第三章6『探索の報告』
「どうしよう……このままじゃ狭すぎるし、小屋を広げるしかないか……」
ナオトは小屋の中で少し頭を抱えていた。
三人の少女たちを預かることになったはいいが、現状の小屋では手狭すぎる。
ナオトは悩みながら、ふと思い出した。
あの時、パメラが言っていた言葉――
(……シンプルな丸太づくりの小屋くらいなら、なんとかなるかもしれん)
その言葉に希望を見いだし、ナオトは決心した。
「よし、パメラに頼もう……!」
パメラを呼ぶと、彼女はいつもの落ち着いた表情で現れた。
「パメラ、お願いがあるんだ。丸太で簡単な小屋を作ってくれないか?」
パメラは目を細め、少し首を傾げる。
「……どうして妾がそんなことを……」
彼女は断ろうとしたが、その視線がふとナオトから少女たちへと移った。
小さな期待に満ちた目、少し不安そうだが信頼してくれている視線。
少女たちは、パメラが何とかしてくれると信じている。
パメラはしばらく沈黙し、ため息をついた。
「……わかった。妾がやろう。ただし、シンプルな丸太小屋じゃぞ」
「ありがとう、パメラ!これで皆も安心して過ごせる」
パメラは手を軽く掲げ、指先から淡い光が漏れ始める。
周囲の空気がほんのり震え、地面に置かれた丸太たちが自ら組み上がるように動き出した。
光と魔法の力で、丸太が組み合わされ、壁が立ち、屋根が形を成す。
わずか数分のうちに、森の小道の傍らに、丸太を組み合わせただけのシンプルな小屋が姿を現した。
屋根は少し不格好だが、暖かみのある木の香りと素朴な雰囲気が漂う。
「すごい……!」
少女たちは目を輝かせ、思わず駆け寄って小屋の周りをぐるりと回る。
「わあ……!」
「ここ……本当にわたしたちのお家になるの?」
無邪気な声にナオトは微笑み、うなずく。
「そうだよ。パメラが作ってくれたんだ」
「ナオトお兄ちゃん、パメラちゃんすごいね!」
「……でも、大丈夫かな……?」
パメラは鼻を鳴らしながら、淡い光を指先から消す。
「魔法で作ったとはいえ、妾は建物の構造に詳しくはない。詳しいものに確認させることじゃな」
「そうだな、あとでボニーにチェックしてもらうか」
パメラが魔法で作ったばかりの小屋は、丸太を組み合わせただけの素朴な造りだが、どこか温かく、少女たちはその周りを嬉しそうに駆け回っている。
森を渡る風がやわらかく吹き、ナオトは丸太小屋の前で組んだ薪を整えながら空を見上げた。
その時――。
「兄様ーっ!」
ルナの声が森の奥から響いた。続いて複数の足音。
斜面の向こうを見つめると、木々の間から姿を現したのは、ルナと『新星の方舟』の面々だった。
ナオトは駆け寄り、ルナの肩に手を置く。
「おかえり。……無事で何よりだ」
ルナは満面の笑みを浮かべた。
「はい!皆さんのおかげです。それに、ものすごく順調でした!」
その言葉に、オルガが穏やかにうなずく。
「はい。森の中間地点までは予定通り進みましたが……驚いたことに、魔物の影がまったくありませんでした。そのため、判断を変えて直線でサンマリナ方向へ森を突っ切る形で進みました」
「ほんとに不思議なくらいだったよ?魔物が何匹も出てくると思ってたのにさー。でもおかげで街までめちゃくちゃ早く行けたし、それに――」
「狩りをしてきたよ。大きい獣がちょうど群れてて、今日は宴会だね」
ヴァニラがナオトへ丁寧に包まれた肉を差し出す。
「保存処理もしてあります。……皆で食べましょう」
ナオトは驚きつつ、深く頭を下げた。
「そんな……助かる。本当に、ありがとう」
フィオラがにっこりと笑って返す。
「いいっていいって!おチビちゃんたちもいるみたいだしね!」
すると、そのおチビちゃんたちが小屋の陰からひょこりと顔を出した。
「わあっ!お肉いっぱい!」
「お姉さんたち、つよそうです……」
「……かっこいい」
三人は丸い目で冒険者たちを見つめ、興味津々だ。
「可愛い子達が増えてますね」
ナオトは肩をすくめて苦笑した。
「縁があって、預かることになってな。まだ環境を整えているところだけど」
オルガが丸太小屋を見上げる。
「ほう……小屋ができたのですね。シンプルですが、しっかりしています。一日で建てるのはすごいです」
パメラは鼻を鳴らしながら、そっぽを向いた。
「ふ、ふん。頼まれたからやっただけじゃ。褒められても困るぞ」
フィオラが手をぱんと叩く。
「よーし!せっかくお肉もあるし、今日はお祝いだね!」
少女たちが歓声をあげ、ヴァニラが微笑み、オルガが落ち着いた声でまとめた。
「では、帰還の報告は後ほどで。まずは皆で祝おう」
―――
丸太小屋の前に小さな焚き火が組まれ、ぱちぱちと木の弾ける音が静かな森に広がっていた。
空気は冷たいが、燃え上がる炎は心地よい温かさをつくりだし、その周りには冒険者たちと少女たちがゆるく円を描くように座っていた。
丸太小屋は無事に完成したとはいえ、中に全員は入り切らない。
だから今夜は、外での焚き火夕食だ。
「肉、焼けてきたわよー!ほらほら、どんどんいくからね!」
フィオラが鉄串を掲げ、香ばしい匂いとともに焼き上がった肉を次々と並べていく。
横ではショコラがじっとその焼き加減を見つめ、ヴァニラはさりげなく塩や香草を振って味を整えていた。
「わぁ!いい匂い!」
「すごく美味しそうです」
「……こんなの初めて……」
「はは、遠慮せず食べていいぞ。今日は獣の肉がいっぱいあるし」
ナオトが笑うと、三人の少女は少しだけ緊張を解いたようにこくりと頷いた。
今日初めて集まった少女たちは不安を抱えている。
でも今だけは、焚き火がその心をそっと和らげていくようだった。
「さ、みんな食べましょう。冷めちゃいますよ」
ヴァニラの穏やかな声とともに、夕食がはじまった。
ルナと冒険者たち夕食を取りながら、ナオトに今日の探索の報告を始めた。
オルガが地図を広げながら説明する。
「改めまして、森の中間地点までは予定通りに進みました。ですが、驚いたことに魔物の影はまったくありませんでした」
「うん、魔物が一匹も出てこなかったね〜」
フィオラが目を輝かせながら補足する。
「なので私たちは、予定を変更してサンマリナまで直線で突っ切ることにしました。道中も危険はゼロでした」
ナオトは少し目を細め、眉を寄せる。
「魔物がいなかった……?それは予想外だな」
ヴァニラが丁寧に手を合わせ、落ち着いた声で続ける。
「はい。おそらく、アリアさんの浄化魔法の影響だと思われます。通常なら魔物がいるはずでしたが」
「道中の安全を確認できたので、今後の交易路整備もスムーズに進められそうです」
ルナが嬉しそうに笑みを浮かべる。
ナオトは頷き、焚き火の炎に照らされた地図を見つめる。
「なるほど……予定よりも早く安全が確認できたのか。安全ならそれに越したことはないな」
オルガは静かにうなずき、落ち着いた表情で言った。
「はい。森の安全確認は完了しました。報告としては以上です」
「よし……皆のおかげで、順調に進めそうだ。ありがとう」
「それからね」
フィオラは嬉しそうに手を振りながら前に出た。
「すっごくいいことがあったんだよ!」
「おお、何だ?」
フィオラは両手で小さな袋を差し出す。中には光を受けてキラキラと輝く魔石がたくさん詰まっていた。
「道中で見つけた魔石だよ!いっぱい拾っちゃった!」
「魔石か……!でも、どうしてこんなにたくさん落ちてたんだ?」
オルガが落ち着いた表情で答える。
「おそらく、アリアさんの浄化魔法によって森の中が浄化された影響です」
ヴァニラも微笑みながら付け加える。
「魔物が浄化魔法によって倒され魔石だけが残ったのでしょう」
オルガは袋を手に取り、ナオトに差し出した。
「……土地の所有者であるナオトさんのものですから、受け取ってください」
しかし、フィオラは首を横に振り、少し渋る。
「いやー、でもこれはあたしたちの成果でもあるし……」
ナオトはにっこり微笑み、手を振った。
「全部、持って行っていいよ。君たちの手柄だし、冒険に役立ててくれ」
冒険者たちは互いに目を合わせ、こくりとうなずく。
オルガも微笑みを浮かべ、ゆっくりと口を開いた。
「では……私たち『新星の方舟』はここに活動拠点を置こうと思います」
「活動拠点をここに……?」
「えぇ、共にモルデュラス大森林の開拓を進めましょう」
「俺は助かるけど、本当にいいのか?」
フィオラは得意げに胸を張り、元気いっぱいに答える。
「もちろん!ここを拠点に、みんなで色々頑張ろうね!」
「拠点にするのはいいが……住む場所はどうする?今ある小屋だと、入り切らないな。またパメラに魔法で小屋を作ってもらうか」
瞬間、パメラの鋭い視線が突き刺さる。
オルガは落ち着いた声で応える。
「その点はご心配なく。魔石も手に入りましたので、区画をいただければこちらで手配します。簡易的な居住空間はすぐに整えられます」
フィオラはにこっと笑い、肩をすくめた。
「なんなら野営でもいいけどね。森の中で過ごすのも得意だし!」
ナオトは二人の頼もしさに思わず苦笑する。
「なるほど……それなら安心か」
ナオトは柔らかく微笑みながら、三人の少女たちに向き直った。
「さて……オルガたちの報告もあったし、ここで改めて皆に紹介しよう。これからこの小屋で一緒に過ごすことになる三人だ。まずは自己紹介をしてくれ」
少女たちは少し照れくさそうに顔を見合わせる。
最初に前に出たのは、一番小柄で元気そうな少女だった。
肩まで届くふんわりとした金色の髪を揺らし、明るい瞳が焚き火の光できらきらと輝く。
小さな手を握りしめて、勇気を振り絞るように口を開く。
「えっと、ジェシカです!身長は小さいけど、元気いっぱいに頑張ります!よろしくお願いします!」
ナオトは微笑み、軽く頷いた。
「うん、元気が一番だ。よろしくな」
次に少し大人びた雰囲気の少女が立ち上がる。
長くて落ち着いた栗色の髪は夜風に軽く揺れ、穏やかな笑みが彼女の家庭的な印象を際立たせていた。
瞳は深い青色で、静かに周囲を見渡す。
「わたしはリーネです。みなさんのお役に立てるように頑張ります。どうぞ、よろしくお願いします」
ナオトは優しく目を細める。
「うん、一緒に頑張っていこうな」
最後に物静かな少女が小さく前に出る。
腰まで届く淡い紫色の髪は光に透けるようで、控えめながらも妖精のような透明感を放つ。
彼女は少し頬を赤らめ、瞳を大きく見開いて恥ずかしそうに頭を下げる。
「……ウィスティリアです。ウィスと呼んでください」
ナオトは思わず笑みを浮かべた。
「うん、ウィスもよろしくな。焦らずゆっくりでいいからな」
少女たちはそれぞれ自己紹介を終え、焚き火の光で照らされた顔に少しずつ笑顔が広がる。
ジェシカの明るい笑顔、リーネの落ち着いた微笑み、ウィスティリアの控えめで透明感のある表情――。
三人の個性が火の粉の揺らめきとともに夜の森に映える。
ナオトは満足そうに手を伸ばし、三人の頭を軽く撫でる。
「これでみんな、少しずつ家族みたいな感じになれるな。三人には明日から、畑の担当をしてもらおう。それまではゆっくり休んでくれ」
「はい!」
「わかりました」
「……うん」
森の夜風がやさしく吹き抜け、丸太小屋の周りに新しい生活の始まりを告げる静かな時間が流れた。
―――
丸太小屋の中は、簡素だが暖かみがあり、外の森の静けさと焚き火の余韻が残っていた。
初日ということもあり、安全を考えてナオト、ルナ、そして三人の少女たちは同じ空間で寝ることにした。
少女たちは一日の疲れからか、横になるとすぐに目を閉じ、静かに寝息を立て始めた。
小さな胸の上下に合わせて、穏やかな寝息が小屋の中に響く。
ルナは少女たちをそっと見守りながら、ナオトに目を向けた。
「家族が増えましたね」
「あぁ、また賑やかになるな」
(こうしていると……まるで兄様とルナが夫婦で、ジェシカちゃんたちがルナ達の子供みたい……)
心の中でそっと呟くルナ。
ナオトは少女たちの寝顔を見つめ、少し微笑む。
「……この中だと、ルナがお姉ちゃんだな」
「……お姉ちゃん……ですか?」
ナオトは軽く頷き、少し考え込む。
「あぁ、そうか……ボニーがいるなら、ルナは次女だな」
その言葉に、ルナは小さくショックを受けたようで、布団の中で息を漏らす。
「まぁ、順番なんてどうでもいいさ。今は皆が安心して眠れることが一番だ」
「……今はそれで構いません」
ルナは小さくうなずき、目を閉じたまま微笑む。
夜の静けさの中、新たな家族の温もりが柔らかく漂っていた。
―――
次の日、ナオトは孤児院『花かごの家』の前に立っていた。




