に、重厚な鎧を纏った王国騎士団が立ち並んでいた。

彼らを率いるのは騎士団長。

そして、その傍らで「勝った」とばかりに下卑た笑みを浮かべる勇者ゼクスの姿があった。


ゴミ捨て場に放り出されたゼクスは、その足で王宮へと駆け込み、「リアンが魔王軍を組織し、国家転覆の兵器を開発している」という虚偽を奏上したのである。


「リアン、今度こそ終わりだ!貴様のその贅沢な暮らしも、隣の女も、すべて王国が没収する!」


ゼクスの喚き声が響く。

しかし、リアンは静かに重厚な魔法銀の扉を開き、騎士団の前に姿を現した。


「騎士団の皆様。遠路はるばる、ご苦労様です。……ずいぶんと、お疲れのようですね」


騎士団長が声を張り上げようとしたその時、リアンの背後から漂ってきたのは、禍々しい魔力ではなく、人の心を根底から癒やすような「食事の香り」だった。


「お話は、中でお聞きします。皆様、まずはその泥にまみれた鎧を脱ぎ、こちらの『魔導式自動洗浄大浴場』へどうぞ。長旅の疲れを落とした後に、夕食をご用意しております」


一時間後。

そこには、純白のバスローブに身を包み、高級ソファに深く腰掛けて「……ああ、極楽だ」と涙を流す騎士団員たちの姿があった。

ゼクスの「一刻を争う」という督促により、強行軍を強いられていた彼らにとって、この清潔な環境は何よりの証拠だった。


「騎士団長殿。このダンジョンのリノベーションは、王国のインフラを劇的に改善するための『実験場』なのです。この自動洗浄システムを王都に導入すれば、民の暮らしはどうなると思われますか?」


リアンが差し出した図面と、目の前の圧倒的な現実。

騎士団長は確信した。

リアンは逆賊などではない。

王国に繁栄をもたらす、至宝の技術者であると。


「ゼクス殿……。貴殿は、この御方を『魔軍の将』と報告したな?」


「い、いや、それは……!」


指をさされたセレスが、優雅に一歩前に出た。

「私は、リアン様に命を救われ、その技術に心酔した者に過ぎません。虚偽の報告で主を貶めようとしたその罪……重いですよ」


彼女の放ったプレッシャーに、ゼクスは蛇に睨まれた蛙のように硬直した。

そこへ、リアンが密かに連絡を取っていた国王からの使者が到着した。


「国王陛下より伝言である!『保全士リアンの技術は王国の宝であり、その名誉を汚す者は許さぬ』!また、勇者ゼクスに対し、虚偽の報告をもって騎士団を私物化させた罪により、称号剥奪と国外追放を命じる!」


「そ、そんな……!俺は勇者だぞ!」


叫び喚くゼクスだったが、もはや彼を助ける者はいなかった。

彼はかつてリアンを「定員外」として突き落とした時と同じように、今度は法と民意によって、表舞台から永遠に追放されたのである。


数日後。

騒がしい連中がいなくなったダンジョン最深部に、再び平穏が戻った。

リアンは国家公認の「迷宮都市長」に任命され、彼の元には新たな住民たちが集まり始めていた。


「リアン様。次のリフォーム案ですが……少し、広すぎませんか?」


隣で図面を覗き込むセレスが、どこか落ち着かない様子で尋ねる。

「いや、これから住民も増えるし、備えは多いほうがいいからね」


「……そう、ですね。将来的には、子供部屋も必要になるかもしれませんし」


セレスの不意の言葉に、リアンは一瞬だけ動きを止め、それから少しだけ頬を染めた。


「……そうだね。考えておこう」


リアンは静かに図面を畳み、机の上のランタンの明かりを少しだけ落とした。

暗がりに沈む部屋の中で、新しくなった壁の質感を一度だけ確かめるように撫でる。


彼にとって、ダンジョンの修繕はまだ始まったばかりなのだ。


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