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異世界で『整体×魔術』始めます  作者: 桜木まくら
第三章『整体魔術士の領地開拓』

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第三章20『成長祈願祭、午後』

祭りで賑わう広場の中心、噴水のきらめく水しぶきの前で、アリアはそわそわと足を揺らしていた。


今日はナオトと祭りを見る約束。

午前の仕事も早めに切り上げて、身なりを整えてきた。

風になびく髪を押さえながら、胸の奥がひどく落ち着かない。


「……ちょっと緊張しちゃいますね」


思わず頬が緩む。

その時――。


「おーい、アリア!」


振り返ると、ナオトが手を振りながら駆け寄ってくる。

アリアの胸がふっと温かくなる、が――。

その後ろから数人、いや、十人近くの影がぞろぞろついてくるのが見えた。


ルナ、ディア、ジェシカ、リーネ、ウィス。

さらにオルガ、フィオラ、ヴァニラ、ショコラまで。


「……え?」


まるで小隊が出陣してきたかのようだ。


「みんな午後から祭りに出るっていうからさ、合流して一緒に回ろうって!」

「…………」


アリアの笑顔が、ピシッと音を立ててひび割れるようだった。


「アリア、どうした?怒ってるのか?」

「怒ってないですよ?」


声だけは明るい。

だが笑っているのに目が笑っていない。

ナオトはその違和感に気づいていないのか、無邪気に続けた。


「よし、せっかくだし、みんなで回るか!」

「……ええ、みんなで」


噴水の水面には、にこやかな表情と、わずかな落胆が混じるアリアの姿が揺れていた。


「ところで、みんな、その服は何ですか?」


全員、いつもの服じゃなかった。


「これは、『浴衣』っていうみたいです」

「ゆか……た?聞いたことない服です……」


その時、ナオトが少し気まずそうに頭を掻いた。


「いや、祭りって聞いてさ……どうしてもみんなに浴衣を着てほしくなったんだよ。俺の故郷じゃ祭りの定番なんだ」

「そうなんですか」


ウィスが胸を張って言う。


「……ウィスがデザインした」

「で、それをリーネが全部作ったんだよ!」

「はい。ナオトさんの説明を聞いてなんとか形にすることが出来ました」


アリアはぽかんとしたまま、みんなの姿を見まわした。


全員が、浴衣を着こなし、祭りの光にひらひら揺れている。


「すごく可愛くていいですね!いいな、みんな似合ってます!」

「アリアの分も、いずれ作るからさ。来年はみんなで浴衣着ような」

「はい!来年はわたしにも可愛い浴衣作ってくださいね!」


午後の広場は、朝とは比べものにならないほど活気に満ちていた。

香ばしい匂い、甘い匂い、スパイスの刺激。

各地から集まった商人たちが持ち込んだ屋台が並び、浴衣姿の仲間たちは思い思いに散って祭りを楽しんでいる。


アリアは少しだけ離れた場所からその様子を見つめていた。

みんなの浴衣が夕風にひらひら揺れ、祭りの灯りに照らされて輝いている。

みんなが心から楽しそうにしている姿を見て、自然と口元がゆるんだ。


―――


ルナとディアが屋台の前で目を輝かせていた。


「ディアちゃん、見てください」


屋台の主人が杵を振り上げ、軽く叩くたびにスライム状の餅がぷるん、と弾む。


「す、すごい。見た目はスライムだけど、食べられるんですよね?」

「いらっしゃい! 中に果汁を詰めてあって、叩くほど甘みが出る不思議な餅だよ!」


ルナはもらった餅を両手で支え、嬉しそうに頬をほころばせた。


「ディアちゃん、一緒に食べましょう」

「はい!」


二人が餅をつつくたび、ぷるん、と揺れて光を反射する。

浴衣の袖がふわりと揺れ、二人の楽しげな笑い声が広場に溶けていった。


―――


オルガとフィオラは、筋骨隆々の獣人が焼き場で豪快に串を回す屋台に立ち寄る。


「わぁ!いい匂い!」


オルガは腕を組み、真剣に見つめる。


「角豚は脂のノリが違うので焼き加減が難しいはずです。店主さん、すごい腕前ですね」


店主がニヤリと笑う。


「お嬢さん、よく分かってるじゃねぇか。表面は炙って、中は柔らかく、旨味を閉じ込めるんだ」

「ど、どうしよう!店主さんの解説聞いてたら、すっごく美味しそう!」


二人が串を受け取り、一口かじる。


「んん〜っ!おいしい!」

「これは良いお肉です。ナオトさんにも差し入れを買っていきましょう」

「うんっ!」


二人はまるで姉妹のように微笑み合った。


―――


三人の少女達は、色鮮やかに光るひよこが跳ね回る囲いの前に集まっていた。


「ねぇ見て! あの青いの、ぜったいレア!」

「きれいですね。でも、捕まえるの難しそうです」


ウィスが店主に質問を飛ばす。


「……着色してる?」

「いやいや! 魔力の属性の違いでひよこの色も変わるんだよ」

「……なるほど、持ち帰ろう」

「よーし! ねぇリーネ、競争しよ!」

「わ、わたし負ける自信あるけど……が、がんばります!」


三人がしゃがみ込み、浴衣の袖を押さえながら網を構える。

スラムにいた頃には考えることの出来ない楽しい時間だった。


―――


ヴァニラとショコラは、冷凍魔道具を使った珍しい屋台の前に駆け寄っていた。


「わぁぁ、見てヴァニラ! 氷の魔石で冷やしてるんだって!」


氷の魔石に触れた空気が白く曇るほど冷気を放っている。

桶の中には、渦を巻くように光るアイスクリームが詰まっていた。


「いらっしゃい、お嬢さんたち。どの味にするんだい?」

「わたしはチョコアイスをお願いします」

「じゃあボクはバニラ!」


二人はアイスクリームを受け取り、浴衣の袖をそっと押さえながら並んで座った。

ショコラがバニラアイスをぱくっと口に運ぶ。


「ん~~! しあわせ! 甘くて、最高!」


ヴァニラもチョコアイスをひと口。


「おいしい。こんな濃厚なの、はじめて食べました」

「えへへ、顔ゆるんでる~!」

「なっ……! ゆるんでませんっ!」


慌てて背筋を伸ばすヴァニラ。

しかしチョコアイスをもうひと口食べると、また表情がとろんと優しくなった。


「ほら~やっぱりゆるんでる~!」


二人のアイスの香りと笑い声は、祭りの喧騒の中でもひときわ甘く漂っていた。


―――


祭りの通りを歩いていたナオトの足が、ふと止まった。

賑わう通りの一角、きらきらと魔力の粒子が舞う屋台があった。

棚には小さなランタン、透明な球体、謎のプレート状の板など、いかにもそれらしい物体がズラリと並んでいた。


「うわ、なにここ、めちゃくちゃ面白そう!」


店主らしきエルフの女性が顔を上げた。

緑の髪を後ろで束ね、工具ホルダーを腰に付けた、どこかエンジニアの匂いを漂わせる職人タイプ。


「……いらっしゃい。 魔導具は初めて?」

「 こういうの大好きなんです! これとか何なんですか?」


ナオトが指差したのは、丸い宝石が埋め込まれた金属の輪。


「『簡易防護輪シールドリング』。指にはめると、一回だけ魔力衝撃を和らげてくれるわ。魔物退治の初心者には人気よ」

「うおっ、便利!しかもデザインかっこいい!」


次に手に取ったのは、四角い板状の魔導具。


「こっちは『冷却刻印板』。料理や薬品を置けば温度を安定させるの。食材が腐りにくくなるわ」

「……冷蔵庫じゃん!!」

「れい……? まぁ似たようなものかもしれないわね」


店主はクスッと笑いながら、ひとつの箱を手に取った。


「これは『微風循環箱』。魔力の風を循環させて涼しい風を送るの。暑い時期はよく売れるわ」

「扇風機じゃん!!」


店主は笑い出した。


「あははっ、君、ほんと面白い! そんなに詳しいなら、魔導具作りでもしてたの?」

「いえ、故郷にあった道具と似てるんです! 道具の目的がほぼ同じなんですよ!」

「へえ……君の故郷、興味深いわね」


視線が合い、二人のテンションが同時に上がっていく。

完全に意気投合し、二人は魔導具談義に花を咲かせ始めた。


―――


色とりどりの屋台の光が広場を照らし、笑い声があちこちで弾けている。

オルガやフィオラたちはゲームコーナーで盛り上がっているし、ルナやディアたちは屋台巡りを満喫している。


みんなと一緒に過ごす祭りは確かに楽しい。

こうして全員で騒げる時間はとても大切だし、

心が温かくなる。


それでも──


「ナオトさんと、二人きりの祭りも、ちょっとだけ、憧れてたんだですけどね」


胸の奥が少しだけチクリと痛む。

自分でもよくわからない感情を押し隠すように微笑む。


「わがままですよね。今日はみんなで楽しむ日……ですね」


そう言い聞かせるけれど、視線はまた自然とナオトを探してしまう。


「でも、いつか。いつかでいいから、ナオトさんと二人きりの祭り、してみたいです」


「何ひとりでブツブツ言ってるんだ?」


突然、背後から声が降ってきた。

アリアがビクッと振り返ると、すぐ後ろにナオトが立っていた。

その手には、ほんのり湯気の立つカップが二つ。


「ほい。あったかい果実茶。屋台の名物だってさ」

「えっ……あ、ありがとう……ございます」


受け取ると、カップの温もりが手にじんわり広がり、アリアの頬までほのかに赤くなる。

ナオトはアリアの表情を覗き込み、少し首をかしげた。


「なんか、浮かない顔してたろ?祭り、楽しめてないのか?」

「そ、そんなことありません!すごく楽しいです!みんなと来られて……ほんとに嬉しいです!」


慌てて笑顔を作るアリア。

だが目が泳ぎ、声がわずかに震えている。

ナオトは苦笑し、壁にもたれかかるように横に立った。


「アリアはさ、嘘つくの下手なんだよな」

「っ……!」


図星すぎて、アリアは果実茶のカップをぎゅっと握りしめる。


「その、みんなで来るのもすごく良くて、でも、その、少しだけ」

「少しだけ?」

「……二人でも、来てみたかった……です」


言ってしまった瞬間、アリアは視線を落とし、恥ずかしさに肩を小さく縮める。

だがナオトは優しく笑った。


「じゃあさ。今からちょっとだけ抜け出すか」

「……え?」

「みんなは勝手に遊んでるだろ。俺たちが少し離れても全然気づかないって。ほら、せっかくの祭りだし、アリアの行きたいところに付き合うよ」


アリアの瞳が、ぱっと明るくなる。


「ナオトさん!」

「まずはどこ行く?屋台でも、ゲームでも、散歩でもいいぞ」


アリアは胸に手を当て、そっと笑った。


「じゃあ少しだけ。二人で、歩きたいです」


―――


祭りの喧騒から少し離れ、ナオトとアリアは街外れの小高い丘に足を運んでいた。

陽はまだ高く、柔らかい初夏の日差しが二人を包み込む。

遠くの街には屋台の旗が揺れ、子どもたちの笑い声や太鼓の音が微かに響く。

それでもこの丘だけは不思議と静かで、風が草を撫でる音だけが耳に心地よかった。


アリアは景色を見下ろし、ふっと微笑む。


「ここ、風が気持ちいいですね。さっきまで人が多かったから、ほっとします」

「祭りは賑やかだしな。少し落ち着ける場所も必要だろ?」


アリアはこくんと頷き、顔に日差しが当たると、透明感が増したように見えた。

突然、アリアはナオトのほうに向き直る。


「ナオトさん。……あの、ひとつ聞きたいことがあります」

「ん?どうした」


アリアは少しだけ言いづらそうに、けれど瞳は真っ直ぐで。


「ナオトさんは……誰が好きなんですか?」

「ぶっ……!」


不意打ちにも程がある。

アリアは首を傾げるだけで、自分の質問がどれほど衝撃的か理解していない様子だった。


「お、おいおい…どうしたんだ急に。まあ、ほら、それよりさ――」


ナオトはわざとらしく咳払いし、話をそらすように言った。


「そういえば、アークロスの街に来る前の場所でもツボを割って怒られたって聞いたぞ? 何したんだよ、まったく。」


アリアは「あう…」と小さく肩を縮こませる。


「女神様の大事にしていたツボを割ってしまったんです。それで、人間界で修行することになりました」

「また豪快な…いや、天界じゃツボってそんなに重要なのか?」

「愛の女神様がとても大切にしていたツボで……。でも、わたしが本当に学ばなきゃいけないのは『愛』そのものなんです」


アリアは胸元に手を当て、言葉を選ぶようにゆっくり続けた。


「愛を知らないままでは天界にいてはいけない、と女神様に言われたんです。わたしが『愛』を理解できたとき、天界へ帰る道が開くんです」


ナオトはその言葉の重さに、一瞬だけ息をのんだ。


「でも、わたし、『愛』という感情が何なのか、よく分からないんです」


風が静かに吹き抜け、アリアの髪をふわりと揺らす。


「天使は人間と違って恋愛をする必要がなくて……

役割と使命だけで、心が震えるような感情は必要とされていなくて……だから、わたし、人間界で『愛』を理解しなきゃいけないんです」


ナオトは真剣に、アリアの横顔を見た。


「なるほどな。でも、そんな簡単に理解できるもんでもないだろ、愛なんて」

「……はい。教会の本をたくさん読みました。愛し合う男女は結婚し、家庭を築き、幸せな余生を過ごす。……納得は出来るんです。でも――」


アリアは少し考えてから、小さく呟く。


「……理解出来なくて」


その姿は、本当に迷っている子どものようで──。


「そんな時、ナオトさんに出会ったんです」


アリアはぱっとナオトの方に向き直る。


「ナオトさんに初めて会った日、肌が触れたとき、胸が、ビビビッってしたんです」

「ビビビッて……」

「はい。魂の繋がりを感じて、これだ!って。これが『愛』なんじゃないかって思ったんです」

「……あのなアリア。そういうのは、もっと慎重にだな……ビビビッで決めるもんでも――」

「違うんですか?わたし、変なんでしょうか?」


アリアは真剣そのもの。

ナオトは頭を抱えつつ、困ったように笑うしかなかった。


「……いや、変じゃない。変じゃないけど……」


風が吹き、二人の距離が一瞬だけ近づく。

遠くでは祭りの屋台の掛け声が続いているのに、この場所だけ静かだった。

ナオトは小さく息を吐き、言葉を探しながら口を開いた。


「アリア。まずはそのビビビッが何なのか、一緒にゆっくり考えていこうぜ。焦らなくてもいい」


アリアの表情がぱっと明るくなる。


「はいっ!一緒に、ですね!」


午後の光が二人を包み、アリアの髪が柔らかく揺れた。

それは、彼女の帰還への唯一の鍵が、静かに動き始めた瞬間だった。


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