メイドの日記
不服ながら奴隷の名をクロと呼ぼう。決してそこに親しい気持ちがあるわけではなく、その名で呼ばないとカトレアお嬢様が機嫌を損ねるからだ。
クロの屋敷生活は始まった。まず割り当てられた部屋は、屋敷から離れた離れに位置する建物の一室。カトレアは最後まで自分の部屋の隣を所望したが、そればかりはメイド達が許すはずもなかった。最初は不服そうだった彼女も次の日には朝一番に離れに向かい、奴隷におはようと挨拶をする。メイドは複雑な気持ちで毎日の挨拶に付き従った。
離れの部屋は人の出入りが少なく、常駐している警備騎士の目の届くところにある。ただそれだけの理由で当てられた部屋だが、カトレアは意外にも離れの屋敷を気に入っているようだ。
特によく手入れのされた庭は、こじんまりとしていたが子供が遊ぶには充分な広さで、カトレアのお眼鏡にかなう場所のひとつであった。クロを連れて庭で花を愛でたり、お茶を楽しむカトレア。肝心のクロは、無表情でただカトレアの後ろをついて歩いていた。
せっかく交流を図ってくれるカトレアに対して、クロが友好的な態度を見せたことはない。常に不機嫌な表情で屋敷の人間たちを睨み、言葉も交わさず。メイド達はカトレアとクロが会話をしているところを見たことがなかった。
メイドが「なんて愛嬌のかけらもない子供なの」と不満を垂らすとカトレアは一言「シャイなのよ」とだけこぼす。一体、どう見えてるのだ、お嬢様からは。
ニコニコと一方的に話しかけるカトレアと無愛想なクロの2人の組み合わせは実に奇妙なもので。使用人たちは戸惑いながらも2人を見守っていた。