第三章17『魔導ノコギリ』
昼時が近づき、作業の熱気から、どこか柔らかい休憩前の雰囲気へと変わりつつあった。
ナオトはディア、そして三人の少女たちとともに、昼食の準備をしていた。
「……あ、帰ってきたみたいだな」
腰まで届く金髪が、光を受けて揺れる。
ガラス玉のように青い瞳。
雪のような白肌に、どこか機械的な均整を感じさせる美少女。
パメラが、開拓地へ戻ってきた。
「ふぅ……今日の整地は骨が折れたのじゃ」
声はぶっきらぼうだが、明らかに疲れている。
ジェシカが心配そうに駆け寄る。
「パメラちゃん、大丈夫?」
「問題ない。それより――」
パメラの青い瞳が、まっすぐナオトをとらえた。
「魔力の補充をしに来たのじゃ。妾の魔力は、いま空っぽでな……」
ナオトは手の動きを止め、静かにパメラへ向き直る。
「パメラ、ちょうどいい。試してみたいことがあるんだ」
「……試す?何をじゃ?」
パメラは細い眉をピクリと上げた。
ナオトは頷き、言いづらそうに言葉を続ける。
「整体に魔力を乗せてみたい。いつもみたいに筋肉や関節を調整するだけじゃなくて、魔力の流れそのものを整える感じの技術を試したい」
周囲の少女たちが、一斉に手を止めた。
「えっ、そんなことできるの?」
「魔力の波長って人によって違うんじゃなかったでしたっけ?」
「……すごい」
「……妾を実験台にするということか?」
ナオトは真っ直ぐに答えた。
「無理にとは言わない。でも、魔力切れで疲れてるだろ?もしうまくいけば、回復の効率が上がると思うんだよな」
パメラは視線をそらし、金髪を揺らしながら小さく鼻を鳴らした。
「ふん。妾は別に期待などしておらぬが。お主の実験に付き合ってやらんこともない。疲れておるしな」
ナオトは微笑んで、軽く手招きをした。
「じゃあ、ちょっとだけ横になって。昼食ができるまでには終わらせる」
「ふん、せいぜい妾を満足させるが良い」
言いながらも、パメラは素直に近づいてくる。
ディアは思った。
(……あ、これは絶対パメラさん、内心嬉しいやつだ)
パメラは周囲の視線を気にしながらも、敷かれた布団の上に腰を下ろした。
「では……頼む」
ナオトはパメラの背後に回り、そっと両手を肩に置いた。
「痛かったり、違和感あったらすぐ言ってくれよ」
「妾を誰だと思っておる。多少の痛みなど問題ないわ」
言葉の割に、肩は少しだけこわばっている。
ナオトは苦笑しながら、指先にほんのわずかに魔力を乗せた。
『無色の魔力』ナオトだけの特別な魔力。
それを細く、細く流し込む。
パメラの肩が、小さく震えた。
「……っ」
「痛い?」
「違う。ただ……妙な感覚じゃ。痺れるような、温いような……」
ナオトは慎重に、魔力を筋肉の奥へと浸透させながら、ゆっくりと押す。
凝り固まった部分に、魔力が触れた瞬間、パメラの魔力の流れが、すっと細く整っていくのがわかる。
詰まっていた水路に水が通るような、そんな変化。
「……どうだ?」
「うむ……楽にはなったのう。さっきまで重だるかった腕も、少し軽くなった気がするのじゃ」
横目でこちらを見ながら、パメラは不承不承ながらも認めるように頷く。
「魔力の巡りまで整えるとは、妙な技術じゃな……」
パメラは肩を回し、軽さを確かめるように何度か動かした。
その表情は、わずかに満足げ。
しかし次の瞬間、ふいとそっぽを向いた。
「……じゃが」
「ん?」
「魔力を補充するだけなら――」
パメラはナオトの方へ身を寄せ、すっと顔を近づけてくる。
青い瞳が細められ、その声は小さく、妙に艶を帯びていた。
「口で吸うほうが、ずっと美味なのじゃがな」
ナオトは一瞬固まった。
ディアと三人の少女は、箸を持ちながら絶句した。
「おまっ……それをここで言うか!?」
「事実じゃ。妾は嘘はつかぬ」
パメラは平然とした顔で言い放つ。
ジェシカの頬が真っ赤になり、リーネはバタバタと手を振り、ウィスは何かをメモしている。
パメラは小さく鼻を鳴らし、シャツの裾を払って立ち上がる。
「整体は悪くなかったぞ。魔力の巡りが整うのは確かじゃ。だが――」
青い瞳がナオトを射抜く。
「食事としての魔力補給は、また別問題じゃからな?」
そう言って、パメラは軽く伸びをした。
確かに、先ほどまでの疲れた雰囲気は消え、表情はどこかスッキリしている。
「さて、昼食の後、また整地に戻るかの」
「無理すんなよ」
「ふん。娯楽のために労働するとは皮肉なものよな」
だが声色はどこか軽い。
整体で気が楽になったのだろう。
―――
昼食を終え、午後の作業へとゆっくり空気が切り替わりはじめた頃。
ナオトが周囲を見回すと、少し離れた一角で、ジェシカ、リーネ、ウィスの三人が、なにやら楽しそうに盛り上がっているのが目に入った。
布地を広げ、鉛筆で書き込み、裁断し、縫い合わせる。
トントン……シャッ、シャッ……と軽い音が響いている。
「……おいおい、あれって……服作ってるのか?」
ナオトが思わず呟く。
「ナオトお兄ちゃん!見て見てっ!」
真っ先に気づいたジェシカが、満面の笑みで手を振った。
「三人でね!お揃いの服、作ってるの!」
「お揃い……?」
ナオトが近づくと、ウィスが顔を上げ、静かに頷いた。
「……仕事用の制服」
「制服?」
「はい、ナオトさん」
リーネが丁寧な声音で説明を引き継ぐ。
「ディアさんがお召しになっている服、とても可愛いではありませんか。ですので、あのデザインを参考にしつつ動きやすいように形を調整して、わたしたち三人で揃いの制服にしようと、話し合っておりました」
「すごいな……そんなことまでできるのか?」
ナオトは素直に驚いた。
ウィスは淡々と布地に線を書き続けながら、小さな声で付け足す。
「……絵を描くの得意」
「裁断するのはジェシカの役目なんだ!」
ジェシカは両手を腰に当て、ドヤっと胸を張る。
「線の通りに綺麗に切れるとすっごく気持ちいいんだよ!あたし、包丁も好きだし!」
「いや、包丁と服の裁断は別物だと思うけど……まぁ上手いならいいか」
「上手いよっ!見てて!」
ジェシカはハサミを滑らせ、迷いのない動きで布をスパッと切り離して見せる。
リーネは微笑ましくその横顔を見て、説明を続けた。
「わたしの役目は縫製です。スラムで暮らしていた頃は、お金が無くて……」
そこで、リーネは少し言葉を選ぶようにして、静かに続ける。
「服を買う余裕などありませんでしたから。自分で補修したり、拾った端切れをつなぎ合わせて服にしたり、必然的に、針と糸には慣れていきました」
「……そうか」
ナオトは喉の奥がきゅっと詰まるような感覚を覚える。
それでもリーネは、明るく笑った。
「でも、今は違います。こうして三人で揃いの制服を作って、皆さんの仲間らしくなれるのが、とても嬉しいんです」
「リーネちゃんの縫い目、すっごく綺麗なんだよ!」
ジェシカがリーネの肩にぽんと手を置く。
「プロですか?ってレベル!」
「ジェシカちゃん、褒めすぎです。でも、ありがとうございます」
リーネは耳まで赤くして俯いた。
ウィスが淡々と、小さな声で補足する。
「……リーネの縫い目、好き」
「ウィスちゃんまで……っ」
「褒められて照れてるリーネちゃん可愛い!」
ジェシカが笑いながら肘でつつくと、リーネは困ったように微笑んだ。
ナオトはその様子を見ながら、胸の奥がじんわりと温かくなる。
「……三人とも、すごく楽しそうだな」
その言葉に、ウィスがふっと目を細めた。
「……ナオトのおかげ。こうして何か作るの、楽しい」
リーネも丁寧に笑顔を向ける。
「この制服、できあがったら……ナオトさんにも見ていただけますか?」
「もちろん。むしろ早く見たいくらいだよ」
「やった!」
ジェシカが嬉しそうに手を叩き、三人は再び作業に戻った。
ウィスは静かに線を引き、ジェシカがリズミカルに布を裁断し、リーネが柔らかく針を動かす。
それぞれの得意が自然に噛み合い、
三人の笑い声と作業音が、午後の開拓地に優しく溶け込んでいった。
―――
「師匠!できたよ!!」
「ま、まさかもう?」
「もちろん試作段階だけどね!でも動作は確認できたから、あとは仕上げだけ!」
ザリナは胸を大きく膨らませ、部屋の奥に置かれた布をバサッと勢いよく取り払った。
そこにあったのは――
台車の上に固定された、奇妙な機械だった。
木製の台車にしっかり固定され、前面にはノコギリ刃。
刃の後方には魔石をはめ込むための装置らしき金具がついており、上部には握りやすいハンドルが二つ。
「……おぉ」
ナオトは素直に息を漏らした。
ザリナは勢いよく説明する。
「誰でも使えることと安全を意識して作ったよ!まず、刃は固定式!刃が勝手に暴れたり、手元で回転したりしない構造!」
「なるほど、それで台車に?」
「そうっ!台車に乗せて押すだけ!重さも台車が支えてくれるから、力のない人でもそのまま前へ動かせる!」
ザリナは台車のハンドルを握り、実際に押す仕草をしてみせる。
軽そうにスッと前へ進む。
「んでね!魔石を入れる部分がここ。スイッチを入れると、このノコギリ刃が高速で往復するの!」
「回転じゃなくて、往復運動……」
「そう!台車ごと木に押し当てれば、刃が勝手に木を削っていってくれるよ。斧で力任せに振らなくても、ただ押すだけ。使う人の技量に左右されにくい!」
ナオトは思わずうなずいた。
「すごい……これなら本当に誰でも使えるな」
ザリナは誇らしげに胸に手を当てた。
「安全性も強化してあるよ!刃に触れないように前側には防護板をつけたし、刃が動いている間は台車が勝手に動かないようにストッパーもある!」
「完璧じゃないか……」
ザリナは照れ笑いを浮かべつつ、続けた。
「へへへ……これなら開拓の速度がぐんと上がると思う!力仕事が苦手な人でも木を切れるし、女性だって扱えるはずだよ!」
「お前、本当に頼りになるよ。ありがとう、ザリナ」
ナオトは台車のハンドルを握って感触を確かめる。
「動きも滑らかだし、台車の高さもちょうどいい。……本当にすごいよ、ザリナ。これ、名前つけないとな」
「名前っ!?えっ、ど、どうしよう……!」
「ザリナが考えたんだし、ザリナが決めてくれ」
ザリナは紙束を胸に抱え、もごもごと口を動かした。
「ナオ×ザリ1号で」
「もうちょっとマシな名前がいいかな」
「じゃあシンプルに魔導ノコギリにするね」
「これ、本当に開拓の未来を変える道具になるかもしれないな」
ザリナの耳は、嬉しそうに揺れていた。
―――
ちょうど伐採した木を荷車に積んで戻ってきたオルガが、広場の端で大きな丸太を降ろしていた。
「お疲れ様です。ナオトさん、今日の伐採作業は順調ですよ」
オルガが額の汗を拭うと、ナオトは台車を指さした。
「オルガ、丁度よかった。ザリナと一緒に、伐採現場までコレを運びたいんだ」
「この台車は何ですか?」
ザリナが胸を張って前に出た。
「ふふん。これはね、新発明なの!魔導ノコギリだよ!」
「ノコギリ……台車に……?」
オルガがぽかんとしたが、ナオトは笑って説明した。
「安全のために固定式にしたんだ。軽い力でも木が切れるようにザリナが工夫してくれた」
「へへっ、台車の上で刃が高速で往復するんだよ。この方式なら壊れにくいし、暴走もしにくいから!」
オルガは腕を組み、感心したように頷いた。
「それはすごいですね。それじゃ、早速運びましょうか」
こうして三人は、魔導ノコギリを押して森の奥の伐採現場へと向かった。
森の中では、規則的に木が倒れる音が響いていた。
ボニーが中心となり、伐採したい方向に木々を連鎖的に倒していく『ドミノ倒し作戦』の真っ最中だ。
「行きますよー!次の角度はここですっ!!」
倒れた木が次の木にぶつかり、そのまた次へ。
連続して十数本の木がきれいに同じ方向へ倒れていく。
「……ほんと、あいつ天才だな」
ナオトは苦笑しながら呟いた。
ザリナも呆れ半分で手を叩く。
「精度もすごいけど……倒れる時の音が気持ちいいね!」
「ボニーさんのおかげで伐採がすごく進んでいます」
そんな中、防御魔法を終えて休憩していたヴァニラが、こちらに気づいた。
「あ、ナオトさん。それは何ですか?」
「ヴァニラ、ちょっと手伝ってほしいんだけど、大丈夫か?」
「はい。いまは手が空いてますよ」
ザリナが台車をぐいっとヴァニラの前に押し出した。
「ヴァニラさん、新発明の魔導ノコギリだよ。スイッチを入れると刃が前後に高速で動いて切れるようにしてあるの」
ヴァニラは台車の装置をじっと見つめ、小首をかしげた。
「これで木が切れるんですか?」
「見た目は不格好だからね! でもすっごいんだよ!ほら、スイッチはここ。刃がこの長さで……」
「ヴァニラ、ものは試しだ。やってみてくれ」
ヴァニラは無言のままコクリと頷くと、両手で台車の柄を掴んだ。
「……これを、押せばいいんですか?」
「そう、木に近づけてから。力は要らない。動きは魔石がやってくれるから」
ナオトが横で見守る。
ヴァニラがゆっくりスイッチを押すと――
金属音と共に、刃が高速で震えるように往復し始めた。
「……すごい」
ザリナが胸を張った。
「でしょ!これで木に触れたら――」
ヴァニラは慎重に、倒れたばかりの中型の木にノコギリを押し当てた。
――わずか数秒。
木の表面に滑らかな切れ込みが走り、ザクッと板でも切るように半分が割れる。
ヴァニラが目を瞬かせた。
「切れました」
オルガが思わず声を上げる。
「何ですか、これ!?斧を使うよりも速いじゃないですか!」
ザリナは満面の笑みで両手を握る。
「成功だぁ!やったよ、師匠っ!」
ナオトは肩の力を抜き、心底嬉しそうに笑った。
「あぁ……すごいよザリナ。これがあれば、伐採作業が劇的に変わる」
ヴァニラは切れた断面を指でゆっくりなぞりながら、小さな声で言った。
「これがあれば私も伐採作業のお手伝いが出来そうです」
ナオトとザリナの共同開発第一号、魔導ノコギリ。
その初陣は、完璧な成功だった。




