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異世界で『整体×魔術』始めます  作者: 桜木まくら
第二章『アークロスの聖光』

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第二章40『戦いの余韻』

「妾は、パメラ・エルドリア」


少女は手を胸の前に添え、背筋を伸ばして堂々と告げる。


「百年を超えし歳月を経て、知識と叡智を追求してきた賢者である」


アリアが小さく息を呑む。


「エルドリア……伝承にある、賢者の一人……でも、どうして人形に……?」

「妾は長く病に蝕まれ、肉体が崩れゆく運命にあった。だが……妾は死ぬことを拒んだ。禁呪を使い、妾は己の魂を人形に宿した。その代償に、肉体は滅び、二度と血を持たぬ存在となった」


パメラはゆっくりと上体を起こし、自分の手を見つめた。

その手は人形のように白く滑らかで、しかし確かに温かかった。


「……じゃあ、今の姿は……」


ナオトが言いかけた瞬間、パメラの髪がふわりと揺れた。


「あの光が妾の禁呪を解いたのじゃ。封じられていた魂が、再びこの世に形を取った」


アリアが柔らかい声で言う。


「禁呪が解けて……元の姿に戻れたんですね」


その言葉に、パメラの眉がぴくりと動いた。

彼女はすぐに顔を上げ、唇の端をきゅっと吊り上げる。


「……たわけ」


小さな身体からは想像できないほどの、気位の高い声音。


「人形に魂を封じる前、妾はサキュバスの女王であったのじゃ。こんなちんちくりんな姿なわけなかろう」


腕を組み、胸を張ろうとしたが……思ったほどの迫力が出ず、むしろその仕草が小動物のように見えてしまう。

ナオトが思わず吹き出した。


「ははっ……いや、悪い。でも……どうして、元の姿に戻れなかったんだろう?」


パメラはゆっくりと視線を落とし、指先で自分の白い手の甲を撫でた。


「よいか、よく聴け。これは単なる見た目の違いではない。妾の魂の在り方そのものが変わったのじゃ。」


ナオトとアリアは静かに耳を傾ける。


「禁呪というものは、魂と肉体の結びつきを無理やり切り替える術じゃ。妾は自らの肉体と魂を切り離し、人形の中へと魂を収めたのだ」


彼女は少しほほえんだが、その目には乾いた影が残る。


「お主の浄化魔法は呪いの成分や瘴気の汚れを拭い去る。だが肉体を再生するには、残存する設計図が要るのだ。妾の元の肉体は長く前に滅び、その設計図は消えていた。残っていたのは、魂が馴染んだ人形の設計図のみじゃった」


ナオトの眉がぴくりと動く。彼は問いを続ける。


「じゃあ、完全に元には戻れないってことか?」


パメラはゆっくりと頷いた。顔には誇りと諦観が混ざる。


「魂に刻まれた人形の設計図も、元の姿の記憶も、どちらも消えはしなかった。魂はどちらを選ぶか決められず、その両方の形を求めたのだ。」


アリアが息を呑む。


「……だから、中間の姿に?」

「その通りじゃ」


パメラは小さく頷いた。


「お主の光は呪いを祓いながらも、魂が崩壊せぬよう安定した形を選んだ。その結果、魂が両者の均衡点で実体化したというわけじゃ。」


ナオトは目を見開いた。


「つまり……おまえの魂が、無意識に生きられる形を選んだってことか」

「そういうことじゃな」


パメラの唇が小さく歪む。笑いとも溜息ともつかぬ表情で。

ナオトは静かに目を閉じ、しばらくの間考えた後、ふと口を開く。


「それって……不幸なのか、幸運なのか、どっちだろうな」


パメラは一瞬だけナオトを見つめ、それから目を伏せた。

金色の髪が頬にかかり、まつげの影がゆらめく。


「ふむ……妾にはようわからん」


静かな声で言いながら、彼女は自分の手を見つめた。

人間のような肌の温もり。けれど、どこか無機質な滑らかさも残っている。


「妾は姿形にこだわりなど持たぬ。魔族の時も、人形であった時も、結局は妾という魂ひとつであったからな」


その声音には、どこか吹っ切れたような強さがあった。

アリアがそっと微笑む。


「……今のあなたは、魔族でも人形でもなく『あなた自身』なんですね」


ナオトは小さく笑った。


「じゃあ、今は少なくとも幸運ってことでいいんじゃねぇか」

「そうかもしれんの。妾は、まだ生きておるのじゃからな」


パメラはふと、自分の身なりに目を落とした。

豪奢な装飾のついたドレスは、彼女の金髪と白い肌を際立たせていたが、裾をつまみ、わずらわしそうに眉をひそめる。


「む……この服、妙に重たいな。人形の時には気にもならなかったが……動きづらい」


そう言うなり、ためらいもなく脱ぎ始めた。


「ま、待ってくださいパメラさん!? な、なにをっ!?」


アリアが慌てて駆け寄り、咄嗟にナオトの目を両手でふさぐ。

ナオトはわけがわからず、両手を宙に浮かせたまま固まった。


「お、おいアリア!?何が!?」

「見ちゃダメですっ!」

「いや、俺、何も見てないって!」


パメラはそんな騒ぎなどまるで気にする様子もなく、すいっとドレスを脱ぎ捨て、クローゼットの中を覗き込む。


「ふむ……おお、これはちょうど良いものがあるではないか」


取り出したのは、ナオトがしまっていた白いワイシャツ。

彼女は何のためらいもなく袖を通し、鏡代わりの窓に映る姿を見て、満足げに頷いた。


「ふむ、少し大きいが悪くない。動きやすいし、これでよい」


アリアはようやく手を離し、頬を赤らめたままため息をついた。


「も、もう……せめて着替えるって言ってください……!」


ナオトは頭をかきながら、まだ半分あきれたように呟いた。


「……おい、それ俺のなんだけどな」


パメラは振り返り、涼しい顔で胸を張った。


「うむ。貸してもらうぞ。代わりに妾のドレスをくれてやろう」

「いや、いらねぇよ……」


そう言いながらも、ナオトは口元に小さな笑みを浮かべた。

パメラは、ワイシャツの袖を整えながらナオトの前に立った。


「さて、そろそろ魔力をもらわねばなるまいな」


ナオトは目を瞬かせた。


「魔力?また供給が必要なのか?」

「また、とは何じゃ。前回の契約からどれほど経ったと思っておる。妾の身体はまだ完全ではない。お主の魔力を分け与えてもらわねば、長く動けぬのじゃ」


彼女が一歩近づいた瞬間、ナオトの喉がごくりと鳴る。

距離が近い。

金糸のような髪が肩を滑り落ち、ほのかに甘い香りが漂った。


「……ま、待て。供給って、まさか?」

「忘れたとは言わせぬぞ。妾との契約法を」


パメラはいたずらっぽく微笑み、そっと唇に指を添える。


「口づけじゃ」


ナオトは固まった。

人形の頃はただの儀式のようなものだった。

だが、今目の前にいるのは、金色の長い髪を風に揺らし、透き通る青い瞳、白磁のような肌を持つ美少女、しかも、サキュバスの女王。


「ま、待て待て!それは……無理だ!」

「なにが無理なのじゃ。お主、以前は平然としておったではないか」

「そりゃあの時は……お前、人形だったろ!他に方法は無いのか?」


パメラは小さく首を傾げ、口元を緩めた。


「ふむ……ならば、口以外の場所でも構わぬぞ。魔力の通り道が確保できれば良い」

「本当か?」

「うむ。たとえば額、などな」


ナオトは安堵の息をつく。


「そ、それなら……まあ、なんとか……」

「では、じっとしておれ」


パメラはナオトの前に歩み寄り、ゆっくりと背伸びをする。

ナオトの目の前には、大胆に開かれた胸元から白い肌が覗いていた。


「……ま、待て、ちょっと……」

「何をためらうのじゃ。儀式は必要不可欠じゃ」


ナオトは慌てて目を閉じた。

パメラの白い指がナオトの頬をそっと押さえ、唇が彼の額に触れる。


「……ふむ。やはりおぬしの魔力は上質じゃな。甘く、澄んでおる」

「人を飲み物みたいに言うなよ……」


ナオトは苦笑しながらも、どこか安心したように息をついた。

久々に感じる、戦いのあとの穏やかな空気。

アリアも微笑みながら、胸の前で手を合わせる。


「ふふっ……なんだか、賑やかになりましたね」


パメラはワイシャツの裾をひらりとさせながら、得意げに言った。


「当然じゃ。記念すべき妾の復活の日じゃからな。盛大に祝ってもらわねば困る」


こうしてサキュバスの女王、『叡智の賢者』パメラ・エルドリアが復活したのであった。


―――


陽だまりの宿の大広間には、木の温もりが感じられる長い食卓が用意されていた。

テーブルの上には豪華な料理が並ぶ。

黄金色に輝くローストチキンはジューシーな香りを漂わせ、ナイフを入れれば肉汁があふれ出す。

銀の皿には、新鮮な野菜をふんだんに使った色とりどりのサラダが並び、ハーブの香りがほのかに鼻をくすぐった。

大きなパン籠には、焼きたてのバゲットや丸いライ麦パンが山盛りに入っている。

甘く煮込まれた人参やカボチャ、ハムやソーセージも皿ごとに彩り豊かに並んでいた。

果物も豊富で、色鮮やかなリンゴやぶどう、オレンジが大皿に山盛りになっている。

さらに、蜜をたっぷりかけたデザート用のパイやケーキも用意され、戦いの疲れを甘さで癒すかのようだった。

グラスには冷えた果実酒が注がれ、ほのかな泡が光を反射してきらきらと輝いている。

その華やかな食卓を前に、仲間たちは自然と笑顔になる。

戦場での緊張と恐怖が、今は美味しい料理の香りと暖かな光に包まれて、ゆっくりと溶けていくようだった。


「すごい豪華な料理だな……」

「私の奢りだよ!好きなだけ食べて飲んで!」

「フィオラ!奢りって、大丈夫なのか?」


フィオラは得意げに笑みを浮かべた。


「ふっふっふ、実は戦いの後、大量に魔石の回収ができたんだよね~!だから今日は遠慮なしで楽しんで!」

「さすが、トレジャーハンター。抜け目がないな」


オルガは剣を壁に立てかけ、少しほつれた衣服のまま椅子に腰を下ろす。

ヴァニラとショコラはカウンターで小さな皿に並んだ果物やデザートを取り分け、楽しげに談笑している。


「おう!ナオト!乾杯の音頭はまだか!?」


ブライアンが大きな声をあげる。


「俺がやるのか……」

「そりゃ、今日の主役はお前しかいないだろ!」


ブライアンはにやりと笑い、腕を組んで言った。

ナオトは深呼吸をひとつ、ゆっくりと顔を上げた。


「よし、分かった……みんな、聞いてくれ」


テーブルの上に手を置き、視線を巡らせる。


「今日、俺たちは、共に戦い、共に生き抜いた。危険も、絶望も……すべてを乗り越えた。そして、こうして無事にこの場に集まれることが、何よりも大きな勝利だ」


一瞬の静寂。仲間たちの視線がナオトに集中する。

ナオトは続ける。


「だから、今日のこの宴を……最高に楽しもう!みんな、グラスを手に取れ!」


仲間たちは歓声をあげ、グラスを掲げる。

ナオトは小さく笑い、グラスを掲げた。


「今日の勝利に、そしてこれからの平和に――」


一斉にグラスがぶつかり、軽やかな音が広間に響く。


「かんぱーい!」


暖炉の炎と豪華な料理、仲間たちの笑顔が一つになり、戦いの疲れを完全に忘れさせるひとときが、陽だまりの宿に広がった。


―――


ルナとボニーが楽しそうに話している横で、アリアはグラスを両手で包みながら、少し俯いていた。

ナオトがそれに気づき、優しく声をかける。


「どうした?アリア。疲れたか?」


アリアはゆっくり顔を上げ、微笑んだ。

その笑顔の奥に、どこか決意のようなものが宿っていた。


「いえ……少し、話しておきたいことがあるんです」


ボニーとルナも静かに耳を傾ける。

アリアは一度深呼吸をし、胸の前で手を組んだ。


「……わたし、ずっと隠していたことがあります」


その声は穏やかで、けれどどこか神聖な響きを帯びていた。


「実は……わたし、天使なんです」


ボニーは目を丸くし、口を開いたまま固まる。


「えっ……て、天使!?」


ルナは驚きながらも、すぐに柔らかく微笑んだ。


「アリアさん、教えてくださってありがとうございます」

「はい……皆さんには、本当のことを伝えておきたくて。でも……このことは秘密にしていてください。女神様との約束なんです」


ナオトは腕を組み、しばらく黙ってアリアを見つめていたがやがて口元を緩め、軽く笑った。


「……なるほどな。天使みたいな美少女だと思っていたら、本物の天使だったんだな」


アリアは一瞬、ぽかんと目を瞬かせ、次の瞬間顔を真っ赤に染めた。


「そ、そんな……美少女だなんて……!」


ボニーがニヤリと笑う。


「いや〜、お酒がすすみますねぇ〜!」


ルナはじと目でナオトを見つめる。

ナオトは慌てて手を挙げ、顔を赤らめながらフォローした。


「あ、いや、ルナ……その、つまり、アリアは本当に……」


ルナは微かに眉をひそめつつも、口元に柔らかい微笑みを浮かべた。


「兄様……女性の美しさは内面で決まるものですよ」


ナオトは頭をかき、苦笑した。


「いや、まぁ……その、とにかく、俺たちは秘密は守るから!な、ボニー!」

「もちろんです!アリアさんが天使でも悪魔でも、味方ですから!」

「そうそう、秘密は墓場まで持っていくさ。それに……天使だろうが悪魔だろうが、アリアはアリアだろ?」


アリアの琥珀色の瞳が潤み、胸の奥から安堵の息がこぼれた。


「……ありがとうございます。皆さん、本当に……」


ボニーが笑顔でグラスを掲げる。


「じゃあ改めて、天使さんも仲間になった記念に、乾杯!」


ルナとアリアも笑い、グラスを合わせる。


「乾杯!」


グラスの澄んだ音が宿の天井に響き、夜の空気の中に溶けていく。


―――


陽だまりの宿の喧騒から少し離れたテラス。

月明かりが木製の手すりを淡く照らし、夜風がそっと吹き抜ける。

そこに一人、カレンが立っていた。

戦いを終えた余韻に浸るかのように、静かに遠くの街明かりを眺めている。


「……こんな夜も、悪くないわね」


背後から声がかかる。振り返ると、ナオトが少し微笑んで立っていた。


「本当に助かったよ。カレン、ありがとう」

「別に、大したことはしてないわ」


ナオトはちょっと困った顔で軽口を叩いた。


「そうか? 小屋の畑、見事に燃え尽きてたけどな。まあ、命が助かっただけでも御の字か」

「たったそれだけで済んだんだから、感謝しなさい」


ナオトは苦笑いしながらグラスの縁に指を触れた。


「はは、そうだな。みんなはまだ宴の最中だ。カレンは皆と飲まないのか?」


カレンはすぐには答えず、月を見上げるように視線を遠くに泳がせた。


「いいえ。あんたに話したいことがあっただけよ」

「話すことって、何だ?重要な話か?」


カレンは小さく頷き、言葉を選ぶように口を開いた。


「近々、領主から呼び出しがかかるわ。首を長くして待っていなさい」

「領主……か。なんの用だろう?」


カレンはふと目を細め、遠くを見るような口調で続けた。


「詳しいことはまだ言えない。でも準備だけはしておきなさい」


ナオトは少し笑って肩をすくめた。


「あぁ、期待しておくよ」


カレンは小さく鼻を鳴らし、でもどこか柔らかな表情を浮かべていた。


「無神経に期待しすぎないことね。あんたの今後に関わることよ。選択をまちがえないこと」


ナオトは窓の向こうで楽しげな笑い声が聞こえるのを気に留めながら、頷いた。


夜空には無数の星が瞬き、静かに二人を見守っていた。

戦いは終わり、だが新たな日々の始まりが、すぐそこまで来ている。


アークロスの街に、静かな平和が降り注いだ。

第二章終了です!


少し充電時間をいただきまして第三章を開始しようと思いますのでよろしくお願いします!


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