3
流れる風からほんのり潮の匂いがする。空気さえも屋敷にいた頃とは違う。ここがカトレアとクロの目的地であり、最終地点だ。
静寂を切り出したのはカトレアだった。
「あの時と、逆だと思わない?」
「……」
「私がクロを連れ出した日。あの時は、クロが離れの屋敷に囚われてて、私が庭に居て…。みんなはたぶん馬鹿な家出だと思ってるわ。けどね…私はね、冒険をしたと思ってるの」
クロと目が合う。カトレアの瞳はキラキラと輝いていた。
「だってね、あんなに数日で色々なことがあったのよ。初めての夜祭にお泊まりに。騎士に疑われたけど危機一髪で疑いが晴れて…あの時のシスターの格好、ここだけの話、本当に似合ってたわ!けど1番はやっぱりあの民宿ね!怖かった…けど、私たちは助かった!もちろんクロのおかげでね」
「あれは立派な冒険よ!だって今まで見た冒険記や小説にもあんなすごい経験は載ってなかったわ!みんなまるで嘘みたいなファンタジーみたいな話しか書いてないけど…私たちは本当のことを体験したんだもの!すごいと思わない?!」
カトレアの話は止まらない。クロはただひたすら彼女の話に耳を傾けた。その光景はまるで屋敷に過ごしていた時と同じだ。
「……楽しかったわ、一生の思い出よ」
カトレアはまたハンカチを使った。綺麗なハンカチはいつの間にかシミでくしゃくしゃだ。
「……クロ」
「……」
「……今回は、連れ去ってくれないの?」
「……」
汐風がクロの髪を撫でる。黒曜のような髪、光の角度によって色を変える不思議な瞳。
カトレアは美しいものが好きだ。