第三章14『第二回モルデュラス開拓計画』
夕食後。
ナオトの小屋の前の焚き火に、十三人が円を描くように並んで座っていた。
「こうして並んでると円卓の騎士みたいだな」
ザリナが控えめに手を挙げた。
「あの、師匠。モルデュラスの開拓状況って、今どうなってるの?」
ナオトは「ああ……」と息を漏らし、頭をかいた。
「前に話した時は四人だったからな。今はメンバーも増えたし、もう一度整理しなおした方がいいと思ってたんだ」
ボニーが身を乗り出す。
「はい!前の計画は叩き台って感じだと思ってました!今は人数も増えましたから、もっと大きなことできますよ!」
ザリナが全員の顔を見回す。
「じゃあ……ここにいる皆が領民ということでいいのかな?」
少女たちも、冒険者組も、当然のように頷いた。
だがナオトは、冒険者チームの四人へ目を向ける。
「オルガたちは……本当にそれでいいのか?一時的な滞在じゃなくて?」
オルガがまっすぐにナオトを見る。
「ナオトさん、もちろん構いません。私たちはここを『活動拠点』にすると決めましたから」
フィオラも笑みを浮かべる。
「むしろ、こういう場所の立ち上げに関われるなんてめちゃくちゃ楽しそうじゃん!」
ヴァニラは控えめに手を挙げる。
「私はたまに教会に顔を出す時間さえもらえれば問題ないです」
ショコラも大きく頷く。
「てかさ、ここまで手伝わせておきながら、今さらそんなこと聞く?」
「悪かったよ、一応確認しておきたかったんだ」
ナオトは苦笑したが、どこか嬉しそうだった。
ザリナが木板に文字を書き出しながら言う。
「それでは、まず、現状の設備を確認すると、師匠の小屋、ジェシカたちの丸太小屋、簡易工房、簡易風呂、建設中の屋敷、建設中の小屋、そして畑だね」
フィオラが「おおっ」と声を上げる。
「私たち、こんなに作ってきたんですね!」
ボニーも誇らしげに胸を張る。
ルナは静かに微笑む。
「皆さんが頑張った成果ですね」
ナオトが改めて全員の視線を集めて言う。
「じゃあ――第二回モルデュラス開拓計画を始めよう」
ザリナが「はいっ!」と返事してペンを構えた。
「まずは住居についてだな。建設中の屋敷は枠組みは完成してる。小屋の方は明日には内装まで完成するそうだ。建築は大工の皆に任せることにした」
ボニーは悔しそうに肩を落とす。
「時間があれば私も参加したかったんですが……」
「ボニーには他にやることがあるから仕方ないな。次は交通路の整備についてだ」
ザリナが勢いよく手を挙げる。
「『ドミノ倒し作戦』だね!」
「ザリナが考えてくれた作戦だな。参加メンバーはボニー、オルガ、ヴァニラ、ショコラ」
「一本倒せば、その衝撃で次の木が倒れ、さらに次へ……楽しそうです!」
ショコラは不安そうな顔をする。
「ぜ、絶対に倒れる方向を確認してからにしてよ!?」
「私が防御魔法を使いますから大丈夫ですよ」
「くれぐれもケガには気をつけてくれ。次は探索チームだな」
ナオトはルナとフィオラに視線を向ける。
「探索チームは今日発見した鉄鉱石と、ゴム素材を引き続き集めてきてくれ」
フィオラは目を輝かせる。
「あの謎の樹液だね!何に使えるかよくわからないけどたくさん集めてくるよ!」
ルナは静かに頷いた。
「鉄鉱石はまだまだ大量にあります。慎重に進めますね」
そこでボニーが手を挙げた。
「ナオトさん!鉄鉱石の採掘には父も呼びますね!あの人、鉄があるって聞いたら絶対来たがるから!」
「もちろん。ただ……鉄鉱石の採掘もケガには気をつけてくれ」
「大丈夫ですよ!父は私より頑丈ですから!ちょっとやそっとじゃくたばりませんよ」
「ま、まあ……無理せず頼むよ。それじゃあ、次は……」
ザリナへ視線が集まると、彼女はビクッとする。
「あ、私?」
ナオトは微笑んで言った。
「ザリナ。お前には研究チームを任せようと思う。俺の知識で足りないところをお前の閃きで補ってくれ。まずはゴムの実用化だな。頼りにしてるよ」
「うん!任せてちょうだい、師匠!」
ザリナの耳が嬉しそうに揺れていた。
すると、ジェシカが気合十分で手を挙げる。
「畑のことはあたしに任せて!普段の水やりはあたしだけで大丈夫!」
リーネが不安げに聞く。
「え、ジェシカ一人で平気ですか?」
「平気!ただ、植え付けとか収穫の時は、みんなに手伝ってもらいたいかな!」
「もちろん。その時は総出でやろう」
ディアが静かに立ち上がる。
「家事全般は、私とリーネが担当します」
リーネも頷く。
「はい。皆さんのお役に立てるように頑張ります」
ナオトは申し訳なさそうに言った。
「いや……負担が多すぎないか?二人だけで家事って……」
ディアが微笑む。
「ナオト様のお世話は……私の役目ですから」
「えっ、いや、その……ありがたいけど……?」
リーネも落ち着いて続ける。
「料理も掃除も任せてください。毎日ぴかぴかにします」
「いや、無理のない範囲で頼むよ?」
ウィスがそろそろと手を挙げる。
「……ウィスは……?」
「ウィスは何か得意なことはあるか?」
ウィスは俯いたまま、小さく言う。
「……お絵かき……」
「うーん、お絵かきか。今のところは大丈夫かな?ゆくゆくは看板や地図を描く係になってもらおうかな?」
「……看板、楽しそう」
「ひとまずは俺に付いてきてもらって、一緒に整体の補助をしてくれると助かるよ」
ウィスの目がぱぁっと輝いた。
「……がんばる……!」
「ウィスちゃん、良かったね!」
フィオラが笑うとディアは羨ましそうにする。
「私がナオト様の隣のポジションなら良かったのに……」
「よし、これで皆、役割決まったかな?……ってパメラがまだじゃないか」
「……お主、妾にも労働をさせる気か?」
ナオトは優しい声で応える。
「パメラには一番期待してるんだぜ。お前の魔法が、モルデュラス開拓計画の要なんだからな」
「妾に何をさせる気じゃ」
「伐採が終わった交易路を、パメラの魔法で均して、固めていってくれ」
「……まさか、サンマリナまでの道をすべて妾の魔法で固めさせる気ではあるまいな」
「交易路が完成したら娯楽が流れ込んでくるぜ」
ナオトは親指を立ててニカッと笑う。
「ぐぬぬ……その時は覚えておれ」
全ての役割が決まり、場に活気が満ちていた。
ナオトは全員を見渡しながら言う。
「今日の計画は、明日から本格的に動かす。人数が増えた分、できることも増えた。みんなでここを、安心して暮らせる場所にしていこう」
皆が一斉に立ち上がり、拳を突き上げる。
「「おーっ!!!」」
その声は、未完成の屋敷に大きく響き渡った。
こうして十三人による第二回モルデュラス開拓計画は本格的に動き出した。
―――
会議が終わり、皆がそれぞれの場所へ散っていく。
ナオトは片付けをしながら、ふと辺りを見回した。
「……整体、時間的に今日できるのは一人だけだな」
今日から本格的に伐採作業が始まった。
体への負担が一番大きいのは——。
「んー……やっぱボニーか?」
そう呟いた瞬間、後ろから弾む声が飛んだ。
「はいっ!呼びましたか、ナオトさん!」
振り返ると、ボニーが元気よく手を挙げていた。
小柄な少女が、身長以上の大きさの斧を担いでいる。
「あー、いや、呼んだわけじゃないけど……。今日整体できるの、時間的に一人だけなんだ。で、誰にするか悩んでて」
「おおっ、なるほどです!それで、私の名前が出たんですね?」
にこにこ笑いながら近づいてくるボニー。
「今日、伐採で相当振り回しただろ?ドミノ倒し作戦だって、結局は木を倒す腕力使うし」
「確かにそうですね!私、今日めちゃくちゃ働きましたから!整体していただけるのはありがたいです!」
「じゃ、やるか。こっち来て」
ボニーは素直にベッドに座り、姿勢を正す。
「ではよろしくお願いします!ナオトさんに整体していただけるなんて、なんだか久々ですね!」
「そんな大げさな……。ほら、力抜け」
「はいっ!」
しかし、ナオトが肩に軽く触れた瞬間——。
「わっ、くすぐったいです!」
「くすぐったいのか……。反応が子供みたいだぞ」
「よく言われます!力仕事は得意なんですけど、こういうのには弱くて!」
ナオトは苦笑しつつ、肩の可動域を確認する。
「今日、かなり腕使ったろ。筋肉がだいぶ張ってる」
「そうですね!さすがに180本も伐採したのは初めての経験でした!」
「無理すんなよ。まだ開拓始まったばっかりだ」
「大丈夫です!鍛冶屋の娘ですから、体力はあります!」
明るい声とは裏腹に、体の緊張は強い。
力仕事を続ければ故障しやすいタイプだ。
「ん、じゃあちょっと押すぞ。痛かったら言えよ」
「はい、あっ……!でも気持ちいいです!」
ナオトが施術を進めるたび、ボニーは素直な声で反応する。
「うわぁ、すごいですねナオトさん……!体があったかくなって……軽くなっていきます!」
「効果が出てる証拠だな」
「この整体の技術、うちの父も絶対ナオトさんを婿に欲しいって言いますよ!」
ナオトの手が止まる。
「……いや、待て。前にもそんなこと言ってなかったか?」
ボニーは屈託なく笑った。
「言いましたよ?私、本気でナオトさんにお婿さんになってくださいって言いました!」
「やっぱり言ってたよな!……お前、俺のこと好きなの?」
問いかけると、ボニーは一瞬だけ瞬きをしたが、すぐに元気よく首を横に振った。
「いえ、全っ然恋愛感情はありません!」
「はっきり言うな!」
「いや、誤解されると困りますので!そういうのはルナさんやディアさんにお任せします!」
「いやいやいや!?お任せしますって何を!?」
「恋愛担当です!」
「担当制なのかよ!」
ボニーは悪びれもせず続ける。
「わたしは鍛冶屋担当ですから、鍛冶屋的な意味で、跡継ぎが欲しいだけです!書類上の契約結婚で大丈夫です!」
「……跡継ぎ目当てかよ!」
ナオトは心底ほっとした表情で続ける。
「ていうか俺、整体師だからな?鍛冶屋継ぐのは無理だって」
「いえ、ナオトさんは器用ですから大丈夫です!兼業すればいいんですよ!はい、決まりです!」
「決まりじゃない!」
笑いながら話すボニーに、ナオトは完全にペースを乱されていた。
施術が終わると、ボニーは腕をぐるぐる回しながら満面の笑みを見せた。
「うわぁ、すごいです!肩が羽みたいに軽いですよ!ありがとうございます、ナオトさん!」
「よかったよかった」
「明日、木を倍倒せますね!」
「それはやめろ。倍倒したら危ねぇよ」
けらけら笑って、小屋の外へ向かうボニー。
その背中は、明るく元気で、どこまでもまっすぐだ。
ナオトは息を吐きながらつぶやいた。
「……あいつ、本気で俺を鍛冶屋の跡継ぎにする気だな」
ナオトが片付けを終え、小屋の扉を開けた瞬間——。
「……ん?誰だ?」
扉の向こうの隙間から、小さな影が覗いている。
眉をひそめるほどではないが、明らかにこちらをじっと見ている。
「……ウィスか?」
小さな声で確認すると、ウィスは恥ずかしそうに首をすくめ、無言でうなずいた。
手にはいつもの小さなメモ帳、どうやら整体の手順を密かに観察していたらしい。
「おいおい……そんな隙間から覗いてたのか」
「……勉強してた……」
小声で答えるウィス。
ナオトは苦笑しつつ、扉を少しだけ開けて招き入れる。
「もういいぞ。見学はここまでにして、座ってメモでも整理しろ」
ウィスは軽く頷き、隙間から静かに足を踏み入れた。
「……質問いい?」
「ん、どうした?」
ウィスは少し間を置き、低く控えめな声で訊く。
「……契約結婚って何?」
ナオトは思わず手を止め、顔を上げる。
一瞬の沈黙の後、深いため息。
「……おいおい、いきなりそんな質問かよ、ウィス」
「……気になったから……」
「そ、そうか……まあ、簡単に言うとだな」
ナオトは説明のために腰を落とし、落ち着いた声で話す。
「契約結婚ってのは、恋愛感情とは関係なく、お互いの都合とか利益のために結婚することを言うんだ」
ウィスはメモ帳に目を落とし、慎重に文字を書き写す。
「……利益のための結婚……」
「そうそう。だから、義務や責任が重視される結婚だな」
「……なるほど……」
ウィスは紙に書き込みながら、小さくうなずいた。
ナオトは思わず笑ってしまう。
「……ボニーさんは契約結婚?」
「まあ、そういう解釈でいいと思う」
「……なるほど……」
ナオトはメモを盗み見る。
ルナ『第一夫人』
ディア『特別扱い』
ザリナ『お前が必要』
ボニー『契約結婚』
「……ちょっと待てウィス!」
ナオトは思わず声を荒げる。
無表情のウィスは小さくうなずき、ペンを止めない。
「お前、何書いてんだ!?」
「……わかりやすくするため……」
「わかりやすいかそんなもん!誰が見ても誤解するだろ!!」
「……事実……」
ナオトは思わず頭を抱える。
ウィスは無表情のままメモに視線を戻し、淡々と書き足す。
「……恋愛バトルロワイヤル……」
「戦わすなぁ!」
小屋には、ナオトの叫び声が響いていた。




