第三章12『ゴスロリ風メイド服』
「え?」
その突拍子もない呼び声に、場にいた全員が同時に振り返った。
黒いボディスーツが陽光を反射し、姿勢よく伸びた脚を際立たせている。
兎耳がぴんと立ち、動くたびに小さく揺れた。
腰にちょこん、と付いた尻尾が場違いなほどに愛らしい。
淡いピーチゴールドの髪が揺れ、彼女はまるで舞台の上に立つような笑顔でナオトに手を振った。
その光景を見た大工たちは、口をぽかんと開けたまま固まる。
「なんだ、祭りか?」
「こういうサービスが付いてくる仕事だったっけ……?」
ざわつく大人たちの後ろで、ディアがぱちぱちと瞬きをした。
畑組の少女たちも同じく固まっている。
「うさぎさん?」
「……かわいい」
「ウィスは見ちゃいけません」
その視線の中心で、彼女は満面の笑顔を浮かべていた。
「やっと見つけたー!師匠ー!」
まるで迷子の子供が親を見つけたかのような勢いで、一直線にナオトへ駆け寄ってくる。
ナオトは手を止めたまま、わずかに目を細めた。
「……なんでザリナが、ここに……?」
ディアがゆっくりとナオトへ視線を向けた。
「……ナオト様?」
その声音には、いくつもの意味が詰まっていた。
説明を求める気配。
状況を理解したい思い。
そしてほんの少しの牽制。
バニーガールはぴたりとナオトの正面に立ち、胸を張って言い放つ。
「今日からここで弟子をしますから!よろしくお願いします、師匠!」
「いや勝手に決めるな!てかザリナ、なんでここに来たんだ?港町のギルドや屋台はどうした?」
ザリナは当然のように首を傾げる。
尻尾がふわりと揺れ、耳がぴくっと立つ。
「え?師匠が呼んだからでしょ?」
「いや、呼んだっけ俺?」
ナオトが困惑していると、少女は一歩踏み出し、仮面の奥からまっすぐ見つめてくる。
「だって、師匠、あたしにプロポーズしたじゃない」
「…………え?」
その瞬間、周りの大工たちの動きが止まった。
盛大に何かを落とす音がした。
「ぷ、プロポーズ?」
「本命登場ってやつか!?」
ジェシカたちも目を丸くしていた。
その横で、ディアの笑顔が、音もなくすぅっと凍った。
腕を組んだままの姿勢から、微妙に肩が震えている。
頬の筋肉がピクリと動き、瞳には明らかな敵意が宿っていた。
声に出てはいないが、背後に炎が見えるほどの雰囲気だ。
一方のザリナは、そんなディアの圧にまったく気づかず続ける。
「『俺には君が必要だ』『一緒に未来の景色を見よう』『二人で魔法の世界を作ろう』って」
胸に手を当て、尻尾がふわっと揺れる。
耳がふわっと揺れ、尻尾が誇らしげに跳ねた。
「だからあたし、師匠の婚約者として来たの!そばにいるのが、婚約者の務めでしょ?」
「いやいやいやいや待て待て待て、なんか俺の記憶と少し変わってるぞ」
「もしかして……プロポーズのつもりじゃなかったの?」
小首をかしげ、耳がしゅんと倒れる。
尻尾も、しょぼんと下を向いた。
ナオトが慌てて否定するも――
「……婚約者、ですって?」
ディアの声が、すぐ背後から低く落ちてくる。
ナオトはゆっくり振り向いた。
そこには、満面の笑みを浮かべているのに目だけ一切笑っていないディアがいた。
「ナオトさまぁ?これはどういうことでしょうかぁ?」
ナオトは慌てて手を振った。
「ちょ、ちょっと待て! 誤解だ!」
「ふふーん、冗談だよ。冗談」
あっさりと笑い飛ばすように兎耳を揺らす。
「師匠、顔真っ赤だよ?」
「……心臓に悪いからやめてくれ」
「……本当に冗談なんですよね?」
「もちろん。でも、一緒に夢を叶えたいって言葉は、冗談じゃないよ?」
周りがまた静まり返り、ナオトは思わず息を呑んだ。
「お、おい……あれは俺、その……」
「ねぇ師匠。あの夜に言ってくれたよね?未来の景色を見せてやるって」
兎耳が柔らかく揺れる。
さっきまでの冗談まじりの態度とは違い、声は静かで素直だった。
「だから来た」
ナオトは思わず目をそらす。
ザリナは一歩近づき、笑う。
「あたしは必要とされて嬉しかったんだよ?」
その一言にディアの視線がまた鋭くなる。
「……冗談のつもりで来たわけじゃないんですね?」
「うん。新しい魔法を作るために来たの」
ザリナは胸に手を当て、さらりと言い切った。
「師匠の描く未来の景色を一緒に形にしたい。それが目的」
ザリナとディアの間に漂っていた緊張が、ナオトを中心にゆっくりと温度を上げていく。
ザリナは相変わらず余裕の笑みを浮かべ、ディアは腕を組んで睨むように見つめていた。
「……確認しますけど」
ディアが一歩近づき、ザリナを正面から見据える。
「あなた、ナオト様に、恋愛的な感情はありません よね?」
ざわっ、と周囲が揺れた。
「おいおい聞くんだな……」
「ディアちゃんストレート……!」
ザリナは、少しだけ驚いたように目を瞬く。
「恋愛?……あぁ、その心配?」
肩を軽くすくめて笑う。
「ないよ?」
「え、即答……」
ナオトが変なところで傷ついた顔をした。
「だって師匠はあたしが夢を叶えるための踏み台であって、恋愛感情で見るタイプじゃないもん」
「言い方ァ!!」
周りがくすくすと笑う中、ディアは真剣な表情のまま続ける。
「……本当に、恋愛目的じゃなくて、あくまで弟子として来たんですね?」
「うん。むしろ恋愛で来ると思われたら困るよ」
その答えに、ディアの表情が少し柔らかくなる。
「……なら、いいです」
すっと肩の力を抜き、ディアは一歩下がった。
「弟子入りも、夢を叶えたいという気持ちも構いません。ただ、ナオト様を恋愛的に狙うなら話は別です」
はっきりと言い切るディア。
ザリナは軽く笑って返した。
「大丈夫、大丈夫。あたし、師匠のこと尊敬はしてるけど、恋愛じゃないから」
ディアはその言葉を聞いて、ようやく納得したように頷いた。
「……なら、歓迎します。ナオト様を支える仲間として」
ザリナが微笑み、二人の間の緊張がふっと解ける。
ディアは念のため、鋭い視線だけは残した。
「でも、もし気持ちが変わるようなら、先に言ってくださいね?その時は話し合いましょう。ルナ先輩も含めて」
「あはは、了解了解」
ディアはひとまず矛を収めた。
恋愛じゃなければ問題なし。
彼女なりの、一線の守り方だった。
「ところで……お前、商業ギルドはどうしたんだ?サンマリナのギルドで働いてたんだろ?」
「それ聞いちゃう?」
ザリナは頬をかき、どこかバツの悪そうに笑った。
「やめてきた」
「え、やめてきたの!?」
ザリナは豊かな胸を張って、むしろ誇らしげに言った。
「だって師匠が引き抜いたんでしょ?」
「いやあれは! 引き抜きっていうか……口が滑ったというか……!」
「だから退職届出してきた!」
「行動が早すぎる!!」
ディアは呆れたようにため息をつく。
「……あなた、本当に冗談通じないタイプですね?」
「え? 冗談なんて聞いてなかったし。来てほしいって言われたら行くでしょ?普通」
ザリナはくるりと回って、ウサ耳をひょこひょこ揺らしながら言った。
その無邪気な笑みに、ナオトは返す言葉を失った。
ディアはその横で、少しだけ呆れ顔だが…わずかに口元が笑っていた。
「……ほんと、変わった子を拾いましたね、ナオト様」
「俺もそう思う……」
―――
昼休みが終わり、大工たちがそれぞれの持ち場へ戻っていく。
整体の効果か、ハンマーの音がいつもより軽快に響きはじめた。
ナオトがその様子を見て胸をなでおろしていると、ディアが歩み寄ってきた。
腕を後ろに組み、いつもの穏やかな笑顔を見せる。
「ナオト様。午後は街へ買い出しに行きませんか?」
「買い出し?」
「はい。食材と、これから必要な雑貨の補充です。午前のうちにリストをまとめておきました」
ディアが小さなメモ紙を差し出すと、ジェシカ、リーネ、ウィスの三人も隣で頷く。
「ナオトお兄ちゃんも行こうよ!」
「わたしたちだけだと、ちょっと……」
「……荷物持ちが必要」
「それもそうだな。任せてくれ」
横でザリナがまるで当然のように指を立てた。
軽やかなウサギ耳がぴょこんと揺れている。
「お、師匠いいじゃん。街案内よろしく~」
「お前も来るのか?」
「行くよ!合流したばっかで置いて行かれたら泣いちゃうし。ほら、街に行くなら素材や部品を仕入れたいもの」
彼女は自分の腰についている小袋をぽん、と叩く。
どうやら発明品を作るための材料が必要らしい。
「……なるほどな。じゃあ全員で行くか」
ナオトが頷くと、少女たちは嬉しそうに顔を輝かせた。
「……ハーレムデート」
「ウィス、変なこと言わないの!」
リーネが慌てて止めるが、ウィス本人はまったく悪気がない。
それを横目に、ザリナはニヤリと笑う。
「へぇ、デートねぇ……じゃああたしは師匠の婚約者枠で」
「却下です!!」
ディアが即座に食い気味で否定した。
ナオトは額を押さえ、小さくため息をつく。
「……お前ら仲良くしてくれよ」
そんなやり取りをしながら、六人は街へ向けて歩き出した。
午後の陽光はまだ高く、アークロスの街までの道は気持ちよい風が吹き抜けている。
買い出しという名目ではあるが、どこか遠足のような空気が漂っていた。
アークロスの街に着くとまず服屋に入った。
以前ルナの服を仕立ててもらった記憶があるナオトは、店の柔らかな空気に少し安心した表情を浮かべる。
「さて、みんな、どんな服が欲しいんだ?」
ナオトが声をかけると、ジェシカは目を輝かせながら駆け寄った。
「動きやすい服がいいな!足が速くなるやつ!」
棚の前でジャンプして、手に取ったのは明るいオレンジ色のショートパンツと、軽やかな布のチュニック。
リーネは少し控えめに、淡いパステルカラーのワンピースを手に取る。
「わたしは落ち着いた色で、でも少し可愛らしい感じがいいです」
「似合いそうだな」
その様子にナオトは微笑み、そっと言葉を添える。
ウィスは最初、少し後ろに隠れたまま棚を見つめていた。
恐る恐る淡い青や紺色の落ち着いた服を選ぶ。
「気に入ったものを選んでいいからな」
ナオトが声をかけると、ウィスは少し安心したように頷いた。
一方でザリナは、黒いボディスーツのまま店内を歩きながら、冗談めかして言った。
「うーん、あたしはこの服でもいいんだけどなぁ」
「いや、バニーガールが街中歩いてたら目立つだろ」
「この服、夜兎族の正装なんだけど」
「それ正装なのかよ!じゃあ普段着が必要だろ」
ディアはすでに手に取った服をひらひらと見せながら、軽く鼻で笑う。
「まあ、どれを選んでも私なら似合うんですけどね」
棚の間を歩き回っていたナオトたちを、店主がじっと見つめていた。目線がディアに止まると、店主の顔に一瞬で熱がこもる。
「……あっ!」
思わず声を漏らし、店主の体にビビッと電流でも走ったかのような反応が走った。
店主は目を輝かせ、両手を組んでディアの前に駆け寄る。
「仕立てさせてください!これまでの服作りの経験で、間違いありません!」
「店主さん、よろしくお願いします。ディア、店主さんはルナの服を仕立ててくれたんだよ」
「そうなんですか。私はナオト様の付き人ですから、当然メイド服でお願いします」
店主はそれを聞くと、頭の中であれこれとデザインを組み立てる。
「……ディアさんの魅力を最大限に引き出すデザインに……!」
「しばらくかかりそうだな」
ナオトはジェシカたちの様子を見に行く。
ジェシカは試着室から元気よく声をあげ、リーネは鏡を見ながら服の丈や色を確認する。
ウィスは少し照れながらも、手触りの良い生地に見入る。
黒いボディスーツを脱ぎ、選んだ柔らかい色のブラウスとスカートに身を包んだザリナは、以前とはまた違う、落ち着いた雰囲気を漂わせていた。
「おお、随分印象が変わったな」
「ふふ、師匠の言うとおりですね」
ザリナは満足げに笑う。
店内には試着中の少女たちの声と、服の擦れる音、ナオトの穏やかな声が混ざり、にぎやかで和やかな時間が流れていた。
「出来ました!」
ディアは店主から服を受け取ると試着室へと入った。
カーテンの向こうで服を身につける音が響き、数分後、ゆっくりとカーテンが開く。
姿を現したディアは、黒を基調にレースやフリルをあしらったメイド服に身を包んでいた。
ふんわり広がるスカート、細かく飾られたリボン、普段の服とはまるで違う印象だ。
ナオトは思わず目を見開いた。
「……『ゴスロリ風メイド服』!」
ジェシカが口を押さえ、リーネとウィスも目を輝かせる。
「ディアちゃん、めっちゃ良い!」
「すごく似合ってます」
「……かわいい」
一方、ディアは少し眉を寄せ、手を腰に当ててポーズを決める。
「どうですか?これならナオト様の付き人として恥ずかしくありませんか?」
ザリナは目を丸くして、にやりと笑う。
「おぉ、ディアさん、これは……小悪魔パワー全開って感じ!」
ディアはくすっと笑い、少し誇らしげに肩をすくめる。
「小悪魔って……褒め言葉のつもりですか?」
「もちろんです!」
ザリナは元気よく答える。
店主は満足そうに手を合わせた。
「やはりビビッときた通り!この子にはこれしかないと思ったんですよ!」
ディアは軽く鼻で笑い、しかしどこか楽しそうにスカートをひらひらとさせる。
「ふふ……ナオト様、これからは私、この格好でお世話しますね」
ナオトは少し顔を赤らめ、視線を逸らした。
「そ、そうか……頼むよ」
少女たちは口々に感想を言いながら、ディアの変身ぶりを楽しみ、ザリナも目を輝かせて観察していた。
店内は明るく賑やかな雰囲気に包まれ、ディアの新たな姿が一段と華やかさを添えていた。
会計を済ませ、一行はアークロスの街中を歩きながら買い物を始めた。
ジェシカ、リーネ、ウィスは軽やかに歩きながら、新しい服を互いに見せ合ったり笑い合ったりする。
道行く人々の視線を少し浴びながらも、街の賑わいと雑踏の音が心地よく、短い買い物の時間はあっという間に過ぎていった。
「さて、そろそろ戻りますか」
ナオトの声に、皆が頷く。午後の作業に向けて、一行は再び街を歩き始めた。
その時、ナオトの耳に聞き慣れた声が聞こえてくる。
「ひぃ!ナオトさん!たくさんの女の子に囲まれて!しかも全員知らない女の子!」
振り向くとブロンドの髪を風に揺らしながら、困惑した表情の神官見習いが立っていた。




