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異世界で『整体×魔術』始めます  作者: 桜木まくら
第三章『整体魔術士の領地開拓』

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第三章3『新星の方舟』

シュセン領主との謁見から一夜明け、ナオトとルナはアークロスの街にある冒険者ギルドを訪れた。

目の前にそびえる建物は、厚い石壁に木の骨組みを組み合わせた頑丈な造り。

正面には巨大なギルドの紋章が掲げられ、昼間だというのに中から笑い声が響いてくる。


「……ここが冒険者ギルド、です。商業ギルドとは、ずいぶん雰囲気が違いますね」


ナオトは扉の取っ手に手をかけながら、苦笑を浮かべる。


「そうだな。商業ギルドは静かだったけど、こっちは活気がある……いや、荒っぽいって言ったほうが正しいか」


重い扉を押し開けると、熱気が一気に押し寄せた。

中は酒場を兼ねているらしく、樽の酒の匂いと焼いた肉の香りが混じり合っている。

大声で笑う者、戦利品を自慢する者、そして無造作に剣を振り回す者。

まるで戦士たちの集会所だ。


「……うわ、にぎやかだな」


ナオトが目を丸くする横で、ルナは小さく肩をすくめる。

二人が受付に近づくと、そこにいたのは犬人族の女性だった。

灰色の毛並みをきれいに整え、尻尾をきゅっと結んでいる。


「冒険者ギルドへようこそ!」


彼女は明るい声で笑顔を向けたが、酒を飲みながら騒いでいた大柄の冒険者たちに向かって怒鳴った。


「うるさいぞ!昼間っから酒飲むなって言ってるでしょうが!」

「へいへい」


冒険者たちは手を振りながら、しぶしぶ席に戻る。

受付嬢はナオトに向き直ると、ころりと表情を柔らかく戻した。


「すみません、お騒がせして。ご用件をどうぞ?」


ナオトは少し苦笑しながら頭を下げる。


「今日は、依頼を出したくて伺いました」

「依頼、ですか?」


犬人族の女性が興味深そうに目を細めた。


「承知しました。依頼書類の準備に少しお時間をください。そちらの席でお待ちくださいね」


ナオトとルナは案内された木製の長椅子に腰を下ろす。

周囲では冒険者たちが酒を飲みながら笑い合っていた。


「兄様……なんだか、皆すごく怖い顔をしています」

「まあ、冒険者ギルドだからな。慣れれば平気さ」


待つ間、二人は壁に貼られた依頼書に目をやる。

依頼書には、財宝回収や魔物討伐、行方不明者の捜索、奇妙な依頼まで、色とりどりの紙がびっしりと貼られている。


「……色々な依頼がありますね」

「森の魔物討伐、洞窟の探索、護衛任務に迷子の捜索……なくした人形を探すなんて依頼もあるんだな」


ルナは小さく息を漏らす。


「冒険者の仕事って、もっと危険なものばかりかと思っていました」

「王道もあれば、変わり種もあるってことだな」


その時、受付の女性が声を上げた。


「ナオトさん、ルナさん、書類の準備ができました」


二人が立ち上がりカウンターに向かうと、受付の女性は優しく笑った。


「お待たせ致しました。それでは依頼の詳細を伺ってもよろしいですか?」

「はい。モルデュラス大森林の探索と安全確保の依頼をしたいんですが……」

「モルデュラス大森林……あの『帰らずの森』と呼ばれている場所ですね」


ナオトはうなずいた。


「そうです。あそこに新しい交易路を作る予定でして。森の中の安全を確保したいんです。探索と魔物の駆除をお願いしたいです」


女性は少し目を丸くし、それから真剣な表情で頷いた。


「……なるほど。開拓目的での依頼ですね。かなりの危険地帯になりますが、大丈夫でしょうか?」

「分かっています。だからこそ、実力のある冒険者を募りたいんです」


受付嬢が記入を進めていると、隣の席で飲んでいた屈強な冒険者たちがその会話を耳にしたらしく、にやりと笑った。


「おいおい、今モルデュラス大森林って言ったか?」


一人が笑いながらジョッキを掲げる。


「坊やたち、命が惜しけりゃやめとけ。森の中には怖い魔物が出るって話だ」

「だからこそ、腕の立つ冒険者に頼みたいんです。もし怖い魔物が本当にいるなら、なおさら放っておけない」


その言葉に、ざわついていた空気が一瞬だけ静まる。

犬人族の受付嬢は思わず小さく目を見張ったが、すぐににっこりと笑って書類を差し出した。


「……分かりました。こちらで依頼を正式に受理します。森の情報は少ないですが、引き受けてくれる冒険者がいればすぐに連絡しますね」

「ありがとうございます」


ルナが丁寧に頭を下げ、ナオトも頷く。

去り際、再び冒険者たちの笑い声が響いた。


「ま、せいぜい気をつけるこったな!坊主!」

「運がよけりゃ、またここで会おうぜ!」

「森の奥で泣きたくなっても助けてやれねぇからな!」


――その時。


「その依頼、私のパーティーがお受けしてもよろしいでしょうか?」


ナオトが振り向くと、赤紫の髪を高く結った女性が立っていた。

光を受けて髪が宝石のようにきらめき、革鎧の上からでもわかる鍛えられた体が目を引く。

その表情には、戦士としての覚悟と気品が同居していた。


「……オルガじゃないか!」


ナオトが思わず声を上げると、彼女は静かに微笑んだ。


「お久しぶりです、ナオトさん。モルデュラスの森でご一緒した以来ですね」


ルナがぱっと顔を輝かせ、椅子から立ち上がった。


「オルガさん!あの時は本当にありがとうございました!」


オルガは穏やかに笑みを返し、ルナの頭に軽く手を置いた。


「こちらこそ、助けていただきました。あの戦いであなたがいなければ、私たちは森から生きて帰れなかったでしょう」


彼女は受付嬢の手元にある依頼書をちらりと見て、真剣な眼差しを向けた。


「モルデュラス大森林の探索と安全確保。あの森に再び入られるおつもりなのですね。あそこは並の冒険者では難しい依頼です」


ナオトはうなずき、地図の一部を指でなぞる。


「分かっています。けれど、森の奥を越えた先にサンマリナに続く新しい交易路を作る計画なんです。そのためには、安全の確保が必要で」


オルガは少しの間黙り、そして静かに頷いた。


「なるほど……開拓のための依頼ですか。危険ではありますが、意義のある仕事ですね」


その目に、戦士としての光が宿る。


「もしよろしければ、私のパーティーにその任をお任せいただけませんか?あの森の地形や魔物の傾向は、ある程度把握しております」


ナオトは驚いたように目を瞬かせ、そして少し笑みを浮かべた。


「いいのか?報酬の問題もあるし、無理をしてもらうつもりは――」

「お気になさらないでください。私たちは冒険者です。危険な依頼こそ挑む価値があります。それにナオトさんとルナさんのお役に立てるのなら、喜んでお受けいたします」


その丁寧で真摯な言葉に、ルナの表情も自然と和らぐ。


「ありがとうございます、オルガさん!」


オルガは小さく頷き、凛とした声で言った。


「では、共に参りましょう。あの森を『帰らずの森』ではなく、『未来へ続く道』に変えるために」


受付嬢はそのやり取りを微笑ましく見つめ、書類に記録を記す。


「それではこの依頼、正式に受理いたします。依頼主はナオト様、請負はオルガ様のパーティーですね」


ナオトは頷き、手を差し出した。


「よろしく頼む、オルガ」


オルガはその手をしっかりと握り返す。


「こちらこそ。責任を持って務めさせていただきます」


ギルドのざわめきの中、二人の握手が固く結ばれた。

新たな冒険の始まりを告げる音が、確かにそこに響いていた。


―――


ギルドを出ると、街路を包む昼の光が石畳を白く照らしていた。

オルガは振り返り、ナオトとルナに穏やかな笑みを向ける。


「噴水の前で、私の仲間が待っています。覚えておいでですか?」


ナオトは頷いた。


「もちろん。モルデュラスの森で一緒に戦った仲間たちだろ?」

「はい。皆、あの戦いをきっかけに随分と強くなりましたよ」


三人は並んで歩き、通りの先に見える広場へと向かう。

中央の噴水では、水が陽光を受けてきらきらと舞い上がり、虹のような光が空気に溶けていた。

その傍らに、見覚えのある面々が集まっている。


白い神官服を身にまとったヴァニラが、祈りを終えて立ち上がる。

その隣には、双子の妹ショコラが腕を組み、きりりとした眼差しでこちらを見ていた。

そして、明るい金髪を風に揺らすフィオラが、いち早くナオトたちに気づいて手を振る。


「やっぱり、おにいさんにルナちゃん!久しぶりー!」


ナオトは笑みを返す。


「フィオラ、元気そうだな。みんなも変わらないようで安心したよ」

「今日はどうして三人一緒なの?」


オルガが前に出て、丁寧な口調で言う。


「今回はナオトさんが依頼主です。依頼内容はモルデュラス大森林の探索と安全確保です」


ショコラが少し眉を寄せる。


「また、あの森に……?本気なの?」


オルガは静かにうなずいた。

「『帰らずの森』――あの異名は誇張ではありませんが、前回の戦いで道筋は見えました。慎重に進めば、今回の探索は可能です」


ヴァニラは心配そうにルナを見つめる。


「危険な場所です。ですが、ルナさんもいてくれるなら心強いです」


ルナは小さく微笑んだ。


「ありがとうございます。ルナも全力を尽くします」


フィオラが肩を叩きながら明るく言う。


「任せといてよ!森の中なら得意中の得意だから!」


ショコラは少し腕を組み直して、ナオトのほうを見た。


「ナオトは来ないの?」


ナオトは首を振る。


「俺は今回は拠点側の準備だ。人手の確保と、交易路整備の段取りを進める。そのためにも、みんなの報告が必要なんだ。……頼んだぞ」


オルガは真剣な表情で頷く。


「承知しました。安全を最優先に進めます。ルナさんのことは、私たちが責任をもって守ります」


ルナは少しだけ顔を上げ、まっすぐにナオトを見る。


「兄様、任せてください。きっといい報告を持ち帰ります」


ナオトは微笑んで頷いた。


「……ああ、信じてる。気をつけて行ってこい」


噴水の水音が静かに響く中、オルガたちはそれぞれ装備を確認し、出発の準備を整え始めた。

ナオトは噴水の縁に腰を下ろし、何気なく問いかけた。


「そういえば、オルガたちのパーティーには名前はあるのか?」


その一言に、四人が一斉に顔を見合わせた。

なぜか気まずい沈黙が流れ、最初に口を開いたのはフィオラだった。


「……いやー、それがね、まだ決まってないのよ!」


彼女は頭をかきながら苦笑する。


「一応みんな案は出したんだけど、全然まとまらなくてさ〜」


オルガが軽く咳払いをして、胸を張る。


「私は『白銀の誓約団』を提案しました。規律と誇りを重んじる、騎士団のような名を、と思いまして」

「……かっこいいですけど、ちょっと堅いですね」


ルナが小さく微笑みながら言うと、オルガは苦笑して肩をすくめた。

ヴァニラが次にそっと手を上げた。


「わ、私は『聖なる翼』を……。光と癒しを象徴するような、神聖な響きが良いかと思ったのですが……」

「うんうん、ヴァニラらしいわね。でもそれだと、うちの雰囲気にはちょっと清らかすぎるかも?」


フィオラが笑うと、ヴァニラは小さく頬を赤らめた。


「ふん。お姉ちゃんのはかっこよさが足りないんだよ」


ショコラが腕を組み、どや顔で言う。


「ボクは『地獄の軍団(ヘルレギオン)』!どう?かっこいいでしょ!?」

「どう考えても魔物の軍団ですね、ショコラさん……」


オルガが思わず額に手を当て、フィオラは吹き出すのをこらえきれなかった。


「いや〜、私はもっとシンプルに『お宝ハンターズ』とかがいいと思うんだよね!だって聞こえが景気良いし、依頼主に覚えてもらいやすいでしょ?」

「それは……金に目がくらんでいるようにしか聞こない」


ショコラが呆れたように返し、再びわいわいとした笑いが広がる。

ナオトはそのやり取りを見て、思わず笑ってしまった。


「なるほどな。方向性が見事にバラバラだ」


ルナもくすっと微笑みながら頷く。


「でも……どの名前にも、皆さんの想いが詰まっている気がします」


オルガはその言葉に少し目を細め、落ち着いた口調で言う。


「ナオトさん、せっかくですので、チーム名はナオトさんに決めていただけませんか?」


ヴァニラは控えめに頷き、少し照れた声で付け加える。


「はい……私も、ナオトさんにお任せしたいです」


ショコラは腕を組み、少し不満げに口を尖らせながらも、小声で言った。


「このままじゃ決まらないし……かっこいい名前にしてよね」


フィオラは元気よく笑いながら手を振る。


「うんうん!おにいさんに決めてもらうの楽しみ!」


ナオトは深く息をつき、目の前に揃った四人の冒険者を見渡した。


「オルガ、フィオラ、ヴァニラにショコラ。皆、それぞれ異なる力と個性を持っている。戦い方も考え方も違う。でも、それをまとめて一つにするのがこのチームだ。だから、名前もただかっこいいだけじゃなく、意味のあるものにしたい」


ナオトは大きく息を吸い、ゆっくりと口を開く。


「このチームは新しい道を切り開く。困難や危険の中でも、希望を失わず進む。だから……『新星の方舟(ノヴァズアーク)』だ。新しい星のように輝き、未知の世界を照らす方舟として、皆を守り、前へ進む。俺たちはこの船に希望を乗せ、未来を切り開くんだ」


オルガは静かに微笑む。


「……『新星の方舟(ノヴァズアーク)』……その名前、私たちの使命にふさわしいですね。皆で共に進む象徴のように感じます」


ヴァニラは頬を赤らめ、手を軽く合わせてうなずく。


「はい……未知の世界に挑む私たちを導く光の船……とても美しい名前です」


ショコラは少し照れながらも笑みを浮かべる。


「……まあ、ナオトにしてはかっこいいかもね」


フィオラは元気いっぱいに手を振り、声を弾ませる。


「うん!冒険の船って感じで、すぐ覚えられるし最高だよ!」

「よし、これでチームの出発準備は整ったな。ルナ、頼むぞ」

「はい、兄様……皆と一緒に力を合わせて頑張ります」

「さあ、未知の世界へ!『新星の方舟(ノヴァズアーク)』、出航だ!」


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