問題解決?
カトレアは一体どこに向かって、何をするつもりなのだろう。近づくごとにその疑念はより一層深くなった。ランプを持つ少女の足取りはしっかりしていて。視線の先は見えないが一点に集中している。緩んだ頬は、まるで夜の訪れを楽しみにしていたようにさえ見えたからだ。
「カトレア、お嬢様?」
ケイトの声は彼女には届かなかったようで。カトレアは小さなその指先をまっすぐ伸ばした。
その先にあるのは…。
「にゃあ」
短い灰色の猫だ。
「……ねこ?」
いま目の前に広がる光景を処理しようと、ケイトは足を止めた。
カトレアは愛おしそうに猫を抱き上げ、猫もまたそれを受け入れている。少しの間の抱擁の後、カトレアは持参してきたであろう餌らしきものを猫に与えた。
猫を愛でる彼女の様子は、とても夢遊病に悩んでるようには見えない。
「……」
脱力。そう言わざるを得ない。ケイトは立ち尽くした。
タイミング悪く、夜風が通り抜けた。足先をいたずらに冷やして近くの茂みを小さく揺らす風。
「…誰っ!」
足元の茂みが風でガサリと揺れた時、カトレアの視線はこちらを向いた。
「……?誰もいない…気のせいか」
すんでのところでケイトは茂みの中へ隠れたため、カトレアに見つかることはなかった。別に隠れる必要なんてないが、なんとなく身を隠す。カトレアはそのまま猫と共に暗闇の中へと消えた。
「……」
「行ったようですね」
「……あなた、嘘をついていたのね」
しばらくして、後方から例の執事の声が聞こえたので、ケイトは恨みを込めて返事をした。
「嘘なんて、とんでもない。ただお嬢様のプライベートをあけすけに言うわけにはいかないので、少し変えただけだよ」
それを世間では嘘をつくと言うことになるのだ。しかしケイトはすでに目の前の男に何を言っても無駄だと言うことを知っていた。
セバスは、銀縁メガネをかちゃりと掛け直した。
「さあ、これで気は晴れたでしょう。他の担当の執事が声をかけてくる前に早く部屋に戻りなさい」
もっともらしいことを言ってるが。カトレアと猫の触れ合いを目撃するまでの間、セバスが離れて別方向に走ったのをケイトは見たのだ。おそらく別の場所にいる担当の執事とやらに話をつけてきたのだろう。
何故執事が夜な夜な外にいるのか。それは夜に猫と戯れる面倒なお嬢様が危ないことをしないか見張るためで。そこに近づくメイドのケイトのことはきっと共有されていない。何か大事になる前に、セバスは口裏を合わせに行ったのだろう。何となくケイトは予想した。
他にも聞きたいことはあったが、ケイトは仕方なく、この歯に着せぬ執事の言う通り、大人しく屋敷に戻ることにしたのであった。
しかし、どうしても言いたいことが一つある。
屋敷の扉を押す前に、ケイトは後方に立つセバスに声をかけた。自分が屋敷に入るのを確認するまで、彼はこの場を離れないだろう。
「まだなにか。メイドさん…いやケイトさん」
「…私ね、小さい頃夢遊病だったの」
距離は離れているが2人の間の空気が変わったのを確かに感じた。
「つまらない花嫁修行がストレスだったみたいでね。夜に徘徊して、没収されてたおもちゃを探し回ってたんですって…婆やが困ってたみたい」
ケイトは、屋敷の扉の大きなドアノブに手をかけた。扉は大きいため、力を込めてぎゅっと掴んだ。
「だから、カトレアお嬢様が夢遊病とは違うって、何となくわかってたの。勘だけどね」
「…悪かったよ。嘘で病気をしてるなんて言って。冗談でも言うべきではなかった」
まさかセバスから謝罪の言葉が返ってくるなんて。彼も案外人間らしい。思わずフッと笑ってしまった。
「別に怒ってなんかないわ。カトレアお嬢様がご無事なのを確認できてよかった。もう夜、外に出るのは辞めるわ。執事さん、おやすみなさい」
「…おやすみなさい、良い夢を」
暗闇の中、セバスがどんな表情をしているのかは見えなかったけれど。ケイトは振り返らずに自分の部屋へと戻った。




