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異世界で『整体×魔術』始めます  作者: 桜木まくら
第二章『アークロスの聖光』

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第二章2『ギルドのお仕事』

カレンはナオトの腕を掴んだまま続ける。


「男の人が親指と人差し指で輪を作って……」


カレンがゆっくりと自分の指をナオトのOKサインの輪に通す。


「女の人はその輪に親指と人差し指を通して輪を作るの。こうやって――」


ナオトとカレンのOKサインが鎖の輪のように繋がる。


「……二人の愛が永遠に繋がることを誓うの」


ナオトは目を丸くして固まる。


「……そんな意味が……」

「言葉で言うと、男の人が『愛してるよ』って言って、女の人が『わたしも』って答える感じ。覚えておきなさい」


カレンは真剣な口調で続ける。


「あんたの担当があたしで良かったわ。他の人には絶対に同じことをしないで。変な誤解を招くわよ」

「わかった。教えてくれてありがとう」


カレンは椅子に座り直してひと息つく。


「……話を戻すわ」


素が出てしまい、隠すつもりがなくなったのか、カレンはタメ口のまま続けた。


「……『整体』っていうのに効果があるのは、認めるわ。でも、それをどうやって仕事にするつもり?」


カレンの声には、職務に徹する受付嬢らしい確かな響きがあった。

ナオトはわずかに言葉に詰まった。


「どうやって……って言われると……」

「例えば店を構えるのか、街を周りながら依頼を受けるのか。料金の基準はどうするのか。仕事にするなら考えることはたくさんあるわ」


矢継ぎ早に投げかけられる問いに、ナオトは頭をかきながら困ったように笑った。


「……正直、そこまでは考えてなかったな。俺の力で人が楽になるなら、それでいいって思ってただけで……自分の整体院を出すにも金がない。場所を借りたり、備品を揃えたりなんて、今の俺には無理だ」

「……甘いわね」


カレンは呆れたように息を吐く。けれどその瞳の奥には、わずかに興味の色も宿っていた。


「せめてどうやって活動するかくらいは考えておきなさい。商業ギルドに登録する以上、あんたは一人の事業者なんだから」


ナオトは苦笑いしながらも、真剣に頷いた。


「そうだな……何とか考えてみるよ」


カレンは椅子に背筋を伸ばして座り、赤い瞳を細めてナオトをじっと見据えた。


「……商売に一番大切なものは何か、分かるかしら?」

「いや……正直、分からないな」


突然の問いかけに、ナオトは思わず口ごもる。


「信頼よ」


その一言は鋭く、部屋の空気を張り詰めさせた。


「整体という聞いたこともない療法を、商業ギルドに登録したばかりの人に任せられると思う?場所を借りるにも、お客を集めるにも、誰ひとり信用してくれないわ」

「……じゃあどうすれば……」


ナオトは言葉を詰まらせた。たしかにその通りだ。

カレンは組んだ腕をほどき、机に両手を置いて身を乗り出す。赤い髪がふわりと揺れた。


「商業ギルドの依頼を受けなさい」


その声はきっぱりとして、逃げ道を与えない。


「少なくとも、現状では『整体』をギルドの正式な事業として認めるわけにはいかない。ギルドが提示する依頼をこなし、そこで実績を積み、あんたが信頼に値する人物だと証明しなさい。それが出来て初めて、整体を仕事として扱う余地が生まれるわ」


ナオトはしばらく黙り込み、やがて真剣な眼差しで頷いた。


「……分かった。やってみるよ」


カレンはようやく小さく笑みを浮かべた。

炎のような赤髪を揺らして告げるその声は、厳しいながらも決して門前払いではなかった。

カレンは書類をめくり、一枚をナオトに手渡す。


「初めての依頼だから、簡単なものにしたけど、少し体力を使う内容よ」


ナオトが確認すると、依頼内容は街外れの住宅で、部屋の掃除というものだった。


「なるほど……これなら問題なさそうだな」

「依頼者は高齢の方。家具を傷つけないように丁寧に扱いながら作業すること。」

「分かったよ。任せてくれ」


―――


ナオトはカレンから受け取った商業ギルドのバッジを胸に留め、軽く握りしめた。

角を曲がったそのとき、小さな影が目に入る。


「兄様!」


ルナが尻尾を揺らしながら駆け寄ってくる。


「ルナ……来てくれたのか」

「はい。ルナも行きます」


ナオトは少し微笑む。


「助かるよ。結構広い家の掃除みたいだし、一緒なら心強い」

「はい。頑張ります」


住宅が見えてくると、ナオトは肩をすくめる。


「ここが依頼先か……思ったより体力使いそうだな」

「掃除なら任せてください。」

「よし、その意気だ」


ナオトはルナと一緒に扉の前に立ち、軽くノックを打った。


「失礼します……商業ギルドの依頼で伺いました」


扉がゆっくり開き、白髪交じりの高齢の男性が顔を出す。


「ああ、君たちか。掃除の依頼だよな?」


ナオトはにこりと微笑む。


「はい、今日はこちらで掃除を担当させていただきます。丁寧に進めますのでご安心ください」


ルナも頭を下げる。

男性はにっこりと頷いた。


「そうか、頼もしいね。細かいところまでしっかりやってくれると助かる」


ナオトは箒を手に取り、ルナは雑巾を濡らす。


「ルナ、この部屋はこっちから始めよう」


ルナは頷き、ナオトの指示に従って窓際や家具の下に潜り込んで掃除を始める。


「埃が結構溜まってますね」

「うん、でも根気よくやれば大丈夫だ」


ナオトは床を箒で丁寧に掃き、ルナは雑巾で机や棚を拭き取る。


「兄様、窓の桟も拭きましょうか?」

「そうだな、細かいところまで頼む」


ルナは手を動かしながら微笑む。


「兄様と一緒にやると、掃除も楽しい気がします」


男性は二人の作業ぶりを見て、目を細める。


「おお、手際がいいね。若いってのはありがたい」


ナオトは少し照れくさそうに笑った。


「ありがとうございます。でもルナのおかげです」


ルナは誇らしげに少し胸を張った。

こうして二人は協力して家中の掃除を進めていった。

埃が落ちていくたびに部屋が明るくなり、互いに声をかけ合いながら作業する時間は、掃除以上に心温まるひとときだった。


――掃除を終え、最後に雑巾を絞ったルナがにっこりと笑った。


「これで全部終わりました」

「うん、だいぶ綺麗になったな」


ナオトも箒を片付けながら頷く。

高齢の男性は部屋を見回し、目を細めて深く息を吐いた。


「……いやぁ、本当に助かったよ。若い頃は大工をやっていてね、この家も自分で建てたんだ。自分の技術を見せびらかすために広くしてみたんだが……歳を取ると一人じゃ手に負えなくてな」


その声には、どこか誇らしさと寂しさが混じっていた。


「ご自分で建てられたんですか?すごいですね。大切な家だからこそ、綺麗にしておきたいですよね」

「そうだな……でももう昔みたいには体が動かん。だからこうして若い人に手を借りられるのは、ありがたいことだ」


ルナは胸に手を当て、静かに言った。


「また困ったときは、兄様に声をかけてください。ルナも一緒に駆けつけますから」


男性は思わず笑みを浮かべ、二人を見つめた。


「ふたりとも、いい子だな……。今日は本当にありがとう」

「……もしよかったら……ちょっとだけ体を楽にするお手伝いをしてもいいですか?」


男性は首を傾げた。


「体を楽に?治癒魔法でも使えるのかい?」

「治癒魔法じゃないんです。……俺は整体っていうのをやってて、体の歪みを整えることで動きやすくできるんです」


ルナがすぐに補足するように言葉を添えた。


「兄様はすごいんです。わたしも受けましたけど、体が軽くなりました」

「ほう……そんなもんがあるのか。じゃあ、頼んでみようかな」


男性は驚いたように目を丸くし、少し考えてから椅子に腰を下ろした。

ナオトは頷き、男性の背後に立つ。


「では、少し背中と腰を触らせてもらいますね。力は加減しますから」


ゆっくりと手を添え、呼吸を合わせるようにして肩や腰をほぐしていく。

凝り固まった筋肉が次第に緩み、骨格の歪みを直すように慎重に指先で圧を加える。

男性の表情が次第に和らぎ、やがて深い吐息が漏れた。


「……おお……なんだこれは……背中も……腰も楽になったよ……」

「これで血の巡りがよくなって、しばらく体が楽になるはずです。無理は禁物ですけど」


ナオトは微笑んで手を離した。

男性は立ち上がり、背筋を伸ばしてみる。


「本当に……こんなに体が軽く感じるのは何十年ぶりだ。すごいな、あんた」

「兄様はすごいんですよ」


ルナは嬉しそうに尻尾を揺らしながら、小さく拍手した。

男性はしばし感慨深げに両手を見つめ、そしてナオトを真っ直ぐに見た。


「ありがとう……あんた、これからきっと多くの人を助けることになるな」

「……そうなれたらいいですね」


ナオトは少し照れくさそうに頬をかきながら、笑った。


――夕刻のギルドは賑わっていた。帳簿を抱えた商人や依頼票を手にした人たちで広間は活気にあふれている。

ナオトとルナが受付に並ぶと、応対に出た若い職員が丁寧に微笑んだ。


「依頼の報告ですね。まずはギルドバッジをご提示ください」


ナオトは胸元から銀色のバッジを取り出し、机に置いた。

職員は軽く頷き、記録簿に目を走らせる。


「確認しました。お連れの方はギルドバッジはお持ちですか?」


ルナは首を横に振り、少し申し訳なさそうに言った。


「ルナは……商業ギルドには登録していないので持っていません」


職員は一瞬考え、穏やかに頷いた。


「それでしたら登録手続きをお願いすることになります。規則ですので、ご理解ください」

「分かりました」


ナオトが代わりに答えると、ルナも静かに頷いた。

職員は手元の書類を整えながら言った。


「依頼は無事に完了したとのこと。報酬の受け取りと詳細確認については、担当から直接お話させていただきます」


次に、ルナへ視線を移す。


「お連れの方は登録手続きのため、別の部屋にご案内します。準備が整い次第、それぞれお呼びしますので少々お待ちください」


ナオトとルナは顔を見合わせた。

ルナが小さく不安をにじませた声で囁く。


「……兄様と別々なんですね」

「心配するな。すぐ終わるさ」


ナオトは軽く笑って肩に手を置いた。

ルナはこくりと頷き、尻尾を小さく揺らした。


―――


ほどなくして、職員が二人を呼びに来た。


「ナオト様は奥の部屋へ。ルナ様はこちらの部屋へお願いします」


ナオトはルナに視線を送り、安心させるように頷いた。


「大丈夫だ。終わったらすぐ合流しよう」

「はい……」


ルナは小さく返事をして、別の職員に案内されていく。

ナオトは扉の前に立ち、ノックをしてから部屋に入った。

机に向かっていたカレンは顔を上げ、赤い瞳でじっとナオトを見据える。


「座りなさい」


促され、ナオトは椅子に腰を下ろした。

カレンは帳簿を手に取り、さらさらと羽ペンを走らせる。


「依頼の内容は住宅の掃除だったわね。結果を報告して」

「広い家だったけど、全部片付けたよ。家具も傷つけなかったし、埃もきれいに落とした。依頼主さんも『助かった』って言ってくれた」


カレンは視線を落としたまま記録を書き込み、やがて小さく頷いた。


「……依頼主からも同じ報告が届いているわ。手際がよく、態度も丁寧だったと」

「そうか。それならよかった」


ナオトは少し安心したように息をついた。

カレンはペンを置き、赤い瞳をナオトに向ける。


「初めての依頼にしては悪くないわね」

「まあ、頑張ったからな」


ナオトは頭をかきながら苦笑する。


「勘違いしないこと」


カレンの声は冷静だが、どこか試すような響きを含んでいた。


「商業ギルドは利益のために存在している。依頼をこなす者は、信頼されるだけの働きをしなくてはならない。お金をもらってる以上、『新人だから』なんて言い訳は通用しない。与えられた依頼は完璧にこなすことが大前提。その上であんたにしか出来ない付加価値を見つけなさい。その結果は次に繋がる。指名が来るようになれば一流よ。覚えておきなさい」

「分かったよ。ちゃんと覚えておく」


ナオトは真剣な眼差しで頷いた。

数秒の静寂が流れ、カレンは書類を閉じる。

そして報酬の袋を机の上に置いた。


「――これが今回の報酬。確認しなさい」

「うん、問題なさそうだな。ありがとな」


ナオトは袋を手に取り、軽く振って重みを確かめた。

カレンは腕を組み、ナオトを見つめる。


「次の依頼も、同じようにきっちりこなせるかしら?」

「当たり前だろ。俺に任せとけ」


ナオトはにっと笑って答えた。

カレンの口元にわずかな笑みが浮かんだ。

すぐにそれを消し、再び冷静な表情に戻る。


「……いいわ。明日も来なさい」


部屋の空気は厳格さを保ちながらも、ほんの少しだけ柔らかさを帯びていた。


―――


ナオトとルナはギルドを出て、夕暮れの街を抜け、ナオトの小屋へ戻った。


「ふぅ……やっと落ち着いたな」


ナオトは椅子に腰を下ろし、肩の力を抜く。

ルナは手早くテーブルに食事を並べる。


「兄様、今日はこれで簡単な食事です」

「お、ありがとう。いただくよ」

「そういえば、明日の予定はどうなってる?」


ルナは少し考え込む。


「日の出前に森に狩りをしに行こうと重ってます。日が昇る前の涼しい時間帯のほうが動きやすいですから」

「なるほどな。じゃあ、俺も一緒に行くよ。」


ナオトは頷きながら、食べかけのパンを口に運ぶ。

ルナは少し驚いたように目を見開き、首を横に振る。


「でも……危ないですから、兄様まで巻き込むのは……」

「心配すんな。何よりルナだけに任せるのは申し訳ない」


ナオトは真剣な表情でルナを見つめる。

ルナは少し考え込むが、やがて小さく頷いた。


「……分かりました。では、ルナの命に代えても兄様の安全はお守りします」

「そんなに危険なの!?いつも数分で終わってなかった!?」

「ルナ一人でしたらすぐ終わるのですが……」

「足手まといって言いたいのかな!?」


ナオトは苦笑し、窓の外の夕暮れを見つめる。


「日の出前に出発だ。しっかり休んでおけよ」

「はい、兄様と森にデートに行けるの楽しみです」

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