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わがままお嬢様は美しいものがお好き  作者: 日乃のぼる


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歌姫とお嬢様6

途中で拾った馬車に乗り、向かった先は屋敷から1番近い田舎街だ。目的地につき、御者に礼を言いながらも、周りを見渡すシャーリー。


驚いた。確かにメイドが言っていたとおり、街中は役人が往来し、数人の騎士の姿も見える。住人はどこか怯えたような顔をしながら、こそこそと役人達を見ていた。平和だけが取り柄の田舎町にしては異常である。


「怖いわねえ。いつ安全になるのかしら」


「詐欺の犯人を追い詰めたら、返り討ちにあって病人に運ばれた人もいるらしいよ」


自然と耳に入ってくるのは住人の会話。


「……」


活気のない街。怯える住人。頭でっかちな無能の役人達が幅を効かせる現状。シャーリーが望んでいた光景ではない。


不快感を覚えながらもシャーリーは、あるところへ向かった。




訪れた場所は、街の端にポツンと立つボロボロの家屋。とても人が住んでるようには見えない手入れのされていない家屋は、この田舎町での仲間達が集う拠点の一つだ。場所を知ってるのは数人だけ。


「……誰もいない、か」


騒動があるなか、当然かもしれないなと納得はしつつもシャーリーは何か手がかりがないか周りを見渡す。詐欺師たちは普段、密にコミュニケーションをとることはない。こうして共通の場所に暗号化したメッセージを置くことで、連絡を取り合う。


これほどの騒動だ。今回も必ず何かしらの連絡があるとシャーリーは踏んでいた。そして予想は当たった。


机の裏に一枚の紙が貼られている。普通に過ごしていたら気づかない場所だ。紙は新品のようで、最近貼られたものだと分かる。


「自分たちの失敗をどう言い訳するのか…それとも開き直って解決策でも出すのか…ふん」


眉をひそめぶつぶつと呟くシャーリー。紙を手に取り、並べられた不思議な文字を読み解く。簡単な暗号だ。


問題はその内容である。


「……は?」


読み解いたシャーリーは細めていた目を見開いた。


街に来てから滲んでいた不快感があふれてこぼれそうだ。


「……やってくれたね、私がいないと何もできない無能のくせに」


一枚の紙には…詐欺師の一部の派閥でシャーリーを主犯格として告発する旨が書かれていた。


合点が言った。やけに目ざとく拠点を張る役人たち。表立って目立つ行動をする詐欺師たち。狙いは。自分。全ては自分を捕まえるための行動。つまり売られたのだ。


何故?という疑問はこの世界において稚拙な感情だ。詐欺の世界は騙すか、騙されるか。それだけだ。狩りはすでに始まり、自身も知らないうちに全てを狩られる。


この紙を書いたのはおそらくシャーリー派だろう。このボロ家屋を知っているのは限られている。


しかし。


「これだって、実のところ本当かは分からない。罠の可能性もある…」


手紙すら信じられない。


誰が騙そうとして。誰が敵なのか。狙いは何なのか。どうやって陥れるつもりなのか。


シャーリーは考えた。


そして


「…ふふふ、ふははは!」


沸々と湧き上がる感情は、怒りだ。


許さない。シャーリーという女が一方的に狩られるなんて。そんなことあっていいはずがない。


「そちらがその気なら…私にも考えがあるわ」


シャーリーは笑った。そして部屋の隅に置いてあったメモ帳をぞんざいに切り離し、文字を書き記すことにした。


それは詐欺師の間でしか読み解けない暗号。意味は…


「はは…、最後のパーティと行こうじゃないか」


“数日後、夜のパーティーを開催する。


いつものように進めよ“


書き切った手紙をシャーリーは少しの間だけ眺め、またテーブルの下に貼り直した。もう一枚、先ほど解読した手紙はクシャリと握りつぶし…そのまま投げ捨て、踏みつける。


「準備…しとかないとね」


荒れた家屋をあとにして。シャーリーは姿を消した。





数日後、ある街にて。静かな夜が訪れた。治安が悪くなっているため、人の往来もないように見えた…が。人目を気にするようにある地下への入口に向かう数人の男たちの姿が。


「…本当にここで合ってるのかね」

「…はい。そのように情報が出回っています」


男たちはヒソヒソ話しながらも地下の扉を規則的に数回叩く。しばらくして、ガチャリと扉が開く音が聞こえた。


人目を避けながら、扉を開けた先はバー。カウンター席に女性が1人とカウンタースタッフのみしか見当たらない。薄暗く、人気がないその店はお忍びには最適な隠れ家的な場所と言っていいだろう。


入店した男は、コートを脱ぎ、カウンターへと歩く。カウンター席へ座ったのは小太りの男だけで、他の男たちの姿はない。どうやら扉の外に置いてきたようだ。いや、見張りに置いた、と言う方が正しいのかもしれない。


「ああ、シャーリー、会いたかった」


声をかけられたカウンター席に座る美女は、顔を上げ隣に座る男ににこりと微笑んだ。1人静かに酒を飲む彼女は、一際美しい。


「ああ、親愛なる友人、私もだ」


「…なんだか、見ないうちにまた一層綺麗になったんじゃないか?雰囲気もいつもと違う…ような。なんというか…品がある、というか」


不躾にもシャーリーをジロジロと見る無礼者。不快感を顔に出さずにシャーリーはにこやかに笑う。


「もしかして、会わないうちに良い人でもできたのかい?」


ああ、なんてくだらなくて短絡的な考えなのだろう。同じ詐欺を生業にしてるとは到底思えない。目の前の小太りな男が捻り出した陳腐な答えにシャーリーは呆れた。見る視点が違う限り、詐欺師としての力量の差が埋まることはないだろう。それが同業者として少し悲しくもある、が。


これも今日限りだ。


「はは、なんて言った方が正しいんだろうねえ。…まあ、それも含めて話したいと思ったんだ。わざわざ来てもらって悪いね」


「いやいや、我らが歌姫の要望なんだ。もちろん駆けつけるさ。今日はそのために来たんだ。他の連中はまだ来てないのかい?」


他の連中、とは同じく共に活動してきた詐欺師仲間たちのことだ。


「ああ、彼らにはもう話しているよ。あんたたちが最後さ」


シャーリーは手に持つロックグラスを器用に揺らした。男たちが来るまでにどれほど飲んでいたのだろう。シャーリーの頬はほんのり赤く染まっていた。


「飲みたくもなるよ。だって今度のパーティーで歌姫を引退するのだから」


シャーリーがはっきりそう言うと、男は驚いたように目をギョッと開いた。


「じゃあ本当なのかい?てっきり誰かが暗号を読み間違えたんじゃないかと思ったよ」


やけに大袈裟に驚く男の態度。その目はシャーリーの真意を探ろうとしているようにも見える。


「みんなそう言う。あんたたちの前にきた奴らもそう言っていたよ。ただ残念ながら本当なんだ。もう疲れたんだよ、分かるだろう」


カウンターに向き直ってはいるが、その憂いのある目は隣の男を見つめていた。


「どれだけお金を手に入れても、ずっと暮らしは変わらない。人目を忍んで、誰とも群れず、ひとりぼっち……」


やけに物憂げな様子のシャーリーは手に持つロックグラスを一気に飲み干そうとする…が。


「あ、もう空か…バーテンダーさん、もう一杯くれないか」


カウンターの奥でひっそりとグラスを拭くバーテンダー。手際よくグラスを片付けながら、バーテンダーは口を開いた。


「もう、飲み過ぎですよ。そろそろやめないとお体に……」


「まあまあまあ、私が面倒を見よう。今まで世話になった礼だ。さあ、好きなのを頼みなさい、シャーリー」


咎めるバーテンダーを小太りの男が制止した。もちろん止めるのには理由がある。


実のところ、歌姫であるシャーリーを表舞台から消す計画を立てたのは、他でもないこの小太りの男だ。男は、詐欺師集団のトップであり、誰とも群れない女の存在を密かに恐れていて。同時に利用価値のある彼女を自分の意のままに操りたいとも思っていた。…だから、役人たちと裏の取引をし、シャーリーの悪い噂を流していたのである。


そうして、見事ひっかかったのだ。夜のパーティー以外、あまり表に出てこない彼女が今回、姿を現した。そして、夜のパーティーを辞めるということは、貴重な収入源を断つということ。それはつまり…彼女の生きる手段を消し去ったと言う事実。表社会では、シャーリーを主犯格として捕まえる動きがある。彼女はもう、裏社会でも表の世界でも生きられない。


ーーー自分は、勝った。この傲慢で、高飛車な女に。泣いて縋れば、自分の女として匿ってやってもいい。無様な姿を晒して、一生惨めな生活を送ればいい。


シャーリーの隣に座る男の心は歪んでいた。


まだ勝利を祝うには早い。男は浮ついた心を鎮めようと、バーテンダーに冷たい水を所望した。シャーリーは熱い視線を男に送る。


「なんだい、一緒に飲んではくれないのかい。今日ぐらいは私が奢るよ」


「はは、そうしたいのは山々なんだけどね」


「ならいいじゃないか。最後ぐらい付き合ってくれよ。ワインボトルをひとつ。とびっきりのを頼むよ」


シャーリーの注文通り、バーテンダーは奥に消えたかと思うと、ひとつのワインボトルを手に現れた。


「完璧だ。こんなところにも良いものはあるみたいだ」


バーテンダーからボトルを受けとると、シャーリーは躊躇なくグラスにワインを添わせた。


「…待て、シャーリー。酒を交わすのは君の十八番じゃないか?眠り薬を入れ、まんまと罠にハマる貴族たちを山のように見てきた」


御名答。そこまで馬鹿ではなかったみたいだ。…しかし


「自分の今までの行いとはいえ、寂しいもんだねえ、疑われるのは。ただ一緒に最後の時間を楽しみたいだけなのに」


シャーリーは、自嘲するように笑った。目の前の彼女は確実に弱っている。こんな自暴自棄な姿は見たことがない。小太りの男は慌てて、汗をぬぐりながら訂正をした。


「はは、シャーリー。君が私を騙すなんて夢にも思っていないよ。ただ念の為、だ」


「…なら先に頂いてしまおう。もう喉が渇いているんだ。待ちきれないよ」


シャーリーは自らグラスにワインを注いだ。そして、目の前の男に見せびらかすようにワインを口に含む。フリなどではない。きちんと飲み込むところまで確認できた。


「…ふふ、久しぶりのワインは格別だね。私はお酒の中でもワインが好きなんだ」


ほんのり頬を赤く染めらせる美女の微笑みに抗える男などいるのだろうか?


シャーリーはカウンターの机に少しもたれかかりながら、ワインをさらに飲む。


小太りの男はもちろんシャーリーに釘付けだ。


「…はは、君がお酒を飲めるぐらい気を許してくれてるようで嬉しいよ」


シャーリーが普通にお酒を飲んでいるのを確認し、安全だと判断したのだろう。男はボーイに頼んで、自身もワインを頼んだ。


「ああ、ボトルは新しい別のを用意してくれ。もちろん極上のラベルを。グラスは私が選んだものを」


やけに慎重だが、お互い詐欺師である身だ。念に越したことはない。しかしバーテンダーの目の奥が怪しく光ったのを、隣に座るシャーリがどんな表情をしていたのかまでを確認しなかったのが、2人の詐欺師としての力量の差だろう。小太りの男は、渡されたワインボトルをグラスに注いだ。


「このバーは初めて利用するが品揃えは悪くない。今後とも機会があれば訪れたいものだ」


「ああ、いいとこだろう。私たちに馴染みのあるパーティー会場とも近い」


シャーリーの言う通りだった。詐欺師たちが運営している秘密の夜のパーティー会場と近い場所にこのバーが営業している。


「こんな店があるとは知らなかった。君、いつからここは営業してるのかね?」


小太りの男に話しかけられたバーテンダーはにこりと笑う。かけている銀縁メガネがキラリと光った。


「実は最近店を始めたばかりで。旦那様の言う通り、品揃えには自信があるのですが、なかなか来客は掴めず…」


「ふん。そうだと思ったよ。こうして潰れる店はいくつも見てきた。私の手にかかれば、1日で繁盛させることもできるが…」


シャーリー以外にはあくまで横柄な態度を貫く醜い男。バーテンダーは、困ったように笑った。


「さすがです。…しかし、しばらくは自分の力で頑張っていきたいのです」


「ああ、自分の店を潰した奴らも今の君と同じことを言っていた。つまらないプライドでビジネスチャンスを逃すなんて、馬鹿だとは思わないかね」


やけに饒舌だ。話してる内容は下劣極まりなく、聞くに耐えないが、男の変化をシャーリーは見逃さなかった。酒に酔ってきたのだ。いや、それとも″薬″に酔ったのだろうか?


どちらにせよ、この機会を逃すわけにはいかない。シャーリーは、動いた。


「……ねえ、あんた」


「なんだいシャーリー」


「あんたが…昨今の詐欺師事件の主犯…なんだろう?」


それは、ストレートな質問だった。小太りの男は、きょとんと空を見つめた後、目をぱちぱちとさせ


「ああ、あれか。まあ、ここだけの話…君の考えの通りだよ、シャーリー。ああ、怒らないでくれ、これは仕方なかったんだ」


……シャーリーの欲しい言葉を答えた。


「理不尽な窃取は君は一番嫌うのは理解している。しかし、こんなに利回りがよく、リスクが少ない犯罪は他にない」


当然である。リスクがないのは、ある人物に全て罪をなすりつけるつもりだったからだ。そのこともすっかり抜け落ちたのか…それとももうシャーリーを手中にしたと勘違いした故の失態か。


何だっていい。もう準備は整った。


「まあ、君には関係ないことだ。君は晴れて詐欺師から足を払うんだから。ああ、もちろん最後にファンに向けて歌姫として仕事をまっとうしてからだがね」


「……ああ、もちろんさ。とびっきりのパーティーの準備はできているよ。なんなら今すぐにでも…始めることができる!」


シャーリーは立ち上がった。手に持つのはワイングラスではなく…マイクだ。


「シャーリー…?」


「…ああ、言ってなかったかい?」


シャーリーは片手を上げた。何の合図だろうか。手が上がるのと同時に店内の奥のカーテンがのっそりと動くのが見えた。


「…?!!おい、まさか…うっ」


何かに気づいたように慌てて小太りの男が立ち上がるが、その瞬間、痛みが頭を襲う。


「あーあ、ワインの飲み過ぎかい?」


そんなわけがない。おそらく、何かが入っていたのだ。立っているのもつらくなり、男はよろめき、カウンターテーブルに手をついた。ぶつかったグラスが、大きな音を立て、割れる。


その間にもカーテンはのそりのそりと動く。まるで舞台のように両端に動くカーテンの奥から見えたのはーーー絶望だ。


「最後のパーティーだからと連絡したら、予想以上の観客の皆さんが来てくれてね。おまけに騎士団の何人かも私の晴れ舞台を見に来てくれた」


目の前に広がるのは、見慣れた景色。いつもシャーリーが歌うステージに観客たちが談笑する広いフロア…パーティー会場だ。そして、見慣れた客たちが、こちらを軽蔑したように見ていた。


「ま、まさか…そんな…」


小太りの男は全て気づいた。


バーテンダーとはグルで。バーと会場は繋がっていた。全ては計画されたことだったのだ。


馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な


今すぐ逃げ出さなくては。外まで行けば、仲間もいる。


しかし小太りの男の願望は、呆気なく散った。


「……ああ、外に控えているボディーガードはもちろん他の騎士たちがすでに身柄を確保しているよ。…というか…他の仲間たちももう、捕まっているけれど…」


シャーリーは、震える男の顔を覗き込んだ。妖艶な美女は微笑む。


「だから、もうあなただけなんだよ。捕まってない詐欺師は。…さようなら、過去の友人」


そこからの記憶は、ない。幸か不幸か…ワインの薬の作用で男は気絶し、そのまま会場に控えていた騎士たちに身柄を拘束された。


「…ふふ。私を騙そうなんざ100年早いわ」


騎士に運ばれた男を横目に、シャーリーは不敵に笑った。


「賭け事で私が負けるわけがないだろう。こんなにも付き合いが長かったのに、何を見ていたのか」


女の独り言は誰かに届くわけもなく、宙に消え。


「おい、そこの女」


野太い男の声に振り返ると、そこにいたのは精悍な顔つきの騎士。夜の世界では見ない真面目そうな顔つきだ。こちらを憎むように睨んでいる。


「…ご協力感謝する。…しかし、貴殿も詐欺師集団の仲間の1人というのが事実であるならば、我々は逮捕する」


シャーリーは、にこりと微笑んで、口を開いた。


「ああ、もちろんだとも。…ただ、ひとつだけ頼みがあるんだ」


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