第一章3『与えられたスキル』
広大な大広間を、荘厳な静けさが満たしていた。高くそびえる天井には金細工の装飾が輝き、赤絨毯の先には豪奢な玉座が据えられている。召喚直後、直人が最初に立たされた場所。だが、あのときは何が起きたのか理解できず、光と視線に呑まれるばかりであった。
今、彼は落ち着きを取り戻し、改めてその場に立つ。周囲には鎧に身を包んだ衛兵が並び、王宮の重臣たちが視線を注いでいる。その中心で、玉座に腰掛ける男が静かに声を放った。
「少しは落ち着いたようだな。先ほどの混乱は致し方あるまい。召喚の光に呑まれれば、誰しも正気を保つは難しかろう。改めて、余が自ら名乗ろう。余はアルデリック・ヴァルセリア。この国、ヴァルセリア王国を治めるものである。」
堂内に響く威厳ある声に、直人は背筋を正す。心臓は緊張に跳ねていたが、彼もまた深く息を吸い、丁寧に応じた。
「私は一ノ瀬直人と申します。異世界から召喚され、この場に立っております。先ほどは混乱のあまり、言葉もなく失礼いたしました。改めて、ご挨拶申し上げます」
その礼節ある態度に、列を成す重臣たちの間に小さなざわめきが走る。初見では呆然と立ち尽くしていた青年が、今は礼をもって国王に応じている。その変化は彼らの目に驚きとして映った。
王は満足げに頷き、傍らの大臣に視線を送る。
「さて、召喚の儀について、説明せよ」
大臣は進み出て深々と一礼し、重々しく口を開いた。
「勇者召喚の儀式は、十年に一度執り行われる神聖なる秘儀。大戦を終えたこの国が復興を進め、また他国との絆を結び強めるための要。その大義の下、異界より来訪者を招き入れるのでございます」
直人は息をのんだ。十年に一度、それは偶然ではなく、歴史と政治に結びついた必然の儀式なのだ。
続いて王が重く言葉を継ぐ。
「召喚の儀により現れし者の力は、台座の水晶によって明らかになる。これは国の未来を占う重要な定めである」
その言葉に呼応するように、白髪と深い皺を湛えた初老の魔導師が杖を鳴らしながら進み出た。初見のときも直人を導いた人物、だが今は、落ち着いてその姿を見つめられる。
「改めて告げよう、来訪者よ」
低く響く声が広間を満たす。
「汝の真なる名と資質は、この水晶が映し出すであろう。恐れることなく、手を置くがよい」
直人は深く息を整え、水晶へ両手を置いた。
台座に据えられた大水晶は、すでに淡く脈動を始めていた。魔導師は杖を掲げ、古の言葉を唱え始める。
詠唱に応じるように、水晶の内部に光が集い、次第に眩さを増していく。まばゆい輝きは大広間を照らし出し、長衣を揺らし、人々の視線を釘付けにした。
直人はごくりと喉を鳴らした。
もしかしたら。
この瞬間、自分の身に与えられるのは、物語でよくある『チートスキル』なのではないか。剣を振れば山を裂き、魔法を放てば軍勢を焼き尽くす。そんな力が眠っているのでは。
胸の奥に、淡い期待が芽生える。異世界に召喚された以上、そうでなければ理屈に合わない。そうでなければ、ここに呼ばれた意味がない。
やがて光は空中に収束し、淡い文字を形作る。
『イチノセ・ナオト』
『UCスキル協調性◎』
広間に静寂が訪れる。重臣たちの間から再度落胆と戸惑いのざわめきが洩れた。
「協調性?」「やっぱり、それだけなのか」
直人は浮かび上がった光の文字を凝視した。
『UCスキル協調性◎』
「UC?」
見慣れないアルファベットに眉をひそめる。だが次の瞬間、心の中でひとつの言葉がよぎった。
Uncommon。ゲームなどでよく使われるレアリティの表記。
Cがコモン、Rがレア、SRがスーパーレア、そしてUCはアンコモン。つまり、少しだけ珍しい程度。
「アンコモン?」
思わず苦笑いがこぼれる。勇者召喚と大げさに呼ばれる儀式で手に入れたスキルが、まさかの少し珍しい扱いだなんて。しかもその内容が『協調性』だ。
直人は内心で肩を落とした。せめてレアとかエピックとか、そういう響きが欲しかった。いや、それ以前に剣術や魔法、超人的な身体能力。そういうものを期待していた。いわゆるチート能力。周囲を驚かせるような強力な力だ。だが現れたのは、まるで人間関係の授業で出てきそうな単語。協調性。
どう考えても戦闘に役立つようには思えない。
「いやいや、これってただの性格診断じゃないか?」
よりにもよって異世界で、勇者召喚の儀式で得たスキルが『協調性◎』だなんて。
「俺、大丈夫なのか?」
水晶の光が静かに消えていく中、直人は答えの出ない問いを抱えたまま、唇を噛んだ。召喚の大義に応えるほどの力を示せるのか胸に不安が広がっていく。
しばらくの思案のあと、玉座に座る国王アルデリック・ヴァルセリアは、威厳ある眼差しで直人を見つめ、咳ばらいをした。
大広間のざわめきが静まり、空気は一層張り詰める。
「イチノセ・ナオト」
直人――ナオトは姿勢を正す。
「汝に、特別任務を命ずる」
王の声は重く、響き渡る。その一言だけで、広間の緊張がさらに増した。
「架け橋の街、アークロスの復興に尽力せよ」
ナオトの胸に言葉が突き刺さる。復興、それは戦場での戦いとは異なる、街を守り、民を支える責務だ。
「アークロスは、人間と亜人が共に暮らす街である。両種族の共存は、この地域の安定と王国の未来に直結する」
王はゆっくりと玉座から立ち上がり、ナオトに向かって手を差し伸べる。
「その手で、希望を繋ぎ、街に新たな架け橋を築くのだ。亜人も人間も、その暮らしを守るのは勇者の使命である」
ナオトは深く息を吸い、覚悟を胸に刻む。
「承知しました、陛下。必ずや、任務を全うします」
王は満足そうに頷き、部屋に静かな光と威厳を残す。
ナオトは改めて特別任務の重大さを意識しながら、これから向かうアークロスの街のことを思い浮かべた。