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3

「…綺麗」


目の前に広がる光景を見た時、カトレアは、これが夢だとすぐに分かった。


花畑の向こう側に見たこともない煌びやかなお城が建っていたからだ。自国の城に引けを取らない豪華絢爛な城は、カトレアの知的好奇心を強くくすぐる。


「美しいわ…」


惚れ惚れするような美しい光景にカトレアはただため息をもらすことしか出来なかった。


近づこうと歩んだが、なかなか城に辿り着けない。花に彩られた一本道を進んでるにも関わらず、縮まらない距離にカトレアはもどかしさを感じた。


「ああ、なんでこんなに遠いの!誰か!馬車を用意して!」


カトレアは声を上げる。返事はない。


そこでようやく気づいた。周りに人の気配がないことに。


「……誰もいないの?ケイトは?執事は?お父様?」


カトレアが1人でいることは滅多にない。家柄の良いお嬢様である彼女を1人にすることなんて、屋敷のものが許すはずないだろう。


カトレアは途端に不安に駆られた。美しい場所とはいえ、知らないところにたった1人。平気で入れるほど、まだ彼女は大人ではない。


「ゆ、夢…よね。だ、大丈夫よ…ええ」


そう自分に言い聞かせながら、早足で花道を進んだ。焦りとシンクロするように道の花は細かく揺れた。


不思議なことにあれだけ遠かった城に近づくことができた。じわりと汗ばむ感覚を振り払うようにカトレアは額を拭う。


「はあ…はあ…夢の中でも汗はかくのね」


城の前で足を止めたカトレアは、小さな声を上げる。


あれだけ立派で綺麗な輝きのあったお城が、たった今、ハリボテのような作り物に変わっていたのだ。厚紙に落書きのように塗りたくられた絵は、先ほどの城に似てはいる。しかしあまりの変わりようにカトレアは呆然と目の前のチープな城を見ることしか出来なかった。


「ど、どうして…」


ハリボテのお城の中心は、セロハンテープで止められた稚拙な扉がある。触れてすらいないのに、情けない音を立てながら扉がゆっくりと開いた。扉の先にいた人物にカトレアは驚き、目を見開いた。


「クロ…?」


クロが、いた。漆黒の髪、光の当たり具合で色を変える透明な瞳、紛れもないクロだ。


しかし、何かが違う。


いつものような暗い表情ではない。どことなく年相応の微笑みを携えた少年は清潭な顔つきをしている。しかも見たこともない服装に身を包んでいる。


この少年は、本当にクロなのか?


「……」


カトレアが疑問を口にする前に、黒髪の少年の口が動いた。


何か話してる。カトレアを見つめて、何かを伝えようとしている。しかし、肝心の声が聞こえない。目の前にいるのに。彼の声が聞こえない。


「な、何を言いたいの…?」


カトレアの言葉が届いてるのかは不明だが、黒髪の少年は残念そうに少しだけ眉を下げて、口を閉じた。


「クロ、よね?どうしたその格好…まるで」


貴族のような、王子様のような格好をしている。カトレアがそう発言する前に、目の前の少年はこちらに手を差し伸ばした。


白地に金の刺繍が施された仕立ての良い服に漆黒の髪がよく映えている。本当に王子様のようだ。


「クロ…」


カトレアは、差し伸ばされた手を取ろうと一歩踏み出した。


トン


トン


トン


トン


パチン


軽やかな音が聞こえる。


そこでカトレアは目が覚めた。


やはり先ほど見た光景は全て夢だ。なんとも不思議な内容だが、なぜこのタイミングで見たのだろう?


トン


トン


しかし、軽やかな音はまだ止まない。


薄暗く、狭い、少しだけ鼻がつんとする匂いの残る床下収納の中。隣のクロはまだ眠っていた。


トン


トン


この音は何だ?


トン


トン


トン


「……!」


宿屋の主が行った杖叩きの音だ。カトレアは、思わず両手で口を覆った。一気に現実に引き戻され、気分は最悪だ。


まさか探しに戻ってきたのだろうか。


どうしよう。今度はどこにも隠れそうにない。


カトレアは、クロを起こそうと体をゆすった。


どうしようどうしようどうしようどうしよう


クロを守らねば。2人で逃げないと。


嫌だ。怖い。助けて。お父様。




トン


トン


トン


トン


トン



音はどんどん近づいてくる。


起きて、クロ!


トン


トン


トン


トン


コン


真上で、音が止まった。


ギィィイ


上の床板が外れる音がする。


光が差し込んだ。


カトレアはすべて覚悟して、静かに眠るクロを抱きしめた。


そこからの記憶は、ない。


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