第三章32『石像兵』
ゴーレムが、動いた。
重低音が洞窟全体を揺らし、床の瓦礫が跳ねる。
「来ます!」
オルガが一歩前に出る。
盾を構え、全身を低く落とした瞬間――
轟音。
盾と腕が激突し、衝撃が爆風のように広がった。
オルガの足が床を削りながら後退する。
「っ……!」
受け止めきれていない。
盾越しに伝わる力は、これまでのどんな魔物とも比べ物にならなかった。
次の一撃。
オルガは真正面で受け切れず、角度をつけて盾を滑らせた。
腕は弾かれ、軌道を逸らし、ゴーレムの腕が、石床を砕く。
「硬すぎます……!」
ヴァニラが歯を噛みしめ、防御魔法を重ねる。
「援護する!」
ナオトはパチンコを引き絞る。
魔力を込めた弾丸が、肩口へと叩き込まれる。
石片が飛び散る。
外殻の一部が、剥がれ落ちた。
「……まだ、通らない」
ナオトは低く呟く。
フィオラが動く。
ロープを放ち、ゴーレムの腕に絡め取る。
「今です!」
オルガが踏み込む。
関節部を狙うが、刃は火花を散らすだけで、決定打にはならない。
戦場は少しずつ変化していた。
ゴーレムの攻撃は激しさを増し、床、柱、壁が破壊されていく。
ナオトの視線が、ゴーレムの動きを追う。
「……ルナ」
ゴーレムの胸部。
光の帯に絡め取られ、宙に浮かぶ身体。
先ほどより、僅かに深く取り込まれている。
ナオトの足が、勝手に前へ出た。
「待っ――!」
誰かの制止が届く前に、ナオトは防御の隙間を縫って踏み込む。
ヴァニラの魔法が、咄嗟に光を重ねた。
ゴーレムの動きが、一瞬だけ鈍る。
「今だ……!」
胸部装甲の隙間へナオトは手を伸ばす。
触れた。
冷たいのに、確かな温度。
「……にい……さま……?」
微かな声。
ルナの目が、薄く開いた。
「ルナ……!」
ルナの指が、動く。
震えながら、ナオトの手を掴んだ。
確かに、繋がった。
だが――
魔石が激しく脈動した。
光の帯が一気に増え、二人の腕を引き裂くように引き戻す。
「くっ……!」
引き抜けない。
むしろ、引き込まれる。
骨が軋み、腕が千切れそうになる。
「ナオトさん!」
オルガが盾で突進し、フィオラのロープが、ナオトの身体を絡め取った。
強引に引き剥がされる。
床に叩きつけられ、ナオトは息を詰まらせた。
視線の先で、ルナの目が閉じる。
光が、さらに深く彼女の身体を包み込んでいく。
ゴーレムが、ゆっくりと体勢を立て直す。
その胸部で、魔石が不気味に輝いた。
ゴーレムが再び動き出す。
「……時間が、ない」
ナオトは拳を握りしめ、歯を食いしばった。
―――
通路の奥から、重なり合う石音が迫ってくる。
一体や二体ではない。
崩れかけていたはずの石像兵たちが、列を成し、剣や槍を構えて進んでくる。
「……多すぎます」
ボニーが低く息を吐いた。
鉄槌を肩に担ぎ、前へ踏み出す。
「数で押す気ですか?上等です!」
床を蹴った瞬間、石の破片が跳ねた。
ボニーの鉄槌が唸りを上げる。
横薙ぎ一閃。
先頭の石像兵の胴が、音を立てて砕け散った。
砕石が雨のように飛び、背後の石像兵の視界を塞ぐ。
「まだまだぁ!」
勢いを殺さず、踏み込みながら振り上げる。
二体目の肩口を叩き割り、腕ごと吹き飛ばす。
石像兵がよろめいた瞬間、ボニーは間合いを詰め、至近距離から叩き込んだ。
石が悲鳴を上げ、床に崩れ落ちる。
「……っ!」
だが、次の瞬間。
砕けた向こう側から、さらに二体。
その背後からも、影が動く。
「キリがないですね!」
「なら、ボクに任せてよ!」
ショコラが叫び、前に出る。
両手を大きく広げ、魔力を一気に解放した。
「燃えろぉっ!!」
炎が通路を埋め尽くした。
赤熱した熱波が押し寄せ、石像兵の表面が一気に白く染まる。
ひび割れが走り、石が弾ける音が連続して響いた。
高温に耐えきれず、数体が崩れ落ちる。
「よし、効いてる――!」
ショコラが一瞬、笑顔を見せた。
だが。
「……っ、まだ来る!」
炎の壁を押し切り、数体が無理やり前進してくる。
石の身体が焼け、ひび割れながらも止まらない。
ショコラは歯を食いしばった。
「だったら形を変える!」
炎が収束する。
次の瞬間、ショコラの周囲に、複数の火球が生まれた。
火球が連続して放たれる。
爆風が石像兵の隊列を内側から崩し、互いを押し合う形になる。
盾同士がぶつかり、槍が絡まり、隊列が乱れた。
「今度は、逃がさない!」
ショコラは腕を振り下ろす。
乱れた隊列の中心に、細く鋭い炎が突き刺さった。
高温の一点集中。
石像兵の胴体が、内側から爆ぜる。
「よしっ!」
ショコラの声が弾む。
そして。
一体の石像兵が、不自然に動きを止める。
「……え?」
ショコラが目を見開く。
「妾の番じゃな」
パメラの影が、床を覆う。
混乱が、石像兵たちを呑み込んでいく。
「兵器としては優秀だが『欲』に弱い」
影が、石像兵たちの足元へ忍び込む。
闇は攻撃ではない。
誘惑だった。
魔力の流れに、ほんの僅かな甘さを混ぜる。
前列の一体が、動きを止める。
パメラは、微笑む。
次の瞬間。
その石像兵が、隣の個体へ剣を振るった。
「なっ……!?」
ショコラが驚愕の声を上げる。
「同士討ち……!?」
パメラは静かに歩み出る。
影が、彼女の足元から波のように広がる。
次の瞬間。
二体目、三体目の石像兵が、仲間へ攻撃を始めた。
盾が砕け、槍が折れ、隊列が完全に崩壊する。
ボニーが、息を呑む。
「戦ってないのに、崩れていきます」
パメラの瞳が、妖しく細められる。
「心があれば、もっと楽しいのじゃがな」
影が、さらに濃くなる。
石像兵の一体が、悲鳴のような軋み音を上げ、崩れ落ちた。
その魔力が、闇へと吸い込まれる。
「……不味い」
パメラは、手を止めた。
影が、動きを止める。
崩れかけた通路に、異様な静寂が落ちた。
砕けた石像兵の残骸が転がり、焦げ跡と闇の染みが床を覆っている。
だが、まだ終わっていなかった。
通路の奥。
最後に残った石像兵たちが、魔力を集め始める。
互いの破損部から、淡い光が引き寄せられ、一本の流れとなる。
「合体、する気?」
ショコラが呆然と呟く。
崩れた石像同士が、無理やり組み合わさり、異形の塊へと変わり始めていた。
「なるほど。悪くない選択じゃな」
パメラは、愉快そうに息を吐いた。
「じゃが、相手が悪かったの」
彼女は一歩、前へ出る。
その瞬間。
床に広がっていた影が、一斉に跳ね上がった。
闇が、壁を、天井を、通路全体を覆い尽くす。
光が、消えた。
「闇属性魔法『女王の帳』」
空間そのものが、夜に沈む。
石像兵の動きが、完全に止まった。
視界を奪われたのではない。
方向感覚を、喪失させられたのだ。
「今じゃ」
闇の中で、炎が灯る。
ショコラは、大きく息を吸った。
これまでで、最大。
胸の奥に溜め込む。
「燃えてなくなれっ!!」
両手を突き出した瞬間。
炎が、爆発した。
だが、それはただの火炎ではない。
パメラの闇が、炎を包んでいた。
逃げ場のない、炎の檻。
「複合魔法『奈落灼炎』」
闇が、炎を圧縮する。
圧縮された炎が、臨界を超える。
次の瞬間、通路が、白く染まった。
爆音。
熱。
衝撃。
石像兵の塊が、内側から焼き裂かれ、爆散する。
砕けた石が宙を舞い、溶け、蒸発する。
熱風が通路を駆け抜け、ボニーが思わず鉄槌で身体を庇った。
「なっ……!?」
視界が戻ったとき。
そこにはもう、敵はいなかった。
石像兵だったものは、原型すら残っていない。
床には、溶けて黒く固まった石の跡だけ。
「……やりすぎた?」
ショコラが、恐る恐る言う。
パメラは、ふっと笑った。
「いや。完璧じゃ」
闇が、ゆっくりと消えていく。
同時に、パメラの肩が、わずかに上下した。
「少し魔力を使いすぎたのう」
その言葉とは裏腹に、表情は満足そうだった。
ショコラは、誇らしげに胸を張る。
「すごかったでしょ!」
「うむ。妾の道を照らすには十分な灯りだったわ」
視線が、自然と祭壇の方向へ向く。
ゴーレムのいる場所。
そこから、重低音が響いた。
まるで、怒りに応えるように。
「あっちは、まだ終わってないですね」
ボニーが、唇を引き結ぶ。
パメラは、ゆっくりと振り返った。
遠くで、ゴーレムの魔力が、明確に膨れ上がる。
祭壇の空気が、歪む。
戦場は、次の局面へ――。




