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歌姫のお嬢様3

「私、こういう展開小説で見たことあるわ。年齢不詳の女は未亡人で悪どい連中に追われているのよ。どう?当たってるでしょう?」


揺れる馬車の中、カトレアは目を輝かせながら、隣に座るシャーリーに話しかける。シャーリーは頬をひきつらせながらも夢見がちな少女の戯言に適当に答えた。


一行が馬車に乗り向かうのはカトレアの屋敷だ。何としてでも穏やかに侵入したい。シャーリーは居心地の悪い空間をもう少しの辛抱だと、目を瞑る。


「…ところで。ねえ、そのお洋服、素敵ね。どこで買ったのかしら?」


「……あ?」


しかし予想もしてない質問にシャーリーは目を見開いた。


「黒のワンピースは、一見地味だけど上等な布で織られているわ。裾に伝統的な花模様の刺繍ししゅうもあしらわれていて…すごく私好みのデザインなの」


カトレアはシャーリーの身につけている服に釘付けだ。


「唯一、スリットが入ってるのが私の美学には合わないけれど…けどすごくあなたに似合ってる。まるであなたのために作られたワンピースみたい…」


うっとりとワンピースを見つめているカトレアの様子にシャーリーは流石に引いた目で、目の前に座るメイドに視線を向けた。


「……」


メイドはカトレアの奇行を特に気にも止めずに馬車の揺れと共に規則正しく身体を揺らしている。どうやらこれが通常らしい。


「そう、それでね。そのお洋服はどこで仕立ててもらったの?そんなにぴったりなんだもの。きっと名のある店のオーダーメイドでしょう?それとも専属のデザイナーでも雇ってるのかしら。…ねえ…もし良かったら…紹介していただけない?」


恥じらうように、しかしせきを切ったように溢れる言葉にシャーリーは胸焼けしたような苦しさを感じたが、どうにか正気を保って、頭の中で整理した。


カトレアという少女は、シャーリーの服について興味があるようだ。今までのカトレアの行動に合点がいった。そして、これを利用しない手はないと、シャーリーは頭をフル回転させる。


「ああ、この服はわたしが作ったのさ」


「!!…やっぱりそうなのね!私も一目であなたが只者じゃないと思っていたわ!」


服に注がれたカトレアの視線が、再びシャーリーに向く。尊敬を全身で表現しているカトレアの眼差しと行動にシャーリーは得意気に口の端を上げる。


「自分の美しさを1番分かってるのは自分自身だからね。私が自分のために服を作るのは当然」


「本当にすごいわ!…あのね、私、今度の誕生日パーティーで着るドレスを探してて…なかなか納得のいくデザインがないの」


シャーリーは優雅に足を組み替える。


「もちろん、助けてもらったお礼に私で良ければドレスを決める手伝いをさせておくれ。何なら私が作ったっていい」


そう答えると、カトレアは花が咲いたように頬を染めた。


「本当にありがとう!…シャーリー、あなたにはたくさんお礼をしなくちゃね!」


なんて可愛らしくて、世間知らずなお嬢様。初対面の人間を家に招くどころか、約束まで結ぶなんて。


笑いが止まらないのがバレないようにどうにか堪えるシャーリー。2人にバレていないのが幸いだ。


カトレアも善人に見えて、やはり人だ。自分の願いを叶えるために、シャーリーという人間に手を差し出した。無性の優しさなんてもちろん存在しない。人は皆エゴイストである。目の前の少女も。


良かった。これで心置きなく、“取引“のために動くことができる。シャーリーは目を細め、目の前の少女を見つめた。これから起こることなんて全く予想してないであろう少女はキョトンと首を傾げながらニコリと微笑んだ。




タンザナイト家の屋敷は噂に違わぬ豪邸だ。厳重な門の先に広がる庭も馬車を使わないと屋敷には辿り着けないほどの大きさで。シャーリーは馬車の窓から近づく屋敷を眺めながら思わず舌舐めずりした。


「おかえりなさいませ、カトレアお嬢様」


複数人のメイドと執事が、カトレア一行を迎入れる。カトレアは堂々と使用人たちの中心を歩き、お付きのメイドが荷物を持ちながらカトレアの後ろに続いた。


「みんな、私の友人よ。私の誕生日パーティーのドレスを作る約束をしてるの。今日は泊まりだから失礼のないようにね」


使用人たちにシャーリーを紹介するカトレア。周りの使用人たちは深々と一礼しながら、カトレアに返事をした。


小娘1人に仰々しく接する大人たちの様子は圧巻である。顔には決して出さないが、珍しいものを見ている感覚になるシャーリー。状況は違うが、まるで夜のパーティーの時の自分と観客たちを見てるようで。何だかおかしくてたまらなかった。




案内された場所は客室用の部屋だ。主人からの急な頼みにも関わらず、塵ひとつない綺麗な部屋。普段から手入れがされてるのがよく分かる。


「ひとまずゆっくり休んで。湯に入りたくなったら、廊下に控えているメイドを呼んでくれればいいから」


カトレア自らシャーリーを部屋に案内し、説明までする。貴族としては異例だ。卑しい出であるシャーリーですらカトレアの行動は珍しい光景だと理解した。


わざわざメイドの真似事のようなことをするのは客人への敬愛からか、それとも無知で恥知らずなだけなのか…。シャーリーはカトレアの一挙一動に注目した。獲物の生態を知るのは当然のことだ。


「…ここまでしてもらって本当にいいのかい?雨風さえしのげれば別に馬小屋でも良かったのに」


「何を言ってるの!疲れているならきちんとした部屋で休まないと!それに…」


カトレアはそこまで言って、こちらにウインクした。


「ドレス作りをしてもらうんだもの。あなたは立派なタンザナイト家の客人よ。おもてなしはキチンとさせてもらうわ」


ドレス作り程度でここまで懐に入れるなんて。貴族とは言っても所詮は子供だ。シャーリーは笑いが止まらなさそうになるのを必死で堪えた。


「本当に感謝するよ。早速明日からドレス作りに取りかかれるよう、今日は休むとしようか」


「ええ!夕食は…一緒に食べたいけれど、疲れてるだろうから今日はとりあえずこの部屋に届けさせるわ。あとはメイドに頼むわね」


カトレアの優しく無知な気遣いに感謝するとしよう。シャーリーは笑顔で少女を見送り、扉を閉めた。今この空間には自分しかいない。


ああ、ここが貴族の豪邸。一生縁がないと思っていた。しかし…


「こんな簡単に侵入できるなんて、ねえ…」


シャーリーが今まで賭けに負けたことはない。自分の思うがまま、望んだ結果を手に入れてきた。それはもちろん運だけ手に入れたわけではない。シャーリーは計算高く、流れや物事を客観的に把握する能力が高いのだ。


そんなシャーリーは今回の狩りに勝てる自信があった。


キーパーソンはやはり…


「可愛くて…自分勝手なお嬢ちゃん…金も、名誉も…あんたの全てが欲しい…」


カトレアを思い描くシャーリー。


恍惚とした表情で呟いた言葉が、誰かに届くはずもなく。


客人を招き入れて初めての夜が訪れた。


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