歌姫とお嬢様4
シャーリーが屋敷を訪れた次の日の朝。彼女は朝食の時間をカトレアと共に過ごしていた。
「昨日はよく眠れたかしら?」
「ああ、おかげさまで…久しぶりにいい夢を見れたよ」
シャーリーが答えるとカトレアは満足そうに頷いて、目の前のテーブルに並ぶ朝食に手をつける。
食事の席には、シャーリーとカトレアだけ。配膳のために数人のメイドと執事が控えているはいるが他に誰かが来る気配はない。昨日カトレアと別れたあと、早速シャーリーは情報収集をしたのだが、どうやらこの屋敷の主人は留守らしい。
どうりで…。シャーリーはテーブルの奥に座るカトレアをチラリと見た。
つまりこの屋敷の現在の全責任はまだ小さなお嬢様、というわけだ。
面白い…とシャーリーは密かに口角を上げる。シャーリーの密かな企みの笑みはナプキンでうまいこと隠れただろう。もちろんカトレアも何も気づかないようで、呑気にパンを口にしている。
「さて、今日の予定なんだが…」
シャーリーが話すと、カトレアは顔を上げた。
「さっそく、ドレスのことについて話したいけれど…大丈夫そうかい?」
シャーリーの問いにカトレアは満面の笑みで「もちろんよ!」 と答える。
朝からよくもまあ、元気よく…エネルギーを消費できること…と内心冷ややかな気持ちでシャーリーは目を細めた。
丁度食事の席の場は、朝の陽の光がよく差し込む場所で、彼女の大嫌いな日差しがどうしても眩しい。シャーリーは一刻も早くこの場から離れたいと思った。
Aラインのふんわりドレス、シルエットが綺麗なプリンセスドレス、普段着用の軽めな素材で作られたドレスワンピース…そしていくつもの宝石やアクセサリー。
「…ガキには勿体無いくらいの上物だね」
ここは、カトレア専用の衣装部屋。カトレアのドレスをシャーリーは吟味し、並べられた宝石を手に取った。
「悪くない。けど、私が欲しいのは…より大きくて。希少価値が高い、貴族の証…」
この国の貴族たちは国王から賜る特別な宝石を持っている。それは貴族の証として、国王に謁見する権利を持ち、貴族会議に参加することを認められる。この国で最も価値があるもの。高貴な身分の人達の間で使われる身分証みたいなものである。
貴族の子供も例外ではない。親貴族の宝石よりは小さく加工された宝石を渡されているはずだ。小さい宝石だが多くの権利や情報が詰まっている。売れば何十億はくだらないだろう。
いや、値段をつけることすらおこがましい。
「もしも万が一闇市に流れ着いたとして…貴族ならざる無法者の手にでも渡ったら……国は大きく傾くだろうね」
貴族の証である宝石をなくした貴族一家は良くて、お家取り潰しと国外追放だろう。国王から賜る宝石はそれほどに価値があるのだ。
「この屋敷のどこに…あるんだろうねえ…輝きは…」
そんな宝石を、シャーリーは集めている。
別に貴族になりたい訳ではない。宝石を担保にすることで、シャーリーはようやくそこで貴族と対等に正当な取引ができるのだ。
「…カトレア・タンザナイト……ふふ、馬鹿なご令嬢…」
しかしミッションは難なくクリアできそうだ。何故なら既にカトレアはシャーリーに親愛の態度で接し、衣装部屋まで1人で見学することを許可している。
ああ、今回の獲物はなんて単純で可愛いのだろう。
屋敷に来てからまだ1日しか経っていないのにシャーリーは、すでに勝ちを確信していた。
しかし、その目論見も全て。
あのわがままお嬢様の前では呆気なく崩されてしまうのだ。
タンザナイト家の豪邸に住んで数日。シャーリーはうんざりしながら、山のようなドレスを掻き分けていた。後ろには頬を膨らませながらも優雅に紅茶を飲むカトレアがソファに座っている。
「今まで着ていたドレスは何だか子供っぽいから大人っぽいドレスがいいわ。なのに商人が持ってくるのは子供っぽいものばっかり。ねえマダムシャーリー、どう思う?」
「……ええ、本当に。お嬢さんの言う通りで…」
シャーリーは頬をひきつらせながらも、カトレアに同意するしかなかった。
山のように盛られているドレスは誕生日パーティー用に用意されたドレス達だ。衣装部屋に入りきらないため、他の場所に保管されていたらしい。
シャーリーはこの数日、つきっきりでカトレアの相手をしながら、ドレスの確認作業をさせられていたのだ。
「さすがにケイトに怒られちゃって、もうドレスは買っちゃダメって言われたの。お父様なら許してくれると思うんだけど、連絡手段はケイトに見られてるし…。だから屋敷の中にあるドレスの中から、あなたが選んで欲しいの。センスが良いあなたなら、私納得できると思うわ」
カトレアにそう言われた時、シャーリーはもちろん了承した。断るはずがない。しかし、大量のドレスを掻き分ける作業は、思ったよりも重労働で。シャーリーは汗がドレスにつかないように小まめに肌を拭きながら作業をした。
おまけにうるさい子供が四六時中そばにいて何やら話しかけてくるではないか。内容もくだらないものばかり。
早く解放されたくて、「これはどうだい?」手に取るドレスをあてても「いや!もっと私に似合うものがいいわ」と駄々をこねる。これの繰り返しばかりだ。
優雅に歌う日々を過ごしていたシャーリーにとって、予想外の体力仕事と子供のお守りに少しずつ労力を削がれてしまったのだ。
それだけではない。
夜になり、みんなが寝静まった頃を見計らい、何度か屋敷中を徘徊しかけたことがある…。しかけた、というのはそれはすんでのところで失敗したと言うことだ。原因は…
「おや?あなたは…カトレアお嬢様の客人ではないですか?こんな夜中にどうしましたか?」
「……!…ああ、手洗いを探していてね」
「それはそれは。私でよければ案内しますよ」
小さなランプを片手に持つ若い執事に毎回声をかけられたせいである。この執事はなかなかの曲者のようで、いつもタイミングよく現れ、背後から声をかけてくると言う悪趣味な方法で、シャーリーを警戒させた。
夜になる度に出会うので向こうも何かを察したように「おや、また会いましたね…。今日もまた迷われたのですか?」とわざとらしく聞いてくる。しかし、かけている銀縁メガネの奥の目は一切笑っていない。シャーリーは夜に屋敷を徘徊するのを辞めた。
カトレアにいつも付きっきりのメイドだってそうだ。ケイト、と呼ばれるメイドは、今のところ、屋敷で1番話が通じる人間だろう。しかし確実に侮れない人物の1人だ。
カトレアの自由奔放な行動に手を焼いてる様子に見えて、その実、ある一定のラインを超える前に軌道修正をする役割を持っているのが彼女だと、シャーリは確信した。ドレスの件が分かりやすいだろう。ドレスを新しく買わないと判断したのは、金銭のやり取りを余所者であり身元不明のシャーリーに見られるのを事前に防ぐためだ。
この屋敷の住人は思った以上に曲者揃いのようで。
シャーリーはいまだに宝石の場所はもちろん、屋敷のどこに貴重品が保管されているのかすら調べられていなかった。
「お嬢様、もうこんなお時間ですので…」
「ああ、そうねケイト。そろそろ休憩にしましょう。マダムシャーリー、お茶はいかが?シェフがフルーツタルトを作ってくれたのよ」
「……ええ、ぜひご一緒させてください」
シャーリーは、内心怒りが爆発しそうだった。この数日、成果は特にない。優雅にティータイムを楽しむ余裕なんてない。
目の前でのんきに紅茶を飲む少女が憎らしい。
早く宝石を見つけて…こいつの全てを巻き上げたら、こんなところ…オサラバしてやる…!
シャーリーは屈辱的な気持ちと共に決意をしたのであった。




