闇があるから光は目立つ
始まりはいつだったか私自身も覚えていない。何事も始まりは怖い物だが慣れるとそうでも無い。そう....殺人だとしてもだ。あの時ももそうだった(初心忘るべからず)この言葉がここまで悪い方向に働く事もないだろう。あの時はしょうが無かった。いや違う、自問自答する、あの時は言い訳するしか、自分以外の誰かのせいにするしか無かったんだ。後悔しない為にはどうすべきだったんだろう。今となってはは問える相手も居ないのだ。
雲ひとつない本物の快晴がそこに広がっていた。私はこの景色が好きだ。特にこれと言った理由はないただ好きという理由で十分だ。曇り始める、それと比例するように私の心も陰鬱な者に移り変わっていく。あぁ、もうそろそろ帰らないとな。6時くらいだろうか朧げな記憶を辿る。家を出たのが5時くらいでずっと空を見てたんだっけな?少しずつ脳の曇りが晴れていく。帰路を辿る。私は両親が嫌いだった。虐待されていたからだ。意味もなく鬱憤を晴らす為に殴られる母は見ているだけで止めてくれなかった。それどころか時々殴られた。私を殴る目には蔑み、優越感にひたるような悪意が潜んでいた。それはもはや母親の皮をかぶった化け物だった。だがそれは確かに母親だった。殴られようが罵詈雑言を言われようがその事実は変わらない。私はその事実が嫌いだった、私の理想の母親像とは似ても似つかない。世間の一般的な母親と言える存在で十分だったのに。それは傲慢でも身勝手でも欲張りでもない。全ての子供に与えられる平等な権利のはずなのに、、、だから私は母を殺した、眠っている所を不意打ちで、父も同じように。母は抵抗する間もなく生き絶えた。こんなにあっさりと殺せるのかと驚いたのをよく覚えている。母は最後まで私を愛してはいなかった。その目は憎悪に満ちていた、とても娘を見る目では無かった。すぐに父の寝室に向かった。父は何事も無かったように眠っている。その瞬間だけは私を現実に引き戻した。そしてまた同じことをする。だが父はすぐには死ななかった。だから滅多刺しにして殺した。何とか殺せた、あの時は私も危なかった。そこに転がる二つの大きな肉の塊はもう既に両親では無い(物)であった。ピーポーピーポー、、、パトカーと救急車の音が響き渡る街はいつもより騒然としている。私の事だろう。私の為だけにここまで盛大に祝ってくれている。何だか滑稽だった。笑みが溢れる、さあ捕まりに行こう私として、殺人犯として。
そのあとは一瞬だった。私がやりましたと罪を自白して終わり。マスメディアは騒ぎ立てる。13さいが両親を殺した。その衝撃的な見出しは人々を惹きつけた。私の街に来た取材では数回の面識の人間が私を語り被害者面をする。擁護する意見もあるがチラホラだ。やはり人間は嫌いだ。身勝手な私自身も、本当の正義とは何なのか、本当の正しさとは何なのか。




