表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界で『整体×魔術』始めます  作者: 桜木まくら
第二章『アークロスの聖光』

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

64/80

第二章35『紅蓮の狂戦姫』

森の中、ルナはスケルトンキングと対峙していた。

先程の戦闘で小剣は折られてしまっていた。

腰にはボニーが作った二本の短剣が光る。

ルナはふと、幼い頃の記憶を思い出していた。


ルナがまだ小さかった頃、父と兄が狩りに行くのを見学した事があった。

父も兄も短剣を手にし、素早く獲物を狩っていた。


ルナは力が弱かったから両手で小剣を振っていた。

彼女の力では短剣で獣を狩ることなど不可能だと思っていた。

だが今は違う。


「速さこそ最大の武器。それが月狼族の戦い方」


スケルトンキングの姿を前に、ルナはそっと腰の短剣を抜いた。

光を反射してわずかに煌めく、黒褐色の二本の刃。

右手には爪の短剣。

ヤングベアの鋭く湾曲した爪を加工した、切れ味重視の攻撃用。

刃渡りはやや長く、軽い振りで空気を裂く。

斬るよりも裂くための武器。細身の彼女の動きを最大限に活かす形だった。

左手には牙の短剣。

同じ獣の牙を素材に、ボニーが衝撃を吸収するよう鍛えた防御用の刃。

表面には薄く刻まれた波紋のような模様があり、受け流す際に衝撃を分散させる。

彼女はそれを逆手に握り、体の前でわずかに傾ける。


構えた瞬間、ルナの心が静かに落ち着いていく。

金属ではない自然の牙と爪。

それはどこか、生き物の鼓動を感じさせる温もりがあった。


「……ありがとう、ボニーさん。あなたの鍛えた刃、無駄にはしません」


短く息を整える。

森を渡る風が、彼女の髪を揺らした。

小さな体が闇に溶けるように沈む。

かつて、幼い頃に見た父と兄の姿が脳裏をよぎる。

狩りの朝、二人は同じように短剣を磨き、静かに構えていた。


「刃は心と同じだ。恐れを宿せば鈍り、迷えば折れる。けれど、守る想いがあれば、どんな鋼より強くなる。」


その教えが、今も胸に残っている。

ルナは目を閉じ、深く息を吸い込んだ。


「……ルナはもう、迷いません」


牙の短剣を前に突き出し、間合いを測る。

体重をわずかに低く落とし、相手の動きを読む構え。

その瞳には、恐れの代わりに確かな決意が宿っていた。

スケルトンキングがゆっくりと剣を振り上げるのを見据えながら、ルナは小さく呟く。


「行きます」


鉄がぶつかり合う鈍い音が、森の奥に響き渡る。

スケルトンキングが四本の腕を広げ、巨大な剣を交差させて振り下ろした。

空気が裂け、地面が抉れる。

かつてルナが折られた小剣では、この一撃を防ぐことすらできなかった。

だが今は違う。

ルナは左手の牙の短剣を逆手に構え、斜めに刃を滑らせるように受け流す。

金属の衝突音ではなく、鈍く柔らかな衝撃音。

波紋模様の刃が衝撃を吸収し、彼女の体を吹き飛ばすことなく受け止めていた。


「……っ、まだ!」


受け流しながら身を翻し、右手の爪の短剣が閃く。

斜めに切り上げる一撃。

獣の爪を思わせるその曲線が、スケルトンキングの左腕の関節をかすめ、黒い霧を散らした。

霧が裂け、骸骨の胴体がわずかに揺らぐ。

スケルトンキングが重心を崩した一瞬、ルナは地面を蹴って後退し、体勢を整える。


「……いい動きです、ルナ様」


頭の奥に、ボニーの声が聞こえた気がした。

その声が、刃を握る力を少し強くする。

スケルトンキングが再び剣を振り上げた。

今度は四本の腕が同時に襲いかかる。

上段からの斬撃、左右からの薙ぎ払い、そして下段の突き上げ。

まるで嵐のような連撃。

ルナは一歩も退かない。

左の短剣で右からの斬撃を滑らせ、体を回転させながら下段の突きをかわす。

同時に右手の短剣で上段の腕の隙を狙い、肘の関節を断ち切った。

金属が砕ける音とともに、一本の剣が地に落ちる。

スケルトンキングが初めて、その空洞の頭をわずかに傾けた。

ルナの胸が高鳴る。

恐怖ではない。手応えだ。


「……やれる」


汗が額を伝う。

息は荒いが、心は澄んでいた。

牙の短剣が光を弾き、爪の短剣が再び闇を裂く。

四本の剣が三本に減っても、敵の動きはなお速い。

だが、ルナの動きもそれ以上に冴えていた。

彼女は流れるような動きで刃と刃をいなし、反撃の軌跡を描く。

剣と剣の隙間をすり抜け、逆手の刃で受け、返す。

受けては流し、流しては斬る。

やがて、スケルトンキングの胸部を覆う鎧が裂け、内部の怨気が漏れ出した。

黒い霧が渦巻き、森の中の温度が一気に下がる。

ルナは距離を取り、呼吸を整える。

肩で息をしながらも、瞳は決して揺らがない。


「ボニーさん……あなたの刃、確かに届いてます」


そしてもう一度、構えを取った。

右手の爪、左手の牙。

対を成す二本の刃が、静かに呼応する。


「ここで終わらせます」


彼女の足元の落ち葉が舞い上がる。

次の瞬間、ルナの姿は風のように掻き消えた。

ルナの短剣が閃き、スケルトンキングの腕が再び吹き飛ぶ。

黒い骨が宙を舞い、地面に落ちて砕けた。


「はぁ……はぁ……これで!」


ルナは息を切らしながらも構えを崩さない。

両の短剣の刃には、かすかな血のような黒煙がこびりついている。

戦いの流れは完全に彼女のものだった。

スケルトンキングは膝をつき、残る腕で地を支えるようにして動きを止めた。

ルナは踏み込み、渾身の力で胸部を貫くように突き出した。


その瞬間。


重々しい音が、空気を震わせた。

スケルトンキングの胸の奥で、黒い魔石が脈打つように光り出した。

禍々しい漆黒の輝きが、骨の隙間から漏れ出す。


「……何、これ……?」


ルナが後ずさる。

スケルトンキングの全身から黒い霧が噴き上がった。

それはただの煙ではなかった。

霧は生き物のようにうねり、骨の欠片を包み込み、溶かし、再び形を作る。

砕かれた腕が、音もなく再生していく。

裂かれた胴体も、霧に満たされながらつなぎ合わされていく。


「まさか……再生してる?」


ルナは短剣を構え直し、攻撃を仕掛ける。

右手の爪の短剣が唸りを上げ、再生途中の腕を狙って斬りつけた。

だが。

鋭い音が響き、刃が弾かれた。

見えない力が、スケルトンキングの骨を守っているようだった。


「刃が通らない……!?」


ルナは構えを変え、続けざまに右の刃を突き出すが、それもやはり骨に届かない。

硬度が上がったのか、あるいは霧が骨の内部に浸透しているのか。

スケルトンキングの四本の腕がうねり、次々と大剣を振り下ろす。

ルナは軽やかに回避しつつ、最小限の動きで刃を滑らせて衝撃を逸らす。

だが、手応えがまるでない。


「……防御力まで、増してる……!」


足元の地面がえぐれ、破片が飛び散る。

スケルトンキングの攻撃は、力任せではない。

まるで、ルナの動きを学習しているかのように、的確に追ってくる。

ルナは息を詰め、低く身を沈める。

防御一辺倒では勝てない。

反撃の糸口を探るが、どの角度から切り込んでも刃が通らない。


ついに、スケルトンキングの一撃を完全には捌ききれず、肩をかすめられた。

浅い傷だが、衝撃で体が大きく揺らぐ。


「くっ……!」


スケルトンキングは間髪入れずに次の剣を振り上げる。

巨大な刃が光を反射し、黒い霧の中で妖しく輝いた。

ルナは歯を食いしばり、両の短剣を交差させて構える。

受け止めるしかない。

耳をつんざく金属音とともに、衝撃が全身を貫く。

勢いを止められず、土を削りながら後退する。


「これじゃ……押し切られる……!」


スケルトンキングの胸の魔石が再び光る。

まるで嘲笑うかのように、霧が蠢いた。

その気配は、まるで不死そのものだった。

ルナは短剣を握り直し、深く息を吐いた。

腕が震える。

それでも、瞳の奥の光だけは消えなかった。


「負けない……こんなところで、絶対に!」


彼女は再び踏み込む。

だが、戦況は明らかに傾き始めていた。


―――


戦場を覆う血と汗と焦げた臭い。

それはもはや戦いではなく、耐えるだけの地獄だった。

オルガの腕は震えていた。

盾は幾度も打ちつけられ、縁が歪み、表面には亀裂が走っている。

剣を振るたびに腕の筋肉が悲鳴を上げた。


「……はぁっ、はぁ……!くっ……!」


息を切らしながら、次々と襲い来るオークを盾で押し返す。

背後ではヴァニラが必死に祈りを続けていた。


「光よ、癒しの加護を……!」


彼女の結界はひび割れ、治癒の光も薄くなっていく。

それでも仲間を守るために、唇を噛んで耐えていた。


「ヴァニラ!無理しないでください!」


オルガの声が飛ぶが、ヴァニラは小さく首を振る。


「まだ……大丈夫です……!」


ショコラの魔法はすでに息切れ寸前だった。

焦げた地面の上で、震える手を前に突き出す。


「ボクの魔力、もう残り少ないけど……!燃えろぉっ!!」


炎の弾が放たれ、数体のオークを焼き尽くす。

だが、焼け焦げた死体を踏み越え、次の群れがまた押し寄せてくる。


「くそっ、終わりがない!」


ショコラが叫び、オルガは奥歯を噛み締めた。

フィオラの動きも鈍ってきていた。

短剣を構え、息を乱しながらも、群れの隙を縫って一体、また一体と倒していく。

しかし、腕の感覚はもう限界に近い。


「これ以上は……っ!」


そう呟いたその瞬間、地面が揺れた。

大地を踏み砕くような、低く重たい足音。

森の奥から、異様な圧力が近づいてくる。

オークたちが道を開けるように左右へ退く。

そして、その奥からそれは現れた。

通常のオークの倍以上の巨体。

筋肉は鋼のように硬く、肌は焦げた黒鉄色。

右腕に握られた戦斧は、人間ならそれだけで家を潰せそうな巨大さだった。


「な……なんて、でかさ……」


ショコラが息を呑む。


「……尋常ではありません……!」


ヴァニラの声が震える。

オルガは汗まみれの額をぬぐい、低く構えを取った。


「……オークロード……皆、退きましょう。無理に抗えば、ここで終わります」


だが、退路を塞ぐように、オークの群れが囲い込んでくる。

逃げ場はない。

オークロードがゆっくりと斧を持ち上げた。

その動作一つで、空気が震える。

振り下ろされるたび、地面が爆ぜ、衝撃波が周囲を薙ぎ払った。


「うわぁっ!」


ショコラが吹き飛ばされ、地面を転がる。

すぐにヴァニラが駆け寄り、治癒の光を放つが、その表情には焦りが滲む。

オルガは盾を構え直し、吠えるように叫んだ。


「踏ん張って!まだ倒れてはいけません!」


だが、その声は、絶望の咆哮にかき消された。

オークロードの怒号が空を震わせ、森全体がその声で軋む。

オルガたちの背中に、冷たい風が吹き抜けた。

それは、死の予感だった。


「くっ……もう、持たない……!」


オルガが膝をつきかけたその時だった。


――風が、吹いた。


「……え?」


ショコラの視界を、赤い閃光が横切った。

血と煙に満ちた空気を切り裂くように。

次の瞬間、オークの群れが一斉に吹き飛ぶ。

轟音とともに、十数体のオークがまとめて斬り裂かれ、黒い血が宙に舞った。

誰もがその光景を理解できず、息を呑む。

そして、静まり返った戦場の中央に、一人の少女が立っていた。


少女の装いは、まるで戦場の炎を纏ったかのように美しかった。

厚手の布地に金糸の縁取りが施された深紅の上着、

胸元には徽章が輝いている。

膝までのスカートは動くたびに炎のように揺れる。

彼女の赤い髪が陽光を受けて燃えるようにきらめき、その頭には猫耳がぴくりと動く。

長くしなやかな尻尾が静かに弧を描くたび、まるで舞う炎のような残光がきらめいた。

彼女は、身の丈を超えるほどの巨大な大剣を片手で持ち上げ、オークたちを冷ややかに見下ろす。

オークたちが唸り声を上げる。

だが、少女は冷たい瞳で彼らを一瞥すると、小さく吐き捨てるように呟いた。


「……豚の群れがよくも好き勝手暴れてくれたわね」


その声は静かで、しかし戦場全体に響くほどの鋭さを持っていた。

少女が一歩踏み出す。

その一歩が、まるで大地を裂くかのように重く響く。

次の瞬間、彼女の姿が消えた。

オークの巨体が次々と崩れ落ちる。


「――ッ!?」

「す、すごい……」


ヴァニラは目を見開き、ショコラの口から自然と声が漏れる。

少女は静かに剣を振り下ろし、刃についた血を払う。

そしてちらりとオルガたちを見やり、柔らかく微笑んだ。


「間に合ってよかった。ここからは、私が引き受けます」


その瞳は、紅玉のように美しく輝いていた。

オルガは盾を握りしめたまま、その姿に息を呑んだ。


「……まさか……」


記憶の奥に焼きついていた、ひとりの名が脳裏をよぎる。


「思い出しました……『紅蓮の狂戦姫バーサーカー』カレン・ティルフィング」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ