第三章13『アリアのお誘い』
「ひぃ!ナオトさん!たくさんの女の子に囲まれて!しかも全員知らない女の子!」
ナオトが慌てて手を振る。
「いや、待てアリア。誤解だ。いろいろあって……ほら、そんなことより今日は教会の仕事帰りか?」
ナオトの声に、アリアはこくりと頷く。
「はい。ちょうど今、仕事を終えたところなんです。買い物デート……ですか?今日はルナちゃんと一緒じゃないんですか?」
「いや、普通に買い物だよ。今日はルナとは別行動だ」
ナオトが後ろを振り返ると、ザリナやディア、三人の少女たちが興味深そうにこちらを伺っている。
アリアは姿勢を正し、丁寧に微笑んだ。
「はじめまして。アリアと申します。ナオトさんとルナちゃんには、いつもお世話になっています」
ザリナは軽く目を細め、好奇心を隠さない視線を向ける。
「へえ、あなたが噂のアリアさんね」
ナオトは一歩前に出て、仲間たちを紹介し始める。
「こいつはザリナ。サンマリナで知り合った……元商業ギルド職員だ」
ザリナは腰に手を当て、ニッと笑う。
「よろしくね、神官のお嬢さん!」
「よろしくお願いします」
「こっちはディア。この前『花かごの家』から来てもらって、色々と助けてもらってる」
「アリアさん、孤児院ではお世話になりました」
ディアは落ち着いた笑みを浮かべて挨拶。
「誰かと思ったらディアちゃんだったんだ!」
「なんだ、知り合いだったのか」
「少し話したことがあるくらいですけど。よろしくね、ディアちゃん」
そしてナオトは三人の少女たちへ視線を移した。
「この三人は、最近知り合った子たちだ。ジェシカ、リーネ、ウィスティリア。今は一緒に暮らしてる」
ジェシカが一歩前に出て、元気よく挨拶する。
「ジェシカだよ!よろしくね!」
リーネとウィスも少し緊張した面持ちで頭を下げる。
アリアは優しい目で三人を見つめ、口元をほころばせた。
「皆さん、よろしくお願いします。……ナオトさんの周り、本当に賑やかになったんですね」
ナオトは照れくさそうに頬をかいた。
「まあ、気づいたらこうなってたんだよ」
穏やかな空気が流れる。
「アリアこそ、しばらく会ってなかったけど元気だったか?」
アリアは少しだけ考え、控えめに口を開いた。
「お祭りの準備があって忙しくて」
「お祭り?」
ナオトが首を傾げると、アリアは胸の前で指を組み、ほんの少しだけ視線をそらした。
「次の祝日に、成長祈願の祭があるんです。街中が飾りつけされて、屋台や曲芸も出て……毎年、とても賑やかで綺麗なんですよ。私も午前に祈祷や、夕方の灯籠流しのお手伝いをするんです」
説明しながら、まず思い浮かべているのはナオトが楽しむ姿なのだと分かる柔らかい表情だった。
「それ以外の時間は空いているので、もしよかったら……一緒に回りませんか?ナオトさん、あの出来事のあとからずっと忙しそうだったから……少しでも気分転換になればと思って」
ほんのり頬を染めながらの誘い。
ナオトは驚いたように目を瞬かせる。
背後では、ディアが値踏みするように表情を引き締めてアリアを観察。
ザリナはニヤニヤと面白がる気配。
少女たちは期待で目を輝かせている。
「迷惑じゃなければいいんですけど……」
「ありがとう、アリア。せっかくだし行ってみたいな」
その瞬間、アリアの顔がぱっと明るく輝いた。
「本当ですか!?よかった……!じゃあ当日は広場の噴水前で待ってますね!」
嬉しさのあまり小さく跳ねるように喜び、アリアは再び一同に頭を下げると、明るい足取りで去っていく。
彼女の姿が人混みに紛れるまで、ナオトは少しだけ照れながら見送った。
「……祭り、か。そんな時期なんだな」
何気なく呟くと、背後からじっとした視線を感じる。
振り向けば、まず目に入ったのはディア。
ディアは無表情を保っているつもりなのだろうが、わずかに頬を膨らませたような、複雑な空気を纏っていた。
「……ナオト様。アリアさんとのデート楽しみですね」
「え?いや、別にそういうつもりじゃ……」
即座に否定したつもりだったが、ディアは目を細めて小さく息をつく。
「……ならよかったです。ルナ先輩も行きたがるでしょうし、さすがに私も……その、気にしますから」
最後だけ声がかすかに小さくなる。
そんな空気の中、ザリナがすかさず肩をすくめて笑った。
「嫉妬してるんじゃないの?ご主人様を取られたくない〜って感じの?」
「ち、違います!私はあくまでナオト様の付き人なので、職務上の問題です!」
珍しく声を上げて反論し、頬が赤くなったのを必死に隠すように顔をそむけるディア。
それを見てザリナは楽しげにニヤけている。
一方、三人の少女、ジェシカ、リーネ、ウィスはというと、子供らしい、純粋な期待で瞳を輝かせていた。
「お祭り!屋台とかあるのかな?」
「曲芸もあるって言ってましたね」
「……楽しそう……」
ナオトはその様子に思わず苦笑する。
「まあ、せっかくの祭りだし、みんなまとめて行けばいいだろ。仕事が詰まってなければ、だけどな」
「ナオトお兄ちゃんありがと~!」
「お仕事頑張らないと行けませんね」
「……ウィスも手伝う……!」
ディアは少しだけ表情を緩めた。
「……それなら私も問題ありません。人手が多いほうが、ナオト様の護衛にもなりますし」
「お、建前が増えたね?」
「ザリナさん、黙ってください!」
そんなやり取りにナオトは苦笑しつつ、荷物を持ち直した。
「じゃあ帰って夕飯の準備でもするか。祭りは楽しみにしておこう」
―――
夕陽が低く傾き、オレンジ色に染まった空の下、拠点に戻ると、大工たちは昼間とはまるで別人のように生き生きと作業をしていた。
「おおっ……!?みんな、すげえスピードだ!」
ナオトは思わず声を上げた。大工の一人が肩で息をしながら、嬉しそうに答える。
「いやあ、ナオトさんに整体してもらったら、体が軽くなって、力が出る出る!一日中でも作業できそうだ!」
「ほんとかよ……そう言ってもらえると嬉しいよ」
ナオトが現場を見渡すと、屋根の骨組みがきれいに組まれ、梁も支柱もぴったり収まっていた。
「屋根まで完了してる……これ、午前中にはまだ半分もできてなかったはずだぞ」
「ナオト殿、見てください!オルガ殿の簡易小屋も内装以外は全部完成しました!」
別の大工が誇らしげに指差す方向を見ると、オルガ達の拠点も形になっており、簡単な囲いと屋根がしっかり整っていた。
ディアは腕を組み、冷静に観察しながら言う。
「なるほど、ナオト様の整体で、これほどまでに作業効率が上がるのですね……」
「俺の整体にそこまでの効果はないと思うんだけど……?」
ザリナも腰に手を当て、にこやかに言った。
「でも、こんなに頑張ってくれると、こっちまで気分が上がっちゃうね」
ナオトは一歩前に出て、大工たちに向かって声をかける。
「みんな、今日はここまでで十分だ。ゆっくり休んでくれ」
「おお、やったー!」
「それじゃ、また明日!」
大工たちは誇らしげに胸を張り、思わず互いに拳を突き合わせる。
大工たちは帰宅し、ナオトは少しだけ作業を片付けた後、ディアとリーネに声をかけた。
「今日は皆に元気を出してもらうために、夕食を豪華にしようと思うんだ」
「そうですね。私たちで準備しましょう」
ディアが穏やかな笑みを浮かべると、リーネも頷いた。
「はい。皆さんに喜んでもらえるように美味しいものを作りましょう」
そこへジェシカとウィスも手伝いに加わる。
「あたし、サラダの盛り付けならできるよ!」
「……パン焼いてみたい」
二人は少し緊張しつつも、楽しそうに準備に取り掛かる。
ディアが鍋を火にかけ、油を熱する。香ばしい香りが立ち上り、拠点に漂う。
リーネは野菜を刻みながら、彩りを考える。
「今日は皆の体力回復にぴったりな、ビーフシチューにしましょう」
ディアが手際よく肉を炒める横で、リーネが笑顔で答える。
「それに、副菜は色とりどりのサラダと、焼き立てパンですね。想像するだけで元気が出そうです」
ジェシカはレタスやトマトをボウルに入れながら、ディアに確認する。
「ディアちゃん、サラダはどのくらいの量にするの?」
「皆がしっかり食べられるように、多めでお願いします」
「はーい!」
ジェシカは楽しそうに手を動かす。
ウィスは生地を丸めてパンの形を整え、オーブンに入れる。
「……美味しくなぁれ」
「ウィスちゃん、きっと美味しくなりますね」
リーネも微笑む。
ディアは鍋をかき混ぜながら、鍋の中のビーフシチューを味見する。
「うん、味もばっちりです。栄養もたっぷりですよ」
鍋の火を少し弱めて煮込みを安定させ、ジェシカは最後にサラダを盛り付け、パンも焼き上がった。
ジェシカとウィスもそれぞれ自分の仕事に満足げだ。
「これで準備は完了です」
「皆が戻ってきたら、きっと元気になるでしょうね」
ディアが穏やかに告げると、リーネも嬉しそうに笑った。
「そろそろ、開拓チームも帰ってくる頃だな」
「えぇ。森での作業は疲れるでしょうし、ちゃんと無事に戻ってくれるといいですね」
その時、拠点の入り口から明るい声が聞こえた。
「ただいまー!」
四人の開拓チーム――ボニー、オルガ、ヴァニラ、ショコラが泥や木くずを少し身にまといながら元気に戻ってきた。
ナオトが笑顔で迎える。
「おかえり!今日はどうだった?」
「いやー、疲れたけど充実してました!」
ボニーが斧を肩にかけ、息を整えながら元気に答える。
「今日は木を百本くらいまでは数えてたんですけど、その後は面倒になって数えるのをやめちゃいました!」
「正確には、私が運搬担当として数は記録していました。今日運んだ木は全部で約百八十本です」
「すごい量だな……体力は大丈夫か?」
ボニーは胸を叩きながら元気に答える。
「はい!ちょっと疲れましたけど、まだまだ行けます!ヴァニラさんもショコラさんも頑張ってくれましたし!」
ヴァニラも微笑みながら続ける。
「防御結界のおかげで、作業中に獣に邪魔されることもなかったです。順調に進みました。ショコラも炎の魔法も無駄なく活用できました」
ヴァニラが褒めると、ショコラは薄い胸を張って笑った。
「うんっ!燃やすの大好きだから、テンション上がっちゃった!」
「伐採した木材も予定通り運び出しました。明日からの建設に使って下さい」
ナオトは大きく頷き、微笑みながら言った。
「よくやったな、皆。今日一日でかなり進んだぞ」
そこにザリナが腕を組み、観察するように周囲を見渡す。
「ふむ……少し作業効率を上げられそうね」
ナオトが眉を上げて尋ねる。
「どういう意味だ?」
ザリナは指を立てて説明する。
「伐採する木にあらかじめ小さく切れ込みを入れておいて、倒す方向をコントロールするの。そうすれば、倒した木が次の木に当たって連鎖的に倒れるようにできるわ」
ボニーの目が輝く。
「なるほど!それなら一本ずつ倒さなくても済むし、体力も温存できそう!……ところでどちら様で?」
「彼女はザリナ。サンマリナから来てくれたんだ。オルガ達は覚えてるよな?」
「ええ」
「雰囲気違うからびっくりしたよ〜」
「あの時は仕事モードだったからね」
ナオトは元気よく拳を握る。
「よーし!明日はこの方法でやってみよう!題して『ドミノ倒し大作戦』!」
「ナオトお兄ちゃん、ドミノって何?」
ジェシカの言葉にナオトは満足そうに笑い、拠点の空気は少し緊張感を帯びつつも、明るく温かいものに包まれた。
すると、森の方から足音が近づいてきた。
「ただいま戻りました!」
ルナとフィオラが、少し埃をかぶった姿で拠点に現れる。疲れた表情を見せながらも、どこか誇らしげだ。
ナオトが立ち上がり、にっこり笑う。
「おかえり、二人とも。探索はどうだった?」
フィオラが小さくジャンプしながら手にした袋を差し出す。
「見て見て!すごいの見つけたよ!」
袋の中から黒光りする小さな塊を取り出す。
ルナが少し照れくさそうに説明する。
「川沿いの崖で小さな鉱脈を見つけました。精錬すれば道具や武器に使えそうです」
ナオトが袋を受け取り、中身を確認する。
「なるほど……これは確かに価値があるな」
するとその場にいたボニーの目がぱっと輝いた。
「な、なんですって!?鉄鉱石!?」
ボニーは思わず鉄鉱石を手に取り、飛び跳ねるようにして喜ぶ。
「これで道具もいろいろ作れますね!最高です!」
「それと、道に迷わないよう木に目印として切れ込みを入れておいたのですが、帰りに目印を付けた木の一部から樹液が出ていました。正直、何の樹液かはわかりませんが、とりあえず持ち帰りました」
フィオラも袋の中の樹液を指さしながら説明する。
「ねえ、これ、普通の樹液と違って少し粘着質で、弾力もあるんだよね」
ナオトは手に取って観察する。
「……もしかしたら、これはゴムになる素材かもしれない」
ルナとフィオラは顔を見合わせ、きょとんとする。
「ゴ、ゴムですか……?」
「ゴムって何?」
ナオトは頷きながら続ける。
「天然の樹液で、伸縮性や弾力を持っている。使い方次第で色々応用できる可能性があるんだ」
フィオラが目を輝かせて言う。
「へぇ……そんなものが森の木でできるんだ!」
ナオトは二人を見渡し、微笑む。
「すごい成果だな。二人とも、よく頑張った」
ルナは少し照れながらも胸を張る。
「兄様のために、しっかり調べてきました」
「ありがとう、ルナ、フィオラ。今日はたくさん食べてゆっくり休んでくれ」
拠点の焚き火の周囲は、今日1日の成果を喜ぶ笑顔で包まれていた。




