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歌姫とお嬢様1

今回はとあるわがままなお嬢様とある女性の出会いについて語ろう。


夜にしか開催されないパーティーがある。招待制によって選ばれた人しか参加できない…のは建前で、集まるのは欲にまみれた男女。


欲深い男女が入り乱れる酒宴…着飾った大人たちの中でも、一際目立つ女性がいた。ステージの真ん中を陣取り、華麗に歌を披露する彼女にみんなが釘付けだ。


その中に1人、特に一段と彼女に熱い視線を送る男がいた。スワロフスキーのスーツを羽織るいかにも派手な装いの彼は、近くを通りかかったスタッフに声をかける。


「ああ、なんて美しい人なんだろう…君、彼女の名前は?」


訪ねたのは彼女のことについて。この時点で派手な装いの男性が今宵初めてパーティーに参加した新参者なのだと、この場にいる誰もが察した。夜を生きる者が、彼女のことを知らないなんてありえない。


「彼女は…シャーリーです。この店の評判の歌姫ですよ」


無知な男にスタッフは静かに答えた。男は生唾をゴクリと飲み込み、視線を再びステージに向ける。視線の先で優雅に歌うシャーリー。なんと驚くことに彼女もこちらを見ていたのだ!運命的な瞬間に男はうろたえ、手に持つシャンパンを一気に飲み、熱くなる体を冷やした。


周りにいる大人たちがどんな視線を向けているか気づかずに…。顔を赤くする情けない男と怪しげに微笑むステージの歌姫。なんとも絵になる男女の2人だ。しかし酔いが充満する幸福なこの時間は…


今宵の獲物が決まった瞬間でもあったのだ。




「レディ、一杯どうですか?」


歌が終わり、ステージから降りる女性に話しかけるのは、先ほどの派手な装いの男だ。スワロフスキーのスーツを見せびらかすように着直す男は、今宵の主役である歌姫に手を差し伸べる。歌姫シャーリーは、口の端を上げて、その手をとった。


「それなら良いワインがあります。どうかしら?」


妖艶な見た目からは想像もつかないハスキーな声質に男はドキッとする。しかし気を取り直して、期待を込めた目をシャーリーに向けた。


「ええ、もちろん」


そうして2人は、スタッフに案内され、パーティー会場の奥へと消えたのだ。2人の後ろ姿を見つめる一向には目もくれずに。


「……ねえ、見た?」


2人の姿がいなくなったのを確認して、会場にいた1人の女性が口を開く。


それが合図かのように今まで普通にパーティーを楽しんでいたであろう大人たちは口々に興奮した顔で話し出した。


「ああ、もちろん見たさ!シャーリーの今夜の獲物だ!」


「あいつの間抜けな顔を見た?バカで無知なやつ、シャーリーのことを知らないなんて!」


「おいおい、じゃあお前がシャーリーのことを教えてやれば良かっただろう?」


「まさか!そんなことしたらあの怖い歌姫に何されるか…」


そこかしこで下劣な笑いが生まれる。大人たちは今宵行われるであろう一大イベントに興奮を隠しきれないようだ。


「大体知らない奴の方が悪いのよ!皆どうなるか知りながらもそれでも大金積んでシャーリーに会いに来てるのに…」


1人の言葉に誰しもが頷き、そしてため息をつく。


「一瞬の儚い時間だとしても…夢を見させてもらえるなんて羨ましいわ」


「しかし、あの男は彼女のこともこのパーティーの意味も何も知らないんだ。きっともう戻れないぜ…」


男も女もそれぞれ自分の中にある思い出を引き出しながら、姿を消した今宵のターゲットに同情を寄せる。主役のいないパーティー会場は味気なく、人々もざわざわ噂をするだけ。歌姫がいなくなったことで興味も持たれなくなった音楽隊が奏でるメロディが静かに流れるだけであった。




一方、パーティー会場の奥の部屋。煌びやかな装飾で彩られる部屋はおそらく重鎮の待合室だろう。案内されたスワロフスキーのスーツの男は、促されるままソファに座った。


「世界有数のシャトーで生産されたワインよ」


スタッフが運んできたワインボトルとグラスを受け取りながらシャーリーは話す。


「渋みが強いフルボディ…苦手だったらカクテルにしましょうか?」


同じソファに腰掛けるが、2人の距離は遠いように感じる。縮まらない距離が、じれったい。男は両方の指先を絡ませながら、シャーリーを見つめた。


「もちろんそのままでいただこう」


「さすがね」


シャーリーはにこりと笑い、ワイングラスにボトル口を沿わせる。そそがれた紫がかった濃い赤の液体が綺麗に波打った。


「かしこまった飲み方はやめてね。楽しく飲みましょう」


「ああ、僕もそう思ってたところさ」


シャーリーから渡されるグラスを受け取った男は期待に胸を膨らませてるように見える。その顔の醜さといったら!シャーリーが内心ほくそ笑んでるとは知らずに2人は、ワイングラスを持ち上げた。


「乾杯」


男は高鳴る胸を落ち着かせようと、また目の前の女に良いところを見せようとワインを口に含んだ。ところどころで、シャーリーに目配せするように飲む姿は、ご馳走を前に涎を垂らす野良犬のように見えて、実に滑稽である。シャーリーは上機嫌でワインを味わう…ふりをした。


「レディ…このワインは本当に上質で…この私も滅多に飲んだことが……な……いぃ」


男はワインの感想を言い終わる前に静かに倒れてしまった。手に持つワイングラスも落ちかけたが、すんでのところでシャーリーが取る。


「汚すところだったじゃない。なんて行儀の悪い人なの」


シャーリーの呆れたような声にも反応せず、男は寝息をたてている。男が寝ていることを確認すると、シャーリーはフフフと笑いをこぼした。ワインを運んできたスタッフが、彼女に耳打ちをする。


「さて、彼の身分は…?…まあ、予想通り中流階級の貴族ね。無知なお坊ちゃんがこんな危ないパーティーに参加するなんて…」


シャーリーの細長く青白い手が男の懐に伸びる。スワロフスキーのスーツは見かけはいいが、近くで見ると濁った輝きで、いかにも安っぽい。あまり良い品質で作られたのではないのがよく分かる。この男にぴったりだ。


男はいまだに夢の中。シャーリーの手は進む。


「運が悪かったわね。あなたにもう少し品性と運があれば…もっと良い夢を見れたでしょうに」


探った懐から取り出したのはーーー貴族の身分証である特別な宝石だ。


「あなたの大事なものはいただくわ。じゃあね、お間抜けな貴族様」


シャーリーは極上の微笑みを男に向けて、そうして部屋を後にした。部屋に残されたのは…今宵の賭けに負けた哀れな小貴族の男だけだ。




会場に戻ったシャーリーは、会場にいる大多数のファンに歓迎され、再びステージにたつ。


「ねえ、シャーリー。いつもより早く終わっただろう?今日は他の誰かと…」


「ダメよ。1日1人だけ。そういうルールよ。みんな同じ気持ちだけど…そういう決まりだから」


歌姫に話しかける男は、周りの人たちにピシャリとガードされた。人々の間から、シャーリーは愉快そうに口の端を上げた。


「運が良ければ…次はチャンスがあるかもね」


この場にいる全員がシャーリーに一目会うためにパーティーに足を運んでいるのだ。酒を交わし、歌を聴き、時には愛しの彼女から視線をもらい、2人で時間を過ごす。そのあとは…彼女の言う通り運が良ければ、極上の時間を過ごせるだろう。


そんな一夜の夢を見るために人々はパーティーに集まるのだ。


運が悪い場合は…先ほどの別室で眠る小貴族の男と同じ結末を辿るだろう。彼が目覚める時には、会場はもぬけの殻になっていて。まるで昨晩のことは全て夢だったかのように人1人の気配もない。寝起きのまぶたを擦り、どうにか状況を理解しようと身の回りを確認したら最後…命より大事な貴族の証の宝石がなくなっていることに気づき、そこでようやく己の過ちに気づくのだ。


そうして、情けない顔でシャーリーに連絡をし(といっても本人とは直接連絡はできずパーティー運営のスタッフを介して、だが)宝石の代わりに莫大なお金を差し出す約束を交わすことになる。


痛い目にあった男は、もう同じ過ちはしないと心に決めつつ、あの日の夢のような時間に焦がれ、また自然とパーティー会場に向かってしまうのだ。


そう、つまり歌姫シャーリーは熱狂的なファンのいる詐欺師と言っていいだろう。


「ああ、本当に馬鹿だね。目の前の欲に眩んで、大事なものをなくすなんて!貴族なんてみんな身分だけ高い頭空っぽのやつらさ!」


得た報酬を手に取りながら、シャーリーは笑う。シャーリーは貴族が嫌いだ。能力がないくせに傲慢で態度がでかい。先祖が偉かっただけで威張り倒す空っぽのお人形だ。そんな人々にシャーリーは詐欺を働いていた。


「ふふ、今日も私の勝ちだ…。なんて頭の悪い貴族様なんだろうねぇ。いただいた金は私が有意義に使わせてもらうよ…」


夜を生きる詐欺師。彼女とわがままな箱入りお嬢様が出会ったのは…本当に些細なきっかけだ。


「ねえ、そのお洋服、素敵ね。どこで買ったのかしら?」


「……あ?」


街中で声をかけてきたのは、可愛らしい服に身を包む幼い少女だった。


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