奴隷と出会い
カトレアは箱入り娘だ。家の方針で奴隷に触れたことは一度もない。しかし、屋敷の前で倒れていた子供を見かけた時、自然と吸い寄せられるように駆け寄った。
ボロ着をまとう子供は痩せ細っており、静かに眠っている。カトレアは戸惑い、勇気を出して口を開いた。
「…あなた、大丈夫?」
反応は、ない。ああ、どうするべきか。こんな時に限って腹心のメイドはまだ屋敷の中だ。
「んっ…」
「!」
子供の目が覚めたようだ。うっすらと瞼を持ち上げ、瞳がカトレアの視線と交わった。綺麗な瞳だ。澱んでない、澄んだ無色透明な色。
「よかった、目が覚めたみたいね。あなた、倒れてたのよ、どこの子?」
「……」
「メイドに言って家まで送り届けるわ。立てる?」
「……家」
「そうよ」
「……家、なんて」
ガタガタガタッ
子供の声は大きな物音にかき消されてしまった。音の方向に振り返ると大きな馬車が豪快に砂埃をたたせながらこちらに向かうのが見える。
「おお、見つけました。旦那様、あんなところにいます」
御者がこちらを見ながら大声を張り上げたかと思うと子供とカトレアの前に停車した。随分荒い停め方だ。馬車は大きく揺れ、窓が開いた。
顔を出したのはでっぷりとした中年の貴族だ。
「ふん、こんなところまで逃げていたとは。こざかしいやつめ」
貴族は子供に向かって吐き捨てるように悪態をつくと、その視線をカトレアまで移動させる。
「おやおやおやおや、もしやあなた様はタンザナイト家のご令嬢ではありませんか?」
「…お久しぶりです。覚えてくださって光栄ですわ」
引きつる顔で挨拶をするカトレアに貴族は先程とはまるで別人のようにニコニコと笑った。
「いやあ、まさかこんなところでお会いできるなんて。やや、ここはタンザナイト家所有の領地でしたな、これは失敬失敬」
取り繕うような態度。管理のできていない脂肪だらけの身体。派手なだけの趣味の悪い服や馬車。カトレアはこの貴族が嫌いだ。全く美しくない。美しくないものが視界にはいることにカトレアは耐えられなかった。