表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界で『整体×魔術』始めます  作者: 桜木まくら
第三章『整体魔術士の領地開拓』

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

91/101

第三章22『事件の調査』

朝の空気は、昨夜の賑わいが嘘のように静かだった。

いつもと変わらない朝。

だが、胸の奥に、妙なざわつきが残っていた。


その時だった。


外から、足音が重なって聞こえてくる。

早足。迷いのない歩き方。


「……誰か来たな」


扉を開けるより早く、ノックが鳴った。

コン、コン、と短く、急かすような音。


「はーい」


扉を開けると、そこには見慣れた顔が揃っていた。


先頭に立つオルガ。

その後ろに、ヴァニラとショコラ。

そして、少し落ち着きなく周囲を見回すフィオラ。


「朝からすみません、ナオトさん」


オルガが切り出す。


「今日、緊急招集がかかりました」

「緊急招集?」


ナオトは眉を上げた。


「何があったんだ?」


オルガの表情は硬い。


「昨夜、街で小さな騒ぎがありました」


ヴァニラが一歩前に出る。


「大事にはなっていません。貴族の屋敷でボヤ騒ぎです」

「ボヤ騒ぎ?」

「屋敷の一部が焼けて、金品も盗まれていたんだって」


ショコラが淡々と続ける。


「……盗みも?」


ナオトは表情を引き締めた。


「怪我人は?」

「いません。そこだけは幸いでした」


だが、オルガの表情は緩まない。


「それで、オルガ達が呼ばれるってことは……」

「場所が、少し厄介だったんです」

「厄介?」


オルガが小さく頷く。


「問題の屋敷は、悪い噂の貴族のものでした」


ナオトは一瞬、言葉を失った。


「……なるほど」

「内部調査中の案件でした。なので、関係者以外は動けないんです」


ナオトは、即座に言った。


「手伝うよ。現場仕事なら――」

「ダメなんです」


被せるように、オルガが断った。

迷いのない声だった。


「今回は、関係者だけで動きます」

「……でも、関係者って……」


フィオラが、少し前に出る。


「おにーさん」

「ん?」

「昨日のボヤ、犯人はもう分かってるんだ」

「もう?」


ヴァニラが頷く。


「ええ。『無名の盗賊団』です」


その名に、ナオトは目を細めた。


「無名の盗賊団……」


フィオラは、少し言いづらそうに続ける。


「街では、そう呼ばれててね。名前を名乗らない、義賊気取りの集団」

「今回は金も盗んでるんだろ?」

「うん。でもね」


ショコラが言葉を継ぐ。


「必要以上には盗ってないんだ」

「どういうことだ?」

「帳簿に残らない金、隠し財産だけ盗っているんです」


ナオトは黙った。

義賊、という言葉が頭をよぎる。


「……ずいぶん都合のいい盗み方だな」

「だから厄介なんです」


オルガが腕を組む。


「確実に犯罪です。でも、被害者が被害者で」


ナオトは小さく息を吐いた。


「それで、今日は調査か」

「はい。形式的にならざるを得ない部分があるんです」


フィオラは、どこか落ち着かない様子で視線を逸らす。


「わかった」


ナオトは苦笑する。


「今回は大人しくしてるよ」

「すみません」


オルガはそう言って踵を返した。

彼女たちは足早に去っていく。

オルガたちを見送ったあと、ナオトは領地の広場に集まった皆を見渡した。


「じゃあ、今日の予定を確認しよう」


最初に手を挙げたのはジェシカだった。


「あたしは畑のお手入れ!あと、昨日の祭りでひよこをもらったからおうち作ってあげようかな!」


次に、ディアとリーネが並ぶ。


「私とリーネは家のことを」

「洗濯と食事の準備をしていきますね」

「ありがとう。おいしいご飯を期待してるぞ」


続いて、ボニーが腕を組んで前に出た。


「私は鉄鉱石も手に入ったので今日は鍛冶場です!」

「森の伐採じゃなくて?」

「はい。今日は人手が足りないので、さすがに一人では難しいです!」

「分かった。伐採は後回しでいい」

「了解です!」


ザリナはいつも通り淡々と告げる。


「あたしは研究だね。そろそろゴムも形に出来そうかな」

「……ウィスも、手伝う」


隣で、ウィスが小さく手を挙げた。

そして、ルナが一歩前に出た。


「兄様、森の探索は、あと一日あれば一通り終わります」


森の地形、魔物の痕跡、資源の有無。ルナが担当してきた、地道な仕事だ。


「一人で大丈夫か?」

「いつも通りです」


そう答えたルナの声は落ち着いている。


「何かあれば、すぐ戻ります」

「約束だぞ」

「はい」


皆がそれぞれの持ち場へ散っていく。

特別なことは何もない。

いつも通りの分担。いつも通りの朝。


だが、ナオトはルナが森へ向かう背中を、ほんの少しだけ長く見送った。


「……あと一日、か」


その言葉が、なぜか胸に残る。

それでもナオトは首を振り、自分の仕事へ向かった。


一方、ルナは森の入り口で立ち止まり、地図を確認する。


「森の最後の区画……」


これまで問題はなかった。

今日も同じはずだった。


そう信じて、ルナは森へ足を踏み入れた。


――その最後が、想定外のものを含んでいるとも知らずに。


―――


冒険者ギルドの奥。

一般の冒険者が立ち入れない区画に、重い扉の部屋がある。

小規模だが機密性の高い会議室だった。

扉が閉まると同時に、外の喧騒は嘘のように遮断された。

円卓を囲むのは、冒険者ギルドマスター、数名の上役冒険者、そして壁際に控えるように立つオルガ、ヴァニラ、ショコラ、フィオラの四人だった。


「では、被害状況の確認だ」


ギルドマスターの一声で、書記役の職員が資料を読み上げる。


「昨夜、成長祈願祭の最中、貴族区画にあるドレク・バリスタ卿の屋敷にて不審火が発生しました。火は屋敷の外壁および倉庫部分を焼きましたが、初期消火により大事には至っていません」

「人的被害は?」

「ありません」


淡々とした報告が続く。


「同時刻、バリスタ卿の屋敷内部より金品の盗難が確認されています。現金、宝飾品の一部。いずれも帳簿外で保管されていたものです」

「犯人は?」

「目下、『無名の盗賊団』でほぼ確定と見ています」


侵入痕、撤退経路、火の使い方。

過去の事件との一致点が、次々と挙げられていく。


その途中、上役の一人が資料から顔を上げ、ふと壁際に控える一行へ視線を向けた。


オルガは腕を組み、表情を変えない。

ヴァニラとショコラも沈黙を保った。


だが、上役の視線は一人に留まる。


「……フィオラ」


名を呼ばれ、フィオラは小さく息を呑んだ。


「『無名の盗賊団』の過去記録に、お前の姉の名前がある」


室内の空気が、ぴんと張り詰める。

オルガが一歩、前に出た。


「待ってください。その件なら――」


庇うように声を上げた瞬間だった。


「大丈夫」


短く、しかしはっきりとした声が、オルガの言葉を遮った。

フィオラが、自ら一歩前へ出る。

オルガは驚いたように彼女を見るが、フィオラは首を横に振った。


「あたしの問題だから。あたしが答える」


そう言ってから、上役たちを真っ直ぐに見据える。


「……姉とは、子供の頃に別れてから長いこと会っていません。ただ、盗賊に身を置いたと聞いています」


ギルドマスターが低く唸る。


「隠し事は許さん。だが、関与の意思がないなら、行動で示せ」


フィオラは深く一礼した。


「……必ず」


その横顔には、覚悟だけが残っていた。


「目撃証言も複数」


別の職員が続ける。


「祭りの人混みに紛れた不審者。火事直後、裏路地へ消える複数の影。スラム方面へ向かったという証言が有力です」


地図の街中、そしてスラム地区に印が付けられていく。


「よし」


ギルドマスターが一度、机を軽く叩いた。


「被害確認は以上だ。次に、探索方針を決める」


空気が切り替わる。

マスターは卓上の地図を指先でなぞった。


「今回の犯行は、祭りの最中に行われた。人が多く、視線が分散する時間帯を狙っている。つまり、事前に街の動線と警備を把握していた可能性が高い」


上役の一人が頷く。


「場当たり的な犯行ではない、ということだな」

「そうだ」


マスターは続ける。


「火を使ったのも、逃走経路を確保するための判断だろう。規模は小さいが、確実に人の目を引く」


地図の貴族区画に印が打たれる。


「そして、撤退経路」


今度は街中の裏路地へ。


「目撃証言は一致している。裏道を抜け、スラム方面へ向かった複数の影だ」


別の上役が補足する。


「祭りの日は、スラム側の検問も緩む。人混みに紛れれば、追跡は難しい」


合理的な推論が、淡々と積み上がっていく。


「以上を踏まえ、探索範囲は三つに分ける」


マスターは指を立てた。


「一つ。街中の裏路地、空き家、倉庫」


地図に小さな円がいくつも描き込まれる。


「二つ。スラム地区。情報屋、顔役、流動人口」


印はさらに広がる。


「三つ。過去に『無名の盗賊団』が使ったとされる拠点」


ここで、ヴァニラが小さく眉を動かしたが、口は挟まない。


「探索は速度重視。物証よりも、人の動きを拾え。聞き込みを主とし、不用意な交戦は避ける。相手は逃げ慣れている」


その言葉に、オルガが一歩前に出る。


「私たちは?」

「お前達は実働班だ。街中班とスラム班に分ける。状況次第で合流も可能」

「了解」


オルガは短く応じる。


「では、各自準備に入れ」


そう告げて、会議は終わった。

オルガたちは一礼し、特別室を後にする。

廊下に出た瞬間、ヴァニラが小さく息を吐いた。


「……良かったんですか?」


オルガは前を向いたまま言った。


「与えられた方針に従いましょう。まずは、それからです」


そのまま、四人は廊下を進み始めた。

足音が、石張りの床に規則正しく響く。


フィオラは、少しだけ後ろを歩いていた。

俯きがちで、普段よりも口数が少ない。

それに気づいたのか、ヴァニラが歩調を緩め、自然と隣に並んだ。


「……フィオラ」


小さな声だった。

フィオラは一瞬、肩を揺らし、ヴァニラを見る。


「大丈夫ですか?」


問いかけは、それだけだった。

事情も、姉のことも、会議の空気も――すべてを含んだ一言。


フィオラは、少しだけ考えるように視線を落とし、それから小さく笑った。


「……うん。大丈夫、だと思う」


自分に言い聞かせるような答えだった。


「本当ですか?」


ヴァニラは歩きながら、前を見たまま尋ねる。

フィオラは、しばらく黙っていたが、やがて息を吐いた。


「……怖いよ。でも、逃げたらもっと怖い気がする」


ヴァニラは、それ以上踏み込まなかった。


「そうですね」


短く頷き、言葉を選ぶ。


「でしたら、私も一緒に行きます」


フィオラは驚いたように目を瞬かせた。


「私たちは仲間ですよ?」


そう言って、ヴァニラは少しだけ笑う。


「うん……ありがとう」


フィオラの声は、少しだけ軽くなっていた。

少し前を歩くオルガは、二人の様子を横目で確認し、何も言わずに歩き続ける。

ショコラもまた、静かに頷くだけだった。


誰も多くを語らない。

だが、その沈黙は、決して冷たいものではなかった。


―――


最初の探索地点は、街中の外れにある廃倉庫群だった。

かつては交易で賑わっていた場所だが、流通の変化とともに使われなくなり、今では人の気配もまばらだ。

建物は低く、影が濃い。

昼間だというのに、倉庫と倉庫の間には薄暗い空気が溜まっていた。


オルガは立ち止まり、拳を軽く握りしめる。


「ここです」


短く告げると、全員が自然に散開した。

足音は殺す。

鎧や装備が触れ合う音すら、意識して抑える。

空気が、張りつめていく。

ヴァニラは指先に微かな魔力を集めながら、周囲を探る。


「……人の気配は、今はないです。でも……」


「でも?」


ショコラが小声で促す。


「最近まで、誰かがいた痕跡はあります。足跡が新しい」


地面には、乾ききっていない土の乱れ。

荷を引きずったような跡。

フィオラはロープを構え、倉庫の影に視線を走らせる。

胸の奥が、わずかにざわついていた。

理由は分からない。

だが、嫌な予感だけが、静かに膨らんでいく。


「不用意に踏み込まないように」


オルガが低く言う。


「静かな場所ほど危険です」


四人は、互いの距離を保ちながら、一歩ずつ前へ進む。

倉庫の扉は、半開きだった。

風に揺れ、ぎい、と小さく軋む。

その音が、やけに大きく響いた。


オルガは手で合図を出す。

止まれ。

全員が動きを止める。


――静かすぎる。


鳥の声もない。

人の話し声どころか、街の雑音すら、ここには届かない。


「……」


オルガは一瞬、倉庫の奥を睨み、そして決断した。


「二人ずつ。私とフィオラ、ヴァニラとショコラ」


フィオラは短く頷く。

この場所が、姉につながっているのかどうか分からない。

だが、ここで立ち止まるわけにはいかなかった。

オルガが、ゆっくりと扉に手をかける。


きぃ……と、音を立てて、闇が開いた。


その瞬間。


全員の神経が、極限まで張り詰めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ