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落ちこぼれ魔術師、異界に堕つ

「アリス=クロフォード。君は本日をもって、魔術学院を退学処分とする」


 冷えた宣告が、広い講堂に突き刺さった。

 その瞬間、ざわめきが起こる。視線が一斉に私へと注がれ、誰かが小さく笑った。

 ひそひそとした声が、刃のように突き刺さる。


「やっぱりね」

「全然使えなかったし」


 私は唇を噛み、ただ小さく頷いた。


「……はい」


 それ以外に、返す言葉などなかった。

 魔術学院。 王国で最も優れた魔術使いを輩出する名門。

 幼いころ、両親は言っていた。「お前には特別な力がある」と。

 その言葉だけを支えに生きてきた。

 だが、現実は残酷だった。


 火の魔術を放てば火花程度。

 水の魔術は、せいぜい足元を濡らすだけ。

 攻撃魔術も補助魔術も、何をしても中途半端。

 講師たちは「才能がない」の一言で私を切り捨てた。


 それでも、私は諦めなかった。

 けれど、努力は報われなかった。

 結果として私は、“学院始まって以来の無能”という烙印を押され、今日――退学という処置を下されたのだ。


 ⸻


「ったく……なんで私だけ……」


 講堂を出て、人気のない校門をくぐる。

 手にした鞄の中身は、ボロボロの魔導書と筆記用具、それに母からもらった小さなお守りだけ。

 この先どうするかなんて、決まっていない。

 学院で居場所を失った私は、もう帰るしかない。 あの小さな村へ。


「帰ったら……なんて言えばいいんだろ」


 両親はきっと悲しむ。

 期待して学院に送り出したのに、娘が“落ちこぼれ”だったと知ったら。

 胸が痛い。

 でも、逃げることだけはしたくなかった。


「……自分の力で、帰らなきゃ」


 私は、唯一少しだけ上達した魔術を思い出す。

 それが――《転移魔術》。

 講師からは「危険すぎる」と止められていたが、練習を重ねてきた。

 今度こそ、成功させて見せる。


「ふぅ。 ……よし」


 学院裏の森。誰もいない静寂の中で、私は深呼吸した。

 木々のざわめき、湿った土の匂い。

 地面に魔術陣を描き、呪文を唱える。


「――転移せよ、《ゲート》!」


 淡い光が地面を走り、空間がわずかに歪む。

 おお……できた。 やっと、成功したんだ。


 そう思った瞬間、魔術陣が震えた。

 光が一瞬で強くなり、私の足元から吹き上がるように暴走する。


「えっ……な、なんで……っ!?」


 叫ぶ暇もなく、視界が白に染まった。

 体が宙に浮き、次の瞬間――


 ドンッ、と衝撃が背中を打ち、私は意識を手放した。


 ⸻


「……いったぁ…………ここは?」


 重い体を起こす。

 視界に映るのは、見たこともない森。

 濃い霧が立ちこめ、木々は人間の国よりも異様に高い。

 空は紫がかった灰色で、風の音すら生き物のように唸っている。


「ここ……どこ?」


 足元の草を踏むと、紫色の花が光を放った。

 ぬめるような茎。 微かに漂う腐臭。

 息をするたび、胸の奥がざらつく。


「座標、間違えた……? そんなはず……」


 転移先を間違えたにしても、ここはおかしい。

 空気が重すぎる。

 まるで、この土地そのものが“人間を拒んでいる”みたいだった。


 ――ガサリ。


 音がした。

 私は反射的に振り向く。

 そこにいたのは、馬ほどもある黒い獣だった。

 狼に似ている。 だが、毛並みは闇のように黒く、吐き出す息が紫に光る。

 赤い瞳が、私を真っ直ぐに射抜いた。


「ま、魔獣……っ!」


 学院の図鑑で見た。

 魔族の大陸に棲む凶獣――《ダークウルフ》。

 その姿が現実のものとして目の前にある。


「ちょっと待って……待ってってば……!」


 私は必死に手を振る。


「落ち着いて! 私は敵じゃ――!」

『グルルルァアアアッ!』


 咆哮が森を揺らした。

 その声は、人間の言葉ではなかった。

 意思疎通の余地なんてない。

 理解できるのは、純然たる“殺意”だけ。


「やば……っ! −−燃えろ、《ファイア》!」


 私は咄嗟に火球の魔術を放つ。

 だが、飛び出したのは掌ほどの火の玉ひとつ。


「……ちっちゃ……!」


 私の少ない魔力で顕現した小さな火球がダークウルフに炸裂する。 もちろん、ダメージゼロ。

 逆に怒りを買ったらしい。 巨体が跳びかかってきた。


「きゃあああああっ!」


 必死に転がって避ける。

 爪が地面を抉り、木が粉々に弾け飛んだ。

 恐怖で呼吸が乱れ、心臓が早鐘を打つ。

 間髪を入れずにダークウルフが追撃する。

 もう、死ぬ……そう思った瞬間のことだった。


 ――シュッ。


 鋭い音が空を切り裂く。

 矢が一筋、闇を貫き、魔獣の肩に突き刺さった。


『グオオオオオッ!』


 黒い血が飛び散り、魔獣が苦痛にのたうつ。


「……ふぅ。危なっかしい人間ね」


 声がした。

 低く、冷たい女の声。

 振り返ると、そこに立っていたのは――フードを深くかぶった少女。

 その下から覗く肌は、夜に溶け込むような漆黒であった。


『グオオオオオ!』


 まだ息があったらしい。 魔獣が最後の力を振り絞り、こちらに突進してくる。

 だが、少女は静かに弓を引き絞った。

 淡い光が矢じりに宿り、放たれた瞬間、音もなく魔獣の額を貫いた。


 ドサッ――。


 巨体が崩れ落ち、森に再び静寂が戻る。


「……助けてくれて、ありがとう……」


 私は震える声で言った。

 少女はちらりとこちらを一瞥し、ため息をつく。


ダークウルフ(あんな雑魚)に手間取るなんてどこの間抜けかと思ったら……まさか人間だとはね」


 その声音には、冷たさというより“警戒”があった。


「それは……どういう?」

「……? あぁ……そういうことね。」


 理解が追いつかない私とは対象的に、合点がいったらしい彼女はゆっくりとフードに手をかけた。


「ここがどこかわかってるの?」


 フードに隠れていた美しい銀髪が月光を反射する。

 その美しさもさることながら、私が驚いたのはほぼ同時に現れた闇の紋が走る長い耳であった。

 明らかに、人間のものではない。


「ここは、魔族の大陸よ」


 息を呑む間もなく、闇の森が一層深く息づいた。

 どうやら私は未開の土地である魔族の大陸に誤転移してしまったようだ。

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