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異世界で『整体×魔術』始めます  作者: 桜木まくら
第三章『整体魔術士の領地開拓』

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第三章30『扉の封印』

「このまま川沿いを進めば、洞窟に出る」


先を行く男が、振り返らずに言った。

声はまだ掠れているが、足取りに迷いはない。

ナオトは一歩後ろから、その背中を見ていた。


「無理はするな。倒れたら意味がない」

「分かってる」


短く答え、男は歩みを緩めない。

逃げるために必死で駆け抜けた森を、今度は案内する立場で戻っている。


「それ、ずるくないか?」


パメラは地面に足をつけずにわずかに宙に浮き、流れるように移動している。

裾も髪も、枝や泥に触れることなく、静かに揺れているだけだ。


「この程度、魔力を制御すれば誰にでも出来ることじゃ。お主もやってみれば良かろう」


何気ない調子だったが、その口ぶりには一切の迷いがなかった。


「そんな簡単に出来るようなことじゃないだろ」


パメラはふん、と小さく鼻を鳴らした。


「そう思うならお主には魔法を使うことは出来ん。……あの娘のようにな」


その言い方が、どこか引っかかった。

ナオトは足を止め、彼女を見上げる。


「あの娘って、ザリナのことか?どういうことだ?」


パメラは少しだけ視線を逸らし、宙に浮いたまま森の先を見つめた。


「簡単なことじゃ。あの娘は魔法を信じておらん」

「でも、ザリナは魔法を使いたいって言ってたぞ」


その言葉に、パメラは静かに首を振る。


「使いたいと思うことと、使えると信じることは別の話じゃ。魔法を使いたければ、魔法を使えると信じることじゃ」

「信じるものは救われるってことか?」


パメラは即座に言い切った。


「信じぬものは救われぬということじゃ。過去に何があったかは知らんが、あの娘は奇跡を信じてはおらん。信じないものに奇跡は起きないのが道理じゃ」


ナオトは小さく息を吐いた。


「そんなものなのか」

「そんなものなのじゃ」


―――


「……この辺りです」


案内役の男が足を止め、川沿いの岩場を指差した。

その直後だった。


「ナオトさん」


川下の方から、よく知る声が響いた。

顔を上げると、岩陰から現れたのはオルガだった。

その背後には、フィオラ、ヴァニラ、ショコラ。

見慣れた顔ぶれに、思わず肩の力が抜ける。


「やっぱりナオトさんでしたか。どうしてどんなところに?」


ナオトは横にいる男を一瞥してから答える。


「ルナがこの人の仲間を助けるために洞窟の中に入ったって聞いてな」


その言葉に、オルガたちの表情が揃って変わった。


「……ルナさんが?」

「話が繋がって来たわね」


フィオラが納得したように呟く。

オルガは腕を組み、低く息を吐いた。


「私たちは盗賊団を探すために来ました」

「盗賊団が?」

「ギルドマスターの指示です。盗賊団が洞窟に向かったという情報がありまして」


ナオトは小さく頷いた。


「なるほど……じゃあ、同じ洞窟を別ルートで追ってたわけか」

「そういうことになりますね」

「なんだかややこしい状況だね」

「でも、洞窟の案内をしてもらえるのは良かったです」


ショコラの言葉にヴァニラが短く頷く。

少し離れた場所で、パメラが宙に浮いたまま会話を聞いていた。


「ふむ。助けに入った娘と、助けを求める盗賊と、追ってきた冒険者……面白い因果じゃの」

「面白がるなよ……」


ナオトはため息をつきつつ、オルガを見る。


「合流できたのは幸運だ。このまま一緒に行こう」


オルガは迷わず頷く。


「こちらとしても心強いです」


一行は自然と同じ方向を向き、歩き出した。


―――


川沿いの洞窟は、黒く口を開けていた。

内部から流れ出る冷気が、足元の草を揺らしている。

その入口付近に、数人の人影があった。

近づくにつれ、彼らの様子がはっきりと見えてくる。

岩に腰を下ろし、肩で息をする者。

地面に武器を置いたまま、ぼんやりと洞窟を見つめている者。

全員が、武装を解いていた。

戦意を失ったというより戦える状態ではない。

服は裂け、血と泥にまみれている。

顔には、疲労と恐怖がそのまま刻まれていた。


ナオトたちの気配に気づいた一人が、ゆっくりと顔を上げる。


「お前らは……?」


男――森を走ってきた生存者が、一歩前に出る。


「みんな無事か?ケガは?」

「青い髪の女の子が治癒魔法をかけてくれた」

「ルナのことか?その青い髪の女の子はどこにいるんだ?」


その問いに、別の男が首を横に振る。


「洞窟の中に入ったまま出てきてない」

「俺たちは、外に出るのがやっとだった」


語る男の視線は、自然と洞窟の闇へ向かう。


「生死が分からないのは、一人だけだ」

「誰だ?」

「ヘレナだ。俺たちの中でも、腕の立つ女だった」

「洞窟の奥で扉が閉まって、ヘレナだけ中に」


その名を聞いた瞬間、フィオラの表情が変わった。

盗賊の一人が続ける。


「俺たちはここで待つしかなかった。中に戻る力も、覚悟も、もう残ってなかった」


疲れ切った彼らは、今にも倒れそうだった。


「俺たちは洞窟へ入る。お前たちは俺の拠点で待っていてくれ」

「でも……!」


声を上げかけた男を、ナオトは遮る。


「無事なら、必ずまた会える」


男は他の者たちが動き出したのを確認してから、意を決したように一歩、ナオトの前に出る。


「……あんた」


低く、掠れた声だった。

ナオトが振り向く。

男は深く頭を下げた。


「ヘレナを……頼む」


それだけ言うと、言葉が続かない。

拳を強く握りしめ、爪が掌に食い込むほど力が入っている。


「俺たちは、あいつに何度も助けられてきた。危ないと分かってても、いつも一番前に立つ奴で……」


喉が詰まり、男は一度、言葉を切った。

顔を上げた男の目は、赤く腫れていた。


「俺は……逃げた。あいつを置いて、外に出た」


それは懺悔だった。

言い訳でも、取り繕いでもない。


「だから……せめて」


男はもう一度、頭を下げる。


「ヘレナを、連れて帰ってやってくれ」


ナオトは、すぐには答えなかった。

洞窟の奥を見つめ、短く息を吸う。

そして、静かに言った。


「約束はできない。でも、全力で行く。ルナも、ヘレナも、必ず探し出す」


それだけで十分だった。

男は何も言わず、ただ深く頷いた。

ナオトは踵を返し、洞窟の闇へと向かう。

背後で、男の声が小さく響いた。


「……ありがとう」


ナオトは振り返らなかった。

その言葉を背負うには、前へ進むしかなかった。


「行くぞ」


洞窟の闇へと足を踏み入れた。

背後で、外の光がゆっくりと遠ざかる。


―――


洞窟に足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。

湿った冷気と、鼻につく鉄のような匂い。

水たまりを踏むたび、小さな音が反響して奥へと消えていく。


「来ます」


オルガの声に反応するように、岩陰から魔物が這い出してきた。

石のような外皮を持つ、小型の獣型の魔物だ。

ナオトは腰の袋から、ウィスが作ったパチンコを取り出す。

無骨だが、丁寧に仕上げられたそれに魔力を流し込む。


「――ダイアモンドスリングショット!」


放たれた弾は、無色の魔力をまとい、一直線に飛ぶ。

硬質な音とともに魔物の頭部を貫き、砕け散った。


「前は任せてください!」


ボニーが一歩前に出る。

鉄槌を振り下ろすたび、洞窟内に鈍い衝撃音が響き、魔物が壁に叩きつけられる。

オルガは盾を構え、確実に道を押さえた。


「数は多くない、だが油断するな!」


フィオラは影のように動き、隙を突いて短剣を突き立てる。

急所だけを狙った、無駄のない動きだった。

その背後で、ヴァニラが静かに詠唱する。

淡い光の膜が一行を包み、爪や牙を弾く。


「ファイアボール!」


ショコラの声と同時に、炎が走った。

通路を塞いでいた魔物たちは、悲鳴を上げる間もなく沈黙する。

戦いを重ねながら、彼らは奥へと進んでいった。

ナオトは無意識に歩調を早めていた。

湿った空気も、足元のぬかるみも、今はどうでもいい。

頭の中にあるのはただ一つ。


――早く。

――1秒でも早く。


「ナオトさん、少し落ち着いてください」


オルガの声が背後から飛ぶが、ナオトは足を止めない。


「ナオトさん!」


ボニーが不安そうに声をかける。


「こっちの方向で合ってるんですか?」


ナオトは足を止め、壁に手をついた。

荒く息を吐き、わずかに震える指を握りしめる。


「……分からない」


正直な言葉が、ぽつりと落ちた。

次の瞬間、顔を上げる。


「でも、ルナがこっちにいる。理由はないけど、そう思うんだ」


それは確信でも判断でもない。

ただの感情だった。

だが、その場にいる誰もが理解した。


今のナオトを動かしているのは、何があっても助けに行くという、その一心だけだった。


さらに奥へ進んだ先、洞窟は不自然なほど広がっていた。

そして現れる。

岩を削り出したとは思えない、巨大な扉。

継ぎ目はなく、取っ手も鍵穴も見当たらない。

ただ、塞ぐためだけに存在するかのような、重く、無言の壁。


「……嫌な感じですね」


ヴァニラの声が、かすれる。

それでも、立ち止まるという選択肢はなかった。


「……待ってろ、ルナ」


自分に言い聞かせるように呟き、扉に手を伸ばす。

冷たい感触。

力を込めるが、びくともしない。

ボニーが一歩前に出た。

その手に握られているのは、いつも使っている鉄槌。

人の背丈ほどもあるそれを、静かに構え直す。


「……失礼します」


誰に向けたとも分からない一言のあと、

ボニーは全身の力を込めて振り抜いた。


轟音。


金属がぶつかる乾いた衝撃が、洞窟中に反響する。


――だが。


鉄槌は弾かれ、火花だけが散った。

扉は、びくともしない。


「……傷一つ、入りません」


ボニーの声が、わずかに低くなる。

オルガが盾越しに扉を睨む。


「物理的に壊せる代物じゃないみたいですね」


ナオトは歯を食いしばった。

一秒でも惜しい。

それなのに、目の前の扉は、まるで世界そのものが拒絶しているかのようだった。

そのとき。


「……退くのじゃ」


静かな声が、背後から響く。

振り返ると、パメラが扉を見据えていた。

その目は、冷たく、鋭い。


「これは古い封印じゃ。力で壊すことは不可能じゃ」

「パメラ、解けるのか?」

「……代償は要るぞ」

「構わない」


彼女は扉の前に降り立ち、両手を広げる。

空気が変わった。

洞窟内の魔力が、潮の流れのように集まり始める。

パメラの手元に、淡く光る魔法陣が浮かび上がった。

扉の表面に刻まれていた紋様が、悲鳴のように歪む。


石が擦れ合う、不快な音。


ナオトは、息を止めた。


ゆっくりと。

本当に、ゆっくりと。


巨大な扉が、内側へと動き始める。


ナオトは、反射的に一歩、踏み出す。

その先に待つものが何かも分からないまま。

扉は、完全に開こうとしていた。


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