歌姫とお嬢様2
シャーリーは朝が苦手である。主な活動は夜なため起きるのが億劫なのと、そして何より眩しい朝日が大嫌いだからだ。
そんな朝の時間帯、シャーリーは珍しく街に出ていた。理由は簡単。今まで拠点にしていた場所に役人のガサ入れが入ったのだ。幸い、役人の中に馴染みの客がいたため、事前に手に入れた情報で鉢合わせせずに脱出できたのだが。
「さて、今日の宿屋はどうしようか…」
家がなくなるのは慣れっこだ。その日暮らしの生活はシャーリーにとっては当たり前のことで。眩しい日差しに目を細めながらも、今晩どこに泊まるかをぼんやりと考えていた。
大量のお金は然るべきところに隠している。そうそう見つかることはない。そのためシャーリーは、文字通り身ひとつで街を歩いていた。
「ねえ、ケイト、あの服とっても素敵じゃない?」
「お嬢様!人をジロジロと見るものではありません」
…ーーー訂正しよう。身ひとつとはいっても、さすがに服は着ている。
脱出する前に適当に見繕った黒色のワンピース。大きくスリットが入っており、昼間に着るには少しばかり目のやり場に困るような…そんな派手な服装のシャーリーを見つめる1人の少女がいた。
「でもケイト!もしかしてお忍びのデザイナーかもしれないわよ!あんな格好で堂々と歩いてるんだもの!」
「お嬢様…」
「私、逃さないわ!今日こそ私の誕生日パーティーのドレスを決めたいもの!」
なにやら近くでごちゃごちゃと騒いでる2人の小娘にシャーリーは鬱陶しそうに横目で見て、離れようと高いヒールで地面を蹴った。
「あ、待って!そこの…おばさま!!!」
少女の大きな声にシャーリーは振り返ることなく歩く。おばさま、なんて夜を生きる歌姫シャーリーには似つかわしくない言葉だ。自分に関係ないとばかりにシャーリーは帽子を深く被り直した。
だから朝は嫌いだ。紫外線は強いし、変な子供に絡まれる。シャーリーは夜を待ち望んだ。
「はあ、真昼間から張り込みなんて、暇な奴らだねえ…」
誤算である。あてにしていた、いくつかの宿屋には役人が数人すでに張り込んでいた。今回の役人は少ししつこいようだ。
幸い、シャーリーの顔は向こうには知られていない。役人が探しているのは、高額な金を巻き上げる詐欺師集団で、そのうちの1人が堂々と街中を出歩いてるとは夢にも思ってもないだろう。しかし、知り合いの宿屋を利用するのは些かリスキーだ。
シャーリーは次の一手を考えようと途中見つけた公園のベンチにひとまず腰掛けた。
少し、おかしい。いつもの巡回、張り込みのわりにはピンポイントで拠点を押さえられてる。誰が今回密告したのか。先日の馬鹿な小貴族?いや、あのバカはこりもせずまた会いにくるとわざわざ手紙まで出してきた…。そうなると、身内の誰かが裏切った?
裏切りなんてあまり考えたくないが、信頼や絆は脆くてあっという間に崩れるものだとシャーリーは理解していた。
「大体、詐欺なんかじゃなくてお互いが納得した正当な取引だよ…。宝石もたまたま拾っただけで…」
誰にも聞こえない大きさで吐いたぼやき声。
「宝石?おばさま、宝石が欲しいの?」
どうやら聞こえたようである。朝からずっとついてきた小さい少女に。ベンチの隣に当たり前のように座るこの小さい少女に。
「……」
シャーリーは隠すことなく露骨に顔をしかめた。
自分の後ろをコソコソとついてきた2人の気配に気づいてなかったわけではない。特に役人と関係のない一般人だと判断したのと単純に面倒ごとに巻き込まれたくないから、放っておいたのだが…。どうやらここまでのようだ。
シャーリーは少女の近くに控えているメイド姿の女に話しかけた。
「あんた、この小さい嬢ちゃんのお付きだろう?さっさと向こうに連れてってくれないか」
ベンチにふんぞり返るように座り直したシャーリーにメイドは申し訳なさそうに眉を下げた。
「そうしたいのは山々なんですが…お嬢様が聞かなくて…」
メイドという職業は立場が弱いのをシャーリーは知っていた。雇用主、もしくは雇用主の家族には頭があがらないのだ。
シャーリーは苦虫を噛み潰したような顔でため息をつく。
つまり今の責任は目の前のこの少女にあるということだ。目を爛々と輝かせ、怖いものなんて知らずに生きてきたような生気あふれるこの少女に。吐き気がする。シャーリーは日差しの眩しさから逃れるように帽子を深く被り直した。
「…お嬢ちゃん、私は今疲れてるんだ。話し相手にはなれないから、離れてくれないか?」
「そうなの?悩んでいるなら私に話してみない?力になれるかもしれないわ」
…だから子供は嫌いなんだ。話が通じない。
「はは、あんたがかい?面白いこというねえ」
シャーリーは鼻で笑った。金と人脈をほしいまま手にいれているシャーリーに小娘が口を出してくるなんて。
目の前の少女は笑われたことを気にもせず、動じてない様子だった。
「…じゃあ、今夜私が休める宿屋でも探してくれないかい?疲れてるんだ。静かで…ゆっくり休めるところがいい」
興が乗った。普段のシャーリーだったら、見向きもしない提案だっただろう。しかし苦手な日中での行動で身体が疲弊しているのは事実で。それなりに金持ちそうな少女に声をかけられたんだ。利用しない手はない。
シャーリーが賭けに乗るのはいつもの癖でもあった。運が良ければ、安全と今日の宿屋を手に入れ、運が悪くても、特にシャーリーにデメリットはないだろう。
少女の顔はパッと明るくなった。
「あら、そんなの…全然…力になれるわ!さっそく近くの宿屋を押さえて…」
「最近この辺りは物騒みたいで…警備がそこらにいておっかないんだよ。安心して休めるところがいいんだ」
念押しするように伝えると、目の前の少女は何か察したように口元を手で押さえた。
「え、ええそうね。その通りだわ。女性1人の泊まりだもの。そこら辺じゃあ心もとないわね。…ケイト」
何やらメイドの耳元にささやく少女。その表情は真剣そのものだ。
「しかしお嬢様…それは旦那様が…」
「いいのよ、だって私の家の方が安全…」
こそこそと話し合っていると思えば、メイドは観念したようにため息をついた。
「…それではそのように準備しますわ」
「ええ、よろしくねケイト」
話が終わったらしい。少女は満面の笑みでこちらを振り返った。
「待たせたわね!私の屋敷にちょうど空きがあるのよ!あなたをぜひ招待させて」
「…休める場所があるだけでありがたいのに…いいのかい?私を、あんたの家に?」
シャーリーはニコリと笑った。その笑顔は夜のパーティーでも滅多に見せない極上の笑みで。メイドも少女も思わずつられて嬉しそうに笑う。
「もちろんよ!遠慮はしなくていいのよ」
「お嬢様がこう言ったらもう聞かないので…」
「…そうかい、ありがたいねえ…」
微笑み会う3人。シャーリーが内心ほくそ笑んでいるとは知らずに。
やはり自分は運がいい。賭けに勝ったのだ!しかも思いもかけないオマケまでついてきた。
「私は、カトレア・タンザナイト。よろしくね」
「ああ、よろしく。私は…私のことは、シャーリーと呼んでほしい」
タンザナイト家はここらでも有数の貴族の家名だ。当然知ってる。そしてタンザナイト家とはまだ“取引“をしたことがない。夜のパーティーでもなかなか見ない上玉だ。
自分はなんて幸運なんだろう!
「よろしく、お嬢ちゃん。お嬢ちゃんに相談して良かったよ」
シャーリーはにこやかに手を差し出し、2人は握手を交わす。
それは、シャーリーの獲物が決まった瞬間でもあった。