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異世界で『整体×魔術』始めます  作者: 桜木まくら
第二章『アークロスの聖光』

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第二章23『兎の群れ』

荷馬車はのんびりと街道を進んでいた。

揺れはあるものの、車内にはどこか和やかな空気が漂っている。


「……風が気持ちいいですね」


窓から顔をのぞかせて、ルナが目を細める。

太陽の光は柔らかく、街道脇にはまだ朝露が残っていた。野花の群れを蝶が舞い、遠くでは鳥が鳴いている。


「こんな旅なら、ずっと続いてほしいくらいだな」


ナオトも同じく景色を見ながら、のんびりと背伸びをした。


「だねー。ただ景色を楽しむ旅なんて最高だと思うよ」


フィオラが腕を枕にして大きく欠伸をした。


「でも、ナオトさん……道中は気を抜いちゃいけませんよ」


オルガが真面目に釘を刺す。彼女は鎧の上から肩にかけたマントを直しつつ、きちんと背筋を伸ばして座っていた。


「ふふっ、オルガさんは相変わらずですね。まぁ、私も賛成ですけど」


ヴァニラが苦笑しながらも、神官の杖を膝に抱えている。

その隣でショコラは頬杖をつき、赤い瞳で退屈そうに空を見ていた。

車内には笑い声が混じり、しばし旅の楽しさを感じさせる穏やかな時が流れた。


――だが、その空気は唐突に破られた。


「お、おい!やべぇぞ!」


御者の慌てふためいた声が響く。

全員の視線が外に向けられる。

街道脇の草がざわざわと揺れ、そこから無数の影が飛び出した。


「……兎?」


ナオトは思わず声を漏らす。

長い耳に短い尾、茶色の毛が朝日に光って、まるでぬいぐるみのように見えた。


「兄様、あれは……牙兎です!」


ルナが慌てた声で言った。

ナオトは目を凝らす。

最初は普通のウサギだと思っていたが、よく見ると小さな牙が口元からちらりと見えた。

毛並みは野ウサギとほとんど変わらないが、牙の存在が本来の可愛らしさを少しだけ野生的に見せている。


「牙兎は、見た目は普通の兎に似ていますが、肉食の獣なんです。群れで行動して、獲物を追い詰めることもあります。小さいけれど油断すると手痛い目に遭います」


ナオトはゆっくりと群れの兎を見渡す。


「なるほど……ただの兎じゃないってことか」

「ええ。そして、村にとっても厄介な存在なんです。牙兎は夜行性で、畑や家畜小屋に忍び込み、作物や鶏などの家畜を襲うことがあります。小さな牙でも咬まれれば怪我をしますし、数が多ければ作物は丸裸、家畜は傷つき、死んでしまうこともあるんです」


ナオトは頷き、群れの動きを注意深く観察した。


「なるほど……だから御者さんもあんなに慌てているのか」


ルナは真剣な目をナオトに向け、少し息をひそめるように続けた。


「武術の心得があれば一対一で倒せますが、普通の人には危険です。その上、群れは統率が取れていて、囲まれたら無傷で生き延びるのは難しいでしょう」


ナオトは深く頷き、牙兎たちの動きに警戒を強めた。

群れは次第に荷馬車の方へと接近してくる。積み荷の袋を嗅ぎつけたらしく、荒々しい跳ね方で足音を響かせ、威嚇するように小さな声をあげた。


「荷馬車は絶対に襲わせない。皆、行くよ!」


オルガが盾を構え、片手剣を握りしめる。

フィオラは手際よくロープを準備し、オルガに続く。


「数で押される前に、動きを制御するよ」


ヴァニラは杖を握り、静かに呪文を唱え始める。


「守護の光で守ります。ナオト様、下がってください」


ショコラは魔法書を持ち、魔力を高めながらにやりと笑う。


「牙兎たち、ボクの魔法で少し驚いてもらおうか」


ナオトは荷馬車から降りようと足を踏み出した。


「ルナ!俺たちも降りて手伝うぞ!」


弓矢を握り直し、牙兎たちに備えようとしたその瞬間、ルナが彼の腕を掴んだ。


「ダメです、兄様!今回は彼女たちに任せてください」


ナオトは驚き、腕を振り払おうとするが、ルナは真剣な目で見つめて言葉を続ける。


「兄様が介入すると、群れの動きが読みにくくなります。それに、護衛の皆さんなら問題なく対応できます。ここは任せてください」

「……わかったよ」


ナオトは唇を引き結び、仕方なく頷く。弓矢はまだ手の中にあるが、今回は荷馬車を守るよりも、冒険者たちの動きを信じるしかない。


―――


荷馬車の側面に立つオルガは、深呼吸ひとつで気を整えた。赤紫色の髪が朝の光に艶やかに光り、風に揺れる。

片手には鉄の盾、もう片方には光を受けて鈍く輝く片手剣。

目の前には群れとなった牙兎たちが跳ね回り、草を踏みしめる音が微かに聞こえる。小さな牙を覗かせ、獰猛さを滲ませるその姿に、オルガの胸は高鳴った。


「来るなら、かかってこい!」


彼女は低く叫び、盾を前に構え、片手剣を握り直す。

最初の牙兎が飛びかかってきた瞬間、オルガは腰を落として盾を斜めに構え、突進してきた小さな体を受け止めた。

鋭い牙は盾に弾かれ、微かな金属音が響く。オルガは反動をいなして体勢を立て直し、そのまま剣を振り上げる。

小さな鋭い刃が空気を切る音が聞こえ、牙兎の体を斬りつけると、ひらりと跳ねて倒れた。


「一匹目、落ちたな」


オルガは短く息を吐き、すぐに次の敵に目を向ける。牙兎は数の多さで圧力をかけてくる。

草地を飛び跳ね、突進してくる複数の牙兎を、オルガは盾で迎え撃つ。

盾を低く構え、地面を蹴って体重を乗せると、牙兎の一匹が弾き飛ばされ、他の牙兎もその隙を突こうと身を翻す。

オルガは一歩後退しつつ、盾で防ぎながら剣を旋回させ、次々と牙兎の急所を狙う。

その動きは自然で流れるようで、まるで舞踏のように敵を捌いていく。


「くっ……数が多いな」


オルガは舌打ちし、盾を高く掲げて牙兎の群れの突進を受け止める。

鋭い牙が盾の表面を削る感触が手のひらに伝わるが、力強く握りしめ、剣で反撃のタイミングをうかがう。

次の瞬間、片手剣を右から左へ振り下ろし、弾かれた牙兎の間合いに滑り込むように入る。

鋭い剣先が小さな体にめり込み、弱点を正確に捉えてひらりと倒れる。

荷馬車の周囲には微かな悲鳴とも呼べるような獣の鳴き声が響き渡る。

オルガは耳を澄まし、次に飛びかかってくる牙兎を予測する。跳躍の軌道、角度、速度、すべてを見切り、盾で受け止めながら剣で斬る。

牙兎の小さな体は跳ね、また別の牙兎が隙をつこうと接近するが、オルガは瞬時に盾を回転させ、弾き飛ばした。

オルガは一瞬で判断し、片手剣を横に振って飛びかかる牙兎を受け止め、盾で反動を吸収。

体勢を立て直し、跳ねるように隣の牙兎をかわして斬り伏せる。その連続動作は正確で無駄がない。

まるで剣と盾が一体化して、オルガの意志のままに牙兎の攻撃を操っているかのようだった。


―――


オルガが盾と剣で牙兎の突進を受け止め、確実に倒していく背後で、フィオラは荷馬車の側面に身を低く構えていた。

金髪の髪が朝の光に煌めき、手には丈夫なロープを持ち、敵を絡め取るための準備を整える。


「よし、数の多い側はあたしが抑える!」


フィオラは低く叫び、視線を左右に巡らせる。群れの牙兎は小さい体ながら俊敏で、群れの中にはオルガの攻撃をかいくぐろうとする個体もいる。

フィオラはそれを見逃さず、ロープを素早く振り回し、距離を計算して投げる。

最初のロープは空を切り、しかし次の瞬間には牙兎の一匹の後脚に絡みつき、驚きの悲鳴を上げる小さな獣を地面に引き倒す。

素早くロープを引き、牙兎をしっかりと固定する。

その間にも別の牙兎が近づいてきたが、フィオラは跳躍して横に避け、鋭く投げ縄を振るう。

別の牙兎の胴体に絡まり、ぐるぐると巻き付く様はまるで熟練の猟師のようだった。


「オルガ、右側から二匹来てる!回避して!」


フィオラは指をさしながら指揮を飛ばす。オルガは盾で攻撃を防ぎつつ、剣で牙兎を切り伏せる。フィオラは次々とロープを投げ、小さな体でありながら、巧みなロープ捌きと冷静な判断で戦況を制御する。


「集中して……次はどっちから来る?」


フィオラは視線を荷馬車の周囲に張り巡らせる。荷馬車に近づこうとする牙兎を瞬時に見抜き、ロープを投げて捕縛。

逃げ場を失った牙兎は地面に転がり、歯をむき出して必死にもがくが、フィオラの素早い操作で身動きが取れない。

その間にも、牙兎の群れは小さな牙を覗かせながら跳ね回る。しかしフィオラは怯まず、ロープを複数本駆使して敵を絡め、逃げる方向を制御する。


「右側の小さいの、次は任せた!」


オルガに声をかけ、盾と剣で戦う前衛と連携を取る。二人の呼吸は自然と合い、まるで連動する機械のように牙兎の群れを押し戻していく。


―――


荷馬車の周囲に牙兎の群れが迫る中、ヴァニラは杖を握りしめ、深く息を吸い込む。純白の髪が朝の光に淡く輝き、瞳は決意に満ちていた。体格は細身で小柄、胸は控えめだが、その背筋はぴんと伸び、神官としての気高さと落ち着きが漂う。彼女の周囲に、透明な光の障壁が広がり、荷馬車の側面を守るように壁が形成される。


「皆さん、荷馬車の周囲は任せてください。突進に注意して!」


ヴァニラの声に、仲間たちはそれぞれの位置で応答する。ショコラは隣で魔法書を握り、赤い瞳を光らせながら小さく笑った。


「よし、ボクに任せろ!」


ショコラの濃い茶色の髪は風になびき、ローブの袖からミニスカートが覗く。やや猫背になりながらも、その瞳には戦いへの興奮が宿っている。

魔法書から赤い炎の魔力が指先に集まり、小さな火球となって牙兎の群れに向かって放たれる。


牙兎が荷馬車に向かって突進しようとした瞬間、ヴァニラは手のひらを前に突き出す。障壁が光を帯び、突進してきた牙兎の体をはじき返す。

衝撃は強いが、ヴァニラの防御魔法が衝撃を吸収し、荷馬車は揺れにとどまる。


「させない!」


ヴァニラが低く声を出すと、障壁がさらに強固になり、群れの前進を遅らせる。牙兎は小さな牙を光らせ、跳びかかろうとするが、火球がその進路を阻む。

ショコラは火球を次々と放ち、牙兎を混乱させながら後退させる。

ショコラは炎の魔力を自由自在に操る。火球を連続で飛ばすだけでなく、群れの間に火の壁を作り、牙兎たちを分断。

小さな牙をむき出しにした獣たちは混乱し、無秩序に跳び回る。


「ここはボクに任せて!」


ショコラは一匹の牙兎が壁のすぐ脇に飛びかかろうとした瞬間、炎の鎖を生み出す。

牙兎は炎に囲まれ、後退せざるを得ない。跳ねるたびに火花が地面に散り、草原を赤く照らす。

ヴァニラは防御魔法の範囲を広げ、荷馬車を守るだけでなく、仲間たちの背後をカバーする。盾を持つオルガや、ロープを操るフィオラが前線で戦いやすいよう、衝撃を吸収しながら絶妙な間合いを保つ。


牙兎の群れがさらに攻勢を強めようとしたその時、ショコラは炎の弧を一気に広げ、牙兎の進路を塞ぐ。

ヴァニラは杖を上下に振り、障壁の強度を一層高める。跳ね返った牙兎が再び突進しようとするが、炎と魔法の二重壁に阻まれ、力を発揮できない。


牙兎たちの残党を退け、荷馬車の周囲が静かになった頃、茂みの奥からひときわ大きな気配が迫る。

光を受けて銀色に輝く角を頭に戴き、体つきは普通のウサギよりひと回り大きい。

瞳には獰猛な光が宿り、牙をむき出しにしてこちらを見据えている。


「あれは……一角兎です!」


ルナが息を弾ませて叫ぶ。彼女の声にナオトも、荷馬車から眺める視線が思わず固まる。


「オルガ、前に出て!盾で受け止めながら角を抑えて!」


フィオラが大きく声を上げる。


「了解!」


オルガは片手剣と盾を構え、荷馬車の前方へと踏み出す。


「ショコラ、後ろから炎で支援して!」

「うん、ボクに任せて!」


赤い瞳を光らせ、魔法書を掲げるショコラ。炎の球が指先に集まり、一角兎を迎え撃つ構えだ。


「ヴァニラ、魔法の援護をお願い!」

「わかりました!」


純白の髪を揺らし、杖を握るヴァニラ。突進の衝撃や飛び散る土塊を吸収するよう、光の障壁が波紋のように揺れた。

フィオラの号令と共に、四人は完璧な連携で一角兎に挑む。

まずオルガが盾を前に突き出し、突進を受け止める。体重をかけ、衝撃を吸収しながらも剣を振り上げ、角の付け根を狙った一撃を加える。角が盾に当たる音と、剣の金属音が鋭く響く。


「ファイヤーボール!」


ショコラが叫び、魔法書から炎の弾を次々に発射する。

小さな炎の球が一角兎の視界を覆い、突進のタイミングをずらす。熱風が周囲に吹き、荒れた草地に赤い光の軌跡を描いた。

一角兎は怒りに満ち、激しく跳躍しながら突進を繰り返すが、オルガの盾とショコラの炎が絶妙に噛み合い、攻撃の隙間を作らせない。

フィオラはタイミングを計りながらロープを投げる。ロープは一角兎の角に絡みつき、動きを制限する。


「今よ、オルガ!」


フィオラの声に合わせ、オルガは剣を振り上げ、角の付け根を正確に斬りつける。衝撃で一角兎が一瞬身をのけぞらせる。


「これでもくらえ!」


ショコラは呼吸を整えるとさらに大きな火球を生成し、角に直接ぶつける。熱が伝わり、獣は後退しつつも再び跳躍を試みる。

ヴァニラは光の槍のような小規模の魔法を次々放ち、一角兎の足元を攻撃する。衝撃で地面が掘れ、跳ねる土塊が一角兎の視界を遮る。


「もう少しよ!」


フィオラがロープを引き、一角兎の動きをさらに制限。

オルガが再び剣を振り、ショコラの火球とヴァニラの光の槍が同時に命中する。

一角兎は苦しげな声を上げ、最後の突進を試みるが、四人の連携は完璧で逃がさない。

最後にフィオラがロープを強く引き、角を完全に固定。

ショコラの炎が一角兎の前方を燃やし、ヴァニラの光の槍が正確に急所を捉えた。

獣は力尽き、地面に倒れ込む。荷馬車の周囲には静けさが戻り、草地に残る煙と踏み荒らされた痕が戦闘の痕跡を示していた。


「全員、無事ね……」

「はい、荷馬車も守れました」


フィオラが深く息をつく。

ヴァニラが杖を下ろし、穏やかな微笑みを見せる。


「ふぅ、ボクの炎で止められたね」

「みんな、よく頑張ったわ!」


ショコラは魔法書を胸元に抱え、赤い瞳で仲間を見渡す。

オルガが剣を 鞘に戻し、盾を下ろす。

荷馬車の上で、ナオトとルナも安堵の息をつく。牙兎と一角兎の脅威は去り、荷馬車は再び安全に進むことができるのだった。

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