お嬢様とクロ
父親の配慮で連れてこられたコロネとともにカトレアは、しばらくの間この部屋で過ごすことになった。
彼女自身は、せっかくの港町を早く観光したいと考えていたが、しばらく安静にしないといけないらしい。民宿の件での事情聴取やカウンセリングを終えると途端に暇になったカトレアは、退屈を極めていた。
「コロネ、外はいい天気ね。絶好のお出かけ日和よ」
「みゃあ」
看護婦の付き添いで周囲を散歩はできるものの、その程度でカトレアの好奇心が満たされることはなかった。保護者同伴なら外出許可も出るが、父親は仕事で多忙だ。あまり負担はかけられない。
「あーあ、クロがいればなあ」
「みゃああ」
「ね、コロネもそう思うでしょ?あなたも気に入ってたものね、あの子のこと」
ゴロゴロと鳴く愛猫の喉を撫でる。
今1番、カトレアの気持ちを知っているのはこの猫だけだろう。
「コロネ、あなたは私のところから勝手にどこか行ったりしないでね」
「にゃ?」
「そうよ、私はこれでもご主人様なんだから。せめてお別れの時ぐらい、一言言うのが礼儀ってものよ、そう思うでしょ?」
「にゃあ」
「確かに飼われてる方にも自由はあるべきよ、だからって本当に何も言わずにいなくなるなんて…そんなのあんまりよ」
「にゃあん」
「……本当に……クロの馬鹿…」
最近のカトレアはいつもこうだ。景色を眺めながら、屋敷でのことや2人で飛び出した日のことを思い出す。自然と溢れてくるものを止めることはできなかった。
しかし今日はいつもとひとつだけ、違う。
カトレアの目の前にハンカチが差し出されていたからだ。
「…………これ」
「…………クロ?」
ここは3階の部屋。窓の外に見えるのはすぐ側にある大きな木とそれにまたがる少年。少年は、こちらに身を乗り出して、ハンカチを差し出していた。その目は、心配そうに少女を見つめている。