第二章27『混浴温泉回』
ナオトたちは廊下を歩き、宿の案内に従って自分たちの部屋に向かった。木の床に足を踏みしめると、柔らかな照明が暖かく廊下を照らしている。
部屋の扉を開けると、畳敷きの落ち着いた空間が広がり、窓の外には夕陽に染まる港町の景色が見えた。
各部屋には簡単な棚や椅子、荷物を置くための小さな台が備え付けられている。
「……俺の部屋は……」
ナオトは扉の前で止まり、ルナの方を見た。部屋割り表をもう一度確認しても、やはり自分とルナが同じ部屋だ。
「……なんで当たり前のようにルナと同じ部屋なんだよ」
思わずぼやくナオト。
しかしルナは微笑みを浮かべ、何の問題もないかのように荷物を床に下ろした。
「大丈夫ですよ。ルナは兄様の付き人ですから」
その隣の部屋では、フィオラとオルガが荷物を置きながら、すでにおしゃべりを始めていた。
「オルガ、どの浴衣にしようかな~?」
「……何でもいいですよ。気に入ったものを選んでください」
さらに隣の部屋では、ヴァニラとショコラが荷物を整理している。
ショコラは少し不満そうに眉をひそめ、温泉に行くことをためらっていた。
「……やっぱり無理だって。恥ずかしいし、入る気になれないよ。男の人はボクの胸ばっかり見るんだ……」
それを聞いたヴァニラは、微笑みながらショコラの肩に軽く手を置いた。
「大丈夫です、ショコラさん。皆で一緒に楽しむのですから、恥ずかしがることはありません。それに男の人があなたの胸ばっかり見るなんて自意識過剰ではありませんか?私がそばにいますし、安心してください」
ヴァニラの言葉に、ショコラは頷くことしか出来なかった。
―――
温泉の入り口には木製の門があり、「男湯」「女湯」と書かれた札がそれぞれに掲げられている。湯気がほんのり立ち上り、潮の香りに混ざって硫黄の温かい香りが漂う。
「……じゃあ、また後でな」
「はい、兄様。また後で」
ルナは微笑んで返事をする。
ナオトは男湯の扉に向かい、少し緊張した様子で中へ入っていった。足音が木の床に柔らかく響く。
一方、ルナが女湯に入ると、脱衣所の壁には、丁寧な文字で注意書きが掲げられていた。
「脱衣所、洗い場、内湯は男女別ですが、露天風呂・大浴場は混浴となるため、必ず『水の羽衣』を着用してください」
ルナは小さく目を見開き、頬を淡く染めながら声を漏らした。
「……水の羽衣……って、何でしょう……?」
ルナの言葉に、フィオラはにっこり笑って声をかけた。
「ルナ!こっちだよ、棚に水の羽衣が並んでるから、見てみよう!」
フィオラに手を引かれ、ルナは少し安心した表情で後に続いた。
二人が歩みを進めると、脱衣所の奥に、低い棚に整然と並んだ色とりどりの布が目に入った。
オルガは棚の前に立ち止まり、手を組んでじっと布を見つめていた。
「……こんなに色んな種類があるのですね」
ヴァニラは淡い紫や青の羽衣を目にして目を丸くし、棚の前でそっと微笑んだ。
「わぁ……きれいですね。どれを着るか迷ってしまいそうです」
その隣でショコラは濃いピンクや赤の羽衣に目を留め、顔を赤くして手で口元を押さえた。布を軽く触れながら、思わず小さな声で呟く。
「え、えっと……これって……体のラインが出ちゃうんじゃ……」
ルナはちらりと彼女の方を見たが、口元に手を当てて目を伏せるショコラの様子を見て、こちらまで顔が赤くなる。
フィオラはそんな二人の反応を面白そうに眺めながら、さっと手を伸ばして棚の羽衣を指さす。
「ほら、ルナもショコラも、まずはどんなのがあるか見てみようよ。色んな羽衣があってきっと楽しいよ!」
―――
ナオトは体を洗い終え、水の羽衣を身にまとった。布が肌に触れる感覚に少し戸惑いながらも、覚悟を決めて大浴場への扉に手をかける。
ゆっくりと扉を押し開けると、目の前には、彼の想像を大きく超える光景が広がっていた。
中央には大きな噴水がそびえ、軽やかに水を吹き上げている。水の粒が光を受けてキラキラと輝き、穏やかな水音が周囲に響いていた。
その噴水を中心に、広々とした温水がゆるやかに流れており、浅い部分は歩きながら体を温めることができ、深い部分では軽く泳ぐこともできそうだ。
その周囲には木製の通路やベンチが整然と配置され、ところどころに小さな橋や水辺の装飾もある。
脇の方には岩盤浴やミストサウナの小部屋があり、蒸気がゆらりと立ち上っている。
心地よい温度と湿度が混ざり合い、まるで小さなリゾート施設に来たかのような雰囲気だ。
水面には、水の羽衣を着た人々の姿が揺らめき、色とりどりの布が光を反射してまるでカラフルな波のようだ。
ナオトは息を呑み、肩の力を抜いた。温泉特有の静寂ではなく、遊び心のある開放的な空間に包まれ、旅の疲れや緊張が少しずつほどけていく。
「……なるほど、完全にレジャー施設のスパって感じか……」
ナオトはゆっくり水に足を浸す。温かい湯が伝わり、筋肉がじんわりとほぐれる感覚に思わず息をつく。
目の前の噴水や脇の岩盤浴、ミストサウナの蒸気を眺めながら、肩の力は完全に抜けていた。
水の羽衣で覆われているため、混浴という状況も自然に受け入れられ、心の中に少しだけ安心感が生まれた。
ゆったりとした水の流れ、穏やかな光、温かい水の感触。普段の温泉とは異なる、遊び心とリラックスが混ざった非日常的な空間。
ナオトはその中で、これから始まる仲間たちとの時間に期待と少しの緊張を抱きつつ、一歩ずつプールの中へ足を進めた。
ルナは、プールの縁を歩きながら周囲を見渡していた。噴水の水しぶきが光を受け、波紋と蒸気が入り混じる中、遠くにナオトの姿を見つける。
「兄様!そこにいたんですね!」
ルナは思わず声を弾ませ、小走りで駆け寄る。
小柄で華奢な体型に淡いミントグリーンの羽衣が、光の反射で柔らかく揺れる。
肩のラインや胸元の控えめな曲線、細いウエストが自然に見え、裾の布は軽やかに舞った。
ナオトは振り返り、微笑みながら手を挙げる。
「おお、ルナ、もう来たのか。……それにしても、その羽衣、すごく似合ってるな」
ルナは少し頬を赤らめ、嬉しそうに目を細める。
「え、えっと……ありがとうございます、兄様……」
ルナは胸元を少し押さえつつ、照れながらも微笑む。
「おにいさーん!ルナちゃん!」
プールの向こう側から、元気な声が響きフィオラが現れる。
鮮やかなオレンジ色の水の羽衣は胸元を自然に支え、大きめの胸のラインが程よく映える。
上下に分かれた羽衣はウエストは細く、脚が長く見えるカットで、元気で健康的な体型を引き立てる。
裾の布は軽やかに揺れ、光を受けて鮮やかに輝いた。
「おぉ、フィオラ」
「この温泉、すごく広くて楽しそうだね!」
フィオラは嬉しそうに手を振り、プールの水面を指さす。
「噴水や岩盤浴まであるんだ。見てるだけでワクワクする!」
ナオトは微笑みながら頷く。
「あぁ、楽しそうだ」
「うん!泳いだり遊んだり、いっぱい楽しもうね!」
元気いっぱいに温水プールへ足を踏み入れるフィオラの周囲に、水面の反射が鮮やかに揺れた。
その直後、静かな足音が近づく。
「……ナオトさん」
オルガが現れる。深い藍色の羽衣は胸元をしっかり支え、長身でしなやかな肢体に沿ったデザイン。大きめの胸が自然に形よく見え、裾の布は優雅に揺れる。鍛えられた腹筋は六つに割れていた。
しかしオルガは周囲の人の多さに少し戸惑った様子で、視線を泳がせる。
「……人が多いですね……少し落ち着かないかも」
ナオトは静かに微笑み、声をかける。
「そうか、でも無理しなくていいぞ。ゆっくり様子を見ながら慣れればいい」
「……そうですね」
オルガは控えめに頷き、ナオトの言葉に少し安心した表情を見せる。
淡いピンク色の水の羽衣を身にまとったショコラが、プールの縁に現れた。羽衣は体に沿うデザインで、胸元やウエストのラインを自然に際立たせる。しかし、胸元が大きいためか、ショコラは無意識に両手で胸元を押さえ、隠すような仕草を見せる。
ナオトとショコラの目が合った。ショコラはじっと目を細め、抗議するように言った。
「……今、胸見てたよね」
じと目でナオトをにらむショコラ。ナオトは慌てず、柔らかく笑いながら手を振った。
「いや、そんなことはない。ただ羽衣がきれいに光ってるなって見てたから、そう感じただけだ」
「男の人の視線なんてすぐわかるんだから」
ショコラは少し顔を背け、胸元から手を下ろす。
その直後、淡いラベンダー色の羽衣を纏ったヴァニラが姿を現す。
華奢な体型に沿ったデザインで胸元は控えめ。羽衣の裾は軽く揺れ、水面に反射する光を柔らかく受けて淡く輝く。
ヴァニラは控えめに手を振り、微笑みながらナオトたちに近づく。
ナオトとヴァニラの視線が重なった瞬間、ヴァニラもじっと目を細め、抗議が混じった声で言った。
「……今、胸見てましたよね」
さらに続けて、少し拗ねた口調で言った。
「どうせ、ショコラより胸が小さいって思ったんじゃないですか?」
ナオトは慌てず、笑みを浮かべながら手を振った。
「いやいや、そんなことはない。ヴァニラも羽衣がすごく似合ってるし、光の反射でちょうどいい感じに見えただけだ」
ヴァニラは少し顔を背けるが、ナオトの言葉に安心したように頷く。
「それにしても……想像以上に広いな。泳ぐだけじゃなく、色々遊べそうだ」
「……みんなで楽しめそうですね」
フィオラは興奮気味に手を叩き、すべり台の方を指さす。
「おにいさん、こっち見て!流れるプール、すごく楽しそうだよ!」
「おお、いいな。じゃあ、行ってみるか」
オルガは人の多さに少し戸惑いながらも、端の方に向かう。
「……私は岩盤浴の方に行ってきますね」
ナオトは優しく頷いた。
「無理に急ぐ必要はない。楽しめる範囲で行こう」
プールエリアの一角、カラフルなすべり台からは水が勢いよく流れ落ち、楽しげな音が響いている。ヴァニラは淡いラベンダー色の羽衣を整えながら、ショコラに声をかけた。
「ショコラ、あのすべり台、私たちも行ってみませんか?」
「……えっと、でもちょっと流れが速くないかな?」
ヴァニラは微笑んで手を差し伸べた。
「大丈夫です、二人で一緒なら怖くないですよ」
ショコラは少し躊躇したあと、ヴァニラの手を取り、二人で階段を上っていく。
頂上に到着すると、すべり台の水しぶきが太陽の光に反射してキラキラと輝いていた。
「よし、行きますよ!」
ヴァニラが先に声を上げ、慎重に足を滑らせる。
ショコラも深呼吸して、羽衣の裾を押さえながら続く。
「……う、うわっ!」
水の勢いに押され、二人は一緒に滑り落ち、プールに着水。
「うわっ!?」
その瞬間、真下にいたナオトはとっさに手を伸ばして二人を受け止めようとしたが、タイミングが少しずれて、ヴァニラがナオトの上に覆いかぶさるような体勢になってしまった。
「きゃっ、すみません!」
ヴァニラは慌てて体をずらそうとするが、水の勢いで、逆にその体勢のままプールでバランスを取る形になってしまう。
「ちょっ……うわっ!?」
ナオトは思わず目を見開く。水面の抵抗もあって身動きが取れず、頭が真っ白になる。
さらにショコラの豊満な胸がちょうどナオトの顔のあたりに押し付けられる形になった。
「ちょっ……!?」
ナオトは驚きと混乱で目を見開くが、体勢が固定され、抵抗する余裕もなくなる。
「……ひぃっ!」
ショコラが慌ててどけようとするが、ショコラもすべり台から背中に流れてくる水圧で身動きが取れない。
「……や、やわらかい」
ナオトはショコラの暴力的なまでの柔らかさに耐えきれず、目を回してそのまま意識を失ってしまった。
「……整いました」
背後ではサウナから出てきた何も知らないオルガがうっとりとした表情で立っていた。
―――
ナオトは目を覚ますと、柔らかい光が差し込む宿の一室だった。目の前に見慣れたルナの顔が、心配そうにナオトを見下ろしていた。
「……ルナ?」
ナオトが声を出すと、ルナはほっとしたように小さく息をつく。しかし、その安心した表情はすぐにじと目に変わり、ナオトをまっすぐに見据えた。
「……目が覚めたんですね」
ナオトが体を起こすと、ルナはナオトの頭を自分の胸元にそっと押し当てた。小柄なルナの体だが、優しい重みがナオトの頭に伝わり、思わずナオトは肩をこわばらせる。
「ル、ルナ、何を……」
ルナは顔を少し赤らめながらも、落ち着いた声で答える。
「……しばらくそのままでいてください。ルナで上書きしています」
ルナは照れくさそうに微笑みながらも、じっとナオトを見つめ、頭を抱えたまま胸元に置く。
ナオトはルナの温かさと柔らかさに包まれながら、その場に身を委ねるしかなかった。




