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わがままお嬢様は美しいものがお好き  作者: 日乃のぼる


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歌姫とお嬢様 完

真夜中のタンザナイト家の屋敷は静かだ。数人の門番や護衛を除いて、眠りに包まれた平和な屋敷を訪れたのは…シャーリーだ。


「……」


といっても初めてきた時と違うのは、客人として正面から堂々と入るわけではなく、人目を忍んで侵入したわけだが。


シャーリーにはまだ心残りがあった。賭けがまだひとつ残したままだった。タンザナイト家のご令嬢の宝石だ。シャーリーは今まで狙った獲物を逃したことはない。このまま何の成果も得られないのは納得がいかなかった。


「……」


幸いにも、宝石の心当たりはある。今まで見つからなかったのも当然。なぜなら、宝石の場所は


「…カトレア自身が持っているからだ」


何故こんな単純なことに気が付かなかったのだろうか。てっきり子供に持たせるのは危ないからと、屋敷のどこかで厳重に管理しているのかと思っていた。無意識にそう判断していたが、今思えば自分は、見る目が浅かったようだ。


この屋敷で一番安全なのは、カトレアだ。周りのメイドや執事の厳重な守りはもちろん、今日の盛大な賭け勝負でも痛感した。


実は例のバーテンダーを引き受けてくれたのが、この屋敷で働く執事の1人だ。いつから嗅ぎつけたのだろうか、パーティーの準備中に「カトレアお嬢様から手を引くなら、協力いたしますよ」と執事が現れたのだ。


カトレアは知っているのだろうか。いや知らないだろう。「カトレアお嬢様が利用する街にまで影響が出てるのは迷惑です。早く捕まえましょう」と早業で店のセッティングをする彼の狂気さは、主人の命令でだせるものではない。


その異常な様子に、とんでもないものを抱えるお嬢様をターゲットにしたようだ、と少し後悔したのを覚えている。


まあ、今屋敷に侵入してるのは、彼の手引きによるものだが。不服そうな執事に「やり残したことがあるんだ」と頼み込み、協力を得た。このチャンスを逃すわけにはいかない。


間に合うだろうか。


「みゃあ」


「!!」


驚かせるな。ちょうど忍び込んだテラス席に現れたのはカトレアの飼い猫だ。こちらを一瞥すると興味がなさそうにトタトタと歩いて行った。


「コロネ…?」


「…!」


猫と入れ違いで現れたのはまぶたを擦るカトレアだ。ビンゴ。足を踏み入れたテラス席は、カトレアの部屋につながっていたようだ。


もう寝る時間だからか、カトレアはワンピースタイプの寝巻きを着ている。カトレアの眠たそうな目は、しっかりとシャーリーを捉えていた。


「あら、マダム。メイドから聞いたわ。体調は大丈夫?」


「……ああ、万全さ」


「何だかいつもより声も疲れているわ。どこに出かけていたの?」


バレている。当たり前か。あれから数日、部屋にこもって姿を見せないなんてさすがに無理がある。


「……」


シャーリーは答えない。今日の出来事は、箱入りお嬢様には少々刺激が強いだろう。おそらくあの執事も胸に留めたままだろうと、何故かシャーリーは確信していた。自分も話すつもりはない。


少し肌寒い夜風が2人の間を通る。静けさの中、先に切り出したのはカトレアだ。


「ケイトがね、あなたのこと泥棒だって言ってたの。でも私、あなたに何も盗まれてないわ」


反吐が出る。いつまで心の清いお嬢様なんだ。周りがどれほどの労力を使って守っているか、本人は何も知らないであろう。その能天気さにシャーリーは呆れ、イラつき、そして嫉妬した。


「忘れ物をしたんだ」


シャーリーはカトレアの胸元を指さした。胸元には何もない…が、よく見ると首元にチェーンネックレスが通っており、ワンピースの中に続いていた。その先にあるのが、おそらくシャーリーの求めていたもの。


「貴族様の大事な宝石…。あんたはそれを肌身離さず身につけていたんだ。だから、いくら屋敷中を探しても見つからなかったんだろうね」


「…誕生日パーティーがあるから、ずっともっていたの。あなたは、この宝石が欲しいの?」


首を傾げるカトレア。もう眠気はとっくに覚めてるのだろう。少女のまっすぐな瞳は、目の前の女を見つめる。


「いんや、私がほしいのは金さ。金さえあればありたいていのことは叶う。理不尽にだって勝てる。今回だって」


シャーリーは、一歩、足を踏み出す。カトレアは動かない。


「本来なら私は捕まる予定だったんだ。だけど金を渡して見逃してもらった。おかげで今まで貯めた金がパーさ」


シャーリーは笑う。今まで見せた親愛の笑みではなく、どこか屈折して、歪んだような顔だ。


「だから、金が欲しい。分かるだろうお嬢ちゃん」


また一歩、一歩と踏み出す。確実に距離は縮まっている。しかし、カトレアは一歩たりとも動かず、目の前の女を見据えていた。そして、ようやく口を開いた。


「ドレス、出来上がったの見たわ」


「……」


「すごくいい仕上がりだった。おかげで誕生日パーティーは大成功だわ。いつの間に作ってくれてたの」


出発する前に、作ったのだ。自分の服を作る際、何着か置いていた彼女のドレスにも少しだけ、手を加えた。少しだけだ。彼女が気に入っていた素材に別のドレスからの装飾を加え、彼女好みの刺繍をあしらい、サイズを整えた。ただそれだけだ。


「本当にあなたって天才なのね。今まで見た中で一番だった。あ、せっかくだし、今から着てもいいかしら?せっかくなら見てもらいたいわ」


「…残念だけど、そんな時間はないんだ」


別にわざわざ見なくても。彼女に似合うドレスを作ったのだ。見なくても、一番に輝いてるのが想像できる。


カトレアは誕生日パーティーのことを思い出してるのか、その目はキラキラと輝いていた。


「……ふっ」


服を作ったのは、賭けの最中だったからだ。


私は、交換条件で出された約束を違えたりしない。


ただそれだけのことだ。


「もちろんお代はちゃんと渡すわ」


「…宿のお礼なんだからタダでいい…と言いたいところだけど、それは助かるよ。なんせ、一文無しなんだからね」


正当な報酬だったら、あの執事もきっと納得するだろう。もし、宝石まで奪おうとしたら今回屋敷への侵入を許した執事が、全力をあげ自分を捕まえるだろう。せっかく取引が成立した騎士団にも巻き込むかもしれない。


自分ももう流石に疲れている。あれから、最後のパーティーだからと、観客に熱望され、歌を披露した。詐欺師を欺くため、酒もふんだんに飲んだのだ。まだ喉がヒリヒリと痛い。


まあ、もうおそらく歌うことはないだろうから、別に使い道がなくなってもいいが。


「やっぱり、声が少し変よ。何か飲み物、持ってきましょうか?」


シャーリーは目を少し丸くさせ、笑った。


まいった。目の前にいるこのお嬢さんの方が私より上手じゃないか。


シャーリーは初めて狩りに負けた。


宝石はとれずじまいだったが、不思議なことに、シャーリーは悲観的な気持ちにも薄暗い感情に覆われることもなかった。




「はい、これは正当な報酬よ。また、私のドレス、作ってくださる?」


「…気が向いたら、ね。……ああ、そういえば言い忘れていたよ」


シャーリーは振り返り、少女を一瞥した。


「誕生日おめでとう」


そうして、2人は会話を切り上げ、1人は闇に姿を消した。もう1人の少女は、しばらく外をぼんやりと眺めていたが、次第に飽きたのか、建物中へ入った。


はてさて、シャーリーのやり残したことは結局何だったのだろうか。お金の回収か、それとも…もしかしたら友人への祝いの一言だったのか。答えは知る由もなく、月夜だけが、2人の交流を知っていたそうな。







しばらくして。タンザナイト家から一番近い田舎街で、ある洋服店がオープンしたと、風の噂が流れた。というのもその店は、普段は全く営業してる気配がなく、誰かが店を訪れても、軒並み追い出されるらしい。


店主はどうやら気難しい性格のようで、腕に自信はあるようだが、服を作ること自体滅多にない。


しかし、その店を勇敢にも訪れる少女が1人。お付きのメイドともに少女は店の扉を開ける。扉には『ブティック・ブリリアント』の表札があった。


ブリリアント、意味は輝きだ。






さて、少し長くなったが、わがままなお嬢様と歌姫との出会いの話は、ここまでにしようか。


次に話すのは…メイドの彼女のお話だ。


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