第一章12『呪印』
院長が手を合わせ、穏やかに促した。
「では、順番に自己紹介をお願いします。」
最初に前に出たのは、小柄で活発そうな少女だった。
「はい!私はマリナ・フェルナンデス、14歳です!得意なことは料理と裁縫です。ナオト様のお世話、精一杯頑張ります!」
元気いっぱいの笑顔が部屋に明るさをもたらす。小さな手を前に揃えて一礼し、その真っ直ぐさが努力家の性格を端的に表していた。
次に前に出たのは、背が高く引き締まった体つきの少女。
「エリス・カーミル、13歳、護衛訓練が得意です。ナオト様をしっかり守ります」
長い黒髪を後ろで束ね、真剣な瞳でナオトを見つめる。動きには無駄がなく、しっかりとした体格から護衛能力の高さが伝わってきた。
三人目は柔らかい雰囲気の少女。
「リリア・モーリスです。14歳です。手先が器用で、掃除や裁縫も得意です。ナオト様のお手伝い、精一杯頑張ります」
丸く柔らかな輪郭の顔立ちに控えめな微笑が添えられ、部屋の空気に穏やかさと安心感を加えていた。
四人目は肩幅がしっかりした少女。頭の上には小さな猫耳が覗いていた。
「ソフィア・レインです。13歳。運動が得意で、護衛も任せてください!」
元気いっぱいに手を振る。筋肉質で活発、腕や脚の力強さが目立ち、動きには護衛としての頼もしさが感じられる。
そして最後に、静かに一歩前に出たのは、物静かな少女。
肩にかからない長さのライトブルーの髪をおさげを両側に結び、頭の上には三角形の犬耳。ライトブルーのその犬耳は毛先だけ真っ白になっている。
「……ルナ・ハウンドリア、16歳です……」
声は控えめで小さく、目は床を見つめたまま。
小柄で華奢な体格は他の少女たちより目立たず、控えめで儚げな印象を与える。
しかし、ナオトはなぜかその少女から目が離せなくなっていた。
院長は微笑みながら、ナオトの視線が自然と最後の少女に留まるのを静かに見守っていた。
「さて……一通り見てもらいましたが、気になった子はおりましたか?」
ナオトは少し間を置き、少女たちの顔を見返す。
明るく元気な子、礼儀正しい子、愛嬌のある子……どの子も魅力的で、付き人として相応しく見えた。
――だが。
ナオトの視線は、自然と最後にいた青い瞳の少女に戻っていた。
他の子のように積極的でもなく、笑顔も浮かべず、どこか遠くを見ているような無表情。
「……最後の子……彼女が気になります」
ナオトの言葉に、少女たちは一瞬驚きの表情を見せる。
院長が軽く手を叩くと、四人は礼をして部屋を下がっていった。
静けさの戻った部屋に残ったのは、ナオトと院長、そして所在なげに立つルナ。
――目の下のクマ。
孤児院を案内されているときは気づかなかったが、こうして近くで見ると、その影はあまりにも濃く、彼女の年齢には不釣り合いなほどだった。
さらに胸元――制服の襟の隙間から、黒く刻まれた模様がかすかに覗いている。
それは単なる装飾ではない、もっと異質な気配を放っていた。
「彼女には……隷属の呪印が施されています。」
「隷属の呪印?」
ナオトは眉をひそめ、院長に向き直った。
「戦争の終結後、人間と敵対していた種族には、一律で隷属の呪印が刻まれることが決まりました。表向きは人間社会での安全を保障するためですが、実際には強制と差別の象徴でもあります。」
院長はゆっくりと手を組み、言葉を続ける。
「呪印にはいくつかの効果があります。まず、主となる者の命令には逆らえなくなる。拒もうとすれば、激しい痛みや発作が走ります。さらに魔力の出力を抑制する働きもあります。戦うことを得意とした種族にとっては、その力を縛られる鎖でもあるのです。」
院長の視線が自然とルナへ向く。彼女は無言でうつむき、制服の襟元を小さく握りしめていた。
「ですが……ルナの場合は不運でした。呪印が心臓のすぐ近くに刻まれてしまったため、正常な魔力の流れまで阻害されているのです。そのせいで、発育不良を起こし、同年代の子よりも小柄に育ちました。免疫も落ちており、病気がちで……。目の下のクマややつれた顔立ちも、その影響でしょう。」
院長は静かに息を吐いた。
「とはいえ……あの子は決して悪い子ではありません。むしろ病弱な体でありながら、誰よりも黙々と孤児院の手伝いをこなしてくれる。――どうか、そのことだけは誤解しないでください。」
院長の言葉を受けて、ナオトは静かに目を細めた。
――なるほど、そういうことか。
ルナの姿が脳裏に浮かぶ。自己紹介のとき、彼女は確かに「16歳」と言っていた。けれど、見た目は14歳の他の子どもたちよりも小柄で、か細い印象すら与えていた。初めは栄養の問題かと思ったが、呪印が原因だと知れば、合点がいく。
「……だから、あの子は……」
ナオトがつぶやくと、院長は小さくうなずいた。
「ええ。この国では16歳が成人となる年齢ですが……ルナはもう16歳でありながら、いまだに引き取り手がないのです。外見や体調のこともあって、どうしても候補から外されてしまうのです。」
院長の声にはわずかな痛みがにじんでいた。
「……孤児院は、成人を迎えた子どもを永遠に抱えておくことはできません。成人すれば国の保護対象から外れるため……自分で働き口を探すか、他の施設に送られることになります。」
「施設……?」ナオトが聞き返すと、院長は小さくため息をついた。
「孤児院と違い、そこは保護ではなく労働力として受け入れる場所です。病弱な子や体の弱い子がそこへ行けば……正直、生き延びるのも難しいでしょう。」
その言葉に、ナオトは思わず拳を握りしめた。
もし彼女が、病気がちのままそんな場所に送られたら……。
彼女の小さな体と、物静かな瞳が重なり、胸の奥がぎゅっと締めつけられるようだった。
ナオトは深く息をつき、心の中で決意を固める。
――なら、俺が選ぶしかない。




