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宝石も絵画も、綺麗なものは全部父親におねだりして手に入れた。
綺麗なものを愛でる至福の日々。
綺麗なものを手元に置けるならいくら払っても構わない。
本当にそう思っていた。
彼と出会うまでは。
彼に宝石を渡したとしても
彼に大金を積んだとしても、
彼に一生屋敷で暮らす権利を与えたとしても
彼自身が選んだ選択肢を変えることは、カトレアにはできない。
彼と出会って、カトレアははじめて自身に手に入れられないものがあることを知った。
「私、あなたの素性なんてどうでもいいの。私にとってあなたはクロ。それだけだから」
「……」
少女の瞳は真っ直ぐで曇りがない。少年にはまだ眩しすぎるほどだ。
彼女の隣に立つのに相応しい人になりたい、なんて言ったら、どんな反応をするのだろうか。そんなことを言えるほどの勇気はクロにはまだなかった。だから
「……いつか…あなたに自分の名前を…名乗りたいと思ってる」
決心をした。過去をきちんと精算し、自分に向き合うと。カトレアと共に過ごさなかったら、選ばなかった未来を、クロは進むことに決めた。
「……それまで…頑張るから…」
それがクロの選択肢ならば、カトレアの答えはひとつだ。
「じゃあ、次会った時に、あなたのこと教えてね!約束よ!」
そうして2人は人差し指を出し、約束を交わした。2人の子供の約束を大人たちは知らない。
その日の夜、やけに大きな船がひと便、港を出港した。船を見送る人の姿もなく、静かな船出に気づいた者はごく僅かだろう。カトレアの部屋からは丁度船が見える高台の位置にあったが故に船の姿を捉えることができたが。
「隣国のお偉いさんが乗ってるらしいですよ。向こうは内乱で大変らしいのに、何でこの時期にここに来たんですかね?」
カトレアの部屋を訪れた看護婦がそう教えてくれた。窓際のベットでぼんやりと外を眺めるカトレアは興味がなさそうに呟く。
「さあ、なんでかしらね?」
カトレアの退屈な日々は、まだしばらく続きそうだ。